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三の姫

四十三、縁談

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 目が覚めたのは、それからすぐのことだった。葵を見下ろしているのは、女房たち。女房の一人が、葵を抱き抱える形になり介抱されていた。

「ひ、姫さま……!」

「ごめんなさい。もう大丈夫よ」

 どうやら、気を失っていたのはほんの少しの間らしい。女房に礼を言って起き上がる。倒れたというのに、意識はとてもはっきりとしていた。

「ど、どこもお怪我はないですか?」

 葵は自分の身体を見下ろす。
 そもそも気を失ったとき、すでに体勢が低かったおかげか、どこも痛いところはない。もし立っていたとしたら、頭をぶつけて大変だった。
 ほっと一息を吐く。
 立ち上がると、女房たちが小さな悲鳴をあげた。これぐらいなんともないと言うのに、みんな心配性だ。

「ほ、本当に大丈夫なのですか!」

「大丈夫よ。すこし驚いただけだから」

 葵は、元凶である鏡の前に向かった。

 恐怖のあまり、気を失ってしまったという事実が恥ずかしい。
 一度深呼吸をして、先ほどの鏡を覗く。そこには青白い顔をした自分自身が写っているだけだった。

(さっき見えたあの女は、何者——?)

 誰かの怨念、なのだろうか。
 その思考に至ると、背筋が凍った。

(まさか、左大臣家の姫君?)

 思い当たりがある人物といえば、彼女しかいない。でも、今更なんのために。葵と頭中将の関係は、もうとっくに切れている。
 すでにこの世の者ではない左大臣家の姫君が、何の用だと言うのだ。

 ぎりぎりと、知らず知らずのうちに歯を食いしばっていた。

「姫さま……?」

 心配そうな女房たちの視線に、はっとする。

「何でもないわ」

「あの、本日はいかがされますか。お休みされるようでしたら、私どもからお伝えしておきますが」

「……いえ、会いましょう」

 両親が葵に会いたいと言っているのだ。何かあるに違いない。それを後回しにしてしまうのは、気が引けた。


 渡殿を通り、両親のいる主殿へ向かう。そこには、すでに両親が集まっていて、葵の姿を見て嬉しそうに顔を綻ばせる。葵をとにかく甘やかして育てただけあって、両親は葵のことを目の中に入れても痛くないほど可愛がっている。
 もうこの歳にもなると、両親からここまで歓迎されるだけで、すこしだけむず痒いような気持ちになる。

「葵! 先ほど女房たちが慌てて駆けていったが、何かあったのか?」

 葵の姿を認めて、先に声をかけてきたのは父だった。この宮中で大納言を務めている父は、とても多忙だ。久しぶりに顔を合わせたような気がする。

「父上……すこしお疲れですか?」

 葵がたずねると、父は手にしていた扇をぱちりと鳴らした。

「葵にも分かってしまったのか」

「……はい。父上にお会いするのは久しぶりなものですから」

「そうじゃったなぁ。葵も、しばらく見ないうちにすこしやつれたか?」

「そうかもしれませんわ」

 葵も手に持っていた扇で口を隠しながら答える。笑えない冗談だ。さっき倒れたところです、とは口が裂けても言えない。葵に甘い両親にばれたら、すぐに寝所に押し込まれることがよくわかる。

「それで、父上。本日は何の御用でしょうか?」

 居住まいを正してたずねると、父の顔つきが引き締まった。大納言らしい威厳のある雰囲気を醸し出した父に、葵の気も張り詰める。

「それがな。葵に縁談を持ってきたのだ」

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