8 / 57
第8話【閑話】若執事ハンス視点
しおりを挟む最近、我が主マリアンヌお嬢様は、変わられた。
良い方向に変わったのか?
それとも悪い方に?
その真意はまだ掴めていない。
幼少の頃からお仕えしてきた自分の目から見ても、最近のマリアンヌ様は本当に変わってしまった。
◇
私の名はハンス。
バルマン侯爵家に仕える若執事だ。
齢は十七ほど。
主マリアンヌお嬢様の二歳ほど年上になる。
私には姓はない。
なぜならば自分は"孤児”だからだ。
実の親は妖魔の群れに襲われ、死んだと聞いている。
村ごと皆殺しだったらしい。
当時一、二歳だった私に、その時の記憶はほとんど無い。
だが覚えている事が、二つだけある。
それは妖魔に襲われ燃えさかる、生まれ故郷の赤さ。
そして私を助け出してくれた、白銀の鎧の乙女指揮官の美しい姿だ。
あの方……マリエル様は、幼い私の前に颯爽と現れた。
姿は神話に語り継がれる、本物の戦乙女のようだった。
その後の話は、私は大きくなってから聞いた。
村を襲った妖魔は見事に滅ぼされたことを。
王国随一の乙女指揮官マリアンヌ様に率いられた、蒼銀《そうぎん》の鎧を身にまとった騎士たちが、妖魔の群れを駆逐してくれたことを。
マリエル様のお蔭で、幼い自分の命は救われたのだ。
◇
『いい眼をした子ね。ウチで引き取るわ』
あの方マリエル様は、そう言ってくれた。
そして屋敷に着いて、幼いながらも私は驚いた。
そこは生まれ故郷とは、別世界だった。
後日知ったことだが、マリエル様はバルマン侯爵家の御令嬢だったのだ。
『マリエルさま、ボク、騎士になりたいです!』
だが潜在的な騎士の才能は、私には無かった。
『気にしないで、ハンス。自分の道は、自分で見つけるのよ』
だから私は執事を目指すことにした。
屋敷の全てを担う執事は、あらゆる知識と技術が必要になる。
騎士になる以上の鍛錬も必要だった。
だから幼い私は懸命に努力した。
本当に辛い毎日だった、挫けたことは一度も無い。
なぜなら命の恩人マリエル様の、少しでも役に立たかったのだ。
◇
そんな最中、バルマン家に待望の長女が誕生する。
マリエル様がお腹を痛めて産んだのは、マリアンヌ様。
あの方と同じく乙女指揮官の才を有したお子だった。
だが幸せと同時に、不幸も訪れてしまった。
難産だった為に、マリエル様は産後に衰弱してしまったのだ。
あの方は亡くなったのは、出産から二年後のこと。
王国随一の乙女指揮官であった方も、自らの死の運命からは逃れられなかったのだ。
『ハンス……マリアンヌの事をお願い……』
笑顔でそう言い残し、あの方はこの世を去った。
『かしこまりました、マリエル様。この一命に変えても、必ずマリアンヌ様を、立派な乙女指揮官に……』
こうして遺言を守りマリアンヌお嬢さまに、私は十年近くお仕えしていく。
◇
嬉しいことにマリアンヌ様には、幼いころから乙女指揮官との才能が溢れていた。
行動力があり明瞭な頭脳と、類まれな戦術センス。
話術や人心掌握も得意。
冷静に対応できる客観性。
指揮官としての才能にあふれていた。
だが……残念なことに、優れた才能と、上位貴族令嬢の地位は、人は奢らせてしまう。
十歳を過ぎた頃には、マリアンヌ様は性格が……少々悪くなっていた。
他人を見下し、自分を中心とした言動が、とても多くなってしまった。
優れた才能を、ライバルを陥れることに使うようなってしまったのだ。
(マリエル様、まことに申し訳ございました……)
専任の若執事として、私は腹を切る覚悟を決めていた。
◇
だが、そんなマリアンヌお嬢様が、ある日を境にして、突然“変わった”しまった。
正確には今から、四日ほど前に。
あの日のことは、よく覚えている。
あれは……マリアンヌ様がお父上様と、夕食を共にしていた時だった。
お嬢様は食事中に、いきなり動きが止まった。
直後、『あっ』という声と共に、目を見開いていた。
もしや毒でも?
私は静かにお嬢様を観察する。
だが健康的には問題はなさそうだった。
私は一安心した。
だが翌朝から、マリアンヌ様は行動がおかしくなってしまった。
どんなことも、自分一人で積極的に行動するようになったのだ。
着替え、化粧を一人やりたがる。
飲み物でさえ自分で、厨房まで取りにいくようになった。
これには屋敷中の者が驚いた。
何故なら昨日まで自己中心的で、わがままだったマリアンヌ様が、別人のようになったからだ。
もちろん私も衝撃を受けた。
マリアンヌ様が生まれた時から見てきた自分にとって、信じられない変化だった。
それ以外にもお嬢様の変化はあった。
勉強と称して一人で散策。
色んな書物を探し読みこんでいた。
とにかく何事に対しても、他人に気を使うようになっていた。
あの使用人を、まるで奴隷のように使っていた方が、だ。
本当に、いったい何が起きたのであろう。
原因も理由も不明。
とにかく聖剣学園では事件を起こさずに、無事に卒業して欲しいと、私は願っていた。
だが入学式の直後、マリアンヌ様は事件を起こす。
事件の場所は、新入生の乙女指揮官と騎士たちの《顔合わせ会》の会場。
なんと喧嘩していた二人を、自ら仲裁して止めたのだ。
あの揉め事が何よりも好きだったマリアンヌ様が、争いを収めてしまったのだ。
しかも大事にしていたマリエル様の形見のドレスを、赤ワインで汚してまで仲裁した。
……『このドレスは、今はまだ赤ワインの色。でも必ずや憎き妖魔どもを駆逐し、その返り血で真っ赤に染めることを! 人々の平和を守るために!』
お嬢様のその言葉に、居合わせた騎士・令嬢たちは、誰もが魅入り言葉を失っていた。
あの宣言は会場にいた全ての者の心に、深く響いていたのだ。
私も同様。
あの日のマリエル様……幼い私を救いにきてくれた方の、面影をあの時のマリアンヌ様に見ていた。
そしてマリアンヌ様が颯爽と去った後も、会場の興奮は覚め止まなかった。
残された騎士と乙女指揮官は、お嬢さまの言葉に胸を熱くしていたのだ。
◇
《顔合わせ会》の直後から、マリアンヌ様は宿舎の自室に、引き籠ってしまった。
部屋の中では何やら、奇声を発していた。
今度はいったい何が、あったのだろうか?
だが食事の時間になったら、マリアンヌ様へ部屋から飛び出てきた。
よほど空腹であったのだろう。
それ以来、引き籠り生活は終了した。
『こちらの料理も、とても美味しいわね。何という名の料理かしら、ハンス?』
最近のマリアンヌ様は、本当に美味しそうに食事を口にする。
以前とは別人ように、笑顔で食事をしている。
これほどの変貌は普通に考えたら、かなり心配なこと。
だが私はもう少しだけ、様子を見守ることにした。
何故なら私は思ってしまったのだ。
『このようなマリアンヌ様にお仕えするのも、悪くはない』と。
こんなことは執事が、本来なら思ってもいけないことだ。
だが自分でも不思議なくらいに、今のお嬢様を大事にしたと思った。
◇
そしてマリアンヌ様の学園生活も、本格的に幕を上げる。
きっとお嬢様は色んな事件を起こしていく、予感がする。
専任の若執事の私は忙しく、充実した毎日になりそうだ。
11
お気に入りに追加
759
あなたにおすすめの小説

私、確かおばさんだったはずなんですが
花野はる
恋愛
不憫系男子をこよなく愛するヒロインの恋愛ストーリーです。
私は確か、日本人のおばさんだったはずなんですが、気がついたら西洋風異世界の貴族令嬢になっていました。
せっかく美しく若返ったのだから、人生勝ち組で楽しんでしまいましょう。
そう思っていたのですが、自分らしき令嬢の日記を見ると、クラスメイトの男の子をいじめていた事が分かって……。
正義感強いおばさんなめんな!
その男の子に謝って、きっとお友達になってみせましょう!
画像はフリー素材のとくだ屋さんからお借りしました。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ
春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!?
この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて…
しかも婚約を破棄されて毒殺?
わたくし、そんな未来はご免ですわ!
取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。
__________
※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。
読んでくださった皆様のお陰です!
本当にありがとうございました。
※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。
とても励みになっています!
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる