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風前
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「へぇ、俺の拳を受けて立つとは、お前も『異能』か」
大柄な男が言った。
「……だったら、何だ。そんなことより、その子を解放しろ」
口の中に溜まった血液を吐き出して、ナタンは答えた。
「自分の立場が分かってないようだな」
大柄な男は一瞬で間合いを詰めたかと思うと、ナタンに向けて目にも止まらぬ速さの拳を繰り出した。
咄嗟に腕で防御したものの、全ての攻撃を受け流すことはできず、体力を削られたナタンは膝をつきそうになる。
ふらついたナタンに、大柄な男が馬乗りになった。ナタンが必死で跳ねのけようとしても、男の身体は揺らぐことがない。
思った以上に何もできない自分の情けなさと悔しさに、ナタンは歯噛みした。
「俺はなァ、仕事を邪魔されるのが大嫌いなんだよ。この苛々の責任は取ってもらおうか」
言って、大柄な男はナタンの顔を何度も殴った。
「……や、やめて……ください……その人……死んでしまいます……!」
もう一人の男に捕らえられている若い女――よく見れば、ナタンと歳の変わらない少女だった――が、消え入りそうな声で呟いた。
「……だとよ」
大柄な男が、拳を振るいながら嘲るように言った。
「俺は優しいからな。お前が『ごめんなさい』って一言言えば、無罪放免してやってもいいぜ」
「兄貴、それだけで許しちまうのか?」
もう一人の男が、不満そうに口出しした。
「それは……できない……俺は……謝るようなことは……何もしてない……!」
ナタンは、自分に馬乗りになっている男の身体を跳ねのけようと、もがきながら言った。
自分の身の安全だけを考えれば、男の言葉は逃げる好機と言える。
しかし、逃げてしまったら、残された少女がどうなるのか――そう考えたナタンは、何とか反撃の糸口を掴もうとしていた。
「いつまで強がっていられるか、試してみるか」
大柄な男による殴打が再開する。
ナタンは、歯を食いしばって声を出さないようにするのが精一杯だった。
悲鳴を上げたら、精神まで敗北してしまう――何故か、そんな気がしていた。
「……気に入らねぇな。声一つ上げやがらねぇ」
大柄な男は、いつしかナタンを屈服させ支配することに躍起になっている様子だ。
もはや何度殴られたのかも分からなくなり、ナタンは意識を手放しかけていた。
と、彼は、不意に身体が軽くなったのを感じた。
次の瞬間、何か重量のあるものが壁に激しくぶつかってから、どさりと地面に落ちる音がした。
「ナタン、大丈夫か」
聞き覚えのある声に、ナタンは腫れあがって重くなった瞼を上げた。
そこにあったのは、フェリクスの姿だ。
先刻までナタンに馬乗りになっていた大柄な男は、壁際に倒れたまま身じろぎもしない。胸の辺りが僅かに上下しているところから見ると、一応、生きてはいる様子だ。
「なななななんだ、てめぇはァ?!」
少女を捕まえているほうの男が、裏返った声で叫んだ。
「その子を離せ。ああなりたくなければな」
フェリクスが、倒れている大柄な男を顎で指し示しながら言った。
男は、少しの間逡巡していたが、無言で少女をフェリクスのほうへ押しやった。
フェリクスは、起き上がる力すら失っているナタンを肩に担ぎ上げたかと思うと、近くに来た少女も軽々と小脇に抱えた。
突然のことに、小さく悲鳴を上げた少女に向かって、フェリクスが言った。
「君も一緒に来てもらう。事情を聞く必要があるからな」
痛みと情けなさと安心が綯い交ぜになった複雑な気分を抱えながら、ナタンは、走り出したフェリクスの肩の上で意識を失った。
大柄な男が言った。
「……だったら、何だ。そんなことより、その子を解放しろ」
口の中に溜まった血液を吐き出して、ナタンは答えた。
「自分の立場が分かってないようだな」
大柄な男は一瞬で間合いを詰めたかと思うと、ナタンに向けて目にも止まらぬ速さの拳を繰り出した。
咄嗟に腕で防御したものの、全ての攻撃を受け流すことはできず、体力を削られたナタンは膝をつきそうになる。
ふらついたナタンに、大柄な男が馬乗りになった。ナタンが必死で跳ねのけようとしても、男の身体は揺らぐことがない。
思った以上に何もできない自分の情けなさと悔しさに、ナタンは歯噛みした。
「俺はなァ、仕事を邪魔されるのが大嫌いなんだよ。この苛々の責任は取ってもらおうか」
言って、大柄な男はナタンの顔を何度も殴った。
「……や、やめて……ください……その人……死んでしまいます……!」
もう一人の男に捕らえられている若い女――よく見れば、ナタンと歳の変わらない少女だった――が、消え入りそうな声で呟いた。
「……だとよ」
大柄な男が、拳を振るいながら嘲るように言った。
「俺は優しいからな。お前が『ごめんなさい』って一言言えば、無罪放免してやってもいいぜ」
「兄貴、それだけで許しちまうのか?」
もう一人の男が、不満そうに口出しした。
「それは……できない……俺は……謝るようなことは……何もしてない……!」
ナタンは、自分に馬乗りになっている男の身体を跳ねのけようと、もがきながら言った。
自分の身の安全だけを考えれば、男の言葉は逃げる好機と言える。
しかし、逃げてしまったら、残された少女がどうなるのか――そう考えたナタンは、何とか反撃の糸口を掴もうとしていた。
「いつまで強がっていられるか、試してみるか」
大柄な男による殴打が再開する。
ナタンは、歯を食いしばって声を出さないようにするのが精一杯だった。
悲鳴を上げたら、精神まで敗北してしまう――何故か、そんな気がしていた。
「……気に入らねぇな。声一つ上げやがらねぇ」
大柄な男は、いつしかナタンを屈服させ支配することに躍起になっている様子だ。
もはや何度殴られたのかも分からなくなり、ナタンは意識を手放しかけていた。
と、彼は、不意に身体が軽くなったのを感じた。
次の瞬間、何か重量のあるものが壁に激しくぶつかってから、どさりと地面に落ちる音がした。
「ナタン、大丈夫か」
聞き覚えのある声に、ナタンは腫れあがって重くなった瞼を上げた。
そこにあったのは、フェリクスの姿だ。
先刻までナタンに馬乗りになっていた大柄な男は、壁際に倒れたまま身じろぎもしない。胸の辺りが僅かに上下しているところから見ると、一応、生きてはいる様子だ。
「なななななんだ、てめぇはァ?!」
少女を捕まえているほうの男が、裏返った声で叫んだ。
「その子を離せ。ああなりたくなければな」
フェリクスが、倒れている大柄な男を顎で指し示しながら言った。
男は、少しの間逡巡していたが、無言で少女をフェリクスのほうへ押しやった。
フェリクスは、起き上がる力すら失っているナタンを肩に担ぎ上げたかと思うと、近くに来た少女も軽々と小脇に抱えた。
突然のことに、小さく悲鳴を上げた少女に向かって、フェリクスが言った。
「君も一緒に来てもらう。事情を聞く必要があるからな」
痛みと情けなさと安心が綯い交ぜになった複雑な気分を抱えながら、ナタンは、走り出したフェリクスの肩の上で意識を失った。
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