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頭中将

五十五、結び

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 そうして、左大臣家の姫君——香子は消えた。小春たちの任務も一件落着、ということになる。

「最初からあやかしなんていなかった。本当に怖いのは、人間ってことだろうね」

 そう言ったのは保憲だ。
 忠行への報告を終えた小春たちは、よく修行に使う鴨川沿いを歩いている。
 春めいた日差しに、柔らかい風。
 川沿いに植えられている桜の木は、ところどころ花を咲かせているようだ。

 宮中であんな事件があったにもかかわらず、桜は今年も花を咲かせる。
 それは残酷なことであり、救いなのだろうと小春は思う。

 小春たちがどれだけ案じたとて、もう香子はこの世にはいない。あやかしへと転じず、そのまま消えていった香子。彼女のような女性が生きていたことも、亡くなったことも、すべて忘れるように明日がきて、毎日が続いていくのだ。

「……これで、よかったんでしょうか」

「そう、信じるしかない」

「東宮さまも、頭中将さまも、葵の君も、きっと大丈夫ですよね」

 そう信じるしかないのが、もどかしかった。これから先、小春ができることは、あやかしを追い払うことだけ。
 彼等がそれぞれで、それぞれの道を歩むしかない。そう思っていても、つい気にかけてしまう自分がいるのだ。

「——兄上、私もっと立派になります。もっともっと立派になって、救える人をすこしでも増やしたい」

 小春の意気込みに、保憲は口元にやわらかい笑みを浮かべた。すべてを包んでくれるような保憲の微笑みが、あたたかくて好きだ。

「僕も、負けないように頑張らないと」

「私、兄上をいつか絶対追い抜いて見せますから!」

「それは、いつになるんだろうね」

「うーっ……。近いうちは駄目でも、あと50年ぐらいしたら、とか」

「それは気が長い話だ」

 ぷっと噴き出した保憲に釣られて、小春も笑い声をあげる。

 春の日差しが、小春たちの上に静かに降り注いでいた。


 



——安倍晴明は、その後伝説の陰陽師として名を馳せる。
 が伝説と言われるまでにあった紆余曲折を知るものは少ない。
 これは、とある少女が伝説と呼ばれるまでの、第一歩を記した物語。




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