一度死んだから後の人生はオマケです~こちら怪異戦略本部~

くまのこ

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毒を制する毒

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 ここしばらくの間、陸が怪異討伐の現場に赴くことはなかった。
 「怪異」の出現も、最近は対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたいのみで対処可能な程度のものしか見られていない。
 とはいえ、陸とヤクモが暇を持て余しているなどということは当然なく、彼らは、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の研究施設にて、連日のようにデータを取られている。
「それでは、疑似標的デコイを出しますから、『破壊光線』を照射してください」
 マイク越しに、冷泉れいぜい真理奈まりなが指示を飛ばした。
 特殊金属の壁と分厚い強化ガラスに覆われた実験ブースの中で、戦闘服とバイザー付きインカムを身に着けた陸は、前方に複数設置された人型の疑似標的デコイを見た。
「それじゃヤクモ、頼んだよ」
「承知した」
 陸に言われたヤクモは彼と入れ替わり、肉体の主導権を握った。
 ヤクモが差し出した右手から、白く輝く「破壊光線」が発射されると、並んでいた疑似標的デコイが、次々と蒸発する如く崩壊していく。
「今のは、全力ですか?」
いな。全力だと、この部屋の施設まで壊してしまうであろう。かなり手加減しておるわ」
 真理奈の質問に、ヤクモが笑って答えた。
「次は、物理攻撃のデータを取ります」
 真理奈の指示を受けた職員たちが、台車に載せて運んできた金属――おそらくステンレス製の板を、デコイのあった辺りに設置する。
 横から見ると、板は厚さ5、6センチはありそうだ。
「そのステンレスの板を、素手で殴ってみてください。手加減は不要です」
 再び、真理奈の指示が飛ぶ。
 ――さすがに、ちょっと痛そうだなぁ……。
 肉体の奥から様子を見ていることしかできない陸は、内心で呟いた。
 一方、ヤクモは自分の右手を見ている。
来栖くるす元宮もとみやが、正しい拳の握り方をしなければ怪我をすると言っておったのである……」
 ヤクモは、来栖たちに教わった通りに拳を握り、正拳突きの構えをとった。
 存外、律儀なところもあるなと陸が思うと同時に、ヤクモの放った拳は、ステンレスの板に大きな穴を開けながら貫通していた。
「これでよいのか、真理奈まりなよ」
 板に開いた穴から手を抜きつつ、インカム越しにヤクモが言った。
「結構です。ヤクモの物理攻撃は、少なくとも、ロケットランチャー並みの威力があるということですね。しかし……」
「何ぞ、問題でもあるか?」
 真理奈の言葉に、ヤクモが首を傾げた。
「私を下の名前で呼び捨てにすることは許可しません。立場をわきまえなさい」
 やや苛立ちを感じさせる彼女の声に、陸は体内で思わず身を縮めたが、ヤクモは、どこ吹く風という様子だ。
冷泉れいぜいでは呼びにくいのである。われ其方そなたしもべなどにあらず、したがって、どう呼ぼうと勝手であろう」
「これだから『怪異』は……」
 マイクを通して、真理奈の声が、ため息交じりに響いた。
「……一旦、休憩します。風早かぜはやりくおよび『ヤクモ』は、実験ブースから退出してください」
「やれやれなのである」
 そう言うと、ヤクモは体内に引っ込んでしまい、陸の意識が表に押し出された。
「お疲れ様でした」
 実験ブースから出た陸を、付き添いで来ていた桜桃ゆすらねぎらった。
「まぁ、俺は何もしてないんですけどね」
 陸は頭を掻きながら、照れ笑いした。
 その傍らで、真理奈が手にしたタブレットを見ながら、ぶつぶつと呟いている。
「……一見、物理攻撃に見えても、命中の瞬間、拳の周囲に不可思議な力場が発生している……これが、威力を増大させ、かつ肉体の破壊を防いでいる可能性がある……」
「そんなことが起きてるんですね。自分では、全然分かりませんでした」
 陸が声をかけると、真理奈は、びくりと肩を震わせ、我に返ったようだった。
「ええ、これらの現象を人工的に再現して、『怪異』を倒す為の武装に取り入れたいのです。特に『破壊光線』は実体を持たない『怪異』にもダメージを与えられるようなので、再現できれば大幅な戦力増強が期待できます。いつか起きると言われている『怪異暴走スタンピード』への備えが必要ですからね」
 「怪異暴走スタンピード」という言葉は、この世界の者であれば必ず耳にしたことのあるものだ。
 数十年あるいは数百年といった不安定な周期で起きる、狂暴な「怪異」の大発生――いつ、世界中のどこで起きるか予測することもできない、原因不明の災害である。放置しておいても自然に鎮静化するものではあるが、仮に都市部で発生したなら目も当てられない。
 日本では二百年ほど前に起きたのが最後と言われているものの、常に備えは必要とされている。
「その、『破壊光線』という呼び名、どうも野暮ったいのである。もっと格好のいい名はないのであるか」
 ヤクモが、口を挟んだ。
「格好いいって、例えば、どんな?」
「プラズマバーニングレーザーとか、色々あるであろう」
 陸が問いかけると、ヤクモは嬉々として答えた。
「あの『破壊光線』はプラズマでもバーニングでも、ましてレーザーでもありませんから、何一つ合っていませんよ」
 やや呆れた様子で、真理奈が、ぼそりと突っ込んだ。
「むう、なり……」
「まぁ、勢いで変わった名前を付けると、後悔する可能性が高いから、とりあえず保留にしといたら?」
 不満げなヤクモを、陸はなだめた。
「でも、冷泉れいぜいさん、最近は普通に話してくれて、ちょっと嬉しいです」
 陸の言葉に、真理奈は、はっとしたように目を見開いた。
「あなたと馴れ合うつもりはありません」
 伏し目がちに、真理奈は言った。
「毒をもって毒を制すという言葉通り、あなたとヤクモは『毒を制す為の毒』、それだけの話です」
 真理奈の口調は冷たいものだったが、陸には、どこか彼女が無理をしているようにも感じられた。
「あの……」
 陸と真理奈の様子を心配そうに見守っていた桜桃ゆすらが口を開きかけた時、彼女のふところの辺りから、真っ白い小さな毛玉が這い出てきた。
 ハムスターほどの大きさの毛玉には、尖った二つの耳と、ふさふさした尻尾が付いている。
 桜桃ゆすらの「使い魔」、妖狐の一種と言われている「コンちゃん」だ。
 「コンちゃん」は、ちょこまかと空中を走るように真理奈へ近付くと、その肩に乗った。
 驚いた真理奈が肩に触れた手を、「コンちゃん」が小さな舌で優しく舐める。
「……桜桃ゆすらちゃん、いえ花蜜はなみつさん、この子を戻してくれませんか」
 真理奈が、「コンちゃん」から目を背けながら言った。
「コンちゃん、私のところに戻って」
 桜桃ゆすらが呼びかけると、「コンちゃん」は何度か振り返りながら、もと来た道を戻り、彼女のふところに潜り込んだ。
「子供の頃、まり……冷泉れいぜいさんが可愛がってくれたこと、『コンちゃん』は、ちゃんと覚えているんですよ」
 そう言って微笑む桜桃ゆすらを前に、真理奈は何か言いたげな素振りを見せつつも、無言で俯いた。
 ――本当に嫌なら、冷泉れいぜいさんは「コンちゃん」を払いのけていただろう。やはり、何か無理している感じがする……
 向きあう二人の姿を見ながら、陸は考えていた。
 と、実験室の出入り口の自動ドアが開き、白衣姿の職員が慌てた様子で駆け込んできた。
「失礼します。八尋やひろ司令がおいででです。風早かぜはやりくさんとの面会を希望されていますが、如何いかがいたしますか」
「司令が? そんな予定はなかった筈ですが……とりあえず、応接間へ御案内しておいてください」
 真理奈は驚きながらも職員に指示を出した。
八尋やひろ司令って……?」
「『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』の最高責任者、八尋やひろ京樹けいじゅ総司令官ですよ」
 首を傾げる陸に、桜桃ゆすらが説明した。
 陸も、八尋やひろの名前と顔は知っていた。テレビのニュースで流れる、国会の映像などで何度か見た彼は、「怪戦」の幹部の制服姿でなければ、風采の上がらない中年男といった印象だった。
「そんな偉い人が、俺に面会って……どういうことなんでしょうか」
 また自分の身の上に良からぬことがあるのではないか――陸は、少し不安になった。
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