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求婚
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村長の娘であるマルムは、初めて会った日を境に、何かと理由を付けてフェリクスに会いに来るようになった。
誰の目から見ても、彼女がフェリクスに熱を上げているのは明らかだった。
マルムは、村長、つまり村の有力者の娘だ。
無下にすれば、モンスとシルワの立場が悪くなるかもしれない……かといって、マルムに求められるまま、親しい関係になれないということは、フェリクスも理解している。
どこの誰かも分からない自分に、まだ将来を考える余裕はない……マルムに限らず、軽々しく異性と付き合う訳にはいかないと、フェリクスは考えていた。
フェリクスが困惑しているのを見たモンスとシルワも、なるべく彼がマルムに会わずに済むよう気遣ってくれるものの、限界はあった。
そして、村の若い男たちの中には、フェリクスに冷たい態度を取る者が現れ始めた。
マルムは村長の一人娘であり、彼女の配偶者になる者は、そのまま跡継ぎになることが決まっているも同然だ。
余所者であるフェリクスが村長の後釜に座ることなど許せないと考え、また嫉妬する者が現れるのは自明の理だろう。
フェリクスは、自分の行いだけでは解決できない事態を前に、沈んだ気持ちで過ごす日々が増えた。
そんなある日、畑での作業を終えて家に戻ろうとしていたフェリクスは、マルムに呼び止められた。
「あの……お話ししたいことがあるの。すぐに済むから」
無視する訳にもいかないだろうと、フェリクスは彼女の後について行った。
マルムは、使う者がいなくなって放置されている納屋の中へと、フェリクスを誘った。
納屋に入ると、彼女は、少しの間もじもじしていたが、意を決したのか、口を開いた。
「私、この村が嫌いだったわ。何もなくて、畑仕事や、その他の作業に追われて一生が終わってしまう……そんなの、我慢できないって思ってた」
頬を染め、呟くように話すマルムを、フェリクスは黙って見ていた。
「母方の親類が街にいて、私は学校で勉強するという名目で、その人の家に住まわせてもらっていたの。街には、物も娯楽も何でもあって、毎日が楽しかったわ。私は家の跡継ぎだから、学校を出たら村に戻るしかなくて、すごく嫌だった。でも……」
マルムは、顔を上げ、フェリクスの目を見つめた。
「あなたが私と一緒になってくれるなら、村に残って、家を継いでもいいと思ったの。そう言えば、きっと父さんだって許してくれるわ」
「一緒になる、とは……婚姻を結ぶという意味か?」
フェリクスは、戸惑っていた。マルムの中では、既に彼との婚姻が決定事項になっているらしい。
「うちは、お金だって多少はあるし、あなただって今の家より、いい暮らしができるわよ」
「待ってくれ」
マルムの言葉を、フェリクスは遮った。
「俺は、どこの誰かも分からないし、何も持っていない。君に相応しくないことくらい自分でも分かる。無理な話だ」
「いいの! 私、初めて会った時に、あなたしかいないって思ったわ。都会では、本人同士の合意だけで結婚する人たちもいるのよ」
フェリクスは、何を言っても通じなさそうな気配をマルムに感じた。彼は背筋が寒くなるような感覚を覚えた。
「本人同士の合意?君は、俺の気持ちを聞いていないと思うが」
ようやく、フェリクスが言葉を絞り出すと、マルムは不思議そうな目で、彼を見上げた。
「フェリクスは、私が嫌いなの?」
「……嫌い、ではない」
「それなら……」
「……少なくとも、今の暮らしを捨てて、君と共に暮らしたいと思うほどの関心はない」
フェリクスの言葉を聞いたマルムの顔が、紙のように白くなった。拒絶されることなど、考えていなかったのだろう。
マルムは無言で唇を噛み締め、身を震わせていたが、不意に背を向け、小走りに納屋から出て行った。
彼女を傷つけてしまったのだと、フェリクスも気付いた。しかし、これだけは自身の意思を曲げる訳にはいかなかった。
誰の目から見ても、彼女がフェリクスに熱を上げているのは明らかだった。
マルムは、村長、つまり村の有力者の娘だ。
無下にすれば、モンスとシルワの立場が悪くなるかもしれない……かといって、マルムに求められるまま、親しい関係になれないということは、フェリクスも理解している。
どこの誰かも分からない自分に、まだ将来を考える余裕はない……マルムに限らず、軽々しく異性と付き合う訳にはいかないと、フェリクスは考えていた。
フェリクスが困惑しているのを見たモンスとシルワも、なるべく彼がマルムに会わずに済むよう気遣ってくれるものの、限界はあった。
そして、村の若い男たちの中には、フェリクスに冷たい態度を取る者が現れ始めた。
マルムは村長の一人娘であり、彼女の配偶者になる者は、そのまま跡継ぎになることが決まっているも同然だ。
余所者であるフェリクスが村長の後釜に座ることなど許せないと考え、また嫉妬する者が現れるのは自明の理だろう。
フェリクスは、自分の行いだけでは解決できない事態を前に、沈んだ気持ちで過ごす日々が増えた。
そんなある日、畑での作業を終えて家に戻ろうとしていたフェリクスは、マルムに呼び止められた。
「あの……お話ししたいことがあるの。すぐに済むから」
無視する訳にもいかないだろうと、フェリクスは彼女の後について行った。
マルムは、使う者がいなくなって放置されている納屋の中へと、フェリクスを誘った。
納屋に入ると、彼女は、少しの間もじもじしていたが、意を決したのか、口を開いた。
「私、この村が嫌いだったわ。何もなくて、畑仕事や、その他の作業に追われて一生が終わってしまう……そんなの、我慢できないって思ってた」
頬を染め、呟くように話すマルムを、フェリクスは黙って見ていた。
「母方の親類が街にいて、私は学校で勉強するという名目で、その人の家に住まわせてもらっていたの。街には、物も娯楽も何でもあって、毎日が楽しかったわ。私は家の跡継ぎだから、学校を出たら村に戻るしかなくて、すごく嫌だった。でも……」
マルムは、顔を上げ、フェリクスの目を見つめた。
「あなたが私と一緒になってくれるなら、村に残って、家を継いでもいいと思ったの。そう言えば、きっと父さんだって許してくれるわ」
「一緒になる、とは……婚姻を結ぶという意味か?」
フェリクスは、戸惑っていた。マルムの中では、既に彼との婚姻が決定事項になっているらしい。
「うちは、お金だって多少はあるし、あなただって今の家より、いい暮らしができるわよ」
「待ってくれ」
マルムの言葉を、フェリクスは遮った。
「俺は、どこの誰かも分からないし、何も持っていない。君に相応しくないことくらい自分でも分かる。無理な話だ」
「いいの! 私、初めて会った時に、あなたしかいないって思ったわ。都会では、本人同士の合意だけで結婚する人たちもいるのよ」
フェリクスは、何を言っても通じなさそうな気配をマルムに感じた。彼は背筋が寒くなるような感覚を覚えた。
「本人同士の合意?君は、俺の気持ちを聞いていないと思うが」
ようやく、フェリクスが言葉を絞り出すと、マルムは不思議そうな目で、彼を見上げた。
「フェリクスは、私が嫌いなの?」
「……嫌い、ではない」
「それなら……」
「……少なくとも、今の暮らしを捨てて、君と共に暮らしたいと思うほどの関心はない」
フェリクスの言葉を聞いたマルムの顔が、紙のように白くなった。拒絶されることなど、考えていなかったのだろう。
マルムは無言で唇を噛み締め、身を震わせていたが、不意に背を向け、小走りに納屋から出て行った。
彼女を傷つけてしまったのだと、フェリクスも気付いた。しかし、これだけは自身の意思を曲げる訳にはいかなかった。
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