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嫌悪と寛容
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「観月士長、今の発言の意図は?」
先刻まで陸と隊員たちのやり取りを微笑み交じりに眺めていた来栖が、真顔で声の主――観月に問いかけた。
――たしか、『対怪異戦闘部隊』一般枠の入隊試験は受験資格が十八歳以上だっけ。合格すれば二士からスタート、それから一年の教育期間を終えると全員が士長と呼ばれる階級になる……という話だったな。
まだ十代の終わりであろう観月を前に、陸は、来栖から受けたレクチャーの内容を思い出した。
よく見れば男性にしては可愛い部類に入る顔立ちの観月だが、険のある表情が本来の愛嬌を台無しにしていると、陸は感じた。
「文字通りです。自分の同期にも、そいつに負傷させられて入院中の者がいます。所詮は『怪異』だし、今は大人しくしていても、何をするか分かりません。そんな奴と一緒になんて、戦いたくありません! それに……」
陸への嫌悪それとも上官である来栖への畏れ、あるいはその両方からか、観月は少し震える声で言いながら、陸を睨めつけた。
「黙れ、観月。それ以上は駄目だ」
元宮が、なおも言葉を続けようとする観月に、制するような視線を送った。
「でも……!」
「分からんのか。元宮曹長は、お前の為に言っているんだ」
再び口を開こうとした観月の言葉を、来栖が遮った。
「百歩譲って、個々人に好き嫌いの感情があるのは仕方ない。しかし、風早くんと『ヤクモ』を我々の戦力として組み込むというのは上層部による決定だ。彼らと任務に就きたくないという言葉は命令違反、悪くすれば反逆の意思有りと取られる可能性もある」
観月は、穏やかではあるが重みのある来栖の口調に、我に返ったかのような表情を見せた。
「今のは聞かなかったことにする。自分が何の為に『怪戦』にいるのかを、よく考えろ」
「……申し訳ありません。頭を冷やしてきます。失礼します」
来栖に諭された観月は、一同に頭を下げた後、歯を食いしばりながら「体力錬成室」から出て行った。
「あの来栖という男、なかなかの策士であるな。多くの人間の前で、あのように言っておいたなら、我々に対し表立って敵対する者はいなくなるであろう」
陸の脳内に、ヤクモの声が響いた。
――なるほど、そこまで考えているのか。でも、ヤクモも結構鋭いところがあるな。
「そろそろ質問タイムも終わりだ。お喋りしに来た訳じゃないだろう」
ぱんぱんと手を叩きながら来栖が言うと、集まっていた隊員たちは元の場所に戻り、各々の訓練を再開した。
「来栖一尉殿がフォローしてくれて助かりました。自分は、どうも口下手で……」
元宮が、すまなそうに言った。
「なに、どうということはないさ」
そう言って微笑むと、来栖は陸に目を向けた。
「すまない、気を悪くしただろう。観月は、普段あんなことを言う奴ではないんだが、ご両親を『怪異』の所為で亡くしていてな。今回は大目に見てやってくれないか」
「いえ……俺は大丈夫です」
緊張状態から解放され、陸は、ため息をついた。
観月が自身に向けてきた、嫌悪と怒りの入り混じった目に見覚えがあると感じた陸は、ふと冷泉真理奈の顔を思い出した。
――冷泉さんも、観月くんのような事情があるのだろうか。
「それより、ヤクモが怒るんじゃないかと思って、そっちのほうがハラハラしましたよ」
「あのような子供の言うことに目くじらを立てるほど、我の器は小さくないのである」
陸が思わず胸に手を当てると、ヤクモの声が聞こえた。
「我々に対し、ああいう考えを持つ者がいるなど想定の範囲内である。それに、陸よ、ここでは、我々のほうが優位であることを忘れるでない。人間たちは、我々を恐れながらも、その力を必要としているのである」
「これは……腹話術……では、ないのか??」
ヤクモの声を聞いて目を丸くしている元宮に、来栖が声をかけた。
「風早くんの中にいる『ヤクモ』は、自らの声で話せるようになったんだ。……ヤクモ、君から見れば我々の要求は身勝手なものかもしれないが、どうか、これからも力を貸して欲しい。それと、俺は、個人的にも君たちを信用していると言ったが、それは本心だ」
そう言って、自分に向かって頭を下げる来栖の姿に、陸は面食らった。
「や、やめてください、来栖さん。俺も、分かっていますから」
「なに、我も、まだまだ人間の世界の旨いものを食したいからの。その為なら、其方らに協力するのも吝かではないのである」
二人の言葉を聞いた来栖が、ほっとした表情を見せた。
その様子に、ヤクモの言ったことにも一理あるのだと、陸は悟った。
一段落した後、陸は、空手と柔道の有段者だという来栖と元宮から格闘の基礎の手ほどきを受けた。
自分が、相手を殴る際の拳の握り方すら知らないことに気付いて、陸は、これまで如何に平和な生活をしてたのかが身に沁みた。
「よく考えたら、俺、取っ組み合いのケンカとかも、したことがないです」
「しなくて済むなら、それに越したことはないがな」
肩を窄める陸の背中を、ぽんぽんと軽く叩いて、来栖が笑った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
【覚えなくても困らないけど気になる方用のメモ】
怪異戦略本部・対怪異戦闘部隊の階級
上から
一佐、二佐、三佐、一尉、二尉、三尉、准尉、曹長、一曹、二曹、三曹、士長、一士、二士
佐官以上になると現場に出ることは少なくなる。将官も存在するがレアである。
一般枠の採用試験は18歳以上33歳未満であれば受験可能。
合格して入隊すると二士からスタート、半年で一士、一年の教育期間を終えると士長になる。
幹部候補生の採用試験の受験資格は大卒かつ20代であること。
合格して入隊すると曹長からスタート。一年の教育期間を終えると三尉になる。
※注:「怪異戦略本部」は架空の組織です
先刻まで陸と隊員たちのやり取りを微笑み交じりに眺めていた来栖が、真顔で声の主――観月に問いかけた。
――たしか、『対怪異戦闘部隊』一般枠の入隊試験は受験資格が十八歳以上だっけ。合格すれば二士からスタート、それから一年の教育期間を終えると全員が士長と呼ばれる階級になる……という話だったな。
まだ十代の終わりであろう観月を前に、陸は、来栖から受けたレクチャーの内容を思い出した。
よく見れば男性にしては可愛い部類に入る顔立ちの観月だが、険のある表情が本来の愛嬌を台無しにしていると、陸は感じた。
「文字通りです。自分の同期にも、そいつに負傷させられて入院中の者がいます。所詮は『怪異』だし、今は大人しくしていても、何をするか分かりません。そんな奴と一緒になんて、戦いたくありません! それに……」
陸への嫌悪それとも上官である来栖への畏れ、あるいはその両方からか、観月は少し震える声で言いながら、陸を睨めつけた。
「黙れ、観月。それ以上は駄目だ」
元宮が、なおも言葉を続けようとする観月に、制するような視線を送った。
「でも……!」
「分からんのか。元宮曹長は、お前の為に言っているんだ」
再び口を開こうとした観月の言葉を、来栖が遮った。
「百歩譲って、個々人に好き嫌いの感情があるのは仕方ない。しかし、風早くんと『ヤクモ』を我々の戦力として組み込むというのは上層部による決定だ。彼らと任務に就きたくないという言葉は命令違反、悪くすれば反逆の意思有りと取られる可能性もある」
観月は、穏やかではあるが重みのある来栖の口調に、我に返ったかのような表情を見せた。
「今のは聞かなかったことにする。自分が何の為に『怪戦』にいるのかを、よく考えろ」
「……申し訳ありません。頭を冷やしてきます。失礼します」
来栖に諭された観月は、一同に頭を下げた後、歯を食いしばりながら「体力錬成室」から出て行った。
「あの来栖という男、なかなかの策士であるな。多くの人間の前で、あのように言っておいたなら、我々に対し表立って敵対する者はいなくなるであろう」
陸の脳内に、ヤクモの声が響いた。
――なるほど、そこまで考えているのか。でも、ヤクモも結構鋭いところがあるな。
「そろそろ質問タイムも終わりだ。お喋りしに来た訳じゃないだろう」
ぱんぱんと手を叩きながら来栖が言うと、集まっていた隊員たちは元の場所に戻り、各々の訓練を再開した。
「来栖一尉殿がフォローしてくれて助かりました。自分は、どうも口下手で……」
元宮が、すまなそうに言った。
「なに、どうということはないさ」
そう言って微笑むと、来栖は陸に目を向けた。
「すまない、気を悪くしただろう。観月は、普段あんなことを言う奴ではないんだが、ご両親を『怪異』の所為で亡くしていてな。今回は大目に見てやってくれないか」
「いえ……俺は大丈夫です」
緊張状態から解放され、陸は、ため息をついた。
観月が自身に向けてきた、嫌悪と怒りの入り混じった目に見覚えがあると感じた陸は、ふと冷泉真理奈の顔を思い出した。
――冷泉さんも、観月くんのような事情があるのだろうか。
「それより、ヤクモが怒るんじゃないかと思って、そっちのほうがハラハラしましたよ」
「あのような子供の言うことに目くじらを立てるほど、我の器は小さくないのである」
陸が思わず胸に手を当てると、ヤクモの声が聞こえた。
「我々に対し、ああいう考えを持つ者がいるなど想定の範囲内である。それに、陸よ、ここでは、我々のほうが優位であることを忘れるでない。人間たちは、我々を恐れながらも、その力を必要としているのである」
「これは……腹話術……では、ないのか??」
ヤクモの声を聞いて目を丸くしている元宮に、来栖が声をかけた。
「風早くんの中にいる『ヤクモ』は、自らの声で話せるようになったんだ。……ヤクモ、君から見れば我々の要求は身勝手なものかもしれないが、どうか、これからも力を貸して欲しい。それと、俺は、個人的にも君たちを信用していると言ったが、それは本心だ」
そう言って、自分に向かって頭を下げる来栖の姿に、陸は面食らった。
「や、やめてください、来栖さん。俺も、分かっていますから」
「なに、我も、まだまだ人間の世界の旨いものを食したいからの。その為なら、其方らに協力するのも吝かではないのである」
二人の言葉を聞いた来栖が、ほっとした表情を見せた。
その様子に、ヤクモの言ったことにも一理あるのだと、陸は悟った。
一段落した後、陸は、空手と柔道の有段者だという来栖と元宮から格闘の基礎の手ほどきを受けた。
自分が、相手を殴る際の拳の握り方すら知らないことに気付いて、陸は、これまで如何に平和な生活をしてたのかが身に沁みた。
「よく考えたら、俺、取っ組み合いのケンカとかも、したことがないです」
「しなくて済むなら、それに越したことはないがな」
肩を窄める陸の背中を、ぽんぽんと軽く叩いて、来栖が笑った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
【覚えなくても困らないけど気になる方用のメモ】
怪異戦略本部・対怪異戦闘部隊の階級
上から
一佐、二佐、三佐、一尉、二尉、三尉、准尉、曹長、一曹、二曹、三曹、士長、一士、二士
佐官以上になると現場に出ることは少なくなる。将官も存在するがレアである。
一般枠の採用試験は18歳以上33歳未満であれば受験可能。
合格して入隊すると二士からスタート、半年で一士、一年の教育期間を終えると士長になる。
幹部候補生の採用試験の受験資格は大卒かつ20代であること。
合格して入隊すると曹長からスタート。一年の教育期間を終えると三尉になる。
※注:「怪異戦略本部」は架空の組織です
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