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三の姫
三十七、快復
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保憲に誘われた小春は、ひさしぶりに賀茂家へ向かうことになった。
今回は朝顔の君が快復したという知らせを受けて、お見舞いとして向かうのだ。
「うぅ……緊張する」
「なんで小春が緊張してるんだ」
保憲が苦笑する。賀茂家は第二の家と言っても過言ではないが、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。
「だって、朝顔の君と会うんですよ? なんて声をかけたら良いか……」
朝顔の君の身の上を思うと、何と声をかけたら良いかわからないというのが本音だった。
慰めの言葉も薄っぺらく聞こえてしまいそうだが、だからと言ってなにも言わないわけにもいかない。
賀茂家の門をくぐってからも、どうしようかと迷う気持ちは変わらなかった。
「あらあら、久しぶりね。元気にしていたかしら?」
小春たちを迎えたのは、賀茂家当主忠行の妻であり、保憲の母上——#穏子_やすこ__#だった。
「はい、母上。お久しぶりです」
忠行を父と呼ぶように、小春は穏子のことを「母」と呼んでいる。安倍家の父母と同じように、賀茂家の父母のことも大切な家族だと思っているからだ。
「すこし背が高くなったんじゃない?」
穏子は保憲に良く似た細面をほころばせた。
「そうですか?」
「そうよ。だってこの間見たときには、保憲の半分ぐらいしか背がなかったじゃないの」
「母上……それは、すこし言い過ぎかと」
保憲が苦笑すると、穏子はそうかしらと頬に手をやった。おっとりした穏子だからこそ、いつも忙しく仕事をしている忠行の妻が務まるのだろう。
保憲がしっかりした性格に育ったのも、きっと穏子の影響があるのだと思うと、微笑ましい気持ちになる。
「朝顔の君なら、奥の座敷にいるわ。梓もいっしょにいるはずよ」
「梓もか」
保憲の顔が緩む。
唯一の妹だからか、保憲は梓のことを大事にしていた。小春にとっても、梓は妹のようなものだ。ひさしぶりに会えるのは嬉しい。
保憲の後ろをついて歩く。
ふと中庭に目をやると、少女が2人並んで木を見ている光景がうつった。
「兄上、あそこにいるの、梓じゃないですか?」
「……そうだな。隣にいるのは、朝顔の君か?」
2人の少女たちがまとう雰囲気は、和やかだった。2人とも笑顔を見せて笑っている姿に、あっけに取られる。
「そう……だと思います」
快復したとはいえ、てっきり朝顔の君はあまり動けないものだとばかり思っていたからか、考えがついていかない。
それでも、彼女たちが楽しそうにしているところを見ると、ほっと肩の力が降りた。
「おーい、梓!」
保憲が大きな声をかけた。
1人の少女が振り返り、保憲を見る。
「あ、兄上! 小春も! こちらに来てください!」
白い手で小春たちを手招きする。
「何かあったのか?」
保憲とともに梓たちのところへ向かうと、梓はそっと木の上を指さした。
「あとすこしで桜が咲きますよ」
梓の指の先には、ほんのり桜色に色づいた蕾が見えた。ふっくらとしたそれは、もう少しで春が訪れることを知らせている。
「もう春なんですねぇ」
蕾を見ながら、しみじみと思う。
冬が終われば、たくさんの命が息づく春がまたやってくるのだ。
「早いような、待ち遠しかったような気もするな」
小春と同様に上を見上げながら、保憲も言った。保憲の横顔も柔らかい表情をしている。
「あの、皆さま」
おずおずとした鈴のなるようなかわいらしい声が聞こえる。声の主は、朝顔の君だった。
以前は痩せこけた印象があったが、そこからだいぶ顔色も良くなり、ふっくらとした。濁っていた瞳も、今となってはきらきらと輝いている。
「助けてくださり、ありがとうございます」
丁寧なお辞儀に、慌てたのは小春だった。小春は、朝顔の君しか助けることが出来なかった。こうしてお礼を言われるほどのことはしていない。
「いえ! 私たちは、なにも——」
「あなた方が助けてくださらなかったら、今の私はいませんから」
そう言った朝顔の君の表情は、どこか晴々としていた。寄り添う梓の表情も、どことなくすっきりしているようにも見える。この2人が、短い間に心を通わせたことが見てとれた。
「君が無事でよかったよ。賀茂家は、君のことを全力で応援するから。安心して」
「……ありがとうございます」
次期当主になる保憲が、胸を張って答えた。それに対して、朝顔の君は丁寧にお辞儀をした。
きっともう大丈夫。
そう確信させてくれた朝顔の君に、小春は心の中でありがとうを言った。
今回は朝顔の君が快復したという知らせを受けて、お見舞いとして向かうのだ。
「うぅ……緊張する」
「なんで小春が緊張してるんだ」
保憲が苦笑する。賀茂家は第二の家と言っても過言ではないが、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。
「だって、朝顔の君と会うんですよ? なんて声をかけたら良いか……」
朝顔の君の身の上を思うと、何と声をかけたら良いかわからないというのが本音だった。
慰めの言葉も薄っぺらく聞こえてしまいそうだが、だからと言ってなにも言わないわけにもいかない。
賀茂家の門をくぐってからも、どうしようかと迷う気持ちは変わらなかった。
「あらあら、久しぶりね。元気にしていたかしら?」
小春たちを迎えたのは、賀茂家当主忠行の妻であり、保憲の母上——#穏子_やすこ__#だった。
「はい、母上。お久しぶりです」
忠行を父と呼ぶように、小春は穏子のことを「母」と呼んでいる。安倍家の父母と同じように、賀茂家の父母のことも大切な家族だと思っているからだ。
「すこし背が高くなったんじゃない?」
穏子は保憲に良く似た細面をほころばせた。
「そうですか?」
「そうよ。だってこの間見たときには、保憲の半分ぐらいしか背がなかったじゃないの」
「母上……それは、すこし言い過ぎかと」
保憲が苦笑すると、穏子はそうかしらと頬に手をやった。おっとりした穏子だからこそ、いつも忙しく仕事をしている忠行の妻が務まるのだろう。
保憲がしっかりした性格に育ったのも、きっと穏子の影響があるのだと思うと、微笑ましい気持ちになる。
「朝顔の君なら、奥の座敷にいるわ。梓もいっしょにいるはずよ」
「梓もか」
保憲の顔が緩む。
唯一の妹だからか、保憲は梓のことを大事にしていた。小春にとっても、梓は妹のようなものだ。ひさしぶりに会えるのは嬉しい。
保憲の後ろをついて歩く。
ふと中庭に目をやると、少女が2人並んで木を見ている光景がうつった。
「兄上、あそこにいるの、梓じゃないですか?」
「……そうだな。隣にいるのは、朝顔の君か?」
2人の少女たちがまとう雰囲気は、和やかだった。2人とも笑顔を見せて笑っている姿に、あっけに取られる。
「そう……だと思います」
快復したとはいえ、てっきり朝顔の君はあまり動けないものだとばかり思っていたからか、考えがついていかない。
それでも、彼女たちが楽しそうにしているところを見ると、ほっと肩の力が降りた。
「おーい、梓!」
保憲が大きな声をかけた。
1人の少女が振り返り、保憲を見る。
「あ、兄上! 小春も! こちらに来てください!」
白い手で小春たちを手招きする。
「何かあったのか?」
保憲とともに梓たちのところへ向かうと、梓はそっと木の上を指さした。
「あとすこしで桜が咲きますよ」
梓の指の先には、ほんのり桜色に色づいた蕾が見えた。ふっくらとしたそれは、もう少しで春が訪れることを知らせている。
「もう春なんですねぇ」
蕾を見ながら、しみじみと思う。
冬が終われば、たくさんの命が息づく春がまたやってくるのだ。
「早いような、待ち遠しかったような気もするな」
小春と同様に上を見上げながら、保憲も言った。保憲の横顔も柔らかい表情をしている。
「あの、皆さま」
おずおずとした鈴のなるようなかわいらしい声が聞こえる。声の主は、朝顔の君だった。
以前は痩せこけた印象があったが、そこからだいぶ顔色も良くなり、ふっくらとした。濁っていた瞳も、今となってはきらきらと輝いている。
「助けてくださり、ありがとうございます」
丁寧なお辞儀に、慌てたのは小春だった。小春は、朝顔の君しか助けることが出来なかった。こうしてお礼を言われるほどのことはしていない。
「いえ! 私たちは、なにも——」
「あなた方が助けてくださらなかったら、今の私はいませんから」
そう言った朝顔の君の表情は、どこか晴々としていた。寄り添う梓の表情も、どことなくすっきりしているようにも見える。この2人が、短い間に心を通わせたことが見てとれた。
「君が無事でよかったよ。賀茂家は、君のことを全力で応援するから。安心して」
「……ありがとうございます」
次期当主になる保憲が、胸を張って答えた。それに対して、朝顔の君は丁寧にお辞儀をした。
きっともう大丈夫。
そう確信させてくれた朝顔の君に、小春は心の中でありがとうを言った。
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