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二の姫

三十六、理由

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「知ってるわ。あの色男でしょう?」

 玉藻は赤い舌をちろりと出す。

「朝顔の君と頭中将は恋仲だったんです?」

「そんな関係じゃなかったわ。ただ、あの子が一方的に想っていただけじゃないの」

「だから、頭中将と恋仲だった左大臣の姫君を狙ったんですか?」

「は?」

 小春の言葉に、玉藻は怪訝な顔をした。

「わたくしは姫君なんて狙ってないわよ。気位ばっかり高い姫君は面倒くさくて。もうこりごりなのよ」

「じゃあ、頭中将に何かしたとかそういうこともないんですか?」

 玉藻に食ってかかると、玉藻は面倒くさそうに小春を睨め付けた。

「あの子も、頭中将とは一時の関係だって、分かっていたみたいだもの。特に、何かしようとは考えてないわよ」

「……」

 小春と忠行は顔を合わせた。玉藻が嘘をついているようにも聞こえない。
 玉藻からしたら、姫君を狙うことで何か利益を得られるわけではない、ということだ。

「あなたに憑かれた朝顔の君の生霊が祟ったとか、そういうことはないでしょうか?」

 おずおずとたずねると、玉藻は少しだけ思案するような様子を見せた。

「……うーん。どうだかね。あの子にそれだけの気概があるかと言われたら、そんなこともない気がするわ。それだけの意志があったなら、わたくしのことを拒むことも出来たはずよ。わたくしは、あの子が何もできないってわかったから、取り憑いたのよ」

 あっけらかんと、玉藻は言う。

「おぬしは、関与していないと言うのか?」

「そうね。無関係だわ」

「あの子にも聞いてみればいいじゃない。わたくしが取り憑く前のことだし、きっと覚えてるわよ」

 そうは言っても、朝顔の君からすれば、言いたくないことに違いない。

 小春には、「恋」という感情はわからない。それでも、自分の恋心を誰かれと言って良いものではないことぐらい、わかっていた。

「ありがとうございます。……父上、今回も手がかりはなしってことでしょうか」

「そうだな。まあ、こうして一つずつ確認して可能性を潰していくのは間違った道ではない」

「……ねぇ、もしかしてわたくしを喚び出したのって、それを聞くだけなの? つまらないわ。もっと何か暴れ回ったりできるかと思ったのに。そうだ! あんたの身体貸しなさいよ。そしたら、あの色男ぐらいすぐに骨抜きにしてあげるんだから」

「そ、そういうことは要らないです!」

 頬が熱くなる。
 そんなこと、できるはずがない。
 小春はもう、安倍晴明として生きることに決めたのだ。

「そう? 何かあったらいつでも教えなさいよ!」

 そう言って、玉藻の姿はふっと消えてしまった。小春の集中力が切れたのと、玉藻のほうからしまったということだ。

「騒がしいやつだな」

 すこし困惑したように、忠行がつぶやいた。小春もそれに同意する。
 まさか、国ひとつ滅ぼしたあやかしが、こんなに口うるさいだなんて。
 それでも、小春にもきちんと喚び出すことができることがわかって良かった。安堵して、小春はほっとため息を漏らすのだった。
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