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◆彼の故郷へ
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リリエはナタンと共に、乗り合い車両を乗り継いでから、更に鉄道で彼の故郷であるクラージュ共和国へ向かった。
この国際列車線と呼ばれる路線は、大陸内の主要な国の都市を結ぶものだ。
以前は蒸気機関を動力にした列車が運行されていたが、現在は、徐々に魔導絡繰りを動力にしたものへと切り替えが進んでいた。
先進国と言われるクラージュ共和国の首都アミティエへ近付くにつれ、車窓の景色は田園から高層の建物が並ぶ都会へと変化していく。
ナタンから「両親に会って欲しい、将来を共にする『約束』をしたい」と言われ、リリエは幸せな気持ちに満ちていたものの、一方で、自分が彼の家族から、どう思われるかが不安でもあった。
その清廉な振る舞いから、ナタンは良い家の出ではないかと思ってはいたが、まさか、初代大統領のアーブル・エトワールの子孫にして、次期大統領候補であるヴァン・エトワールの息子であったというのは、リリエにとって青天の霹靂と言えた。
対して、自分は、ごく普通の一般市民であり、国政に携わる一族など遠い存在である――ナタンには、自分よりも相応しい相手がいるのではないかという考えも時折顔を覗かせるが、その度に、リリエはナタンの「君じゃないと、嫌だ」という言葉を思い出した。
――ナタンさんが、私を必要と言ってくれたのだ……そんなことを考えるほうが失礼なんだ……彼を、信じよう――
やがて、リリエたちを乗せた列車は、アミティエの中央駅に到着した。
クラージュの首都アミティエは活気に満ちていながらも、人々の表情は穏やかであり、国の豊かさと治安の良さが見て取れる。
「リリエ、こっちだ。あの乗り合い車両に乗れば、実家の近くまで行けるよ」
人の多さと賑やかさに圧倒されていたリリエは、ナタンに声を掛けられて我に返った。
勝手知ったる地元に戻ったナタンは、水を得た魚の如く、てきぱきと荷物を運ぶなどして動いている。
リリエたちが乗り合い車両の停車場へと歩いていると、白髪交じりで、きちんとした身なりの男が近付いてきた。
「ナタン坊ちゃん、探しましたよ」
五十代後半くらいだろうか、この実直そうな男は、ナタンの身内らしい。
「じ、じいや?!」
「今日、お戻りになると連絡がありましたので、奥様からお迎えにあがるように言われました。向こうに、車を待たせてあります。お連れ様も、御一緒にどうぞ」
たしかにナタンは事前に実家へ連絡を入れてはいたものの、迎えが来ることまでは予期していなかったのか、驚きに目を見開いていた。
彼は、慌てて男をリリエに紹介した。
「あ、この人は、ジャン。実家で色々な仕事をしてくれてるんだ。俺は『じいや』って呼んでるけど」
「エトワール家にお仕えしております、ジャン・ベルコと申します。あなたが、ナタン坊ちゃんの婚約者の方ですね?」
「じいや」ことジャンに「ナタンの婚約者」と呼ばれ、リリエは赤面した。
「リリエ・ワタツミと申します……よろしくお願いします」
とりあえず自己紹介してから、リリエはナタンに囁いた。
「あの、ご実家には、どういう風に連絡したんでしょうか?」
「どういう風にって……両親に紹介したい人がいるから連れて行くって言っただけだよ」
ナタンは、頭を掻きながら言った。
「坊ちゃんが旦那様たちに紹介したい方と言えば、将来を約束された方と相場は決まっています。ささ、どうぞ車にお乗りください」
ジャンに促され、リリエたちは、運転手付きの見るからに高級な黒塗りの車両へと乗り込んだ。
近代的な建物の並ぶ首都中心部を、リリエたちを乗せた車両は滑るように走っていく。
ふとリリエが隣に座っているナタンを見ると、彼は何故か渋い顔をしている。
リリエは、ナタンの顔から徐々に血の気が失せてきているような気がして、思わず彼に声を掛けた。
「大丈夫ですか? もしかして、乗り物酔いですか?」
ナタンは、びくりと肩を震わせた。
「……実家に帰ったら、両親に怒られるんだろうなって思って、何だか腹が痛くなってきたというか……」
「それは、いけません。最寄りの店かどこかで、手洗い場を貸してもらいましょう」
助手席に座っているジャンが、後部座席を振り返って言った。
「いや、気持ちの問題だから大丈夫だよ。でも、父さんたち、やっぱり怒ってるよね……」
「旦那様も、最初は『どうせ、すぐに泣いて帰ってくる』と楽観されていましたが、一ヶ月、三ヶ月と何の音沙汰もないとなると、流石に、ご心配されている様子を隠せなくなって……坊ちゃんからのお便りが届いた時は、本当に喜んでおいででした。今日は、何とか予定を調整して、奥様と御一緒に、屋敷でお待ちになっていますよ」
「やっぱり、顔を合わせたら怒られそうだなぁ」
ジャンの話を聞いていたナタンは、首を竦めた。
「でも、ナタンさんは、ご家族に愛されているんですね」
我がことのように嬉しくなったリリエが微笑んでみせると、ナタンも少し緊張が解けた表情を見せた。
この国際列車線と呼ばれる路線は、大陸内の主要な国の都市を結ぶものだ。
以前は蒸気機関を動力にした列車が運行されていたが、現在は、徐々に魔導絡繰りを動力にしたものへと切り替えが進んでいた。
先進国と言われるクラージュ共和国の首都アミティエへ近付くにつれ、車窓の景色は田園から高層の建物が並ぶ都会へと変化していく。
ナタンから「両親に会って欲しい、将来を共にする『約束』をしたい」と言われ、リリエは幸せな気持ちに満ちていたものの、一方で、自分が彼の家族から、どう思われるかが不安でもあった。
その清廉な振る舞いから、ナタンは良い家の出ではないかと思ってはいたが、まさか、初代大統領のアーブル・エトワールの子孫にして、次期大統領候補であるヴァン・エトワールの息子であったというのは、リリエにとって青天の霹靂と言えた。
対して、自分は、ごく普通の一般市民であり、国政に携わる一族など遠い存在である――ナタンには、自分よりも相応しい相手がいるのではないかという考えも時折顔を覗かせるが、その度に、リリエはナタンの「君じゃないと、嫌だ」という言葉を思い出した。
――ナタンさんが、私を必要と言ってくれたのだ……そんなことを考えるほうが失礼なんだ……彼を、信じよう――
やがて、リリエたちを乗せた列車は、アミティエの中央駅に到着した。
クラージュの首都アミティエは活気に満ちていながらも、人々の表情は穏やかであり、国の豊かさと治安の良さが見て取れる。
「リリエ、こっちだ。あの乗り合い車両に乗れば、実家の近くまで行けるよ」
人の多さと賑やかさに圧倒されていたリリエは、ナタンに声を掛けられて我に返った。
勝手知ったる地元に戻ったナタンは、水を得た魚の如く、てきぱきと荷物を運ぶなどして動いている。
リリエたちが乗り合い車両の停車場へと歩いていると、白髪交じりで、きちんとした身なりの男が近付いてきた。
「ナタン坊ちゃん、探しましたよ」
五十代後半くらいだろうか、この実直そうな男は、ナタンの身内らしい。
「じ、じいや?!」
「今日、お戻りになると連絡がありましたので、奥様からお迎えにあがるように言われました。向こうに、車を待たせてあります。お連れ様も、御一緒にどうぞ」
たしかにナタンは事前に実家へ連絡を入れてはいたものの、迎えが来ることまでは予期していなかったのか、驚きに目を見開いていた。
彼は、慌てて男をリリエに紹介した。
「あ、この人は、ジャン。実家で色々な仕事をしてくれてるんだ。俺は『じいや』って呼んでるけど」
「エトワール家にお仕えしております、ジャン・ベルコと申します。あなたが、ナタン坊ちゃんの婚約者の方ですね?」
「じいや」ことジャンに「ナタンの婚約者」と呼ばれ、リリエは赤面した。
「リリエ・ワタツミと申します……よろしくお願いします」
とりあえず自己紹介してから、リリエはナタンに囁いた。
「あの、ご実家には、どういう風に連絡したんでしょうか?」
「どういう風にって……両親に紹介したい人がいるから連れて行くって言っただけだよ」
ナタンは、頭を掻きながら言った。
「坊ちゃんが旦那様たちに紹介したい方と言えば、将来を約束された方と相場は決まっています。ささ、どうぞ車にお乗りください」
ジャンに促され、リリエたちは、運転手付きの見るからに高級な黒塗りの車両へと乗り込んだ。
近代的な建物の並ぶ首都中心部を、リリエたちを乗せた車両は滑るように走っていく。
ふとリリエが隣に座っているナタンを見ると、彼は何故か渋い顔をしている。
リリエは、ナタンの顔から徐々に血の気が失せてきているような気がして、思わず彼に声を掛けた。
「大丈夫ですか? もしかして、乗り物酔いですか?」
ナタンは、びくりと肩を震わせた。
「……実家に帰ったら、両親に怒られるんだろうなって思って、何だか腹が痛くなってきたというか……」
「それは、いけません。最寄りの店かどこかで、手洗い場を貸してもらいましょう」
助手席に座っているジャンが、後部座席を振り返って言った。
「いや、気持ちの問題だから大丈夫だよ。でも、父さんたち、やっぱり怒ってるよね……」
「旦那様も、最初は『どうせ、すぐに泣いて帰ってくる』と楽観されていましたが、一ヶ月、三ヶ月と何の音沙汰もないとなると、流石に、ご心配されている様子を隠せなくなって……坊ちゃんからのお便りが届いた時は、本当に喜んでおいででした。今日は、何とか予定を調整して、奥様と御一緒に、屋敷でお待ちになっていますよ」
「やっぱり、顔を合わせたら怒られそうだなぁ」
ジャンの話を聞いていたナタンは、首を竦めた。
「でも、ナタンさんは、ご家族に愛されているんですね」
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