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密談

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 さらさらと水の流れる音に、規則的に打ち下ろされる鹿威ししおどしの音が混じる。
 時折、池に飼われている小魚の跳ねる水音が静寂を乱す。
 陸は、小さな日本庭園に設けられた東屋あずまやのベンチに腰掛け、非日常的な空気を味わっていた。
 隣には、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の司令である八尋やひろが、ゆったりと座っている。
 目上の者が傍にいることと、着慣れないスーツの窮屈さが、僅かだが陸に緊張をもたらしていた。
「緊張しているね」
「は、はい……こういう時、どうすればいいのか、よく分からないので……」
 八尋やひろに話しかけられて、陸は、しどろもどろになりつつ答えた。
「今日はプライベートだ。私が友人に会うついでに、可愛がっている部下たちを紹介するというだけだし、もっとリラックスしてくれたまえ」
 笑って言う八尋やひろを前に、陸は小さく息をついた。 
 少し離れたところでは、やはりスーツ姿の真理奈まりな桜桃ゆすらたたずみ、花と緑に囲まれた茶室を眺めている。
「都心に近いところとは思えませんね」
「そうですね。ここは、特に空気が清浄なものに感じます」
 みやびな風景の中、二人の美しい女性が並んで語らう様は一幅の絵のようだなと、陸は思った。
「不思議なり。如何いかにぞや、この場所は懐かしさを覚えるのである」
ぽつりと呟いたヤクモの言葉に、陸は首を傾げた。
「ヤクモは、ここを知っているの?」
「ここを、と言うより、似た空気のある場所を知っている気がするというだけである」
「そうか、君が自分のことを思い出せるかもしれないと思ったんだけど」
「まぁ、今のままでも不都合はないのである」
「俺も、慣れたよ」
 二人は、揃って小さく笑った。
 ふと、陸は新たに加わった人の気配に目を向けた。
「待たせて済まない、ちょっと急な用事があってね」
 そう言いながら庭に現れたのは、志摩しま総一郎そういちろうだった。
 現在の政権を握る「民自党」の議員にして、次の総裁選の最有力候補と呼ばれている男だ。
 既製品ではなくあつらえたと分かるスーツをきちんと着こなし、堂々とした立ち姿は、これまで陸がテレビやネットで見てきた彼の姿そのままだった。
「ずいぶん待たせてくれたな」
 言葉とは裏腹に、八尋が志摩に手を振りながら立つのを見て、陸も慌てて立ち上がった。
 真理奈と桜桃ゆすらも、東屋あずまやの傍へ歩いてくる。
「一人なのか?」
 八尋に尋ねられた志摩は首を振った。
「護衛は門の外に待たせている。君こそ……ああ、『彼』がいるなら心配ないか」
 言って、志摩が陸たちのほうへ向き直った。
八尋やひろ以外は初めましてだね。私は志摩しま総一郎そういちろう八尋やひろとは同級生で、一緒にヤンチャした仲さ」
 志摩は、いたずらっぽく微笑んだ。思いの外、気さくな人物のようだ。
 真理奈と桜桃ゆすらが、それぞれ挨拶した後、陸は何と言うべきか少し迷った。
 ――冷泉れいぜいさんや花蜜はなみつさんと違って、俺は「怪戦」の「職員」という訳でもないし……
「……ということは、君が風早かぜはやくんだね」
「は、はい。風早かぜはやりくと申します。よろしくお願いいたします」
 先回りしてくれた志摩に答える形で、陸は何とか挨拶を済ませた。
「君のことは、八尋やひろから大まかにだが聞いている。だから、安心していいぞ」
 志摩の言葉に陸は驚くと共に、彼らの間にある信頼関係を垣間見た気がした。
 陸たちは、志摩の案内で茶室に上がり込んだ。
「まぁ、かしこまらずらくにしてくれ」
 何とはなしに正座していた陸に、志摩が言った。
「ここは、私の祖父が建てた別邸……という程には立派なものでもないが、ほとんど知られていない場所だ。内緒話も安心してできるというものさ」
「早速だが、本題に入ろうか。君が提供したい情報というのは、どういうものだ?」
 八尋やひろの言葉に、志摩は頷いた。
「ここ最近、『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』周辺が騒がしいことになっていると思うが、それに関連する情報を得た」
 一旦、言葉を切った志摩を、陸たちは見つめた。
「我が民自党所属の光明院こうみょういん氏が、火草ひくさ王造おうぞうと接触しているらしい」
火草ひくさ? だが、彼はもう……」
 八尋やひろは驚いた様子を見せたものの、陸は聞き覚えのない名に首を傾げた。
 真理奈と桜桃ゆすらを見ると、やはり、どう反応したものか戸惑っているらしい。
「ああ、君たちは知らないだろうね。火草ひくさ王造おうぞうというのは、かつて自らが築き上げた莫大な資産を元に、政界を影から動かしてきた人物なんだ。ただ、それも昔の話で、二十年近く前に大病を患ってからは、判断力も著しく低下したということで引退同然だった」
 八尋やひろの言葉を引き取って、志摩が続けた。 
火草ひくさ氏が現役の頃は、フィクサーとかキングメーカーとか呼ばれていて、非常に強い影響力を持っていた。彼が引退して長い時間が経ち、その傘下にいた政治家も大半が引退して、かなり政界の浄化が進んできたと思った矢先……復活したという情報があってね」
「もしかして、総裁選で光明院こうみょういん氏支持に傾いている議員たちに、その火草ひくさという人物が何らかの『援助』をしている可能性があるということですか」
 陸が言うと、志摩は渋い顔で頷いた。
「残念だが、その可能性が高い。そもそも、光明院こうみょういん氏の『怪戦』解体論も突然出てきた話で、私は火草ひくさ氏の入れ知恵ではないかと思っている」
「『怪戦』解体論が、その火草ひくさという方の入れ知恵だとして……その方自身が『怪戦』を邪魔だと思っているということですか」
 真理奈も、解せぬという顔で呟いた。
光明院こうみょういん氏は政治家としては良くも悪くも凡庸な代わりに、極端な暴論を言う人物ではなかった。ただ、二世議員とか亡くなった親の七光りと言われるのを嫌がっていて、実績を欲しがっていた。『怪異』の中には、そういう心に付け込む者もいると聞いている」 
「はい、人間と同等あるいはそれ以上の知恵を持ち、人の心を惑わす『怪異』も存在します」
 志摩の言葉に、桜桃ゆすらも真剣な表情で答えた。
「なるほど、光明院こうみょういん氏のみではなく、火草ひくさ王造おうぞうの周辺も調べる必要があるということか。仮に『怪異』絡みでなかったとしても、関わった議員たちの不正が明らかになれば、民自党は大変なことになると思うが」
 言って、八尋やひろが志摩の顔を見た。
「それは仕方のないことだ。国民から預かった『信頼』をモノや金で売るような人間は、どの道、政治に関わるべきではないのだから」
 そう言い切る志摩に、陸は彼の覚悟を感じた。
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