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光の中へ
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「智の女神」に恭順の意を示したフェリクスは、ご主人様と直接話がしたい、と望んだ。
彼の帰還に気を良くしたのか、「智の女神」は、フェリクスを、その内部に招き入れた。
フェリクスは、光の翼の力で浮揚しながら、淡く光る壁面に覆われた通路を進んだ。
幾重にも重なる扉をくぐった先にあったのは、「智の女神」の心臓部にあたると思われる、小さな部屋だった。
そこには、薄青く色づいた、水晶を思わせる巨大な結晶が、祭壇にも見える台の上に置かれていた。
室内には、魔導絡繰りの微かな駆動音が響いている。
周囲の壁一面には、優美な曲線で構成された魔導絡繰りが埋め込まれており、それらは、結晶の置かれている祭壇に接続されていた。
更に見ると、人間で言えばニ十歳くらいに見える若い女性が一人、結晶に内包されている。
不思議な光沢を持つ薄物の衣をまとった彼女の表情は穏やかであり、安らかな眠りについているようでさえあった。
長く伸ばされた白に近い金髪や、その美しい面差しは、セレスティアとの血縁を感じさせる。
彼女が、「智の女神」こと「プルム」であるのは間違いなかった。
どのような技術なのかは分からないものの、「プルム」は、生きた状態で結晶の中に入っているらしい。
フェリクスが、室内を眺めていると、周囲が、ふわりと明るくなった。
「――おかえりなさい、『七号』」
フェリクスの脳内に、「プルム」の声が入り込む。
「分かってくれて、嬉しいわ。執行人形態になった『不死身の人造兵士』が一人でもいるなら、『人間』たちを速やかに殲滅できるわね。これで、『ニクス様』の望みが叶えられる……!」
先刻の、破壊の限りを尽くしていた時とは打って変わった、無邪気な口調だ。
これが、「プルム」の本来の気性なのかもしれなかった。
「……それは、できない相談だな」
フェリクスは、ぼそりと答えた。
「……何を、言っているの? お前は、私をご主人様と認めて服従すると言った筈でしょう?!」
信じられない、といった様子で、「プルム」が叫んだ。
「俺が、嘘を吐かないとでも思ったのか? ここに入る為に、これしか思いつかなかっただけだ」
言って、フェリクスは肩を竦めた。
彼には、初めから、人間たちを裏切るつもりなど露ほどもなかった。
アーブルに声をかけられた際は驚いたが、我ながら上手く誤魔化せたのではないか、とフェリクスは思っていた。
――ああ、また怒ったアーブルに鼻を摘ままれて叱られるんだろうな。
ふと、考えた彼だったが、それは、もう起こり得ないことなのだと気付いた。
「この反応は……まさか?!」
取り乱し、怯えた声で「プルム」が言った。
「お前が、俺に植え付けた『仕組み』の一つだ。間もなく、ここは、俺と、お前もろとも対消滅で吹き飛ぶのだろう?」
瀕死の状態に陥ったのを切っ掛けに執行人形態へと変化した時、フェリクスは、自身の能力を全て把握していた。
そして、「智の女神」の内部に入り込むことに成功した彼は、自身に植え付けられていた「仕組み」――「対消滅による自爆」を発動させた。
警戒され、途中で阻止されることなく「智の女神」を消し去るには、これしかないと、フェリクスは考えたのだ。
「やめなさい!!」
室内が、「プルム」の動揺を表してか、激しく明滅する光に溢れた。
「反応が始まれば、俺自身の意思でも止めることはできない。……それは、お前が一番よく知っている筈」
「こんなの……こんなの認めない……ッ!!」
「だが、お前には、一つだけ感謝している」
フェリクスは、「プルム」に優しく微笑みかけた。
「お前が生み出してくれたお陰で、俺は、愛する人や友人たち……命を懸けても後悔しないほどの大切な存在を得られた」
彼は、地下施設を出る際に見た、セレスティアの、今にも泣き出しそうな笑顔を思い浮かべていた。
――必ず戻るという約束……守れなかったな。
やがて、全てを消し去る光が、フェリクスと「プルム」を包み込んだ。
彼の帰還に気を良くしたのか、「智の女神」は、フェリクスを、その内部に招き入れた。
フェリクスは、光の翼の力で浮揚しながら、淡く光る壁面に覆われた通路を進んだ。
幾重にも重なる扉をくぐった先にあったのは、「智の女神」の心臓部にあたると思われる、小さな部屋だった。
そこには、薄青く色づいた、水晶を思わせる巨大な結晶が、祭壇にも見える台の上に置かれていた。
室内には、魔導絡繰りの微かな駆動音が響いている。
周囲の壁一面には、優美な曲線で構成された魔導絡繰りが埋め込まれており、それらは、結晶の置かれている祭壇に接続されていた。
更に見ると、人間で言えばニ十歳くらいに見える若い女性が一人、結晶に内包されている。
不思議な光沢を持つ薄物の衣をまとった彼女の表情は穏やかであり、安らかな眠りについているようでさえあった。
長く伸ばされた白に近い金髪や、その美しい面差しは、セレスティアとの血縁を感じさせる。
彼女が、「智の女神」こと「プルム」であるのは間違いなかった。
どのような技術なのかは分からないものの、「プルム」は、生きた状態で結晶の中に入っているらしい。
フェリクスが、室内を眺めていると、周囲が、ふわりと明るくなった。
「――おかえりなさい、『七号』」
フェリクスの脳内に、「プルム」の声が入り込む。
「分かってくれて、嬉しいわ。執行人形態になった『不死身の人造兵士』が一人でもいるなら、『人間』たちを速やかに殲滅できるわね。これで、『ニクス様』の望みが叶えられる……!」
先刻の、破壊の限りを尽くしていた時とは打って変わった、無邪気な口調だ。
これが、「プルム」の本来の気性なのかもしれなかった。
「……それは、できない相談だな」
フェリクスは、ぼそりと答えた。
「……何を、言っているの? お前は、私をご主人様と認めて服従すると言った筈でしょう?!」
信じられない、といった様子で、「プルム」が叫んだ。
「俺が、嘘を吐かないとでも思ったのか? ここに入る為に、これしか思いつかなかっただけだ」
言って、フェリクスは肩を竦めた。
彼には、初めから、人間たちを裏切るつもりなど露ほどもなかった。
アーブルに声をかけられた際は驚いたが、我ながら上手く誤魔化せたのではないか、とフェリクスは思っていた。
――ああ、また怒ったアーブルに鼻を摘ままれて叱られるんだろうな。
ふと、考えた彼だったが、それは、もう起こり得ないことなのだと気付いた。
「この反応は……まさか?!」
取り乱し、怯えた声で「プルム」が言った。
「お前が、俺に植え付けた『仕組み』の一つだ。間もなく、ここは、俺と、お前もろとも対消滅で吹き飛ぶのだろう?」
瀕死の状態に陥ったのを切っ掛けに執行人形態へと変化した時、フェリクスは、自身の能力を全て把握していた。
そして、「智の女神」の内部に入り込むことに成功した彼は、自身に植え付けられていた「仕組み」――「対消滅による自爆」を発動させた。
警戒され、途中で阻止されることなく「智の女神」を消し去るには、これしかないと、フェリクスは考えたのだ。
「やめなさい!!」
室内が、「プルム」の動揺を表してか、激しく明滅する光に溢れた。
「反応が始まれば、俺自身の意思でも止めることはできない。……それは、お前が一番よく知っている筈」
「こんなの……こんなの認めない……ッ!!」
「だが、お前には、一つだけ感謝している」
フェリクスは、「プルム」に優しく微笑みかけた。
「お前が生み出してくれたお陰で、俺は、愛する人や友人たち……命を懸けても後悔しないほどの大切な存在を得られた」
彼は、地下施設を出る際に見た、セレスティアの、今にも泣き出しそうな笑顔を思い浮かべていた。
――必ず戻るという約束……守れなかったな。
やがて、全てを消し去る光が、フェリクスと「プルム」を包み込んだ。
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