26 / 58
二の姫
二十六、あやかし屋敷
しおりを挟む
たどり着いた朝顔の君の屋敷は、一見して普通の貴族の邸宅のように見えた。さほど大きいわけではないが、よく手入れが行き届いているように感じる。
もし朝顔の君のことを知らなかったら、このまま通り過ぎてしまったに違いない。なんの変哲もないただの屋敷だ。
「ここが、朝顔の君の屋敷ですね」
「小春、なにかあったら僕を置いて逃げるんだぞ」
いつになく真剣な声音の保憲を見上げる。
「何言ってるんですか兄上。見捨てて逃げられるわけないじゃないですか」
「……そうだよな。小春ならそう言うか」
呆れたような、ほっとしたような声。
いつになく弱気になっている兄弟子を励ますつもりで、その頼もしい背中を叩く。
「……?!」
「いつもの兄上らしくないですよ」
驚いている保憲に言って見せると、目をぱちくりさせた保憲は、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。
そう、兄上はこうでなくっちゃと心のなかでつぶやく。
「さて、いこうか」
「はいっ! 兄上」
保憲に続いて、敷地内に一歩足を進める。背筋にぞくりとする冷気を感じた。冷たい氷の柱を背骨に入れられたようだ。思わず顔が引きつる。
「これは……恐ろしいほどの妖気だね」
改めて気を引き締める。生半可な覚悟では、「朝顔の君」には勝てない。
門から屋敷まではたった数十歩。それなのに、一歩一歩が恐ろしく重く感じた。
庭をちらと覗くと、庭にはたくさんの梅の木が植っている。夜半の月明かりに照らされ、紅く色づいた花々が見えた。紅梅が血の色を思い起こされ、小春は無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。
屋敷のなかに入ると、さらに冷たい妖気が強くなった。
ぶるりと背中を震わせる。大きなあやかしの口の中にでも入った気分だ。いつでも飲み込めるのだぞ、と脅されているような感覚さえする。
そうは言っても、こちらも武器はたくさんあるのだ。
いつでも胸元から呪符を取り出して投げつけられる。呪符を掴んでいる手が小さく震えていることは、気づかないふりをする。自分が恐怖していることに気づいてしまったら、負けてしまうような気がした。
保憲とふたり、呼吸の音でさえうるさく聞こえるほどに神経を研ぎ澄ませ、屋敷のなかを進む。
おそらく、朝顔の君――もといあやかしがいるのは、最奥にある寝殿だろう。
寝殿へとつながる渡殿を曲がる。異様な静けさのなか、小春たちは誰もいないがらんとした寝殿のなかにたどり着いた。
さらに重苦しくなる空気。人影は、御簾のなかにあった。朝顔の君はひとりなのだろうか。
「そこにいるのは、だぁれ?」
鈴の音を鳴らすような声。舌っ足らずな口調。小春と同じか、それより小さい少女ではないか。
そんな小さい子が、こんな事件を?
小春たちの間に緊張が走る。朝顔の君が少女だったとしても、近くの村から人をさらったのは確かだ。
白でさえ力を保てないぐらい消耗したのだ。小春たちが無事で帰れる保証はない。
小春と保憲は目を合わせて、ゆっくりと御簾に近づいた。
もし朝顔の君のことを知らなかったら、このまま通り過ぎてしまったに違いない。なんの変哲もないただの屋敷だ。
「ここが、朝顔の君の屋敷ですね」
「小春、なにかあったら僕を置いて逃げるんだぞ」
いつになく真剣な声音の保憲を見上げる。
「何言ってるんですか兄上。見捨てて逃げられるわけないじゃないですか」
「……そうだよな。小春ならそう言うか」
呆れたような、ほっとしたような声。
いつになく弱気になっている兄弟子を励ますつもりで、その頼もしい背中を叩く。
「……?!」
「いつもの兄上らしくないですよ」
驚いている保憲に言って見せると、目をぱちくりさせた保憲は、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。
そう、兄上はこうでなくっちゃと心のなかでつぶやく。
「さて、いこうか」
「はいっ! 兄上」
保憲に続いて、敷地内に一歩足を進める。背筋にぞくりとする冷気を感じた。冷たい氷の柱を背骨に入れられたようだ。思わず顔が引きつる。
「これは……恐ろしいほどの妖気だね」
改めて気を引き締める。生半可な覚悟では、「朝顔の君」には勝てない。
門から屋敷まではたった数十歩。それなのに、一歩一歩が恐ろしく重く感じた。
庭をちらと覗くと、庭にはたくさんの梅の木が植っている。夜半の月明かりに照らされ、紅く色づいた花々が見えた。紅梅が血の色を思い起こされ、小春は無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。
屋敷のなかに入ると、さらに冷たい妖気が強くなった。
ぶるりと背中を震わせる。大きなあやかしの口の中にでも入った気分だ。いつでも飲み込めるのだぞ、と脅されているような感覚さえする。
そうは言っても、こちらも武器はたくさんあるのだ。
いつでも胸元から呪符を取り出して投げつけられる。呪符を掴んでいる手が小さく震えていることは、気づかないふりをする。自分が恐怖していることに気づいてしまったら、負けてしまうような気がした。
保憲とふたり、呼吸の音でさえうるさく聞こえるほどに神経を研ぎ澄ませ、屋敷のなかを進む。
おそらく、朝顔の君――もといあやかしがいるのは、最奥にある寝殿だろう。
寝殿へとつながる渡殿を曲がる。異様な静けさのなか、小春たちは誰もいないがらんとした寝殿のなかにたどり着いた。
さらに重苦しくなる空気。人影は、御簾のなかにあった。朝顔の君はひとりなのだろうか。
「そこにいるのは、だぁれ?」
鈴の音を鳴らすような声。舌っ足らずな口調。小春と同じか、それより小さい少女ではないか。
そんな小さい子が、こんな事件を?
小春たちの間に緊張が走る。朝顔の君が少女だったとしても、近くの村から人をさらったのは確かだ。
白でさえ力を保てないぐらい消耗したのだ。小春たちが無事で帰れる保証はない。
小春と保憲は目を合わせて、ゆっくりと御簾に近づいた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる