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三の姫
四十八、殿上人
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「小春、どうしたんだ?」
はっと気づくと、小春の先を歩いていたはずの保憲が目の前にいた。心配そうな面持ちで、小春を見つめている。
「なにか、見えたのか?」
保憲の言葉に、小春は隠さずうなずいた。まだ上手くは言えないけれど、今の光景が鍵になるという核心があった。
「頭中将さまの背中に、女の人が見えました。白檀の香りが漂って……。許してって、聞こえました」
保憲にだけ聞こえるように、小さな声で要点だけを伝える。
それを聞いただけで、保憲には検討がついたのだろう。
「左大臣家の姫君だろうか」
静かにそうつぶやく。小春は素直にわからないと答えた。頭中将に憑いているだけで、そう決めつけてしまうのはまだ早い。ただ、十中八九そうだろう、と思っている自分がいた。
「あやかし、と言っていいのかわかりません。彼女から、敵意は感じませんでした」
「たしかに、あやかしの気配はしなかったな。……気をつけよう。もし、彼女があやかしに変化したら、憑かれている頭中将が真っ先に狙われるだろう。ともすれは、恋敵であっただろう葵の君も狙われるかもしれない。どちらも守れるように、気は抜くな」
「はい」
力強くうなずく。
朝顔の君のとき、小春は誓った。
もっと、多くの人を守れる自分になりたいと。あれから、玉藻を仲間にした。陰陽師として、すこしではあるが、強くなった自信がある。
小春は胸元に忍ばせている呪符に手を伸ばした。そこから玉藻の気配を感じながら、心を落ち着けるために吸って吐いてを繰り返す。
式神として使役している相手との間には、特殊な繋がりができる。小春も、玉藻を使役してからというもの、どこかしこで玉藻の気配を感じていた。おそらく、小春が玉藻を喚びだすときに使う呪符を通じて、玉藻も外の様子を見ているのだろう、と小春は思っている。
葵の君に通された部屋のなか、葵の君と向き合うかたちで、小春たちは座る。
葵の君は、先ほどより顔色が悪く、体調が優れないように見えた。
「……保憲殿。でしたよね? あなた方がこの屋敷にいらっしゃったのはなぜですか?」
「それは——」
「頭中将さまは黙っててくださる?」
口を挟もうとしていた頭中将は、ぴしゃりと葵の君に言われて口をつぐむ。
「あなたには後でたっぷりお話がありますので、すこし静かにしていてくださるかしら」
凍てつくような葵の君の視線に、小春も思わず体を震わせた。
瑠璃色と単青の襲を纏った葵の君は、歳を重ねた女性らしい落ち着いた上品な雰囲気を醸し出している。心地よく低い声が、ぴしりと空を震わせている。
それと相対する頭中将が身につけている深みがある葡萄染の狩衣も、上品で色気のある頭中将に映えていた。
「私たちがここに来たのは、葵の君に聞きたいことがあったからです」
そんな高貴な2人が醸し出す雰囲気のなか、怖気付くことなく、保憲が語り出した。
はっと気づくと、小春の先を歩いていたはずの保憲が目の前にいた。心配そうな面持ちで、小春を見つめている。
「なにか、見えたのか?」
保憲の言葉に、小春は隠さずうなずいた。まだ上手くは言えないけれど、今の光景が鍵になるという核心があった。
「頭中将さまの背中に、女の人が見えました。白檀の香りが漂って……。許してって、聞こえました」
保憲にだけ聞こえるように、小さな声で要点だけを伝える。
それを聞いただけで、保憲には検討がついたのだろう。
「左大臣家の姫君だろうか」
静かにそうつぶやく。小春は素直にわからないと答えた。頭中将に憑いているだけで、そう決めつけてしまうのはまだ早い。ただ、十中八九そうだろう、と思っている自分がいた。
「あやかし、と言っていいのかわかりません。彼女から、敵意は感じませんでした」
「たしかに、あやかしの気配はしなかったな。……気をつけよう。もし、彼女があやかしに変化したら、憑かれている頭中将が真っ先に狙われるだろう。ともすれは、恋敵であっただろう葵の君も狙われるかもしれない。どちらも守れるように、気は抜くな」
「はい」
力強くうなずく。
朝顔の君のとき、小春は誓った。
もっと、多くの人を守れる自分になりたいと。あれから、玉藻を仲間にした。陰陽師として、すこしではあるが、強くなった自信がある。
小春は胸元に忍ばせている呪符に手を伸ばした。そこから玉藻の気配を感じながら、心を落ち着けるために吸って吐いてを繰り返す。
式神として使役している相手との間には、特殊な繋がりができる。小春も、玉藻を使役してからというもの、どこかしこで玉藻の気配を感じていた。おそらく、小春が玉藻を喚びだすときに使う呪符を通じて、玉藻も外の様子を見ているのだろう、と小春は思っている。
葵の君に通された部屋のなか、葵の君と向き合うかたちで、小春たちは座る。
葵の君は、先ほどより顔色が悪く、体調が優れないように見えた。
「……保憲殿。でしたよね? あなた方がこの屋敷にいらっしゃったのはなぜですか?」
「それは——」
「頭中将さまは黙っててくださる?」
口を挟もうとしていた頭中将は、ぴしゃりと葵の君に言われて口をつぐむ。
「あなたには後でたっぷりお話がありますので、すこし静かにしていてくださるかしら」
凍てつくような葵の君の視線に、小春も思わず体を震わせた。
瑠璃色と単青の襲を纏った葵の君は、歳を重ねた女性らしい落ち着いた上品な雰囲気を醸し出している。心地よく低い声が、ぴしりと空を震わせている。
それと相対する頭中将が身につけている深みがある葡萄染の狩衣も、上品で色気のある頭中将に映えていた。
「私たちがここに来たのは、葵の君に聞きたいことがあったからです」
そんな高貴な2人が醸し出す雰囲気のなか、怖気付くことなく、保憲が語り出した。
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