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先人に学ぶ

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「アデーレの初恋の人は、ジーク様なんだ。昔、本人に聞いたから間違いない。ということは、彼女が好きなのは、年上で腕っ節の強い男ってことだよね? 力もなくて、二つも年下の僕なんか、爪の先ほどにも望みがないじゃないか……」
 リューリの言葉が、ウルリヒの心の敏感な部分をつついてしまったらしい。
「僕は物心つくかつかないかの頃に親を亡くしたところを、アデーレの父上に拾われて、姉弟みたいに育ったよ。彼女は子供の頃から優しくて面倒見が良くて……ただ結構なお転婆だったから、色々とイタズラに付き合わされたりもしたけどね」
 当時を思い出したのか、ウルリヒの表情が柔らかくなった。
 大人になってもアデーレの傍にいたいと、ウルリヒも彼女と同じく騎士の道を目指したことがあったという。
 しかし、武術の才能は絶望的なことが分かった為、同じ王宮勤めということで、魔法を用いた戦闘や研究を行う魔法兵団へ入るべく、彼は魔法を学び、今に至った。
「騎士団には女性の騎士もいないことはないけど、基本的に男社会だ。アデーレの周りには強くて見目みめのいい年上の男なんて幾らでもいる訳で……彼女も綺麗だから、男どもが放っておく訳がないし」
 ウルリヒは溜め息をついた。彼がアデーレに好意を持っているのは間違いないが、本人は半ば諦めている様子だ。
「それとこれとは別というか、関係なくないか? 私も童貞のまま死んだ男だし、色恋のことなぞ大して分からないが、条件が合っているからといって即座に相手を好きになるとも思えんぞ。それに、ウルリヒだって、魔法の腕は私が見ても一流だし、見た目も良いんだから自信を持て」
 諦め気味のウルリヒを見て、リューリは歯痒い気持ちになった。
 買い物を終え、魔導具屋を出て宿に向かっていたリューリとウルリヒは、やはり宿へ帰る途中のジークと行き会った。
「ほほう、リューリちゃんは、いい買い物をしたようだね」
 リューリが腰に下げているワンドを見て、ジークは微笑んだ。
「そうだ、ジークに聞きたいことがあるんだが」
 ふと一つの考えが浮かんだリューリは、口を開いた。
「ジークとローザの馴れ初めって、どんな感じだったんだ?」
「はは、そう来たか」
 ジークは少し照れたような顔を見せたが、リューリに聞かれて嬉しくなったらしい。
「俺は若い頃、『御庭番衆おにわばんしゅう』の一人として、当時は王女だったローザの護衛に付いていたんだ。王女といっても、何人も姉がいる末っ子、しかも母親が国王陛下の正室ではなかった所為せいか、彼女は周囲からないがしろにされていてな。俺は、いつもお傍に付いているうちに、悩みを聞いたりと話す機会が増えて、気付いた時には心を奪われていた」
 そんなある日、ローザに突然の縁談が決まった。何人もいる王女など政略結婚の道具であると理解はしていても、婚礼が近付くにつれ、ジークは胸の中をむしられる如く辛い日々を過ごしていたという。
「いよいよ、あと数日で婚礼だという夜、ローザに『自分を連れて逃げてくれ』と言われたんだ。顔も知らない相手となど結婚したくない、好きな男……つまり俺と一緒にいたいと言われてな。俺は嬉しくなって、全力を挙げて彼女と国を脱出したって訳さ。騎士と違って、『御庭番衆おにわばんしゅう』は出自をあまり問われないんだ。俺も先代の頭領に拾われた孤児で、本来はローザと結婚できるような身分じゃあなかった。多くの人に迷惑をかけたが、あの時は若かったからなぁ」
 言って、ジークは、からからと笑った。
「凄いな、まるで御伽話おとぎばなしのようだ」
 リューリが言うと、ジークは満足そうに頷いた。
 宿に戻ったリューリは、ウルリヒと二人で庭に出た。
「大先輩の話を聞けば、何か参考になることがあると思ったんだが」
 リューリの言葉に、ウルリヒは俯いた。
「僕には、ジーク様のような度胸はないよ……比べる対象が間違ってるよ」
「比べる必要はない。ただ、好感度というのは、常に近くにいることで上がりやすいと言えるのではないか? これは重要なことだ」
「そうかな……」
「少なくとも、今、アデーレに最も近い位置にいるのはウルリヒだ。つまり、第一関門は既に突破していると思わないか。騎士団の男どもよりも遥かに有利なんだぞ」
「そうかな……」
 煮え切らないウルリヒの様子に、リューリは少し苛立ちを覚えた。
「自分で言えないなら、私から伝えてやってもいいぞ」
「そ、それは駄目ッ!」
 ウルリヒが、リューリの両肩を掴んだ。
「そんなことをして、今の関係が壊れるのも怖い……お願いだから、アデーレには言わないでくれ」
「わ、分かった……」
 彼の必死な形相に気圧けおされ、リューリも、そう答えざるを得なかった。
 ――それにしても、昔の自分なら、ここまで他人の事情など気にすることすらなかったな……私は、変わってしまったのだろうか。
 リューリが、そんなことを考えていると、誰かが近付いてくる足音が聞こえてきた。
「二人とも姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか」
 振り向いた彼女の前には、アデーレが立っていた。
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