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恩恵と束縛と
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「……あんた、若いのに大人たちと同じことを言うんだな。親も兄貴たちも、いつまでも俺のことを半人前扱いして、何かやろうとすると、直ぐに無理だって止めにかかるんだ」
ナタンは、思わず唇を噛んだ。
「そうだな……会ったばかりなのに、差し出がましいことを言ってしまったな」
フェリクスは、すまなそうな顔で言った。
「だが、君の家族も、別に君を否定している訳ではなく、心配しているだけだと思うぞ」
「それが、余計なお世話なんだよ」
「……現に、君は所持金を失くして飢え死にしかけていたじゃないか」
そうフェリクスに言われ、ナタンは言葉に詰まった。たしかに、フェリクスたちと会わなければ、本当に、あのまま野垂れ死んでいたかもしれないのだ。
「大方、いい仕事があると言われた挙句に無賃労働させられたり、ここで買い物をするのに両替が必要と言われて価値のない貨幣を渡されたりというところか。クラージュ共和国の貨幣は信用度が高いからな」
「待ってくれ」
ナタンは、フェリクスの言葉を遮った。
「文無しになった経緯は、そんな感じだけどさ……どうして、俺がクラージュ共和国出身って分かったんだ?」
クラージュ共和国は、間違いなくナタンの故郷だ。しかし、口に出していなかったにも関わらず、故郷を言い当てられて、彼は不思議に思った。
「なに、君の共通語には、あの辺りの訛りがあるから、すぐに分かるさ」
当然だとでも言いたげに、フェリクスは小さく肩を竦めたが、直ぐ真顔になった。
「一つ聞いておきたいんだが。君は、もしかして、クラージュ共和国の初代大統領、アーブル・エトワールに縁があるのではないか?」
「……俺の爺さんの爺さんが、そのアーブル・エトワールだよ」
その名は、ナタンにとって、多大な恩恵と引き換えに、束縛をもたらす呪縛にも似たものだった。
ナタンの返答を聞いたフェリクスは、納得したように頷くと、あの慈愛を含んだ微笑みを浮かべた。
二人のやり取りを黙って見守っていたセレスティアも、同様に優しく微笑んでいる。
ナタンは、彼らに対し、微かだが何とも言えない違和感を抱いた。
外見だけなら自分と左程変わらない若者である筈なのに、二人からは、時折、多くの経験を重ねた者のまとう気配を感じるのだ。
ただ、彼らに一片の悪意もないのは、確かなことだと思えた。
「……そうか。しかし、尋ねた俺が、こんなことを言うのはおかしいかもしれないが、君はエトワール家の者であることを明かさないほうがいい。君の父親は、次期大統領候補と言われる、ヴァン・エトワールだろう。悪意を持つ者が君を攫って、実家や国に理不尽な要求をしないとも限らないぞ。ここは、法のない街……『無法の街』だからな」
フェリクスの言葉に、ナタンは自らの考えの足りなさを痛感した。
ナタンが、自らを何者と思っていようと、第三者から見れば、国の重要人物の家族であることからは逃れられないのだ。
「この街は、どの国家にも属しておらず『法』が存在しない。これが、どういうことか分かるか?」
突然、フェリクスに問いかけられたナタンは、一瞬考えた後に言った。
「自由……ということ?」
「そうとも言えるが、重要なのは、誰にも守ってもらえないということだ。クラージュ共和国のような法整備の進んだ国には、当然のように警察や裁判所といった、犯罪を取り締まったり裁いたりする機関があるだろう。だが、ここには、そんなものはない。有志による自警団は存在するらしいが、対応できるのは暴力沙汰くらいで、君が遭った詐欺まがいの行為などは取り締まりようがない。法がないということは、詐欺罪などというものも存在しないということだからな」
「………………」
「更に言えば、世界全ての場所で、君の価値観が通用すると思わないほうがいい。君の故郷は、個人の権利や平等が尊重されている。初代大統領の思想が受け継がれているのだろう。しかし、人権などという概念すら存在しない……犯罪者と見なされれば一切の弁明を許されず即座に処刑される国もある。何も知らずに動き回るのは、俺から見れば自殺行為に等しい」
フェリクスは怒るでも嘲るでもなく淡々と語った。しかし、その言葉は、ナタンの心に、ずしりと沈み込んだ。
ナタンは、かつて両親もフェリクスと似たようなことを言っていたのを思い出した。その時は、うるさいとだけ思って聞き流していたが、今なら、大事なことを教えてくれていたのだと理解できた。
「フェリクス、そんなに意地悪を言わなくても……」
しょんぼりと項垂れているナタンを見かねたのか、セレスティアが口を開いた。
「べ、別に意地悪のつもりはないが? このまま放置しておいたら、ナタンは三日ほどで干からびてしまうのではないかと心配になって……その……」
彼女の言葉に、フェリクスは、それまでの落ち着いた態度とは打って変わって、狼狽している。
「いや、フェリクスの言う通りだよ。俺がこの街に来て、今日が三日目だったんだ」
ばつの悪い顔で、ナタンは言った。
――多少のことでは動じない人に見えるけど、セレスティアにどう思われるかだけは、気にしているんだな。
ナタンはフェリクスの様子を見て、ふと、そのようなことを考えた。
ナタンは、思わず唇を噛んだ。
「そうだな……会ったばかりなのに、差し出がましいことを言ってしまったな」
フェリクスは、すまなそうな顔で言った。
「だが、君の家族も、別に君を否定している訳ではなく、心配しているだけだと思うぞ」
「それが、余計なお世話なんだよ」
「……現に、君は所持金を失くして飢え死にしかけていたじゃないか」
そうフェリクスに言われ、ナタンは言葉に詰まった。たしかに、フェリクスたちと会わなければ、本当に、あのまま野垂れ死んでいたかもしれないのだ。
「大方、いい仕事があると言われた挙句に無賃労働させられたり、ここで買い物をするのに両替が必要と言われて価値のない貨幣を渡されたりというところか。クラージュ共和国の貨幣は信用度が高いからな」
「待ってくれ」
ナタンは、フェリクスの言葉を遮った。
「文無しになった経緯は、そんな感じだけどさ……どうして、俺がクラージュ共和国出身って分かったんだ?」
クラージュ共和国は、間違いなくナタンの故郷だ。しかし、口に出していなかったにも関わらず、故郷を言い当てられて、彼は不思議に思った。
「なに、君の共通語には、あの辺りの訛りがあるから、すぐに分かるさ」
当然だとでも言いたげに、フェリクスは小さく肩を竦めたが、直ぐ真顔になった。
「一つ聞いておきたいんだが。君は、もしかして、クラージュ共和国の初代大統領、アーブル・エトワールに縁があるのではないか?」
「……俺の爺さんの爺さんが、そのアーブル・エトワールだよ」
その名は、ナタンにとって、多大な恩恵と引き換えに、束縛をもたらす呪縛にも似たものだった。
ナタンの返答を聞いたフェリクスは、納得したように頷くと、あの慈愛を含んだ微笑みを浮かべた。
二人のやり取りを黙って見守っていたセレスティアも、同様に優しく微笑んでいる。
ナタンは、彼らに対し、微かだが何とも言えない違和感を抱いた。
外見だけなら自分と左程変わらない若者である筈なのに、二人からは、時折、多くの経験を重ねた者のまとう気配を感じるのだ。
ただ、彼らに一片の悪意もないのは、確かなことだと思えた。
「……そうか。しかし、尋ねた俺が、こんなことを言うのはおかしいかもしれないが、君はエトワール家の者であることを明かさないほうがいい。君の父親は、次期大統領候補と言われる、ヴァン・エトワールだろう。悪意を持つ者が君を攫って、実家や国に理不尽な要求をしないとも限らないぞ。ここは、法のない街……『無法の街』だからな」
フェリクスの言葉に、ナタンは自らの考えの足りなさを痛感した。
ナタンが、自らを何者と思っていようと、第三者から見れば、国の重要人物の家族であることからは逃れられないのだ。
「この街は、どの国家にも属しておらず『法』が存在しない。これが、どういうことか分かるか?」
突然、フェリクスに問いかけられたナタンは、一瞬考えた後に言った。
「自由……ということ?」
「そうとも言えるが、重要なのは、誰にも守ってもらえないということだ。クラージュ共和国のような法整備の進んだ国には、当然のように警察や裁判所といった、犯罪を取り締まったり裁いたりする機関があるだろう。だが、ここには、そんなものはない。有志による自警団は存在するらしいが、対応できるのは暴力沙汰くらいで、君が遭った詐欺まがいの行為などは取り締まりようがない。法がないということは、詐欺罪などというものも存在しないということだからな」
「………………」
「更に言えば、世界全ての場所で、君の価値観が通用すると思わないほうがいい。君の故郷は、個人の権利や平等が尊重されている。初代大統領の思想が受け継がれているのだろう。しかし、人権などという概念すら存在しない……犯罪者と見なされれば一切の弁明を許されず即座に処刑される国もある。何も知らずに動き回るのは、俺から見れば自殺行為に等しい」
フェリクスは怒るでも嘲るでもなく淡々と語った。しかし、その言葉は、ナタンの心に、ずしりと沈み込んだ。
ナタンは、かつて両親もフェリクスと似たようなことを言っていたのを思い出した。その時は、うるさいとだけ思って聞き流していたが、今なら、大事なことを教えてくれていたのだと理解できた。
「フェリクス、そんなに意地悪を言わなくても……」
しょんぼりと項垂れているナタンを見かねたのか、セレスティアが口を開いた。
「べ、別に意地悪のつもりはないが? このまま放置しておいたら、ナタンは三日ほどで干からびてしまうのではないかと心配になって……その……」
彼女の言葉に、フェリクスは、それまでの落ち着いた態度とは打って変わって、狼狽している。
「いや、フェリクスの言う通りだよ。俺がこの街に来て、今日が三日目だったんだ」
ばつの悪い顔で、ナタンは言った。
――多少のことでは動じない人に見えるけど、セレスティアにどう思われるかだけは、気にしているんだな。
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