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第3話 第一の問題、農業改革

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「領地の現状が悪いというのは分かっていたが、ここまでとは……」

 俺は馬車の窓から広がる荒れた農地の光景を見つめながら、深くため息をついた。

 道中に見えた農地は、どれも草に覆われ、所々が泥にまみれている。

 ここで作物が育っているとは到底思えない。

 グレゴールから渡された報告書には、作物の収穫量が激減していること、そして病害虫の発生が相次いでいることが書かれていた。

 領地の財政が破綻寸前に追い込まれているのも、納得のいく状況だった。

「若様、もうすぐ村に到着いたします」

 執事のグレゴールが静かに声をかけた。

 馬車は道端に停まり、俺は外へと降り立つ。

 目の前に広がる村は、どこか疲弊しているように見えた。

 家々の壁はひび割れ、道を歩く村人たちの顔は疲れ切っている。

 彼らが抱えている重荷が、外見にも現れているかのようだった。

「ここが、俺の領地の中心か……」

 俺は心の中でつぶやき、村人たちに近づく。

 彼の姿に気づいた村人たちは驚いた表情を浮かべている。

 領主が直接村に来ることなど、今までにほとんどなかったのだろう。

 村人の間にざわめきが広がり、皆が遠巻きに俺を見つめている。

「誰か、村の代表と話がしたい。村長はいないのか?」

 俺が呼びかけると、一人の中年の男が前に出てきた。

 彼の顔には皺が深く刻まれ、労働の疲れが滲み出ている。

 しかし、その目には何か強い意思が宿っているように見えた。

「私が村長のトーマスです。お話をうかがいましょう」

 トーマスは俺に対して一礼し、俺を村の広場へと案内する。

 村長の家は小さく、質素な作りだったが、手入れが行き届いていた。

 家の前のベンチに座り、二人は向かい合った。

「まず、この村の状況を教えてくれ。特に、農業の現状を知りたい」

 俺が尋ねると、トーマスは一瞬ためらったが、すぐに口を開いた。

「若様、正直に申し上げます。我々の農地は、今や壊滅的な状態です。
 数年前から作物の収穫が減り始め、特に今年は病害虫の被害がひどく、何もかもがダメになってしまいました。
 加えて、天候も悪く、長雨が続いて土地が水浸しです。私たちは手を尽くしましたが、どうにもならず……」

 トーマスの声には、深い絶望がにじんでいた。

 俺はその言葉に耳を傾けながら、自分の中で解決策を模索していた。

「病害虫の被害と、土地の水はけの悪さが問題か……なるほど。灌漑システムが整備されていないのは間違いないようだ」

 俺は現代の知識を活かし、村の農業を復興させるための方法を頭の中で整理していく。

 水はけの改善と、病害虫対策。

 どちらも、まずは基礎的なインフラから立て直さなければならない。

「トーマス、俺に一つ提案がある」

 俺は静かに口を開いた。

「まず、灌漑システムを整備する必要がある。今の状況では、水が溜まりすぎて作物の根が腐ってしまう。

 村全体で協力して、水路を整備し、排水のための溝を作ろう。

 土地の水はけを改善すれば、作物の育ちも良くなるはずだ」

 トーマスは驚いた表情を浮かべた。

 若い領主がこれほど具体的な提案をするとは思っていなかったのだろう。

「若様……それは、本当に可能なのでしょうか?」

「可能だ。俺が設計図を描き、それに基づいて作業を進める。

 それに、病害虫の対策も必要だ。

 俺が知っている方法で、害虫を駆除するための農薬を作れる。

 自然素材を使った安全な方法だから、心配するな」

 俺の言葉には確信があった。

 現代で得た知識を最大限に活用し、この領地を立て直すために動く決意が固まっていた。

「灌漑システムと農薬……ですが、若様、それにはかなりの人手と資金が必要です。村の皆も疲弊しており、今の状況では……」

「トーマス、分かっている。だからこそ、まずは領民たちに協力を呼びかける。資金のことは俺が何とかする。
 だが、今はこの領地を救うために全員の力が必要なんだ」

 俺の強い言葉に、トーマスは静かに頷いた。

 彼の表情にはまだ不安が残っていたが、俺の決意を信じようとしているようだった。

「分かりました。私も村の者たちに声をかけ、協力を求めます。若様が本気でこの領地を立て直そうとしているのなら、私たちも全力で応えます」

 トーマスの言葉に俺は軽く頷いた。

「ありがとう、トーマス。村の者たちには、まず直接話をさせてくれ。

 彼らがどう感じているのかを知りたいんだ」

 その後、俺はトーマスと共に村を巡り、農民たちと直接対話を始めた。

 農民たちは最初こそ警戒していたが、俺が彼らの話に真摯に耳を傾け、具体的な改善策を提案する姿を見て、少しずつ態度が和らいでいった。

「若様、本当に……私たちを助けてくださるのですか?」

 年配の農民が震える声で尋ねた。

 俺はその老人の目を見つめ、しっかりと頷いた。

「もちろんだ。この領地は俺の責任だ。俺が必ず復興させる。だから、協力してくれ」

 その言葉に、農民たちは少しずつ希望を取り戻していった。

 俺の提案する灌漑システムと病害虫対策の話は、彼らにとっても希望の光だったのだ。

 ---

 その日の夕方、俺は馬車に乗り込み、村を後にした。

 村の光景はまだ荒廃していたが、俺の心には一つの確信が生まれていた。

 この領地を立て直すためには、まず農業を復興させることが最優先だ。

 そして、それを実現するためには、自分が持つ知識を最大限に活用しなければならない。

「これが第一歩だ。俺は、絶対にこの領地を救ってみせる」

 俺は馬車の中で静かにそう誓った。

 俺の新たな領主としての試練が、今まさに始まろうとしていた。
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