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配られた手札
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「それじゃ、客間に案内するから、入ってくれ」
ニコに招かれ、ナタンたちは建物の中に入った。
内部は掃除が行き届いているのか、思いの外きれいだった。
案内された「客間」には、長椅子や卓子などの家具が備えられており、一般家庭のような雰囲気を醸し出している。
「街の奥」の住民に対し、得体の知れない者たちという印象を持っていたナタンは、彼らも、やはり自分と変わらない人間なのだろうかと思い直した。
ナタンたちが客間で待っていると、ニコと共に、三十代半ばに見える男が姿を現した。
淡い金髪に水色の目をした、理知的な面立ちの、一見無害そうな雰囲気の男――彼が、カヤの言う「力になってくれそうな昔馴染み」らしい。
無意識に、荒くれ者のような人物を想像していたナタンには、少し意外に感じられた。
「忙しいだろうに、急な話で悪いね、オリヴェルさん」
「あんたたちなら、いつでも歓迎だよ」
カヤの言葉に、オリヴェルと呼ばれた男は鷹揚な笑顔を浮かべて、ナタンたちの対面に座った。
「ところで、今日は、ずいぶんと、お供が多いな」
オリヴェルは、ナタンたちを、ぐるりと見回した。
「うちのお客さ。……ああ、この人が『力になってくれそうな人』のオリヴェルさんだよ」
カヤが、ナタンたちに向かって言った。
「俺のことは、カヤさんから聞いてるか? まぁ、故郷にいられなくなって、この街に隠れてるうちに、裏社会の連中と知り合うこともあってね。そういう方面の情報が欲しいんだろう?」
「は、はい」
オリヴェルに問いかけられ、ナタンは頷いた。
「ナタンさん、何が起きたのか、オリヴェルさんに聞かせてやっておくれ」
カヤに促されたナタンは、リリエが攫われた際のことを説明した。
黙って話を聞いていたオリヴェルだったが、リリエを拉致した破落戸たちの雇い主の名を聞くと、眉根を寄せた。
「ウリヤス……? うちの身内に、同じ名前の者がいるんだが」
「まさか、あいつが?」
隣に座っていたニコも、驚いた様子を見せた。
「まず、ウリヤスの所在を確認しろ。それと、最近の金の動きを見直さないと……」
「分かりました。少し、待っていてください」
オリヴェルの言葉に、ニコは立ち上がると、小走りに部屋を出て行った。
「ウリヤスという人は……どんな人なんですか」
ナタンが問いかけると、オリヴェルは険しい顔で答えた。
「俺の同志の中でも古株でな。口も頭も回るし、金の管理や商売に関することに明るいから頼りにしているんだ。俺たちの組織の為に尽くしてくれていたんだが……」
やがて、ニコが客間へと戻ってきた。
「ウリヤスは、今どこにいるか分かりません。心当たりの場所を探させています。それと、さっき若い連中に聞いたところ、最近、ウリヤスが余所者の発掘人風の連中と接触しているのを頻繁に見かけていたそうです。ただ、あいつのことだし、うちの事業に関係する何かの為だろうと思って、皆、気に留めていなかったらしくて……」
ニコの報告を聞いたオリヴェルは眉を曇らせた。
「限りなく黒に近い灰色だな。引き続き、情報を集めてくれ」
再びニコが部屋を出て行くと、オリヴェルは小さく溜め息をついた。
「一般人に迷惑をかけるのだけは駄目だと言っていたのに……うちの者が、申し訳ない」
口惜しさと悲しみを滲ませて、オリヴェルがナタンたちに頭を下げた。
彼は、ウリヤスという男を信頼していたのだろう。
「あ、あの、オリヴェルさんがやらせていた訳じゃないなら、俺は、あなたを責めたりしませんから……」
ナタンは、慌てて言った。
「カヤさん、後は俺たちに任せてくれ。いつまでも店を離れている訳にもいかないだろう?」
オリヴェルが言うと、カヤも頷いて立ち上がった。
「そうだね……じゃあ、私は、ここら辺でお暇させてもらおうか。後は、よろしく頼んだよ」
カヤは一人でも問題ないと言ったが、そういう訳にもいかないと、オリヴェルは配下の若者を護衛に付けて、彼女を帰らせた。
ナタンは、仲間と共に客間で情報が上がってくるのを待つ格好になったが、ただ待っているというのは、今の彼にとって辛いことだった。
落ち着きを失くしかけているナタンを見て、オリヴェルが口を開いた。
「そういえば、夕食は摂ったかい?」
その言葉を聞いた途端、ナタンの腹の虫が鳴いた。
「やだなぁ、こんな時に……」
思わず腹を押さえるナタンを見て、フェリクスやセレスティア、そしてラカニも口元を緩ませた。
「空腹だと、心にも余裕がなくなるものだ。それに、腹が減っては戦ができぬとも言うからな」
オリヴェルは、ナタンたちの為に、パンや、肉や野菜などの具が入ったスープといった軽い食事を客間まで運ばせた。
空腹であることを思い出したナタンは、いざという時に動けるようにとも考え、遠慮なく食事に手を付けた。
「このスープ、旨いな。赤いけど赤茄子味じゃないんだな?」
ラカニが呟くと、オリヴェルが頷いた。
「俺の故郷の料理なんだ。赤いのは赤茄子じゃなくて火焔菜だ」
「オリヴェルさんの故郷の……」
ナタンは言いかけて、一瞬、口を噤んだ。
「すみません。あれこれ聞いちゃ駄目ですよね」
彼の言葉に、オリヴェルが、くすりと笑った。
「そんなに気を遣わなくてもいいさ。故郷じゃあ、俺は国境を越えようとして死んだことになっているんだ。……ところで、ナタンと言ったな。言葉の訛りから見て、君はクラージュ辺りの生まれか?」
「は、はい。分かっちゃうものですね」
ナタンは、思わず首を竦めた。
「実際に行ったことはないが、あそこは良い国だそうだな。豊かなだけではなく、誰もに平等な権利と、思想や言動の自由が認められている。俺の故郷とは、大違いだ」
オリヴェルが、少し寂しそうに微笑んだ。
「俺の故郷……タイヴァス帝国は、皇帝と名乗る者と、その一族の独裁状態なんだ。反体制的な思想や言動などは以ての外、密告制度も存在していて、家族や隣人同士ですら監視し合っている有り様でな。僅かな特権階級だけが豊かな生活をしているが、殆どの国民は食うや食わずに近い状態だ。一般市民は国外に出るのはおろか、外国の情報を得るのも禁じられている……俺は、そんな故郷を、少しでも住みやすい国にしたいんだ」
「その為に、ここで事業を行って活動の為の資金を作っている訳か」
フェリクスが言うと、オリヴェルは頷いた。
ナタンのタイヴァス帝国についての印象は、北方の謎めいた国といったものだ。アルカナム魔導帝国の崩壊後に建国された国の一つであり、国交を結んでいる国が殆どないことから詳細が分からない、という程度の知識はあったが、オリヴェルの話を聞くに、まるで別世界のように感じた。
「そんなこと、俺たちに話しちゃっていいんですか」
「まさか、君たちがタイヴァスに密告なんてしないだろう?」
オリヴェルが、ふふと笑って言った。
「ナタンは、大勢の命を背負う者という雰囲気があるな」
「ええっ?」
突拍子もないことを言われた気がして、ナタンは驚いた。
「いや、何となく、そう感じたというだけさ。君は、いい家の生まれのようだからね。配られた手札は、存分に利用すればいいと思うよ」
配られた手札――自由を認められた国の生まれに偉大な先祖を持つ家柄と、それに付随する縁故、異能として生まれたこと――たしかに、それらは誰もが持ち得るものではないのだと、ナタンは思い至った。
ニコに招かれ、ナタンたちは建物の中に入った。
内部は掃除が行き届いているのか、思いの外きれいだった。
案内された「客間」には、長椅子や卓子などの家具が備えられており、一般家庭のような雰囲気を醸し出している。
「街の奥」の住民に対し、得体の知れない者たちという印象を持っていたナタンは、彼らも、やはり自分と変わらない人間なのだろうかと思い直した。
ナタンたちが客間で待っていると、ニコと共に、三十代半ばに見える男が姿を現した。
淡い金髪に水色の目をした、理知的な面立ちの、一見無害そうな雰囲気の男――彼が、カヤの言う「力になってくれそうな昔馴染み」らしい。
無意識に、荒くれ者のような人物を想像していたナタンには、少し意外に感じられた。
「忙しいだろうに、急な話で悪いね、オリヴェルさん」
「あんたたちなら、いつでも歓迎だよ」
カヤの言葉に、オリヴェルと呼ばれた男は鷹揚な笑顔を浮かべて、ナタンたちの対面に座った。
「ところで、今日は、ずいぶんと、お供が多いな」
オリヴェルは、ナタンたちを、ぐるりと見回した。
「うちのお客さ。……ああ、この人が『力になってくれそうな人』のオリヴェルさんだよ」
カヤが、ナタンたちに向かって言った。
「俺のことは、カヤさんから聞いてるか? まぁ、故郷にいられなくなって、この街に隠れてるうちに、裏社会の連中と知り合うこともあってね。そういう方面の情報が欲しいんだろう?」
「は、はい」
オリヴェルに問いかけられ、ナタンは頷いた。
「ナタンさん、何が起きたのか、オリヴェルさんに聞かせてやっておくれ」
カヤに促されたナタンは、リリエが攫われた際のことを説明した。
黙って話を聞いていたオリヴェルだったが、リリエを拉致した破落戸たちの雇い主の名を聞くと、眉根を寄せた。
「ウリヤス……? うちの身内に、同じ名前の者がいるんだが」
「まさか、あいつが?」
隣に座っていたニコも、驚いた様子を見せた。
「まず、ウリヤスの所在を確認しろ。それと、最近の金の動きを見直さないと……」
「分かりました。少し、待っていてください」
オリヴェルの言葉に、ニコは立ち上がると、小走りに部屋を出て行った。
「ウリヤスという人は……どんな人なんですか」
ナタンが問いかけると、オリヴェルは険しい顔で答えた。
「俺の同志の中でも古株でな。口も頭も回るし、金の管理や商売に関することに明るいから頼りにしているんだ。俺たちの組織の為に尽くしてくれていたんだが……」
やがて、ニコが客間へと戻ってきた。
「ウリヤスは、今どこにいるか分かりません。心当たりの場所を探させています。それと、さっき若い連中に聞いたところ、最近、ウリヤスが余所者の発掘人風の連中と接触しているのを頻繁に見かけていたそうです。ただ、あいつのことだし、うちの事業に関係する何かの為だろうと思って、皆、気に留めていなかったらしくて……」
ニコの報告を聞いたオリヴェルは眉を曇らせた。
「限りなく黒に近い灰色だな。引き続き、情報を集めてくれ」
再びニコが部屋を出て行くと、オリヴェルは小さく溜め息をついた。
「一般人に迷惑をかけるのだけは駄目だと言っていたのに……うちの者が、申し訳ない」
口惜しさと悲しみを滲ませて、オリヴェルがナタンたちに頭を下げた。
彼は、ウリヤスという男を信頼していたのだろう。
「あ、あの、オリヴェルさんがやらせていた訳じゃないなら、俺は、あなたを責めたりしませんから……」
ナタンは、慌てて言った。
「カヤさん、後は俺たちに任せてくれ。いつまでも店を離れている訳にもいかないだろう?」
オリヴェルが言うと、カヤも頷いて立ち上がった。
「そうだね……じゃあ、私は、ここら辺でお暇させてもらおうか。後は、よろしく頼んだよ」
カヤは一人でも問題ないと言ったが、そういう訳にもいかないと、オリヴェルは配下の若者を護衛に付けて、彼女を帰らせた。
ナタンは、仲間と共に客間で情報が上がってくるのを待つ格好になったが、ただ待っているというのは、今の彼にとって辛いことだった。
落ち着きを失くしかけているナタンを見て、オリヴェルが口を開いた。
「そういえば、夕食は摂ったかい?」
その言葉を聞いた途端、ナタンの腹の虫が鳴いた。
「やだなぁ、こんな時に……」
思わず腹を押さえるナタンを見て、フェリクスやセレスティア、そしてラカニも口元を緩ませた。
「空腹だと、心にも余裕がなくなるものだ。それに、腹が減っては戦ができぬとも言うからな」
オリヴェルは、ナタンたちの為に、パンや、肉や野菜などの具が入ったスープといった軽い食事を客間まで運ばせた。
空腹であることを思い出したナタンは、いざという時に動けるようにとも考え、遠慮なく食事に手を付けた。
「このスープ、旨いな。赤いけど赤茄子味じゃないんだな?」
ラカニが呟くと、オリヴェルが頷いた。
「俺の故郷の料理なんだ。赤いのは赤茄子じゃなくて火焔菜だ」
「オリヴェルさんの故郷の……」
ナタンは言いかけて、一瞬、口を噤んだ。
「すみません。あれこれ聞いちゃ駄目ですよね」
彼の言葉に、オリヴェルが、くすりと笑った。
「そんなに気を遣わなくてもいいさ。故郷じゃあ、俺は国境を越えようとして死んだことになっているんだ。……ところで、ナタンと言ったな。言葉の訛りから見て、君はクラージュ辺りの生まれか?」
「は、はい。分かっちゃうものですね」
ナタンは、思わず首を竦めた。
「実際に行ったことはないが、あそこは良い国だそうだな。豊かなだけではなく、誰もに平等な権利と、思想や言動の自由が認められている。俺の故郷とは、大違いだ」
オリヴェルが、少し寂しそうに微笑んだ。
「俺の故郷……タイヴァス帝国は、皇帝と名乗る者と、その一族の独裁状態なんだ。反体制的な思想や言動などは以ての外、密告制度も存在していて、家族や隣人同士ですら監視し合っている有り様でな。僅かな特権階級だけが豊かな生活をしているが、殆どの国民は食うや食わずに近い状態だ。一般市民は国外に出るのはおろか、外国の情報を得るのも禁じられている……俺は、そんな故郷を、少しでも住みやすい国にしたいんだ」
「その為に、ここで事業を行って活動の為の資金を作っている訳か」
フェリクスが言うと、オリヴェルは頷いた。
ナタンのタイヴァス帝国についての印象は、北方の謎めいた国といったものだ。アルカナム魔導帝国の崩壊後に建国された国の一つであり、国交を結んでいる国が殆どないことから詳細が分からない、という程度の知識はあったが、オリヴェルの話を聞くに、まるで別世界のように感じた。
「そんなこと、俺たちに話しちゃっていいんですか」
「まさか、君たちがタイヴァスに密告なんてしないだろう?」
オリヴェルが、ふふと笑って言った。
「ナタンは、大勢の命を背負う者という雰囲気があるな」
「ええっ?」
突拍子もないことを言われた気がして、ナタンは驚いた。
「いや、何となく、そう感じたというだけさ。君は、いい家の生まれのようだからね。配られた手札は、存分に利用すればいいと思うよ」
配られた手札――自由を認められた国の生まれに偉大な先祖を持つ家柄と、それに付随する縁故、異能として生まれたこと――たしかに、それらは誰もが持ち得るものではないのだと、ナタンは思い至った。
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