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三の姫
三十九、策
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「兄上、母上には結構強気で言ってましたけど、葵の君からの文は届いたんですか?」
賀茂家から陰陽寮への道すがら、手にたくさんの唐菓子を抱えた小春は、保憲にたずねる。穏子が持たせてくれたお菓子だ。保憲と二人で抱えても、前が見えないぐらいの大量だ。
「それが、葵の君からは文ひとつ返ってきていないんだ。遣いにやった童たちも、全員空振りだ」
「え、そうなんですか?! てっきり、何かしらの連絡がついたとばかり……」
あんなに自信たっぷりに言った保憲だ。すでに葵の君と会う手筈が整っているとばかり思っていた。
「その代わりと言っては難だが、葵の君と出会うための策を用意した」
顔は笑顔を作りながらも、保憲の目は笑っていない。これは、悪巧みをしているときの顔だった。
「僕が、頭中将に変装しよう」
「……は?」
思わずそんな声を出してしまったのも、無理はないはずだ。あの頭中将と保憲の纏う雰囲気は、似ても似つかない。
変装と言ったって、流石にすぐにバレてしまうのではないだろうか。
苦い顔をしている一方で、保憲はとても楽しそうな笑みを浮かべている。
(この時の兄上は、もう止められない……)
「頭中将に変装するったって、どうするんですか」
「頭中将にはすでに話はつけてある。頭中将家直伝の香は確保した。おそらく、背格好だけならすぐにはバレないだろう」
貴族はたしなみとして、それぞれ自分だけの香の香りを纏っている。その家に代々伝わる調香を使う貴族も多い。頭中将の纏っている香りも、おそらくその類のものだろう。
「頭中将も、よくそれを了承してくれましたね」
「まあね。頭中将自身も、今となっては葵の君との交流も深くないみたいだからね。何か手伝えることはないかって、あっちから持ちかけてくれたんだ」
「頭中将は、葵の君とあんまり仲良くないんですね?」
たずねると、保憲は少しだけ渋い顔をした。
「まぁ、そりゃあね。男女にはいろいろとあるんだよ、きっと」
「はぁ」
ぴんとはこなかったが、とりあえず相槌を打つ。
「まあ、そんなものなんですかね」
「そうそう。頭中将みたいな色好みにはきっとなんだってあるんだよ」
保憲の言う通り、頭中将は貴族のなかの貴族。出世頭で眉目秀麗。女性が寄ってこないほうがおかしいような男だ。そんな男であれば、痴情のもつれなんかたくさんあることだろう。
「それで、どうやって葵の君と接触するんですか?」
「それがな。葵の君の側は、なんでもまだ頭中将を諦められない気持ちが強いらしいんだ。それで、頭中将の香りを染み込ませた文を送って、待つ」
「……なんか、悪いことをしているような気分になってきました」
「何かあったら、すべて頭中将が責任を負うと言ってくれたから大丈夫だ」
「そ、それって本当に大丈夫なんですか?」
「うん。きっと大丈夫だろう!」
なぜか自信満々の保憲。
(なにも問題がなければ良いんだけど……)
小春は静かに心の中でため息を漏らすのだった。
賀茂家から陰陽寮への道すがら、手にたくさんの唐菓子を抱えた小春は、保憲にたずねる。穏子が持たせてくれたお菓子だ。保憲と二人で抱えても、前が見えないぐらいの大量だ。
「それが、葵の君からは文ひとつ返ってきていないんだ。遣いにやった童たちも、全員空振りだ」
「え、そうなんですか?! てっきり、何かしらの連絡がついたとばかり……」
あんなに自信たっぷりに言った保憲だ。すでに葵の君と会う手筈が整っているとばかり思っていた。
「その代わりと言っては難だが、葵の君と出会うための策を用意した」
顔は笑顔を作りながらも、保憲の目は笑っていない。これは、悪巧みをしているときの顔だった。
「僕が、頭中将に変装しよう」
「……は?」
思わずそんな声を出してしまったのも、無理はないはずだ。あの頭中将と保憲の纏う雰囲気は、似ても似つかない。
変装と言ったって、流石にすぐにバレてしまうのではないだろうか。
苦い顔をしている一方で、保憲はとても楽しそうな笑みを浮かべている。
(この時の兄上は、もう止められない……)
「頭中将に変装するったって、どうするんですか」
「頭中将にはすでに話はつけてある。頭中将家直伝の香は確保した。おそらく、背格好だけならすぐにはバレないだろう」
貴族はたしなみとして、それぞれ自分だけの香の香りを纏っている。その家に代々伝わる調香を使う貴族も多い。頭中将の纏っている香りも、おそらくその類のものだろう。
「頭中将も、よくそれを了承してくれましたね」
「まあね。頭中将自身も、今となっては葵の君との交流も深くないみたいだからね。何か手伝えることはないかって、あっちから持ちかけてくれたんだ」
「頭中将は、葵の君とあんまり仲良くないんですね?」
たずねると、保憲は少しだけ渋い顔をした。
「まぁ、そりゃあね。男女にはいろいろとあるんだよ、きっと」
「はぁ」
ぴんとはこなかったが、とりあえず相槌を打つ。
「まあ、そんなものなんですかね」
「そうそう。頭中将みたいな色好みにはきっとなんだってあるんだよ」
保憲の言う通り、頭中将は貴族のなかの貴族。出世頭で眉目秀麗。女性が寄ってこないほうがおかしいような男だ。そんな男であれば、痴情のもつれなんかたくさんあることだろう。
「それで、どうやって葵の君と接触するんですか?」
「それがな。葵の君の側は、なんでもまだ頭中将を諦められない気持ちが強いらしいんだ。それで、頭中将の香りを染み込ませた文を送って、待つ」
「……なんか、悪いことをしているような気分になってきました」
「何かあったら、すべて頭中将が責任を負うと言ってくれたから大丈夫だ」
「そ、それって本当に大丈夫なんですか?」
「うん。きっと大丈夫だろう!」
なぜか自信満々の保憲。
(なにも問題がなければ良いんだけど……)
小春は静かに心の中でため息を漏らすのだった。
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