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塵芥の如き誇りでも
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ナタンたちは、二階にある宿泊用の部屋から一階の食堂へ移動して、朝食を摂った。
「お客さん、いい食いっぷりだね。作るほうとしても、気持ちがいいや」
カウンター越しに、前掛けを着けた宿の主人らしき男が、器に大盛りの「白米」を食べているナタンに言った。
「ここに来るまで、『白米』は食べたことがなかったけど、今まで知らなかったのが勿体ないくらいに旨いよ。何にでも合うし」
ナタンは無邪気に答えると、「白米」に添えられていた味噌のスープを飲んでみた。具として入っている根菜などの甘味と味噌の旨味が引き立て合って、ますます食欲が湧いてくる。
「気に入ってくれて嬉しいよ。うちの女房がヤシマの出で、向こうの食材を色々と教えてくれてな。特に東方から来るお客さん達には好評なんだ」
フェリクスとセレスティアは、宿の主人と屈託なく話すナタンを、微笑みながら眺めている。
「――ところで、君は、これからどうしたい?」
食事が終わりかけた頃、フェリクスが、真顔になって口を開いた。
「これから……」
食べ物の美味しさに夢中になっていたナタンは、一気に現実へと引き戻された。
「とはいえ、選択肢としては二つだけか。一つは、故郷に戻ること……もし、そうするなら、俺たちが家まで送ろう。もちろん、旅費の心配は要らないぞ。もう一つは、『無法の街』に留まって発掘人として働くか、だな」
そう言って、フェリクスはセレスティアと共にナタンを見つめた。
故郷に戻る――これが最善の選択であろうことは、ナタンも分かっていた。
家に帰れば、末っ子に甘い両親は小言を言いながらも受け入れてくれるだろう。
――飛び級して大学入学資格も取得済みだから、帰ったら大学に行けって言われて、後は兄貴たちと同じような進路を歩むことになるんだろうな……
両親に従えば、何の心配もない、安泰な未来が苦も無く手に入る。
故郷の偉人と言われる始祖、アーブル・エトワールに対する人々からの信頼が、今でも一族を守ってくれているのだ。
でも、と、ナタンは思い留まった。
自分は何の為に「無法の街」に来たのか。家名などに頼らずとも生きられることを証明したいのではなかったのか。
「……俺、もうちょっと『無法の街』に残りたい」
ナタンは、絞り出すように言った。
「今ここで帰ったら、勢いで出てきた挙句、何もできずに逃げるみたいで、あんまり格好悪いし……行き倒れかけてたのに格好いいとか悪いとか言ってる場合じゃないって言われそうだけど……このまま帰りたくない」
そう言いつつ、我ながら何と支離滅裂なのかと、ナタンは思った。
自身の意地や誇りなど、安泰な将来に比べたなら塵芥の如きものであることは明白なのに、それでも尚、譲れないと思うのは何なのか――自分は、何を守ろうとしているのか。
「……格好いいとか悪いとか、そういう気持ちも、人が生きる上では大切なものだと思う。君のは、単なる『見栄』ではなさそうだしな」
瞬きもせず、ナタンの言葉を聞いていたフェリクスが言った。
「だとすれば、今から何をするのか、具体的に考えているのか?」
「まず、仕事を探して、当面は暮らせるだけの資金を稼がないといけないよな。あと、あんたたちに食事代と宿代を返したい。奢られっぱなしというのは、甘えてるみたいで嫌だし……つい、沢山食べてしまったし」
「ナタンは、律儀ですね。そこが、良いところですけど」
セレスティアが、くすりと笑った。
「了解した」
フェリクスは短く答えると、カウンターの向こうにいる宿の主人に声をかけた。
「少し聞きたいことがあるのだが。武器その他の装備を整えるのに良さそうな店があれば、教えて欲しい」
「お客さんたち、発掘人をやるのかい? それなら、この店を出て左手を道なりに行くと、通り沿いに『武器屋』というデカい看板を出している店があるんだが、そこがお勧めさ。主人は武器の蒐集が趣味で、目利きも確かだからね」
「なるほど、分かりやすい店名だな。ありがとう」
「はは、お客さんたち、沢山食べてくれたからな。いい買い物してきなよ」
ナタンは、ぽかんとした顔で彼らのやりとりを聞いていたが、我に返って言った。
「そ、装備を整えるって……そこまでしてもらうのは……」
「今の君は、ほぼ着の身着のままではないのか。どうするつもりだったんだ?」
フェリクスの言葉に、ナタンは項垂れた。所持金を何度か騙し取られ、仕方なく持ち物を金に換えて凌いでいた為に、彼はフェリクスの言葉通り、着の身着のままだった。
「それと、俺たちも君に同行させてもらう。宿代と食事代を取り立てなければならないからな」
「取り立てって……何で、そんなに……?」
あくまで真顔で言うフェリクスを前に、ナタンは目を丸くした。どう考えても、「取り立て」は「口実」に決まっている。
フェリクスとセレスティアに、これまでナタンを騙してきた者たちのような悪意がないのは明らかだ。
しかし、彼らがそこまでしてくれる理由が分からず、流石にナタンは戸惑っていた。
「言っただろう? 君は、俺の大切な友人に似ていて、放っておけないんだ。なに、利用できるものは何でも利用するというのも、生き延びるには必要だし、恥じることはないと思うぞ」
言って、フェリクスは口元を綻ばせた。
「実は、あなたが眠っている間に、私とフェリクスで話し合って決めていたのですよ」
セレスティアも、微笑みながらナタンを見た。
「分かった……今は、あんたたちに甘えさせてもらう。でも、金は、ちゃんと返すからな」
目の前がぼやけてくるのを感じながら、ナタンは答えた。
「お客さん、いい食いっぷりだね。作るほうとしても、気持ちがいいや」
カウンター越しに、前掛けを着けた宿の主人らしき男が、器に大盛りの「白米」を食べているナタンに言った。
「ここに来るまで、『白米』は食べたことがなかったけど、今まで知らなかったのが勿体ないくらいに旨いよ。何にでも合うし」
ナタンは無邪気に答えると、「白米」に添えられていた味噌のスープを飲んでみた。具として入っている根菜などの甘味と味噌の旨味が引き立て合って、ますます食欲が湧いてくる。
「気に入ってくれて嬉しいよ。うちの女房がヤシマの出で、向こうの食材を色々と教えてくれてな。特に東方から来るお客さん達には好評なんだ」
フェリクスとセレスティアは、宿の主人と屈託なく話すナタンを、微笑みながら眺めている。
「――ところで、君は、これからどうしたい?」
食事が終わりかけた頃、フェリクスが、真顔になって口を開いた。
「これから……」
食べ物の美味しさに夢中になっていたナタンは、一気に現実へと引き戻された。
「とはいえ、選択肢としては二つだけか。一つは、故郷に戻ること……もし、そうするなら、俺たちが家まで送ろう。もちろん、旅費の心配は要らないぞ。もう一つは、『無法の街』に留まって発掘人として働くか、だな」
そう言って、フェリクスはセレスティアと共にナタンを見つめた。
故郷に戻る――これが最善の選択であろうことは、ナタンも分かっていた。
家に帰れば、末っ子に甘い両親は小言を言いながらも受け入れてくれるだろう。
――飛び級して大学入学資格も取得済みだから、帰ったら大学に行けって言われて、後は兄貴たちと同じような進路を歩むことになるんだろうな……
両親に従えば、何の心配もない、安泰な未来が苦も無く手に入る。
故郷の偉人と言われる始祖、アーブル・エトワールに対する人々からの信頼が、今でも一族を守ってくれているのだ。
でも、と、ナタンは思い留まった。
自分は何の為に「無法の街」に来たのか。家名などに頼らずとも生きられることを証明したいのではなかったのか。
「……俺、もうちょっと『無法の街』に残りたい」
ナタンは、絞り出すように言った。
「今ここで帰ったら、勢いで出てきた挙句、何もできずに逃げるみたいで、あんまり格好悪いし……行き倒れかけてたのに格好いいとか悪いとか言ってる場合じゃないって言われそうだけど……このまま帰りたくない」
そう言いつつ、我ながら何と支離滅裂なのかと、ナタンは思った。
自身の意地や誇りなど、安泰な将来に比べたなら塵芥の如きものであることは明白なのに、それでも尚、譲れないと思うのは何なのか――自分は、何を守ろうとしているのか。
「……格好いいとか悪いとか、そういう気持ちも、人が生きる上では大切なものだと思う。君のは、単なる『見栄』ではなさそうだしな」
瞬きもせず、ナタンの言葉を聞いていたフェリクスが言った。
「だとすれば、今から何をするのか、具体的に考えているのか?」
「まず、仕事を探して、当面は暮らせるだけの資金を稼がないといけないよな。あと、あんたたちに食事代と宿代を返したい。奢られっぱなしというのは、甘えてるみたいで嫌だし……つい、沢山食べてしまったし」
「ナタンは、律儀ですね。そこが、良いところですけど」
セレスティアが、くすりと笑った。
「了解した」
フェリクスは短く答えると、カウンターの向こうにいる宿の主人に声をかけた。
「少し聞きたいことがあるのだが。武器その他の装備を整えるのに良さそうな店があれば、教えて欲しい」
「お客さんたち、発掘人をやるのかい? それなら、この店を出て左手を道なりに行くと、通り沿いに『武器屋』というデカい看板を出している店があるんだが、そこがお勧めさ。主人は武器の蒐集が趣味で、目利きも確かだからね」
「なるほど、分かりやすい店名だな。ありがとう」
「はは、お客さんたち、沢山食べてくれたからな。いい買い物してきなよ」
ナタンは、ぽかんとした顔で彼らのやりとりを聞いていたが、我に返って言った。
「そ、装備を整えるって……そこまでしてもらうのは……」
「今の君は、ほぼ着の身着のままではないのか。どうするつもりだったんだ?」
フェリクスの言葉に、ナタンは項垂れた。所持金を何度か騙し取られ、仕方なく持ち物を金に換えて凌いでいた為に、彼はフェリクスの言葉通り、着の身着のままだった。
「それと、俺たちも君に同行させてもらう。宿代と食事代を取り立てなければならないからな」
「取り立てって……何で、そんなに……?」
あくまで真顔で言うフェリクスを前に、ナタンは目を丸くした。どう考えても、「取り立て」は「口実」に決まっている。
フェリクスとセレスティアに、これまでナタンを騙してきた者たちのような悪意がないのは明らかだ。
しかし、彼らがそこまでしてくれる理由が分からず、流石にナタンは戸惑っていた。
「言っただろう? 君は、俺の大切な友人に似ていて、放っておけないんだ。なに、利用できるものは何でも利用するというのも、生き延びるには必要だし、恥じることはないと思うぞ」
言って、フェリクスは口元を綻ばせた。
「実は、あなたが眠っている間に、私とフェリクスで話し合って決めていたのですよ」
セレスティアも、微笑みながらナタンを見た。
「分かった……今は、あんたたちに甘えさせてもらう。でも、金は、ちゃんと返すからな」
目の前がぼやけてくるのを感じながら、ナタンは答えた。
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