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邪悪なる器

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 指を鳴らす小気味よい音と共に、ネモの周囲から「魔素」の奔流が怒涛の如く湧き上がる気配を感じて、リューリは戦慄した。
 それは、「魔素との高い親和性」を持つとされる彼女にとってさえ、一度に動かすには膨大すぎる量の「魔素」だ。
 そして、ネモの背後の空間には、光すら吸収しそうな黒々とした穴が広がっていく。
「これは……空間魔法……?! しかし、大き過ぎる……何が収納されているんだ」
 血の気の引いた顔で、フレデリクが呟いた。
「かわいいですねぇ、この程度で驚いてくれるなんて」
 リューリとフレデリクの驚く顔を見て、ネモが、上機嫌といった調子で言った。
 と、ネモの背後に広がった漆黒の空間から、白く輝く太い触手のような何かが次々と飛び出し、彼の身体に巻きつき食い込んでいった。
 触手に覆われたネモの全身が、見る間に粘土細工を塑像するごとく形を変える。
 やがて、リューリたちの眼前に、平均的な成人男性の五倍の高さはありそうな人型の物体が現れた。
 見る角度によって、その色を変化させる不可思議な光沢を持つ、生物とも鉱物ともつかない素材で構成された「それ」――遠目には均整のとれた人間の男性に近い輪郭を持つように見えるだろう。
 凹凸のない、つるりとした楕円形の頭部、人間の顔で言えば「目」に相当する部分には、赤く輝く宝石を思わせる球体がはまっている。
 更に、「それ」の背中が盛り上がったかと思うと、三対の大きな翼が、ふわりと出現した。
 「エクシティウム」の拠点からマリエルを救出した際に遭遇した、鎧を思わせる「試作型かみうつわ」に比べると、より生物に近い印象を受ける造形である。
「どうです、美しいでしょう。完成形の『かみうつわ』です」
 再び、ネモの声が脳内に侵入してくるのを、リューリは感じた。
「何が『かみうつわ』だ。貴様の『入れ物』に付ける名だと言うなら、あまりに趣味が悪いな」
 彼女の皮肉にも、相変わらずネモが動じることはなかった。
「『人間』の身体は、たとえ『魔素との親和性』が高くとも、所詮は『人間』の域を超えることはできず、中の私は全力を出せません。しかし、この姿であれば、思う存分、力をふるえるのですよ」
 言って、「かみうつわ」に包まれたネモは、動作を確認しているのか、顔の前にかざした手を閉じたり開いたりしている。その動きは滑らかで、人間と遜色のないものだ。
「うん、土台になっている『ヴィリヨ・ハハリ』の肉体とも馴染んでいますね。実に爽快な気分です」
「私は非常に不快だ」
 吐き捨てるように言って、リューリはネモを睨んだ。
 既に自分にとっては抜け殻になった肉体とはいえ、道具の如く扱われている様を目の当たりにして、さすがの彼女も心穏やかではいられなかった。
「おや、ご機嫌斜めなようですね」
 ネモが、あざけるように言った。
「では、得意の魔法で攻撃してみては如何です。私も、本格的に『かみうつわ』をまとったのは初めてなので、試運転がてら、お相手しましょう」
 彼の言葉が終わるより前に、リューリは呪文の詠唱を終えていた。
 「かみうつわ」をまとったネモが、凄まじい勢いで燃え盛る青白い炎に包まれる。
 人間であれば骨も残らないであろう、超高温の炎で全てを焼き尽くす、リューリが最も得意とする呪文の一つだ。
 しかし、炎が消えると、そこには先刻と変わらぬ様子で空中に浮揚するネモの姿があった。
「人間にしては大したものですね。相手が私でなければ、君が敗北することは、まず無いでしょう」
 そう言うと、ネモは背中に生えた三対の翼を、ふわりと羽ばたかせた。
「面白いから、君を殺すのは最後にしてあげますよ。他の有象無象を始末してから……ね!」
 表情など無い筈の「かみうつわ」の顏が、にやりと邪悪な笑いを浮かべたように、リューリは感じた。
「やめろ!」
 リューリの叫びも空しく、ネモが王都に向かって差し出した手から、高熱を孕んだ光球が生み出された。
 人の頭部ほどの大きさだった光球は一瞬で膨張し、直下にあった王都の魔法防御壁に衝突して弾けた。
「今の攻撃で防御壁の損傷率が半分を越えました!」
「手の空いてる魔術師は防御壁の修復に回って! 魔導炉の動力だけじゃ間に合わない!」
 通信用魔導具から聞こえてくる、魔法兵団員の報告やミロシュが指示する声からは、この状況が絶望的であることが読み取れた。
「あはは! 結構、頑張るじゃないですか。必死で抵抗する人間の姿って涙ぐましいですね。それを簡単に踏み潰すのが楽しいんですけどね!」
「貴様ーーッ!」
 さもおかしそうに笑うネモの声に、リューリは激昂していた。
 ――あの下には、ジークやローザ、アデーレにウルリヒ、マリエルがいる……次に同じ攻撃をされたら……!
「奴は、呪文を詠唱していないようだが」
 フレデリクが、ぼそりと呟いた。
「それがどうした……えっ? いや、ありえない……!」
 彼の言葉に、リューリは若干ではあるものの冷静さを取り戻した。
 魔法の発動には呪文の詠唱が必須である――どんなに高位の魔術師でも、それからは逃れられない筈なのだ。
 だからこそ、魔術師たちは正確に呪文を唱えられるように膨大な魔法言語を習得し、その文法を理解し解析し、時には使いやすいように組み上げ直したりと、多くの者が脱落する中で苦労を重ねている。
「気付いてしまいましたか? 私は、君たちのような呪文の詠唱など必要ないのです。念じるだけで『魔素』を操れるのですよ」
 わざとなのか、かんさわる口調でネモが言った。
「そもそも呪文というのは、君たちが言う『魔導具』に命令を与えて自動運転させる為に、我々が作り上げた技術なのですよ。それを、何もない状態では『魔素』を利用することのできない君たち『人間』に、我々の同胞が教えてやったものなんです」
「次元が違う……と言いたいのか」
 眩暈に似た感覚を覚えながら、リューリは呟いた。
「だが、貴様を滅ぼさなければならないことには変わりない!」
「威勢がいいですねぇ。まぁ、せいぜい頑張ってください」
 せせら笑いながら、ネモは六枚の翼を広げると、地上――王都の外周へ向かって降下していく。
「奴は、地上にいる義勇軍から始末するつもりか!」
「追いかけるぞ、フレデリク!」
 リューリとフレデリクは、ネモを追って飛んだ。
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