無法の街-アストルムクロニカ-(挿し絵有り)

くまのこ

文字の大きさ
上 下
32 / 57

まだまだ知らないことばかり

しおりを挟む
 この日、ナタンたちは何度目かの「帝都跡」探索に出ていた。
 リリエも野外生活に慣れてきたということで、今回は未踏破区域の近くにある遺跡を目指している。
 「帝都跡入口」付近に比べれば訪れる者も少ない区域であり、ところどころに生い茂った藪を切り拓くようにして、一行は進んでいた。
「未踏破区域に近いところでは『化け物』にうことが多いと聞いていましたが、静かなものですね」
 セレスティアが、周囲を見回しながら言った。
「せっかく報酬を前金でもらったのに、ここまで何もないと、ちょっと申し訳ない感じもするな」
 そう言って人懐こく笑った若い男は、今回の探索で加わった発掘人ディガーのラカニだ。
 南方の血を思わせる薄い褐色の肌に短く刈った黒髪ととび色の目を持つ彼は、無法の街ロウレスに一年以上滞在しており、『帝都跡』探索の経験も、それなりに積んでいるという。
 その精悍な体つきや身のこなしなどから、ラカニの剣技は実戦で鍛えられたものだと、ナタンにも分かった。

「何もないのが一番いいんじゃないかな」
 ナタンが言うと、一同に笑いが生まれた。
「護衛を雇うのは、安全の他に安心を買うという側面もある。そうだろう、リリエ」
 フェリクスの言葉に、リリエが頷いた。
「そうですね……それに、ラカニさんがいるから、今回は未踏破区域の近くまで行くことにした訳ですし」
「今じゃ、発掘人ディガーって言うより護衛業のほうが本職みたいになっちまってるからね……だが、前の依頼人が報酬を払わず逃げて途方に暮れてたから、雇ってもらえたのは、ありがたいよ」
 言って、ラカニは頭を掻いた。
「ほんと、タダ働きさせるなんて、ひどい奴もいるよね」
 ナタンは言いながら、自分も無法の街ロウレスに来たばかりの時、両替をしてやると言われて所持金と引き換えに殆ど価値のない貨幣を渡されたり、報酬をもらう約束で力仕事をしたにもかかわらず依頼者に逃げられたことを思い出した。
 フェリクスたちに会ったのは幸運だったのだと、彼は改めて思った。
「俺たちみたいな、現地で個々に仕事を受ける者は、いわば個人事業者だからな。自分の目で相手を見極める必要がある訳だが、今回は失敗したってことさ」
 ラカニが、苦笑いしながら言った。
「護衛すると依頼人を騙して『帝都跡』に置き去りにする奴もいるし、よく知らない相手と仕事をするのは難しいんだなぁ……やっぱり、職業安定所みたいな仲介業者がいるといいかもしれないね」
「ナタンさん……そういう事業を始めるなら、協力します……よ? お金を出すくらいしか、できませんけど……」
 リリエの思わぬ言葉に、ナタンはたじろいだ。
「いや……俺は、まだ世間を分かってないし、何か始めるのは早いと思うんだ。それに、そうでなくとも、何でも君に頼る訳にいかないよ」
「分かってないなぁ」
 ラカニが唇の端を吊り上げながら、ナタンの脇腹を肘でつついた。
「惚れた男の為に何かしてやりたいって女心じゃないか。これだから坊やは……」
「ほ、惚れたって……?!」
 ナタンは思わず、文字通り飛び上がった。
「そ、そういうことは軽々しく言うものじゃないと……リリエだって、迷惑するし……」
「め、迷惑では……ない……です。あ、でも、ナタンさんは、ご迷惑……ですよ、ね?」
 顔を赤らめて言うリリエを見たナタンは、心臓が口から飛び出しそうになった。
「お……俺は、迷惑とか……そんなこと全然ないから!」
 しどろもどろになっているナタンに、ラカニが、あははと笑って言った。
わりィ、もしかして、まだ付き合ってなかったのか? まぁ、でも、見た感じ時間の問題みたいだし、いいか」
「いいか、じゃないだろ~? もう、フェリクスたちも、何とか言ってやってくれよ」
 ナタンは赤面しながらフェリクスとセレスティアに助けを求めたが、二人は、微笑ましいとでも言いたげに、にこにこと笑っているだけだ。
 ――それにしても。
 熱くなった頬に指先で触れたナタンは、ちらりとリリエを見た。
 ――たしかに、俺はリリエの傍にいるだけで幸せな気持ちになる。ずっと、このままでいられれば良いとすら思ってる。でも、今の俺には何もない……自分の面倒も見られないのに、彼女を幸せにはできない……早く一人前にならなければ。
 と、ナタンの視線に気付いたのか、彼のほうに顔を向けたリリエが、口元をほころばせた。
 瓶底眼鏡の奥に隠された彼女の笑顔を想像して、ナタンも無意識に微笑んでいた。
「……でもさ、仮に、ナタンが言うような仲介業者を立ち上げるとすれば、『街の奥』の連中とぶつかる可能性もあるかもな」
 不意に、ラカニが真面目な顔で言った。
「『街の奥』……って、明るいところを歩けなくなった連中ってやつ?」
 この街は、どこの国の管理も受けてないから、明るいところを歩けなくなった連中の吹き溜まりでもある――ナタンは、「おどる子熊亭」のカヤが言っていたことを思い出した。
無法の街ロウレスでも、『表通り』に近いところは比較的他の国の街と変わらないかもしれないけど、『街の奥』にはヤバい連中が巣食っていて、ヤバい仕事を請け負ってるって噂だ。さっき言ってたみたいな仲介業を大っぴらにやるとすれば、依頼の食い合いが起きて面倒なことになる可能性もある。あくまで推測だが、個人的には、触らぬ神に祟りなしってことで関わりたくない場所だな」
 言って、ラカニは肩を竦めた。
「何でも、簡単にはいかないものだね……」
 ナタンが首を捻った時、一行の前方から、何か大きなものが移動しているかのような葉擦れの音が聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

健太と美咲

廣瀬純一
ファンタジー
小学生の健太と美咲の体が入れ替わる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最強勇者の夫~陰であなたを支えます。

ヨルノ チアサ
ファンタジー
最強の女勇者の夫は一般人。 そんな人間がいつも強い勇者と生活するのは大変である。 最弱の夫も勇者と暮らせば、日々鍛えられる。 そして、話は訳の分からない方向へ・・・ 毎週日曜日に更新します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。 その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。 怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい...... ※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。 ※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。 ※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。 ※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。

【草】限定の錬金術師は辺境の地で【薬屋】をしながらスローライフを楽しみたい!

黒猫
ファンタジー
旅行会社に勤める会社の山神 慎太郎。32歳。 登山に出かけて事故で死んでしまう。 転生した先でユニークな草を見つける。 手にした錬金術で生成できた物は……!? 夢の【草】ファンタジーが今、始まる!!

処理中です...