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第16話:死の窮地

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 《妖魔ヨーム》……それは人の形をした、人ならざる邪悪なる存在。
 ある日、突然として大陸各地に湧きい出たモノだ。

 形や大きさなどの、基本的な形は人に似ている。
 だが決して生物ではない存在。
何故ならばヤツらには、"魂”がないからだ。

 妖魔は妖穴ヨーケツと呼ばれる存在から、湧くように突如として現れる。
 
研究によると妖穴は、負の感情が吹き溜まり。
負の要素が結晶化だと言われている。

 それ故に妖穴の出現する場所は、ある程度の規則性がある。
 人里離れた山岳地帯や湿地帯、また古戦場や霊所など、魂の漂う場所だ。

 人外の力を有する妖魔の群れは驚異。
 だが、ある程度の出現ポイントは、今のところ特定できている。

そのため人々は聖地や地脈と呼ばれる安全な場所に、教会を建て町として発展していった。
 
 妖穴の出現の場所は、悠遠の時から生じた自然現象にも似ている。
 そのため堅牢な城壁を築き、安全な街の中で多くの人々は暮らしていた。

 "街の中は妖魔が入ってこず、安全”

――――その、はずであった。



それなのに私たちは、ファルマの街中で妖魔に遭遇していた。

「ひっ……マリアンヌ様! こちらかも妖魔が……」

 妖魔兵がゆっくりと迫ってくる。
私と背中を合わせのヒドリーナさんが、悲鳴をあげる。

彼女が悲鳴を上げるのも無理はない。
乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーには戦闘能力はないのだ。

(ふう……絶体絶命……か)
 
私は両側にある建物、窓の部分を壊そうと試みる。
でも壊れなかった。

そこは窓のようであり、固い壁の存在になっていたのだ。
 
先ほどから大きな声で、助けも叫んでいる。
でも周囲に悲しく響き渡るだけだった。
 
理論は分からない。
ここはファルマの街の裏通りに見えて、違う場所なのかもしれない。

『異空間に閉じ込められた』……そう考えた方がいい。

 いったい誰がこんな事を?
 まるで見当につかない。

でも、そんな推測を立てている暇はない。
今はここから生き延びて、逃げることが先決なのだ。

「マ、マリアンヌ様。妖魔が……」

 恐怖に怯えているヒドリーナさんは、目に涙すら浮かべている。

私たちは新入生。
恐ろしい妖魔兵を、実際に目にするのは初めてだ。
ヒドリーナさんは、かなり恐ろしいのであろう。
 
もちろん私も、現実の妖魔は初めて見た。
正直なところ怖くて、悲鳴を上げたい。

――――でも絶対に悲鳴はあげない。

何故なら私は転生に気が付いた時に、心に誓ったから。

絶対に死亡フラグを折って、この世界で生き残るって誓ったんだ。
 
だからこんな所で死ぬわけにいかない!

お願い……マリアンヌさん、私に力を貸してちょうだい。

妖魔を目の前にて、足が震えてしまいような私に。

貴女の乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーとしての強さを、貸して!

マリアンヌさんの強い言葉で、私とヒドリーナさんを奮い立たせて!

「マ、マリアンヌ……様……もう駄目です……私たち……」

「ヒドリーナ様! しっかりするのです!」

「えっ……マリアンヌ様?」

「ヒドリーナ=ドルム! 貴女は、なぜこのファルマに来たのですか⁉」

 私マリアンヌは問う。 
 涙を流し、心が折れそうになっていた友に

「えっ……わ、私は、学園に入学するために……」

「いえ、違いまわす! 貴女が忘れてしまったのですか? ファルマ学園の入学式で誓った言葉を? 私たち乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーの指名を⁉」

「マ、マリアンヌ様……はい、覚えております」

ヒドリーナさんは深く深呼吸する。
そして入学式で自分たちが誓った言葉を、口に発していく。

「私の名は乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーヒドリーナ。このガイアース大陸の平和の為に戦う剣……です!」

ヒドリーナさんの顔に覇気が戻る。
入学式の誓いを口にして、魂に火が戻ってきたのだ。

「これでもう大丈夫ですか? ヒドリーナ様」

「はい、マリアンヌ様、ありがとうございます。もう大丈夫です!」

 自分たち乙女指揮官は、戦闘能力を持たない。

だからこそ、どんな時でも、冷静であることが必要。
乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーの誓いを叫ぶことによって、ヒドリーナさんは冷静さを取り戻したのだ。 

ちょっと強引だったけど、大事な友だちが冷静になってよかった。

よし、ここからは反撃といきたい。

(考えるんだ私……考えてマリアンヌさん……『どんな窮地、死ぬ刹那までも冷静沈着に』、そうでしょ、マリアンヌさん?)

この言葉はバルマン侯爵家の家訓の一つ。
どんな窮地でも、冷静さを持つこと。

マリアンヌさんの記憶がある私も、だから絶対に諦めない。

もしかしたら、ここで朽ち果てる運命かもしれない。
それでも死ぬギリギリの間際の瞬間まで、あがいてみせるんだ。

 ――――でも、いったいどうやって、ここから脱出をしよう?

今の戦力差は、妖魔兵の数は圧倒的。
相手は剣と槍で武装しており、こちらは非武装だ。

逃げようにも、ここは狭い路地。
戦うのも無理、逃げ出すこともできない、絶対的な窮地だ。

 でも、私は考えるのを止めない。
何かこの窮地を脱出する手段が、必ずあるはずだ。
 
(ねえ、マリアンヌさん。力を貸して欲しい。ラスボスと言われていたら貴女の力を、今こそ貸してちょうだい!)

私は呼びかけた。

自分の中にいる、もう一人の自分に。
“真紅の戦乙女”と呼ばれることなるマリアンヌ=バルマンに。
 
――――その時だった。

 私の身体が突然、光り出す。
 七色のような光を発して、オーロラのように発光する。
 
この光はなに?
もしかしたら死後の世界への扉だろうか?

――――そう思っていた直後、また異変が起きる。

「マリアンヌ様! 見てください! 空間が、割れていきます!」

 ヒドリーナさんの叫びで、そちらに視線を向ける。

本当だった。
何もない空間に、虹色に割れていく。

まるで別世界への扉が開いたようだった。

「えっ……人が、来た?」

虹色の空間から、誰かが出現する。
大柄の男性の姿が、ゆっくりと姿を現していく。

(騎士……? いえ、剣士?)

現れたのは一人の剣士だった。
かなり長身で、たくましい筋肉の持ち主。

やや褐色がかかった肌は、異国の血が混じっているのであろう。
でも違和感はなく、艶のある長髪によく似あっている。

(剣士……大剣使いなの、この人は?)

剣士が手に持つのは、巨大な大剣。
全身から放たれる闘気は、間違いなく凄腕の騎士だ。

そして段々見えてきた顔立ちに、私は気が付く。

――――私はこの人のことを知っている、と。

でも隔離された異空間に、どうやって入ってきたの?

「マリアンヌ様! 騎士様が助けに来てくれたのですよ、きっと!」

まさかの救援の登場に、ヒドリーナさんが歓喜の声をあげる。
 
 騎士か……その推測は間違っていない。
でも少し違うのだ。

私はこの褐色の剣士の風貌に、見覚えがあった。
聖剣乱舞をプレイして前世の私の記憶として。

そんな時、褐色の大剣使いが口を開く。

「あん? なんだ、テメエらは? 何で、こんな所の、乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーがいるんだ?」

 礼節を重んじる騎士とは、思えない野蛮な言葉。
野獣のような眼光と共に、私たち向けられる。

「えっ……それは……」

ヒドリーナさんは言葉を失ってしまう。
助けに来てくれた、白馬の騎士さまだと思っていたから仕方がない反応だ。

(ふう……この風貌に、この乱暴な口調……間違いない。人がベルガだ……)

 この大剣使いの名は、“狂剣士バーサーク”ベルガ。

 乙女ゲーム【聖剣乱舞】の中でも数少ない、Sランクの凄腕の騎士。
 
「はん。それに妖魔共もいるのか? こいつは楽しめそうだなぁ!」
 
そして蛮勇が過ぎて騎士の名誉を、はく奪される事となる狂気の剣士だ。

「さて、ここにいる奴らは、皆殺しだ!」

猛獣のような大剣使いが、私たちの目の前で雄叫びを放つ。

一体、どうなってしまうのだろうか……。
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