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風雲
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「俺たちの雇い主が、嬢ちゃんみたいな人材……魔法の技術に詳しい人を探しているんでね。さっき、あの店で聞いた話が本当なら、これ以上はないと思ってな。是非、一緒に来て欲しいんだ」
発掘人風の男が、唇の端に張り付いたような笑みを浮かべて言った。
それを目にしたナタンは、胸の奥に、ざわざわと不快な感覚が湧き出てくるような気がした。
リリエも何かを感じたのか、ナタンの手を、これまでになく、きつく握りしめている。
「あ、あの……わ、私には、やることがあるので……申し訳ありませんが、あなたたちの、お手伝いはできません」
少し震える声で、だが、はっきりとリリエは答えた。
「そういうこと。だから、俺たち帰るね」
ナタンは、リリエの手を引いて、歩き去ろうとした。
しかし、彼らの前に、更に何者かが現れ、立ち塞がった。
やはり、発掘人風の格好をした、最初に声をかけてきた男よりは少し若い、二人の男たちだ。
「誰も、嬢ちゃんに選択肢があるなんて言ってないぜ。何も、取って食おうって訳じゃねぇ。ちょいと『仕事』をしてもらおうってだけだ」
振り向いたナタンに、最初に声をかけてきた男が、笑みの消えた顔で告げた。
この男と、後から現れた二人は、仲間なのだろう。
身のこなしから見るに、三人は「戦士型の異能」、しかも荒事に慣れている様子だ。
「気を付けろ。この小僧も、『異能』らしいぞ」
「なに、流石に、俺たち三人を相手にはできないだろうさ」
「小僧は構わんが、女には傷を付けるなよ」
そんなことを言いながら、男たちは、じりじりと包囲を狭めてくる。力づくでリリエを拉致するつもりなのだろう。
現在ナタンたちがいる場所は、比較的治安が良いと言われる「表通り」だが、時折行き交う者たちは、悉く彼らの存在自体に気付かないふりをしている。
警察も軍隊も存在しない「無法の街」で無事に生きていくには、余計ないざこざに関わらないようにするのが鉄則だということを、今ならナタンも理解していた。
ナタンが初めてリリエに会った際、攫われそうになっていた彼女を助けようとして、破落戸に「頭は大丈夫か」と言われたのも、「無法の街」においては、その行為が無謀なものであった為だ。
――フェリクスとの手合わせで素早い動きにも目が慣れてきているし、一対一なら勝機はあるかもしれない……でも、帯剣した「異能」三人に囲まれてるところから、リリエを連れて離脱できるのか……いや、やるしかない!
覚悟を決めたナタンが腰に帯びた剣の柄に手をかけた、その時。
「……わ、分かりました。あなたたちに、ついていきます」
リリエが、震える声で言った。
「で、でも、依頼者の方が、どこの何方かも分からないのでは困ります。その方の、お名前と住んでいる場所を聞かせてください」
彼女の言葉を理解するのに、ナタンは少々の時間を要した。
「物分かりのいい嬢ちゃんで話が早いな。俺らの雇い主はウリヤスさんってんだ。仕事場は『街の奥』にあるんだが、今から案内してやるよ」
最初に声をかけてきた男が、再び口元を歪めて笑みを浮かべた。
「リリエ、駄目だ!」
思わずナタンは叫んだ。
「本人が、いいって言ってるんだ。お前は口出しするんじゃねぇ」
「ふざけるな! 俺は、リリエの護衛でもあるんだ! 彼女を守る義務と責任がある!」
男の言葉を聞いて、思わず抜剣しかけたナタンに、リリエが言った。
「……ナタンさん、契約を解除します。これで、あなたが私を守る義務もなくなります」
ナタンは、全身に冷水を浴びせられたような感覚を覚えたものの、あまりの衝撃に停止しかけた思考を全力で回転させた。
――リリエが、本気であんなことを言う訳がない。俺が、この三人と戦っても勝てない可能性が高いと考えて、彼女は自分から奴らに付いていくと言っているんだ。だとすれば、俺がやるべきことは……!
「嬢ちゃんが、こう言ってるんだから、お前には、もう関係ない話って訳だ。さっさと剣をしまいな」
そう言って、男の一人が素早くリリエの身体を小脇に抱えると、あっという間に路地の奥へと消えた。
残りの二人も、その後を追うように走り去った。
一方、ナタンは弾かれたように走り出すと、「躍る子熊亭」へ向かった。
彼の足なら数分もかからぬ距離だが、まるで夢の中で走っているかの如く、もどかしい道のりに感じられた。
食堂と兼用になっている入り口の扉を荒々しく開け、ナタンは「躍る子熊亭」に飛び込んだ。
彼の目に、テーブル席に着いているフェリクスとセレスティアの姿が映った。
二人の傍らでは、買取り屋の前で別れた筈のラカニが手を振っている。
「宿に帰る途中で、フェリクスたちと行き会ってさ。一緒にメシ食おうってことになったから、お前たちを待ってたんだぜ」
にこやかに笑いながら言ったラカニだったが、ぜいぜいと肩で息をしているナタンの様子に、怪訝そうな顔をした。
「……って、リリエは、どうしたんだ?」
それを見ていたフェリクスが、立ち上がってナタンに近付くと、彼の背中に手を当てた。
「とりあえず、ここに座れ。何が起きたか、話せるか?」
フェリクスに促され、椅子に腰を下ろしたナタンを、セレスティアとラカニも心配そうに見つめている。
ナタンは、先刻起きたことを努めて簡潔に話した。こうしている間にも、リリエがどうなっているのかと考えると、一分一秒が惜しかった。
「……俺が、強くないから……フェリクスみたいに強ければ、リリエを行かせたりしなくて済んだんだ……」
「君とリリエの判断は、少なくとも最悪の事態は避けられたという意味で正しかったと思う」
自らに対する怒りに、涙を滲ませながら歯噛みするナタンの背中を、フェリクスが優しく擦った。
「そうだな。下手に抵抗したら、お前だけじゃなく、リリエだって、どうなってたか分からないよな……こんなことなら、ナタンたちが宿に帰るまで一緒にいれば良かったぜ」
ラカニが少し悔しそうな顔を見せた。
「その方たちが、リリエの知識や技術を必要としているのであれば、彼女を傷つけたり命を奪ったりする可能性は低いでしょう。それでも、急いで対処しなければならないことには変わりありませんね」
セレスティアが、そう言ってフェリクスに目をやった。
「とはいえ、彼女が連れていかれた場所を特定しなければ、どうにもならんな。相手の名前だけでも聞き出せたなら、『街の奥』とやらへ行って片っ端から聞き込みでもするか」
フェリクスが、考える素振りを見せた。
「でも、その状況で情報を聞き出そうとするなんて、リリエも凄いな。一人で『無法の街』まで来るくらいだし、見かけによらず肝が据わってるんだな」
ラカニが感心した様子で言った。
「ちょいと、いいかい?」
一同の背後から声をかけてきたのは、宿の主人デリスの妻であるカヤだった。
「力になってくれそうな昔馴染みがいるんだ。案内しようか?」
「本当に?! お、お願いします!」
ナタンは、思わず椅子から立ち上がった。掴める物なら、藁でも籾殻でも掴みたい気持ちだった。
「実は、知り合いが経営してる宿から、客が一人、連れにも黙って姿を消してね。この街じゃ、宿代を踏み倒していなくなる客なんてのも珍しくないけど、その客も魔法の研究をしてるって言ってたから、もしかして同じ奴らに攫われたかもしれないと思ってさ」
「被害者が他にもいる可能性があるんだね」
「それに、うちのお客に手を出されて黙ってる訳にもいかないからね」
カヤは頷くと、カウンターの向こうにいる宿の主人、デリスに目を向けた。
「店のことなら心配ないから、行ってきてやりな」
そう言いながら、デリスはカウンターの下から一振りの刀を取り出し、カヤに渡した。
引退したとはいえ、元は腕利きの発掘人だったというカヤは頼りになりそうだと、ナタンは思った。
「事情は分からんが、カヤ姐さんが留守の間は、迷惑な客が来たら俺たちが追い出すから大丈夫だぜ」
奥のテーブル席で吞んでいた男たちが、陽気な笑い声を上げた。
発掘人風の男が、唇の端に張り付いたような笑みを浮かべて言った。
それを目にしたナタンは、胸の奥に、ざわざわと不快な感覚が湧き出てくるような気がした。
リリエも何かを感じたのか、ナタンの手を、これまでになく、きつく握りしめている。
「あ、あの……わ、私には、やることがあるので……申し訳ありませんが、あなたたちの、お手伝いはできません」
少し震える声で、だが、はっきりとリリエは答えた。
「そういうこと。だから、俺たち帰るね」
ナタンは、リリエの手を引いて、歩き去ろうとした。
しかし、彼らの前に、更に何者かが現れ、立ち塞がった。
やはり、発掘人風の格好をした、最初に声をかけてきた男よりは少し若い、二人の男たちだ。
「誰も、嬢ちゃんに選択肢があるなんて言ってないぜ。何も、取って食おうって訳じゃねぇ。ちょいと『仕事』をしてもらおうってだけだ」
振り向いたナタンに、最初に声をかけてきた男が、笑みの消えた顔で告げた。
この男と、後から現れた二人は、仲間なのだろう。
身のこなしから見るに、三人は「戦士型の異能」、しかも荒事に慣れている様子だ。
「気を付けろ。この小僧も、『異能』らしいぞ」
「なに、流石に、俺たち三人を相手にはできないだろうさ」
「小僧は構わんが、女には傷を付けるなよ」
そんなことを言いながら、男たちは、じりじりと包囲を狭めてくる。力づくでリリエを拉致するつもりなのだろう。
現在ナタンたちがいる場所は、比較的治安が良いと言われる「表通り」だが、時折行き交う者たちは、悉く彼らの存在自体に気付かないふりをしている。
警察も軍隊も存在しない「無法の街」で無事に生きていくには、余計ないざこざに関わらないようにするのが鉄則だということを、今ならナタンも理解していた。
ナタンが初めてリリエに会った際、攫われそうになっていた彼女を助けようとして、破落戸に「頭は大丈夫か」と言われたのも、「無法の街」においては、その行為が無謀なものであった為だ。
――フェリクスとの手合わせで素早い動きにも目が慣れてきているし、一対一なら勝機はあるかもしれない……でも、帯剣した「異能」三人に囲まれてるところから、リリエを連れて離脱できるのか……いや、やるしかない!
覚悟を決めたナタンが腰に帯びた剣の柄に手をかけた、その時。
「……わ、分かりました。あなたたちに、ついていきます」
リリエが、震える声で言った。
「で、でも、依頼者の方が、どこの何方かも分からないのでは困ります。その方の、お名前と住んでいる場所を聞かせてください」
彼女の言葉を理解するのに、ナタンは少々の時間を要した。
「物分かりのいい嬢ちゃんで話が早いな。俺らの雇い主はウリヤスさんってんだ。仕事場は『街の奥』にあるんだが、今から案内してやるよ」
最初に声をかけてきた男が、再び口元を歪めて笑みを浮かべた。
「リリエ、駄目だ!」
思わずナタンは叫んだ。
「本人が、いいって言ってるんだ。お前は口出しするんじゃねぇ」
「ふざけるな! 俺は、リリエの護衛でもあるんだ! 彼女を守る義務と責任がある!」
男の言葉を聞いて、思わず抜剣しかけたナタンに、リリエが言った。
「……ナタンさん、契約を解除します。これで、あなたが私を守る義務もなくなります」
ナタンは、全身に冷水を浴びせられたような感覚を覚えたものの、あまりの衝撃に停止しかけた思考を全力で回転させた。
――リリエが、本気であんなことを言う訳がない。俺が、この三人と戦っても勝てない可能性が高いと考えて、彼女は自分から奴らに付いていくと言っているんだ。だとすれば、俺がやるべきことは……!
「嬢ちゃんが、こう言ってるんだから、お前には、もう関係ない話って訳だ。さっさと剣をしまいな」
そう言って、男の一人が素早くリリエの身体を小脇に抱えると、あっという間に路地の奥へと消えた。
残りの二人も、その後を追うように走り去った。
一方、ナタンは弾かれたように走り出すと、「躍る子熊亭」へ向かった。
彼の足なら数分もかからぬ距離だが、まるで夢の中で走っているかの如く、もどかしい道のりに感じられた。
食堂と兼用になっている入り口の扉を荒々しく開け、ナタンは「躍る子熊亭」に飛び込んだ。
彼の目に、テーブル席に着いているフェリクスとセレスティアの姿が映った。
二人の傍らでは、買取り屋の前で別れた筈のラカニが手を振っている。
「宿に帰る途中で、フェリクスたちと行き会ってさ。一緒にメシ食おうってことになったから、お前たちを待ってたんだぜ」
にこやかに笑いながら言ったラカニだったが、ぜいぜいと肩で息をしているナタンの様子に、怪訝そうな顔をした。
「……って、リリエは、どうしたんだ?」
それを見ていたフェリクスが、立ち上がってナタンに近付くと、彼の背中に手を当てた。
「とりあえず、ここに座れ。何が起きたか、話せるか?」
フェリクスに促され、椅子に腰を下ろしたナタンを、セレスティアとラカニも心配そうに見つめている。
ナタンは、先刻起きたことを努めて簡潔に話した。こうしている間にも、リリエがどうなっているのかと考えると、一分一秒が惜しかった。
「……俺が、強くないから……フェリクスみたいに強ければ、リリエを行かせたりしなくて済んだんだ……」
「君とリリエの判断は、少なくとも最悪の事態は避けられたという意味で正しかったと思う」
自らに対する怒りに、涙を滲ませながら歯噛みするナタンの背中を、フェリクスが優しく擦った。
「そうだな。下手に抵抗したら、お前だけじゃなく、リリエだって、どうなってたか分からないよな……こんなことなら、ナタンたちが宿に帰るまで一緒にいれば良かったぜ」
ラカニが少し悔しそうな顔を見せた。
「その方たちが、リリエの知識や技術を必要としているのであれば、彼女を傷つけたり命を奪ったりする可能性は低いでしょう。それでも、急いで対処しなければならないことには変わりありませんね」
セレスティアが、そう言ってフェリクスに目をやった。
「とはいえ、彼女が連れていかれた場所を特定しなければ、どうにもならんな。相手の名前だけでも聞き出せたなら、『街の奥』とやらへ行って片っ端から聞き込みでもするか」
フェリクスが、考える素振りを見せた。
「でも、その状況で情報を聞き出そうとするなんて、リリエも凄いな。一人で『無法の街』まで来るくらいだし、見かけによらず肝が据わってるんだな」
ラカニが感心した様子で言った。
「ちょいと、いいかい?」
一同の背後から声をかけてきたのは、宿の主人デリスの妻であるカヤだった。
「力になってくれそうな昔馴染みがいるんだ。案内しようか?」
「本当に?! お、お願いします!」
ナタンは、思わず椅子から立ち上がった。掴める物なら、藁でも籾殻でも掴みたい気持ちだった。
「実は、知り合いが経営してる宿から、客が一人、連れにも黙って姿を消してね。この街じゃ、宿代を踏み倒していなくなる客なんてのも珍しくないけど、その客も魔法の研究をしてるって言ってたから、もしかして同じ奴らに攫われたかもしれないと思ってさ」
「被害者が他にもいる可能性があるんだね」
「それに、うちのお客に手を出されて黙ってる訳にもいかないからね」
カヤは頷くと、カウンターの向こうにいる宿の主人、デリスに目を向けた。
「店のことなら心配ないから、行ってきてやりな」
そう言いながら、デリスはカウンターの下から一振りの刀を取り出し、カヤに渡した。
引退したとはいえ、元は腕利きの発掘人だったというカヤは頼りになりそうだと、ナタンは思った。
「事情は分からんが、カヤ姐さんが留守の間は、迷惑な客が来たら俺たちが追い出すから大丈夫だぜ」
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