大好きだけど

根鳥 泰造

文字の大きさ
上 下
38 / 51
第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛

黒南風や パーティー帰りにヒール折れ

しおりを挟む
 水曜日の夜、裕ちゃんからの電話で、安君が大怪我して入院したと聞いたと時、目も前が真っ暗になった。
 暴力団に攫われそうになった来夢を助けるため、命がけで身体を張って助けたのだと教えてもらって、よくやったと、誇らしいと思うと同時に、安君への激しい怒りも湧いてきた。
 私が今まで教えてあげてた事を何も学習していなかったからだ。

 大怪我して暫く働けなくなるなんて、会社に多大な迷惑をかけることになり、絶対にとってはならない行動。常に安全第一だと教えてきて、命がけの犠牲なんて、恋人を助けるためだとしてもNG行動。
 その翌日、詳しく聞いたけど、安君は、冷静さを失い、死にかける程の愚行をしていて、三人が駆けつけなければ、来夢を探し出して助けることすらできない状況になっていた。
 社会人なら、総合的な被害が最小限となる行動をとる。二人で逃げるための行動はとるだろうが、車に乗せられた時点で、拉致されることは諦め、車を追跡する手段を考える。GPSを車に取り付けるとか、GPSがないなら、スマホを車の中に隠すとか、最悪、ナンバープレートを写真に撮って、警察に探してもらうとかするのが正しい。

 それなのに、入院なんかするから、昨日も今日も、安君の分を皆でフォローすら事になり、所長も磯川さんも無理して飛び回り、休む時間もない。社長も私も、所長が来客対応できなくなった分、来客対応に追われている。昨日は営業時間内に事務処理を終わらせることができず、私も残業せざるを得なくなった。

 とはいえ、安君がアソコまで頑張らなければ、来夢は暴力団に拉致され酷い目に遭っていた。
 皆も、来夢を無傷で救い出すなんて、大した男だと、絶賛していて、私としても誇らしかった。

 その安君は、たった二日間入院したたげで、早くも退院。
 今日は、退院祝いで、十八時までに神谷邸に集合しろとの社長命令が出た。
 裕ちゃんは、その準備があるからと、予約の相談者担当分を所長に任せ、十五時半に帰って行った。
 げど、それで、こっちは大変な目に遭った。飛び込みの相談者が来て、所長は接客中で、時間待ちのお相手をしなくてはならなくなったのだ。昨日もそうだったけど、相談待ちのお客様を飽きさせないよう相手しなければならないので、今日の分の会計等の事務処理の時間が十分に取れなくなり、本当に迷惑。
 それでも、所長は営業終了時刻を大きく回ってしまったものの、何とか片付けた。
 磯川さんも仕事を途中できりあげてきたのか、ついさっき、汗だくで戻って来た。
 とんでもなく大変な一日だったけど、なんとか社長命令は守れそう。

「じゃあ、久しぶりに定時退社しますか?」
 悪気はないだろうけど、なんか、私に対する嫌味に聞こえる。
「いつも、定時で悪かったわね」

 神谷邸には、一年半前まで裕ちゃんと二人で生活していて、お正月に裕ちゃんのお見舞を兼ねて武夫と二人で訪れて以来。
 少し、見ないうちに玄関にヘビーカーや傘立てまであり、家具の配置も変わっていた。
 パーティー会場の居間も、この日の為なのかはわからないけど、模様替えしてあって、食事が既に準備されていた。
 立食パーティーみたいだけど、並んでいる料理がお刺身ばかりで少し変。
 ともあれ、既に準備は終わっていて、私の出番はないみたい。
 
 安君は、ギブスをつけたままトレーナーを羽織る様に来て、痛々しいが、元気そうで、来夢に話をしていた。
 私も話に混ぜてもらいたくて近づこうとすると、夕実さんが、私達に、シャンパングラスが乗ったお盆を持って来てくれた。
 そして、裕ちゃんが、シャンパングラスを手に、つかつかと前に歩みでる。

「皆さま、お揃いのようなので、予定より早いですが、安田翔さんの、一昨日の奮戦慰労会と、退院祝賀会と、二日早い二十一歳の誕生会を兼ねまして、乾杯の音頭を取らせて頂きます。皆様、『ありがとう、おめでとう』と御唱和お願いします。安君、娘を無事助けて頂き、感謝の言葉もありませんが、ささやかなバーディを開かせていただきます。皆さん、それでは……、安君、ありがとう。おめでとう」
 皆がグラスを掲げて口にすると、磯川さん家族が安君を取り囲んだ。私も負けじとその輪に入る。
「ギプスは何時取れるの?」
 私が質問したのに、夕実さんは、「私も、活躍を見て見たかったです」とか言い出し、来夢は彼氏なのに誕生日もしらなかったのか、「安君って6月生まれだったの」とか聞いて、安君は困っていた。

「皆さん、今日は手巻き寿司パーティーなので、自分ですきなものを取って作って、食べてくださいね」
 裕ちゃんの説明で、手巻き寿司の具材が並べらていたのかと理解したが、初めてなので、どうすればいいのか今一分からない。
 困っているのを察してくれたのか、夕実姉さんが、私達に手巻き寿司の作り方を教えてくれた。
 コツは、四角い海苔の中央やや下に、酢飯の御飯をほんの少し、乗せるだけ。後は好きなものを載せて海苔をまくだけ。
 御飯を沢山乗せると、具がはみ出るし、腹が膨れて、具材が沢山余ってしまうことになるのだとか。
 沢山の寿司ネタ以外に、ローストビープや面白い香草、うに玉なんかもあって、なんでも包んで手を汚さずに食べれて、こんなパーティーもありだなと感心した。
 義父の話だと、神野家の名物なんだとかで、武夫も大好きだったのだとか。全く知らなかった。
 
 暫く、歓談しながら、パーティーを楽しんでいると、後ろから磯川さんの声が聞こえてきた。
「安、骨やるなんて、鍛え方が足りねぇ。筋肉の鎧で守れば、折れたりしねぇ」
 まだ一時間も経っていないのに、既に酔っぱらっているみたい。また、変な宴会芸を披露し始めるのではと、楽しみになってきた。
「いや、スタンガンくらって、力が全く入んなかったから」
「それなら仕方がないが、暴力団の癖に、スタンガンとは、あいつらも、似合わないまねするよな」
「それ、私のスタンガンなの。安君が骨折することになったのって、私のせいだったの?」
「まさか、あの状況で、スタンガン出したのか。素人はこれだから困る」
 相手が少人数の場合には、ナイフやけん銃を出して、威嚇するのも手だが、多数相手に喧嘩する時は、相手の武器以上の武器を出してはいけないのだそう。そんなことすると、皆でその武器を奪いにかかるのだそうで、敵に奪われ、撃たれたり、刺されたりする危険が高くなる。
 それを聞いて、来夢は、ますます、小さくなって、申し訳なさそうにしていた。
 それを見て、安君が、皆に訴える様に大声を上げた。
「皆さん、訊いて下さい。この場でどうしても、伝えたいことがあります」
 全員、雑談をやめ、安君を注目した。
「社長、所長、来夢さんと結婚を前提に付き合わせて下さい。まだまだ半人前にもなっていませんが、頑張って、一人前になります。その時、彼女と結婚させて下さい。彼女には、既にプロポーズし、了承してもらっています。お願いします」
 来夢からはそんな話は全く聞いていなかったので、驚いたけど、素直に、おめでとうと祝福したい。
 二人をくっつけたのも、この私。これで二組目で、私って、本当に恋のキューピットなのかもしれない。
「何を今更。この間も、あなたに、任せるって言ったでしょう」
「有難うございます」
「おめぇ、この間、ホテルに連れ込んだんだな」
「いや、それは、ちょっと」
「なんてプロポーズしたんですか」
「来夢さん、欲しい。結婚してください。そうダイレクトに言いました」
「ヒュー、ヒュー」
「来夢は、なんて答えたの?」
 私が隣の来夢に尋ねると、来夢は暗い顔をした。
「分かった。こんな粗品で本当にいいのねと、言ってくれました」
 安君が代わりに応えて来たけど、なんか様子が変。
「私、抱かれると言っただけで、結婚するなんて了承してない。一廻りも歳が違う、お婆ちゃんだよ。翔は、若くて、美男子で、頭もきれるから、これから素敵な恋愛をいくつもできる。それに、私はニューヨークの会社の副社長で、ニューヨークで生活していくことになるの。結婚なんて無理よ」

「それは、困ったわね。でも、安君をこんな体にした責任は取らないと。お風呂だって、一人じゃはいれないでしょう。大変よね。私は、ぎっくり腰の時に、洗ってあげて慣れてるから、私が一緒に入ってあげてもいいんだけど」
「俺も、怪我したら、裕ちゃんと入れるのか?」
「貴方は夕実さんがいるでしょう」
「わかったわよ。私が責任をもって、彼に付き沿って、お風呂に入ります」
「別に、治るまで、お風呂に入らなくても、死なないからいいよ」
「貴方は良くても、周りは臭くて嫌なの。三日は無理でも、一週間に一回はきちんと身体を洗って下さい」
「安心して、私が、彼をちゃんとお風呂に入れて綺麗にするから」
「なら、二人は裸を見せ合いっこする仲になると言う事で婚約成立。では、二人の婚約を祝って、みなさん、もう一度、杯を持って、『おめでとう』とご唱和下さい。安君、来夢、婚約、おめでとう」
 私もつい裕ちゃんに乗せられて、おめでとうと言ってしまったけど、来夢は全く嬉しそうでなかった。
 裕ちゃんは、ちゃんと気づいているのに、強引に二人をくっつけようとしていて、なんか普段の裕ちゃんと違って見える。
 このまま、もう少し残って、来夢と話をしていたいけど、私はそろそろ帰宅しないとならない。
「名残惜しいけど、そろそろ帰らないとならないから」
 この後の展開が気になって仕方がなかったけど、私は、一足先に、お暇した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

処理中です...