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三の姫

四十五、言伝

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 小春が保憲とともに貴船神社の参道を登ると、眼前に広がったのは静かに佇むお社だった。周りには杉の木が何本も数えきれないほど植っていた。
 太い幹が小春たちの足音をすべて吸い込んでいるかのように、あたりは静まりかえっている。
 息を大きく吸い込み、深呼吸すると苔むした木の香りが鼻の奥をくすぐった。なぜか落ち着く香りだった。

「葵の君、来るでしょうか」

 ぽそりとつぶやくと、保憲はぐるりとあたりを見渡した。小春たちの他に、まだ人影は見えない。朝の清々しい空気のなかで、木漏れ日だけが差し込んでいる。

「来るだろうね。頭中将さまに出会えるなら、なんでもするんじゃないか」

 保憲はそう言って、近くに転がっている苔むした大きな岩に腰を下ろした。小春も真似して保憲の隣に座る。

「……頭中将さまったら、本当に罪作りなやつですよね」

 そうだな、と保憲が相槌を打ったとき、土を踏みしめる音が聞こえた。

「葵の君でしょうか?」

 保憲にたずねて、小春は腰をあげる。足音は、急いでいるようだった。どんどん近づいてくる足音と、見えてくる人影。葵の君ではない。どうやら、使いの男のようだった。
 彼は小春たちの前まできて、疑わしげな視線を向ける。小春たちを、頭中将からの使いだと考えているのかもしれない。

「葵の君の使いでしょうか?」

 保憲が、単刀直入にたずねると、男は驚いた表情を見せた。頭中将本人が来ると聞かされているのだから、それもそのはずだろう。

「はい。あなた方は、頭中将さまの?」

「そうです。何か、葵の君からの伝言でも?」

「本日、葵の君は頭中将さまとはお会いにならない、とのことです」

「一体どうして、と聞いても良いでしょうか?」

「それは……」

 そう言って、男は口をつぐんだ。
 小春と保憲は目を見合わせる。
 葵の君に、なにか起きたのだろうか。
 もし、葵の君のもとにもあやかしが憑いていたら——?
 それを想像すると、背筋が逆立った。

 途端に表情を強張らせた小春たちを見てか、男は困惑の表情を浮かべた。

「なにか、事件でも?」

「い、いえ。逆です。実は……姫さまは、東宮への輿入れが決まったのです。なので、頭中将さまとはお会いにならないと」

「……?!」

(葵の君が、東宮に輿入れ……?)

 小春にとっても、保憲にとっても、初耳だった。朝顔の君が、左大臣家の養子として、東宮に輿入れするかもしれない、と聞いたばかりだった。それなのに、葵の君との結婚が決まったとは。
 朝顔の君にとって、よかったのか悪かったのかは分からない。
 それでも、小春たちにとっては悪い出来事であることは確かだった。
 葵の君が東宮妃として宮中にあがったら、もう二度と直接会うことはかなわなくなる。そうなれば、もうこの事件を解決することはできない。

「葵の君の輿入れは、いつですか?」

「さ、さぁ。そこまでは。でも、近日中に行なう予定とは聞きました」

「では、どうか葵の君の元へ案内してくれませんか? 頭中将からの言伝だけでも、伝えたいのです」

 必死に保憲が言い募る。
 男は困ったようだったが、保憲の勢いに負けたようで、最後には了承してくれた。

(これが、最後の機会——)

 泣いても笑っても、ここで真相を確かめられなかったら、終わりだ。



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