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つむじ風
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「無法の街」を出て、しばらく歩いたナタンたちは、やがて廃墟と森の入り混じった「帝都跡」の「入り口」に到着した。
埃っぽい街中とは異なり、朝方の澄んだ空気に、緑の匂いが感じられる。
もっとも、「帝都跡」には壁や柵などがある訳でもない。
単に、この場所から足を踏み入れる者が多かった為に道ができているというだけである。
「入り口」周辺には、水や食料その他の消耗品や、野営に必要な物品を売る、小屋のような店が幾つか建っている。物価は街の店よりも更に割高だが、品物を運ぶ手間などを考えれば致し方ない。
「兄さん、忘れ物はないかい? 補給ができるのは、ここが最後だよ」
売り子の青年が、フェリクスに声をかけてきた。ナタンたち四人の中では最年長に見える為、彼が主導者と判断したのだろう。
「大丈夫だ。そのうち、世話になるかもしれないが」
フェリクスは穏やかに答えて、青年に軽く手を振った。
周囲では、ナタンたちの他にも発掘人たちが「帝都跡」へ入る準備をしていた。
数人ずつで隊を組む者もいれば、単身で挑む者もいるようだ。
知り合い同士なのか、親しげに話し合う者たちもいる。
互いに「商売敵」ではあるが、危険な「帝都跡」の中では助け合う場面があるだろうし、知り合いを作っておいたほうがいいのかもしれない――そう思いつつ、辺りを見回したナタンは、街から続いている道を、十人前後の新たな一団が近付いてくるのに気付いた。
二十代前半に見える、すらりとした金髪の男が、数人の武装した屈強な男たちや、荷物を背負った者に囲まれて歩いている。何やら指示を出しているところを見ると、彼が、この一団の主導者なのだろう。
「女と小姓を侍らせているとは、まるで物見遊山だな」
金髪の男は、ナタンたちと擦れ違いざま、半ば聞えよがしに呟いた。
それから数秒遅れて、ナタンは「小姓」というのが自分を指しているのだと気付いた。
やはり、金髪の男も、フェリクスが主導者であると判断したのだろう。
――そりゃ、フェリクスと並んだら、俺は頼りなく見えるだろうな。とはいえ、「小姓」呼ばわりは、あんまりだ……一応、リリエには一人前として雇われているのに。
ナタンは、無意識に唇を尖らせた。
「生憎だが、俺は、ただの護衛だ」
フェリクスが、金髪の男を一瞥して答えた。
「ほう?」
意外だとでも言いたげに、金髪の男が、改めてナタンたちを見た。
よく見れば整った顔立ちの男だが、どこか傲慢さが滲み出ている。
「あ、あの、ご無沙汰してます」
背後から聞こえたリリエの声に、ナタンは驚いた。
「君は……リリエ・ワタツミか?!」
金髪の男も、驚いた様子で目を見張った。
「知り合い?」
ナタンは、小声でリリエに尋ねた。
「だ、大学の同期の方……クルト・ユンカースさん……です。とても……優秀な方ですよ」
リリエの言葉を聞いた金髪の男――クルトは、フンと鼻を鳴らして言った。
「それは、主席だった君より下位の僕に対する嫌味か、リリエ・ワタツミ?」
「嫌味……では、ないです……クルトさん、卒業試験の日は体調を崩されていて、本調子ではなかったと、お聞きしてます……それなのに、次席だったのは、凄いと思います」
問い詰めるような調子のクルトに気圧されたのか、リリエは強張った顔で答えた。
ナタンは、彼女の手が、自分の服の端を握りしめているのに気付いた。
「優秀な主席卒業生の君は、研究室にでも籠っているほうが似合いだ。僕は、歴史的な発見をするべく、地図の空白部分へ挑むつもりだがね」
呆気にとられているナタンたちを尻目に、クルトは肩で風を切りながら、護衛たちを引き連れて「帝都跡」へと入っていった。
「や……やな奴だな! リリエが何したって言うんだよ?!」
去っていくクルトの背中を見ながら、ナタンは思わず呟いた。
「わ、私、嫌われてるみたいで……在学中も、もっと、魔法学について、お話ししたかったのですが……」
リリエは、そう言って俯いた。
「嫌われているというより、あの男が勝手に君を脅威に感じているんだろう。鬱陶しいかもしれないが、他人の気持ちは変えられないものだからな」
言って、フェリクスは肩を竦めた。
「気にしないほうがいいですよ、リリエ」
セレスティアが、労わるようにリリエの肩に手を置いた。
「あぁもう、いきなりだったから何も言い返せなかったの悔しいな!」
地団駄を踏むナタンを見たリリエが、くすりと笑った。
「……ごめんなさい。私よりナタンさんの方が怒っているのを見たら……」
「だって、君が傷つけられてるのに、何もできなかったし……」
ナタンは眉尻を下げて言った。
「傷ついたりはしていませんから、大丈夫です。でも、ナタンさんが、私の為に怒ってくれたの、ちょっと嬉しい……です。フェリクスさんもセレスティアさんも、お気遣い、ありがとうございます」
リリエの言葉に、ナタンは胸の中に渦巻いていた怒りと苛立ちが薄まってくのを感じた。
「さっきの男、見ない顔だが、新人か」
先刻からの出来事を見ていたらしい発掘人たちの一人が言った。
「いきなり地図の空白部分……未踏破の場所を目指すとは元気がいいというか無謀だな。知らん奴とはいえ、死なれるのは気分のいいものじゃないんだよなぁ」
「ごつい護衛たちが付いてたし大丈夫だろ」
「泣きながら逃げ帰ってくるのに銀貨一枚賭けるぜ」
誰かが混ぜ返して笑いが起きる中、ナタンたちも「帝都跡」に向かって歩き出した。
埃っぽい街中とは異なり、朝方の澄んだ空気に、緑の匂いが感じられる。
もっとも、「帝都跡」には壁や柵などがある訳でもない。
単に、この場所から足を踏み入れる者が多かった為に道ができているというだけである。
「入り口」周辺には、水や食料その他の消耗品や、野営に必要な物品を売る、小屋のような店が幾つか建っている。物価は街の店よりも更に割高だが、品物を運ぶ手間などを考えれば致し方ない。
「兄さん、忘れ物はないかい? 補給ができるのは、ここが最後だよ」
売り子の青年が、フェリクスに声をかけてきた。ナタンたち四人の中では最年長に見える為、彼が主導者と判断したのだろう。
「大丈夫だ。そのうち、世話になるかもしれないが」
フェリクスは穏やかに答えて、青年に軽く手を振った。
周囲では、ナタンたちの他にも発掘人たちが「帝都跡」へ入る準備をしていた。
数人ずつで隊を組む者もいれば、単身で挑む者もいるようだ。
知り合い同士なのか、親しげに話し合う者たちもいる。
互いに「商売敵」ではあるが、危険な「帝都跡」の中では助け合う場面があるだろうし、知り合いを作っておいたほうがいいのかもしれない――そう思いつつ、辺りを見回したナタンは、街から続いている道を、十人前後の新たな一団が近付いてくるのに気付いた。
二十代前半に見える、すらりとした金髪の男が、数人の武装した屈強な男たちや、荷物を背負った者に囲まれて歩いている。何やら指示を出しているところを見ると、彼が、この一団の主導者なのだろう。
「女と小姓を侍らせているとは、まるで物見遊山だな」
金髪の男は、ナタンたちと擦れ違いざま、半ば聞えよがしに呟いた。
それから数秒遅れて、ナタンは「小姓」というのが自分を指しているのだと気付いた。
やはり、金髪の男も、フェリクスが主導者であると判断したのだろう。
――そりゃ、フェリクスと並んだら、俺は頼りなく見えるだろうな。とはいえ、「小姓」呼ばわりは、あんまりだ……一応、リリエには一人前として雇われているのに。
ナタンは、無意識に唇を尖らせた。
「生憎だが、俺は、ただの護衛だ」
フェリクスが、金髪の男を一瞥して答えた。
「ほう?」
意外だとでも言いたげに、金髪の男が、改めてナタンたちを見た。
よく見れば整った顔立ちの男だが、どこか傲慢さが滲み出ている。
「あ、あの、ご無沙汰してます」
背後から聞こえたリリエの声に、ナタンは驚いた。
「君は……リリエ・ワタツミか?!」
金髪の男も、驚いた様子で目を見張った。
「知り合い?」
ナタンは、小声でリリエに尋ねた。
「だ、大学の同期の方……クルト・ユンカースさん……です。とても……優秀な方ですよ」
リリエの言葉を聞いた金髪の男――クルトは、フンと鼻を鳴らして言った。
「それは、主席だった君より下位の僕に対する嫌味か、リリエ・ワタツミ?」
「嫌味……では、ないです……クルトさん、卒業試験の日は体調を崩されていて、本調子ではなかったと、お聞きしてます……それなのに、次席だったのは、凄いと思います」
問い詰めるような調子のクルトに気圧されたのか、リリエは強張った顔で答えた。
ナタンは、彼女の手が、自分の服の端を握りしめているのに気付いた。
「優秀な主席卒業生の君は、研究室にでも籠っているほうが似合いだ。僕は、歴史的な発見をするべく、地図の空白部分へ挑むつもりだがね」
呆気にとられているナタンたちを尻目に、クルトは肩で風を切りながら、護衛たちを引き連れて「帝都跡」へと入っていった。
「や……やな奴だな! リリエが何したって言うんだよ?!」
去っていくクルトの背中を見ながら、ナタンは思わず呟いた。
「わ、私、嫌われてるみたいで……在学中も、もっと、魔法学について、お話ししたかったのですが……」
リリエは、そう言って俯いた。
「嫌われているというより、あの男が勝手に君を脅威に感じているんだろう。鬱陶しいかもしれないが、他人の気持ちは変えられないものだからな」
言って、フェリクスは肩を竦めた。
「気にしないほうがいいですよ、リリエ」
セレスティアが、労わるようにリリエの肩に手を置いた。
「あぁもう、いきなりだったから何も言い返せなかったの悔しいな!」
地団駄を踏むナタンを見たリリエが、くすりと笑った。
「……ごめんなさい。私よりナタンさんの方が怒っているのを見たら……」
「だって、君が傷つけられてるのに、何もできなかったし……」
ナタンは眉尻を下げて言った。
「傷ついたりはしていませんから、大丈夫です。でも、ナタンさんが、私の為に怒ってくれたの、ちょっと嬉しい……です。フェリクスさんもセレスティアさんも、お気遣い、ありがとうございます」
リリエの言葉に、ナタンは胸の中に渦巻いていた怒りと苛立ちが薄まってくのを感じた。
「さっきの男、見ない顔だが、新人か」
先刻からの出来事を見ていたらしい発掘人たちの一人が言った。
「いきなり地図の空白部分……未踏破の場所を目指すとは元気がいいというか無謀だな。知らん奴とはいえ、死なれるのは気分のいいものじゃないんだよなぁ」
「ごつい護衛たちが付いてたし大丈夫だろ」
「泣きながら逃げ帰ってくるのに銀貨一枚賭けるぜ」
誰かが混ぜ返して笑いが起きる中、ナタンたちも「帝都跡」に向かって歩き出した。
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