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二の姫
二十四、村
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朝顔の君の屋敷は、左京の外れにある。
左京は、右京と比べるとまだ緑が多く、人通りも少ない。
帝や殿上人たちがたまに狩りに使うらしいが、小春は左京にはあまり行ったことがなかった。
「まるで、山のなかみたいですね」
歩けば歩くほど、林は深くなっていく。
こんなところに朝顔の君の屋敷があるとは、にわかに信じられなかった。
術式で展開させた炎が、肩越しに小春たちの足元を照らしている。
「そうだな。こんなところに屋敷を建てようと思うなんて、よほど変わり者なんだろうな」
道は平坦な分まだ歩きやすいが、獣道を歩いているだけあって、木の根があちこちから飛び出している。
足を引っかけて転んでしまわないように、小春は炎をすこしだけ大きくした。
黙々と歩いていると、この先に何が待っているのか、否が応でも考えてしまう。
朝顔の君は、何者なのだろう。
頭中将と恋仲に会ったという彼女。
彼女自身が、すでにあやかしに変じてしまったのだろうか。
「……朝顔の君が、左大臣家の姫君を殺したのでしょうか」
ふと、頭のなかに浮かんだ疑問を漏らす。
かんざしで自分の喉を貫いて死んだ左大臣家の姫君。
父である左大臣も、恋仲であったという頭中将も、彼女がそんなことをしたわけがないと言う。
だとしたら、あやかしのせいだと考えるのが普通だ。
となると、彼女自身があやかしに変じてしまったと考えると、辻褄が合う。
「どうだろうな。彼女があやかしなのか、それともあやかしに憑かれているのか。今の時点ではどうにも分からないというのが本音だな」
「これだけ京から離れた場所にいたら、情報が巡ってこないのも当たり前ですね」
「それも怪しいんだよな。彼女はあえて京から離れたここに屋敷を構えているのだろうか。どう考えても、不便で仕方ないだろう、こんな場所」
「……京に近づきたくない理由でもあったんでしょうか」
「そうも考えられるだろうな」
やはり、彼女の正体はあやかしなのか。
となると、彼女とお近づきになれた頭中将は、やはりおかしいという結論になる。
「兄上、やっぱり頭中将さまはおかしいですよ」
なぜか腹が立ってきて保憲に言うと、保憲はぷっと吹き出した。
「どうした、いきなり」
「頭中将さまが色好みじゃなかったら、こんなところに来る必要もなかったんですよね」
「ま、まぁそうなるな」
「百歩譲って美男子ってことは分かりますけど、だからってなんで、色好みに……!」
小春が思わず声をあげたとき、ぴたりと保憲が歩みを止めた。
「兄上……?」
たずねると、保憲はゆっくりと指を指し示した。
「あそこに村がある」
言われる通りの方向を見ると、たしかに暗闇のなかに小さな集落らしきものが見えた。
小春たちが辿ってきた獣道は、ここにつながっていたようだ。
家は全部で20にも満たないだろうか。
草がぼうぼうに生え切ったなかに、ぽつんぽつんと家々が連なっている。
松明のようなものは見えない。そこは、小春が居た村に様子がよく似ていた。
忘れかけていた記憶がふっとよみがえる。
「小春、すこし近づいてみよう。何か手がかりがみつかるかもしれない」
小春は小さくうなづいて、前を歩く保憲の後ろにぴったりと付いて歩く。
静まり返った部屋からは、何の物音もしなかった。
ただ、人の気配はするのだ。
誰もが、小春たちの一挙一動を息を潜めて観察しているような。
誰かにじっと見られているような、そんな居心地の悪さが小春を襲う。
「兄上……。なにか、おかしいです」
保憲に耳打ちをすると、保憲もうなずいた。
異様な空気に、小春たちは立ちすくむ。
そのときだった。
一本の矢が、小春を目掛けて飛んできたのだった。
左京は、右京と比べるとまだ緑が多く、人通りも少ない。
帝や殿上人たちがたまに狩りに使うらしいが、小春は左京にはあまり行ったことがなかった。
「まるで、山のなかみたいですね」
歩けば歩くほど、林は深くなっていく。
こんなところに朝顔の君の屋敷があるとは、にわかに信じられなかった。
術式で展開させた炎が、肩越しに小春たちの足元を照らしている。
「そうだな。こんなところに屋敷を建てようと思うなんて、よほど変わり者なんだろうな」
道は平坦な分まだ歩きやすいが、獣道を歩いているだけあって、木の根があちこちから飛び出している。
足を引っかけて転んでしまわないように、小春は炎をすこしだけ大きくした。
黙々と歩いていると、この先に何が待っているのか、否が応でも考えてしまう。
朝顔の君は、何者なのだろう。
頭中将と恋仲に会ったという彼女。
彼女自身が、すでにあやかしに変じてしまったのだろうか。
「……朝顔の君が、左大臣家の姫君を殺したのでしょうか」
ふと、頭のなかに浮かんだ疑問を漏らす。
かんざしで自分の喉を貫いて死んだ左大臣家の姫君。
父である左大臣も、恋仲であったという頭中将も、彼女がそんなことをしたわけがないと言う。
だとしたら、あやかしのせいだと考えるのが普通だ。
となると、彼女自身があやかしに変じてしまったと考えると、辻褄が合う。
「どうだろうな。彼女があやかしなのか、それともあやかしに憑かれているのか。今の時点ではどうにも分からないというのが本音だな」
「これだけ京から離れた場所にいたら、情報が巡ってこないのも当たり前ですね」
「それも怪しいんだよな。彼女はあえて京から離れたここに屋敷を構えているのだろうか。どう考えても、不便で仕方ないだろう、こんな場所」
「……京に近づきたくない理由でもあったんでしょうか」
「そうも考えられるだろうな」
やはり、彼女の正体はあやかしなのか。
となると、彼女とお近づきになれた頭中将は、やはりおかしいという結論になる。
「兄上、やっぱり頭中将さまはおかしいですよ」
なぜか腹が立ってきて保憲に言うと、保憲はぷっと吹き出した。
「どうした、いきなり」
「頭中将さまが色好みじゃなかったら、こんなところに来る必要もなかったんですよね」
「ま、まぁそうなるな」
「百歩譲って美男子ってことは分かりますけど、だからってなんで、色好みに……!」
小春が思わず声をあげたとき、ぴたりと保憲が歩みを止めた。
「兄上……?」
たずねると、保憲はゆっくりと指を指し示した。
「あそこに村がある」
言われる通りの方向を見ると、たしかに暗闇のなかに小さな集落らしきものが見えた。
小春たちが辿ってきた獣道は、ここにつながっていたようだ。
家は全部で20にも満たないだろうか。
草がぼうぼうに生え切ったなかに、ぽつんぽつんと家々が連なっている。
松明のようなものは見えない。そこは、小春が居た村に様子がよく似ていた。
忘れかけていた記憶がふっとよみがえる。
「小春、すこし近づいてみよう。何か手がかりがみつかるかもしれない」
小春は小さくうなづいて、前を歩く保憲の後ろにぴったりと付いて歩く。
静まり返った部屋からは、何の物音もしなかった。
ただ、人の気配はするのだ。
誰もが、小春たちの一挙一動を息を潜めて観察しているような。
誰かにじっと見られているような、そんな居心地の悪さが小春を襲う。
「兄上……。なにか、おかしいです」
保憲に耳打ちをすると、保憲もうなずいた。
異様な空気に、小春たちは立ちすくむ。
そのときだった。
一本の矢が、小春を目掛けて飛んできたのだった。
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