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見えざるものと見える者
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通り魔被害の情報が住民たちに周知されているのか、公園内に人影はない。
入り口付近に陸と来栖、観月を残し、桜桃と伊織は二手に分かれて公園の奥へと歩いていった。
「認識阻害や光学迷彩の能力か……それじゃあ『怪異』がいたとしても、気付けないよね」
陸は、何とはなしに呟いた。
「そうか、其方たちには見えないものもあるのか。我の『見る力』だけを貸してやろう。それくらいなら、言わねば分かるまい」
ヤクモの言葉を受け、陸は周囲を見回した。
「……特に変わった感じはしないけど」
と、陸の目に、公園を囲む木々の間から姿を覗かせている何者かが映る。
それは、ムササビを思わせるシルエットを持つが、大きさはニホンザルほどもある獣に見えた。問題は、その獣が半透明である――明らかに尋常ではない存在と思われることだった。
「あそこに!」
陸は、思わず「半透明の獣」を指差した。
「ど、どこですか?」
彼の声に、観月が、きょろきょろと辺りを見回している。
「報告は分かりやすく具体的にしてくれ」
来栖も、腰に下げていた対怪異用拳銃を抜きつつ陸の指差す方向を凝視しているものの、その目には何も捉えられていない様子だ。
「なるほど、普通の人間には見えない存在のようであるな」
ヤクモの言葉が終わらないうちに、「半透明の獣」は、突然、陸たち目がけて滑空してきた。
飛んでくる獣が大きく開けた口の中に、鋭い牙が光って見える。無防備な状態で嚙みつかれでもすれば、かなりの傷を負うだろう。
「伏せて!」
獣を咄嗟に避けた勢いで尻餅をつきながら、陸は叫んだ。
来栖が、反射的に観月の頭を押さえながら地面に伏せる。その身体を、ぎりぎりで掠めながら、「半透明の獣」は進行方向にあった遊具に留まった。
「何か、いるんだな?」
観月と共に地面に伏せたまま、来栖が言った。
「はい、俺たちを襲う気みたいです。まだ、伏せていたほうがいいと思います」
自らは立ち上がりつつ、陸は「半透明の獣」を目で追った。
「どうしました!」
陸たちの声で、何かが起きていることに気付いたのだろう、別の場所を調べていた桜桃と伊織が駆け寄ってきた。
「そこに、『怪異』らしきものがいます!」
二人は、陸が指差した場所に目をやると、あっと小さく声を上げた。
次の瞬間、伊織が何か呪文のようなものを唱え、牙を剝き襲いかかろうとしている「半透明の獣」を、右手で鋭く指差した。
途端に「半透明の獣」の全身が青白い炎に包まれる。
焼き尽くされた「半透明の獣」は、やはり細かな粒子となって霧散した。
「あれは、人間の血液を好む『怪異』で、群れを作ることがあります。まだ周辺に同じ種族の個体が複数いるかもしれません。他の術師に応援を頼んで駆除しなければ。桜桃くんは、周囲を警戒してください」
スマートフォンを取り出した伊織は、陸たちから少し離れると、どこかへ連絡し始めた。
「そういえば、あの『怪異』の姿が見えたんですか? あれは、普通の人の目には見えないものなんですよ」
桜桃が、驚いた様子で陸の顔を見た。
「はい……ヤクモの力ですけど」
陸は、頭を掻きながら答えた。
「あいつが、『通り魔事件』の『犯人』なんでしょうか」
「まず、間違いありません。普通の人には姿が見えませんから、襲いかかってきても避けようがありませんし、何故怪我をしたのかも分からないでしょうね」
陸の言葉に、桜桃が周囲に目を配りつつ頷いた。
「な、何が起きていたんですか」
観月は不安げな顔で、「半透明の獣」が術で焼かれた辺りを見つめている。
「普通の人間には見えないタイプの『怪異』だったらしいな。目に見える相手でなければ、我々は対処の仕様がない……術師の力は、どうしても必要という訳だ」
小さく息をついて、来栖が呟いた。
「なに、只人であれば仕方のないことですよ。折角ここまで御足労いただいて何もなしという訳にもいかないでしょうし、『怪戦』への報告書作成は、来栖一尉にお任せしますか」
関係各所への連絡を終えたのか、気取った様子で伊織が歩いてきた。
その時、陸の目は、伊織の背後から滑空してくる「半透明の獣」の姿を捉えた。
「ヤクモ!」
陸が心の中で叫ぶと同時に、ヤクモが身体の主導権を握る。
跳躍して軽々と伊織の頭上を超えたヤクモは、飛行中の「半透明の獣」に、落下の勢いを借りたドロップキックを食らわせた。
「半透明の獣」は、ヤクモの蹴りの前に、あえなく粉々になり、消滅した。
「こ、これは……!」
振り向いた伊織は、驚きに目を剥いている。
「さすがの術師も、背中に目は付いていないようであるな」
ヤクモは、陸の姿のまま、にやりと笑った。
「風早さんとヤクモは、頼りになりますよね。私でも、あれほど速く反応できませんでした」
「なるほど、常人では考えられない身体能力……今のは緊急時ということで不問にしましょう」
目を輝かせながら言う桜桃の前で、伊織は、慌てて取り繕っている。
「俺が言おうとしたこと、すぐに分かってくれて嬉しかったよ、ヤクモ」
陸は、体内からヤクモに話しかけた。
「我としては、別に放っておいたところで構わなんだが、あれの如き輩とはいえ、怪我でもすれば、陸が悲しむと思うたまでよ」
ヤクモは心の中で陸に答えると、少し誇らしそうに微笑んだ。
入り口付近に陸と来栖、観月を残し、桜桃と伊織は二手に分かれて公園の奥へと歩いていった。
「認識阻害や光学迷彩の能力か……それじゃあ『怪異』がいたとしても、気付けないよね」
陸は、何とはなしに呟いた。
「そうか、其方たちには見えないものもあるのか。我の『見る力』だけを貸してやろう。それくらいなら、言わねば分かるまい」
ヤクモの言葉を受け、陸は周囲を見回した。
「……特に変わった感じはしないけど」
と、陸の目に、公園を囲む木々の間から姿を覗かせている何者かが映る。
それは、ムササビを思わせるシルエットを持つが、大きさはニホンザルほどもある獣に見えた。問題は、その獣が半透明である――明らかに尋常ではない存在と思われることだった。
「あそこに!」
陸は、思わず「半透明の獣」を指差した。
「ど、どこですか?」
彼の声に、観月が、きょろきょろと辺りを見回している。
「報告は分かりやすく具体的にしてくれ」
来栖も、腰に下げていた対怪異用拳銃を抜きつつ陸の指差す方向を凝視しているものの、その目には何も捉えられていない様子だ。
「なるほど、普通の人間には見えない存在のようであるな」
ヤクモの言葉が終わらないうちに、「半透明の獣」は、突然、陸たち目がけて滑空してきた。
飛んでくる獣が大きく開けた口の中に、鋭い牙が光って見える。無防備な状態で嚙みつかれでもすれば、かなりの傷を負うだろう。
「伏せて!」
獣を咄嗟に避けた勢いで尻餅をつきながら、陸は叫んだ。
来栖が、反射的に観月の頭を押さえながら地面に伏せる。その身体を、ぎりぎりで掠めながら、「半透明の獣」は進行方向にあった遊具に留まった。
「何か、いるんだな?」
観月と共に地面に伏せたまま、来栖が言った。
「はい、俺たちを襲う気みたいです。まだ、伏せていたほうがいいと思います」
自らは立ち上がりつつ、陸は「半透明の獣」を目で追った。
「どうしました!」
陸たちの声で、何かが起きていることに気付いたのだろう、別の場所を調べていた桜桃と伊織が駆け寄ってきた。
「そこに、『怪異』らしきものがいます!」
二人は、陸が指差した場所に目をやると、あっと小さく声を上げた。
次の瞬間、伊織が何か呪文のようなものを唱え、牙を剝き襲いかかろうとしている「半透明の獣」を、右手で鋭く指差した。
途端に「半透明の獣」の全身が青白い炎に包まれる。
焼き尽くされた「半透明の獣」は、やはり細かな粒子となって霧散した。
「あれは、人間の血液を好む『怪異』で、群れを作ることがあります。まだ周辺に同じ種族の個体が複数いるかもしれません。他の術師に応援を頼んで駆除しなければ。桜桃くんは、周囲を警戒してください」
スマートフォンを取り出した伊織は、陸たちから少し離れると、どこかへ連絡し始めた。
「そういえば、あの『怪異』の姿が見えたんですか? あれは、普通の人の目には見えないものなんですよ」
桜桃が、驚いた様子で陸の顔を見た。
「はい……ヤクモの力ですけど」
陸は、頭を掻きながら答えた。
「あいつが、『通り魔事件』の『犯人』なんでしょうか」
「まず、間違いありません。普通の人には姿が見えませんから、襲いかかってきても避けようがありませんし、何故怪我をしたのかも分からないでしょうね」
陸の言葉に、桜桃が周囲に目を配りつつ頷いた。
「な、何が起きていたんですか」
観月は不安げな顔で、「半透明の獣」が術で焼かれた辺りを見つめている。
「普通の人間には見えないタイプの『怪異』だったらしいな。目に見える相手でなければ、我々は対処の仕様がない……術師の力は、どうしても必要という訳だ」
小さく息をついて、来栖が呟いた。
「なに、只人であれば仕方のないことですよ。折角ここまで御足労いただいて何もなしという訳にもいかないでしょうし、『怪戦』への報告書作成は、来栖一尉にお任せしますか」
関係各所への連絡を終えたのか、気取った様子で伊織が歩いてきた。
その時、陸の目は、伊織の背後から滑空してくる「半透明の獣」の姿を捉えた。
「ヤクモ!」
陸が心の中で叫ぶと同時に、ヤクモが身体の主導権を握る。
跳躍して軽々と伊織の頭上を超えたヤクモは、飛行中の「半透明の獣」に、落下の勢いを借りたドロップキックを食らわせた。
「半透明の獣」は、ヤクモの蹴りの前に、あえなく粉々になり、消滅した。
「こ、これは……!」
振り向いた伊織は、驚きに目を剥いている。
「さすがの術師も、背中に目は付いていないようであるな」
ヤクモは、陸の姿のまま、にやりと笑った。
「風早さんとヤクモは、頼りになりますよね。私でも、あれほど速く反応できませんでした」
「なるほど、常人では考えられない身体能力……今のは緊急時ということで不問にしましょう」
目を輝かせながら言う桜桃の前で、伊織は、慌てて取り繕っている。
「俺が言おうとしたこと、すぐに分かってくれて嬉しかったよ、ヤクモ」
陸は、体内からヤクモに話しかけた。
「我としては、別に放っておいたところで構わなんだが、あれの如き輩とはいえ、怪我でもすれば、陸が悲しむと思うたまでよ」
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