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第1話:すべて思い出す
しおりを挟む「あっ……」
私は“すべて”を思い出した。
思い出したこの場所は、西洋風で豪華絢爛な大広間。
タイミングは家族との夕食の時間だ。
「ああ……『そういうこと』だったんだ、この世界は……」
夢のようなことに思わず「やったぁああ!」と叫びそうになる。
だが状況的に、厳粛な今はまずい。
「いかがなさいましたか、マリアンヌ様?」
「いえ、何でもありませんわ」
控えていた侍女に、今の“現世”の言葉を聞かれていなかった事が幸いだった。
何故なら今の私は侯爵令嬢だから、それらしく振る舞わないと。
でも、これからどうしよう。
というか、本当にここは私が思っている世界なのだろうか?
調べて確認したいけど、今は厳格な食事中。
とにかくボロを出さないように、早く食事を終えたい。
「んっ? どうしたマリア。具合でも悪いのか?」
大きな貴族テーブルの向こう側から、ホリの深い男性が心配そうに声をかけてくる。
中年ではあるが、金髪碧眼の整った顔立ち。
凄いイケオジ。
ハリウッド映画の俳優も真っ青なくらいの、イケメン中年だ。
「いえ、何でもありませんわ……“お父様”」
「なら、よかった。ところで明日から学園生活のことだが……」
イケメンの中年……今の私のお父様は、食事しながら確認してきた。
明日から私が入学する学園について。
侯爵令嬢としての学園での心得のことを。
そして学園生活で『必ず将来の婚約者を見つける』という令嬢の責務を、私に念入りに確認してきた。
「はい、お父様。肝に命じております」
「頼んだぞ、マリア。全てはこのバルマン侯爵家の繁栄のため」
「はい、お父様」
令嬢として上品な笑みと口調で対応。
だが全てを思い出した今は、心の中は――――上の空だった。
「では、お父様、おやすみなさいませ」
夕食を終えた私は、侍女と共に自室へ戻る。
豪華な屋敷の廊下を歩きながら、コッソリ周囲を確認していく。
ゴシック様式の豪華な建物内には、高そうな絵画や彫刻が飾られている。
貴族令嬢としては小さい時から見慣れている、この廊下の光景。
でも今は美術館に迷い込んだように、違和感がある。
ふう……これも記憶の全てを、思い出した影響かな。
でもお父様や侍女たちに、バレるのは危険。
完璧に一人になるまでは、いつものように貴族令嬢としていこう。
ん?
自分の寝室の前に、誰かが待っている。
切れ長の目の、凄いイケメンの青年。
あっ……この男の人は、私の専用の若執事ハンスだ。
「マリアンヌお嬢様、明日のスケジュールですが、予定通り午前は聖剣学園の入学式があります。その後は騎士の方との顔合わせがあります」
私の就寝前の恒例。
明日のスケジュールを、ハンスから告げられる。
「ええ、そうですわね」
だが、まだ混乱している今の私、まったく耳には入ってこない。
とにかく早く寝室に入って、自分の状況を確認したいのだ。
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
冷静沈着なハンスは勘が鋭い。
鋭い視線で私の顔を見つめてくる。
「ええ、もちろん、元気ですわ」
「そうですか。では、お嬢様、おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみなさい。ハンス」
ふう……今のはちょっと危なかった。
でも何とか乗り切れた。
無事に部屋に入って、全ての就寝の準備を、侍女にやってもらう。
「では、おやすみなさいませ、マリアンヌ様」
侍女たちも全員退出する。
寝室に残るのは私一人だけ。
ふう……一人になれた。
これで知りたいことを、ようやく確認できる。
急いで確認しないと。
寝室の金縁の大きな鏡の前に、おそるおそる近づく。
そして鏡に映った自分の全身を確認する。
「紫色の髪に、きつい碧眼か……」
鏡に映った自分は美しい令嬢だった。
ちょっと目つきは悪いけど、十分美人の部類にはいる容姿だ。
「それにバルマン侯爵家に、そしてマリアンヌの名か……」
鏡に自分の姿を見ながら、今までの情報を確認。
大好きだった設定の中で、自分がおかれている状況を思い出していく。
「ふう……やっぱり、そういうことか……」
最初に思い出したときは、心の中で本当に歓喜していた。
でも自分の状況を確信した今は逆だ。
「《聖剣乱舞》のゲームの世界だったんだね、やっぱりここは……」
私が転生したのは、前世で一番大好きだった乙女ゲームの中だった。
だから鏡に映る人物のことも、今の私のことは誰よりも知っている。
今の私『マリアンヌ=バルマン』はゲームの中でも、重要な登場人物の一人。
貴族令嬢であり“真紅の戦乙女”と呼ばれた危険な人物。
庶民の主人公を学園内でイジめる悪キャラだ。
「これはキツいな……」
全ての状況を確認して、泣きそうになった。
「よりによって最悪キャラに、転生しちゃったな、私……」
こうして私は主人公の仇敵であり、ラスボスともいえる悪役令嬢に転生していたのだ。
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