平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

文字の大きさ
上 下
51 / 58
三の姫

四十八、殿上人

しおりを挟む
「小春、どうしたんだ?」

 はっと気づくと、小春の先を歩いていたはずの保憲が目の前にいた。心配そうな面持ちで、小春を見つめている。

「なにか、見えたのか?」

 保憲の言葉に、小春は隠さずうなずいた。まだ上手くは言えないけれど、今の光景が鍵になるという核心があった。

「頭中将さまの背中に、女の人が見えました。白檀の香りが漂って……。許してって、聞こえました」

 保憲にだけ聞こえるように、小さな声で要点だけを伝える。
 それを聞いただけで、保憲には検討がついたのだろう。

「左大臣家の姫君だろうか」

 静かにそうつぶやく。小春は素直にわからないと答えた。頭中将に憑いているだけで、そう決めつけてしまうのはまだ早い。ただ、十中八九そうだろう、と思っている自分がいた。

「あやかし、と言っていいのかわかりません。彼女から、敵意は感じませんでした」

「たしかに、あやかしの気配はしなかったな。……気をつけよう。もし、彼女があやかしに変化したら、憑かれている頭中将が真っ先に狙われるだろう。ともすれは、恋敵であっただろう葵の君も狙われるかもしれない。どちらも守れるように、気は抜くな」

「はい」

 力強くうなずく。
 朝顔の君のとき、小春は誓った。
 もっと、多くの人を守れる自分になりたいと。あれから、玉藻を仲間にした。陰陽師として、すこしではあるが、強くなった自信がある。

 小春は胸元に忍ばせている呪符に手を伸ばした。そこから玉藻の気配を感じながら、心を落ち着けるために吸って吐いてを繰り返す。
 式神として使役している相手との間には、特殊な繋がりができる。小春も、玉藻を使役してからというもの、どこかしこで玉藻の気配を感じていた。おそらく、小春が玉藻を喚びだすときに使う呪符を通じて、玉藻も外の様子を見ているのだろう、と小春は思っている。

 葵の君に通された部屋のなか、葵の君と向き合うかたちで、小春たちは座る。
 葵の君は、先ほどより顔色が悪く、体調が優れないように見えた。

「……保憲殿。でしたよね? あなた方がこの屋敷にいらっしゃったのはなぜですか?」

「それは——」

「頭中将さまは黙っててくださる?」

 口を挟もうとしていた頭中将は、ぴしゃりと葵の君に言われて口をつぐむ。

「あなたには後でたっぷりお話がありますので、すこし静かにしていてくださるかしら」

 凍てつくような葵の君の視線に、小春も思わず体を震わせた。
 瑠璃色と単青の襲を纏った葵の君は、歳を重ねた女性らしい落ち着いた上品な雰囲気を醸し出している。心地よく低い声が、ぴしりと空を震わせている。
 それと相対する頭中将が身につけている深みがある葡萄染の狩衣も、上品で色気のある頭中将に映えていた。

「私たちがここに来たのは、葵の君に聞きたいことがあったからです」

 そんな高貴な2人が醸し出す雰囲気のなか、怖気付くことなく、保憲が語り出した。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...