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第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛
吸い飲みの水飛んできた夏始の午後
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病室で目を覚ますと、来夢がパソコンをいじって座っていた。
元気そうな来夢の顔が確認できて、嬉しかったが、少し、むっとした。
お見舞いに来ているのに、俺が目を覚ましたことに全く気づいてないからだ。
こっちから話しかけてもいいが、悔しいので気づいてくれるまで、待つことにした。
でも、何時までも気づかず、限界になって来た。
何せ、空腹と喉の渇きが半端ない。ナースコールしたいくらいだ。
面会時間は十五時からなので、既に十五時を回っている筈だが、手術当日は、食事抜きなので、食事は、昨日の昼に、中華を食べたきり。丸一日以上、何も食べていないのだ。
水も、朝、看護師さんに、「水もこれで最後ですよ」と、吸いのみで飲んだのが最後。
仕方ないので、動かせる足をあからさまに曲げてみた。
「あっ、起きた。御免ね。私のために、こんなになっちゃって。手術、痛かった?」
漸く気づいてくれたが、まさか、麻酔無しで、手術しているとは思ってないよな。
まぁ、昨日みたいに、抱きついて来ないので、少しは学習している。
でも、俺に話をさせず、まくし立てて話を続けてくるのには閉口する。
「両手が使えないと、トイレとか大変でしょう」
昨晩と今朝は本当に大変だった。
腕だけでなく肋骨骨折もあるので、胸と左肘を一体でギブス固定してあり、左腕が全く使えない。
右は、前腕部の骨折のため、別ギプスになっていて、可動できるが、肘まで固定されていて、パンツを下ろすことはできたが、上げるのには相当苦労した。
でも、今確認すると、肘を伸ばすことができた。
今朝、看護士さんに、「肘は稼働できるようにしてください」とお願いしておいたので、手術後のギブス固定時に、対応してもらえたらしい。
これなら、トイレも何とかなりそうだ。
「私、あなたの手足になってサポートするから、なんでも言ってね」
漸く、俺が話せるようになったが、何でもすると言うので、来夢を揶揄いたくなった。
「じゃあ、下の世話もお願いしていい?」
隣に聞こえない程度の小声で冗談を言ってみた。
「勿論、いいわよ」
本当に、意味が判っているのだろうか? 「意味分かっている?」と訊き返したかったが、隣人が聞耳を立てている気がして、訊けなかった。
「そこの、吸い飲み取ってくれないか」
「スイノミ?」
「青いキャップのついた小型の如雨露みたいなやつ」
「あっこれね。いやっ、零れちゃった」
そりゃ、勢いよく振り回せば、中の水が飛び出るだろう。天然ちゃんは健在だ。
一人で持てるが、一生懸命支えてくれてるので、その状態のまま、水を飲みほした。
「足りないよね。ジュースでも買ってこようか?」
「じゃあ、アクエリアスみたいなの」
「分った」
彼女は、駆けだし行ったが、パンか何かもついでに注文しておくべきだったと後悔した。
そして一人になって改めに考えた。「私のためにこんなになっちゃって」と言う意味を。
裕ちゃんも狙いは来夢だったと言っていたが、何で山田組が来夢を狙う。来夢と山田組との接点が無い。だとすると、山田組に誰かが依頼したということになる。でも、誰が。
退院したら、ちゃんと話してくれると言っていたので、その時に訊けばいい事だが、気になってしかたない。
「お待たせ。其処の自販機には、ポカリしかなかったけど良いよね。はい」
ペットボトルを僕の目の前に差し出して来た。
「これは天然じゃなくて、業とだよね。手がこんななんですけど」
「御免なさい。いま、移すから」
本当に、自分でペットボトルの蓋を開けて、飲めと言ったみたいだ。恐るべし、天然パワー。
「有難う、自分で持てるから」
本当に喉がカラカラで、入れてくれたポカリスエットも飲み干してしまった。
「もう一杯ね」
「いや、もういい。吸い飲みに移しておいてくれるだけで。それより、訊きたい事が有るんだ」
吸い飲みに、移しながら、「なあに」と聞いてきた。
「昨日、裕ちゃんから、狙いは君だったと聞いたんだけど、知ってた?」
「昨晩、お義父さんから聞いた。公安がヤクザを雇ったんだって」
「公安? 警察のスパイ組織?」
「私も日本のCIAだと思ってたけど、幅広いお仕事をしてるみたい。今朝、検索して知ったばかりだけどね。国家の安全を守ると言う名目で、なんでもやるところ見たい」
「でも、何で君がターゲットになるの?」
「人のいる所では絶対に話すなって言われてるけど、翔には教えてあげる」
今、翔と名前で呼んだよね。
その事で頭がパニックだったが、彼女が耳元でささやいた言葉もショックだった。
「私、天才ハッカーで、皆のお手伝いしてるの」
何がなんだかわけがわからない。その時、お腹がぐうっと鳴った。
「お腹、減ってるの?」
「手術の日は絶食だとかで、昨日の昼から何も食べてない」
「えっ、朝も昼も抜きだったの。早く言ってよ。売店でパンでも買ってくる」
また、元気に駆け出して行った。本当に元気で明るく可愛い。
でも、天才ハッカーって、自分で言うところは、天然ちゃんだ。
しかし、これで大分予想がついた。俺だけのけ者にして、皆で国家の重要な何かの秘密を調べていた。
その真相に近づいてきたので、警告のため、公安が嫌がらせをした。
その国家機密も見当がつく。柴崎さんから盗まれた組の存亡にかかわる大事なものだ。
末端の俺らには、それが何かは教えて貰えていないが、組員総出で女子高生を捕まえろと号令がかかったのだから、国家を揺るがしかねない何かだったのだ。
しかし、なんでもするスパイ組織といっても、公安も警察組織の一部。山田組に依頼する何てありうるのだろうか。それに、大事なものって、何なのだろう。
いろいろ考えても、判らなかった。
「パンも、お握りも売り切れで、仕方ないから、おせんべいにした」
彼女自身も、一緒に食べながら、売店の状況説明を丁寧にしてくれた。
その後は、ハッカーと打ち明けたからか、彼女の会社がハッカーの秘密基地でもあるとか、ハッキング対策として、攻勢防御とかいう凄いセキュリティーが仕掛けてあるとか話してくれた。
楽しそうに話してくる来夢の話を訊いていると、やはり来夢とは住む世界が違うと思いることとなった。
普段は天然な女子大生の雰囲気しかないが、教養の差や経験の差を感じてしまう。
昨日の身体を張った頑張りで、名前で呼んでもらえる様になったと喜んだが、やはり、俺では彼女とつり合いがとれない。
それに、デビットと言う男が大好きなのも分かってしまった。デビットの話になると、やたら楽しそうに話す。単なる経営者仲間だと、恋人関係は否定していたが、彼女は恋仲になりたいと思っているのは間違いなさそうだ。
頭が良く、頼りになり、十五万ドルものお金を簡単に出せる程の金持ちのその会社の社長。そういう男こそ、来夢に相応しい。
彼女は、夕食の時間も、そのまま付き添ってくれ、僕に食べさせようとしてきた。
同室の皆が見ているので、恥ずかしく、「独りで食べれるから」と頑張ってたべたが、一口くらい、食べさせて貰っても良かったかなと後悔した。
でも、一緒にいるだけで嬉しい気になる。来夢はデビットが好きなんだと分かり、諦めるべきだと自分に言い聞かせて来たが、やはり来夢を諦めたくはない。
卑怯と言われようが、俺に負い目を感じている今がチャンスだ。
そんなことを考えながら食事をしていたが、覗き込む様にしてじっと俺を見つめてくる。
何も食べるものがなく、俺を見るくらいしかないのは理解できるが、そんな顔してじろじろと見つめられると、落ち着いて食べられない。
食事が終わってからは、またおしゃべり。いつもなら、来夢の話を訊くのは楽しいのだが、今はもう勘弁してくれと言いたい気分だった。
FBIに追われることになったハッキング技術の話をしてきて、技術的には分からなかったが興味はある内容だったので、内容は聞きたかったが、デビットが凄いと暗に言い続けている気がしたからだ。
その発想もデビッドで、ハッキングソフトの骨格や大まかな仕様を決めたのも彼なのだそう。
そんなことを嬉しそうに話す来夢を見ていると、僕とデビットとの格の違いを見せつけられている気がして、聞きたくない気になってしまっていた。
それにしても、FBIが警戒する程のハッカーだとすると、大げさではなく、本当に凄い天才ハッカーなのだと分かった。
面会終了時間になり、彼女が帰った後も、ずっと、彼女と自分の関係を考えていた。
裕ちゃんも、磯川さんも、所長もみんなとんでもなく凄い化け物で、彼女もまた化け物だった。
俺も必死になってそんな仲間に入れる様に頑張ってはいるが、漸く仕事の一部を任せてもらえるようなっただけ。まだまだ半人前で、彼らの実力には遠く及ばず、仲間外れにされたのは当然だ。
俺には、学も経験もない。有るのは、この身体だけ。
この身体を張って、昨日、初めて皆に、誉めて貰えたが、最終的に来夢を助けたのは、所長と部長。まだまだ足元にも及ばない。
今の時点では、彼女の恋人に立候補する資格が無いのは、明らかだ。
あと三年、否、あと二年あれば、足元位にはたどり着いてみせるが、彼女は待ってはくれないだろう。
やはり、ここはデビットという男に譲るべきなんだろうが、やはり来夢を諦めたくない。
かといってそれは俺の我儘でしかない。来夢の幸せを考えるなら、身を引くべきだ。
そんな不毛な堂々巡りの思考で、結論が出ないまま時間が過ぎたが、俺はついに決心した。
やはり彼女を大好きで、彼女と家族になりたい。今は半人前でも、結婚してから一人前の頼れる男になればいいだけの話だ。
明日、デビットとの関係を改めて確認し、キス以上まで進展していたら諦めるが、彼女が好意を寄せているだけなら、俺が彼女の気持ちの迷いを振り切ってやる。
退院祝いの席で、俺が両親に婚約の許可とり、僕との結婚から逃げられないようにするつもりだ。
昨日のプロポーズの回答は、曖昧に誤魔化されたままだが、それでも一応、許可は貰っている。
卑怯で強引と思われるかもしれないが、その方が、気持ちをはっきりさせることができる。
来夢の気持ちが、揺れていて、悩んでいるのなら、これで覚悟を決めてくれる筈だし、本当に嫌なら、きちんと拒絶してくるはずだ。
俺も男なので、拒絶されたらあっさりと彼女を諦める。
でも、そうでないなら、彼女と既成事実を作くろう。
今は、セックスなんてできる状態ではないので、できるだけ早く、身体を直そう。
待てよ。今週末にアメリカに帰ると言っていたが、どうすることにしたんだろう。
明日からの仕事はどうしよう。
俺には、遣るべきことが沢山あるなと、半年前まで、何もすることが無かっただけに、笑いが込み上げてきた。
元気そうな来夢の顔が確認できて、嬉しかったが、少し、むっとした。
お見舞いに来ているのに、俺が目を覚ましたことに全く気づいてないからだ。
こっちから話しかけてもいいが、悔しいので気づいてくれるまで、待つことにした。
でも、何時までも気づかず、限界になって来た。
何せ、空腹と喉の渇きが半端ない。ナースコールしたいくらいだ。
面会時間は十五時からなので、既に十五時を回っている筈だが、手術当日は、食事抜きなので、食事は、昨日の昼に、中華を食べたきり。丸一日以上、何も食べていないのだ。
水も、朝、看護師さんに、「水もこれで最後ですよ」と、吸いのみで飲んだのが最後。
仕方ないので、動かせる足をあからさまに曲げてみた。
「あっ、起きた。御免ね。私のために、こんなになっちゃって。手術、痛かった?」
漸く気づいてくれたが、まさか、麻酔無しで、手術しているとは思ってないよな。
まぁ、昨日みたいに、抱きついて来ないので、少しは学習している。
でも、俺に話をさせず、まくし立てて話を続けてくるのには閉口する。
「両手が使えないと、トイレとか大変でしょう」
昨晩と今朝は本当に大変だった。
腕だけでなく肋骨骨折もあるので、胸と左肘を一体でギブス固定してあり、左腕が全く使えない。
右は、前腕部の骨折のため、別ギプスになっていて、可動できるが、肘まで固定されていて、パンツを下ろすことはできたが、上げるのには相当苦労した。
でも、今確認すると、肘を伸ばすことができた。
今朝、看護士さんに、「肘は稼働できるようにしてください」とお願いしておいたので、手術後のギブス固定時に、対応してもらえたらしい。
これなら、トイレも何とかなりそうだ。
「私、あなたの手足になってサポートするから、なんでも言ってね」
漸く、俺が話せるようになったが、何でもすると言うので、来夢を揶揄いたくなった。
「じゃあ、下の世話もお願いしていい?」
隣に聞こえない程度の小声で冗談を言ってみた。
「勿論、いいわよ」
本当に、意味が判っているのだろうか? 「意味分かっている?」と訊き返したかったが、隣人が聞耳を立てている気がして、訊けなかった。
「そこの、吸い飲み取ってくれないか」
「スイノミ?」
「青いキャップのついた小型の如雨露みたいなやつ」
「あっこれね。いやっ、零れちゃった」
そりゃ、勢いよく振り回せば、中の水が飛び出るだろう。天然ちゃんは健在だ。
一人で持てるが、一生懸命支えてくれてるので、その状態のまま、水を飲みほした。
「足りないよね。ジュースでも買ってこようか?」
「じゃあ、アクエリアスみたいなの」
「分った」
彼女は、駆けだし行ったが、パンか何かもついでに注文しておくべきだったと後悔した。
そして一人になって改めに考えた。「私のためにこんなになっちゃって」と言う意味を。
裕ちゃんも狙いは来夢だったと言っていたが、何で山田組が来夢を狙う。来夢と山田組との接点が無い。だとすると、山田組に誰かが依頼したということになる。でも、誰が。
退院したら、ちゃんと話してくれると言っていたので、その時に訊けばいい事だが、気になってしかたない。
「お待たせ。其処の自販機には、ポカリしかなかったけど良いよね。はい」
ペットボトルを僕の目の前に差し出して来た。
「これは天然じゃなくて、業とだよね。手がこんななんですけど」
「御免なさい。いま、移すから」
本当に、自分でペットボトルの蓋を開けて、飲めと言ったみたいだ。恐るべし、天然パワー。
「有難う、自分で持てるから」
本当に喉がカラカラで、入れてくれたポカリスエットも飲み干してしまった。
「もう一杯ね」
「いや、もういい。吸い飲みに移しておいてくれるだけで。それより、訊きたい事が有るんだ」
吸い飲みに、移しながら、「なあに」と聞いてきた。
「昨日、裕ちゃんから、狙いは君だったと聞いたんだけど、知ってた?」
「昨晩、お義父さんから聞いた。公安がヤクザを雇ったんだって」
「公安? 警察のスパイ組織?」
「私も日本のCIAだと思ってたけど、幅広いお仕事をしてるみたい。今朝、検索して知ったばかりだけどね。国家の安全を守ると言う名目で、なんでもやるところ見たい」
「でも、何で君がターゲットになるの?」
「人のいる所では絶対に話すなって言われてるけど、翔には教えてあげる」
今、翔と名前で呼んだよね。
その事で頭がパニックだったが、彼女が耳元でささやいた言葉もショックだった。
「私、天才ハッカーで、皆のお手伝いしてるの」
何がなんだかわけがわからない。その時、お腹がぐうっと鳴った。
「お腹、減ってるの?」
「手術の日は絶食だとかで、昨日の昼から何も食べてない」
「えっ、朝も昼も抜きだったの。早く言ってよ。売店でパンでも買ってくる」
また、元気に駆け出して行った。本当に元気で明るく可愛い。
でも、天才ハッカーって、自分で言うところは、天然ちゃんだ。
しかし、これで大分予想がついた。俺だけのけ者にして、皆で国家の重要な何かの秘密を調べていた。
その真相に近づいてきたので、警告のため、公安が嫌がらせをした。
その国家機密も見当がつく。柴崎さんから盗まれた組の存亡にかかわる大事なものだ。
末端の俺らには、それが何かは教えて貰えていないが、組員総出で女子高生を捕まえろと号令がかかったのだから、国家を揺るがしかねない何かだったのだ。
しかし、なんでもするスパイ組織といっても、公安も警察組織の一部。山田組に依頼する何てありうるのだろうか。それに、大事なものって、何なのだろう。
いろいろ考えても、判らなかった。
「パンも、お握りも売り切れで、仕方ないから、おせんべいにした」
彼女自身も、一緒に食べながら、売店の状況説明を丁寧にしてくれた。
その後は、ハッカーと打ち明けたからか、彼女の会社がハッカーの秘密基地でもあるとか、ハッキング対策として、攻勢防御とかいう凄いセキュリティーが仕掛けてあるとか話してくれた。
楽しそうに話してくる来夢の話を訊いていると、やはり来夢とは住む世界が違うと思いることとなった。
普段は天然な女子大生の雰囲気しかないが、教養の差や経験の差を感じてしまう。
昨日の身体を張った頑張りで、名前で呼んでもらえる様になったと喜んだが、やはり、俺では彼女とつり合いがとれない。
それに、デビットと言う男が大好きなのも分かってしまった。デビットの話になると、やたら楽しそうに話す。単なる経営者仲間だと、恋人関係は否定していたが、彼女は恋仲になりたいと思っているのは間違いなさそうだ。
頭が良く、頼りになり、十五万ドルものお金を簡単に出せる程の金持ちのその会社の社長。そういう男こそ、来夢に相応しい。
彼女は、夕食の時間も、そのまま付き添ってくれ、僕に食べさせようとしてきた。
同室の皆が見ているので、恥ずかしく、「独りで食べれるから」と頑張ってたべたが、一口くらい、食べさせて貰っても良かったかなと後悔した。
でも、一緒にいるだけで嬉しい気になる。来夢はデビットが好きなんだと分かり、諦めるべきだと自分に言い聞かせて来たが、やはり来夢を諦めたくはない。
卑怯と言われようが、俺に負い目を感じている今がチャンスだ。
そんなことを考えながら食事をしていたが、覗き込む様にしてじっと俺を見つめてくる。
何も食べるものがなく、俺を見るくらいしかないのは理解できるが、そんな顔してじろじろと見つめられると、落ち着いて食べられない。
食事が終わってからは、またおしゃべり。いつもなら、来夢の話を訊くのは楽しいのだが、今はもう勘弁してくれと言いたい気分だった。
FBIに追われることになったハッキング技術の話をしてきて、技術的には分からなかったが興味はある内容だったので、内容は聞きたかったが、デビットが凄いと暗に言い続けている気がしたからだ。
その発想もデビッドで、ハッキングソフトの骨格や大まかな仕様を決めたのも彼なのだそう。
そんなことを嬉しそうに話す来夢を見ていると、僕とデビットとの格の違いを見せつけられている気がして、聞きたくない気になってしまっていた。
それにしても、FBIが警戒する程のハッカーだとすると、大げさではなく、本当に凄い天才ハッカーなのだと分かった。
面会終了時間になり、彼女が帰った後も、ずっと、彼女と自分の関係を考えていた。
裕ちゃんも、磯川さんも、所長もみんなとんでもなく凄い化け物で、彼女もまた化け物だった。
俺も必死になってそんな仲間に入れる様に頑張ってはいるが、漸く仕事の一部を任せてもらえるようなっただけ。まだまだ半人前で、彼らの実力には遠く及ばず、仲間外れにされたのは当然だ。
俺には、学も経験もない。有るのは、この身体だけ。
この身体を張って、昨日、初めて皆に、誉めて貰えたが、最終的に来夢を助けたのは、所長と部長。まだまだ足元にも及ばない。
今の時点では、彼女の恋人に立候補する資格が無いのは、明らかだ。
あと三年、否、あと二年あれば、足元位にはたどり着いてみせるが、彼女は待ってはくれないだろう。
やはり、ここはデビットという男に譲るべきなんだろうが、やはり来夢を諦めたくない。
かといってそれは俺の我儘でしかない。来夢の幸せを考えるなら、身を引くべきだ。
そんな不毛な堂々巡りの思考で、結論が出ないまま時間が過ぎたが、俺はついに決心した。
やはり彼女を大好きで、彼女と家族になりたい。今は半人前でも、結婚してから一人前の頼れる男になればいいだけの話だ。
明日、デビットとの関係を改めて確認し、キス以上まで進展していたら諦めるが、彼女が好意を寄せているだけなら、俺が彼女の気持ちの迷いを振り切ってやる。
退院祝いの席で、俺が両親に婚約の許可とり、僕との結婚から逃げられないようにするつもりだ。
昨日のプロポーズの回答は、曖昧に誤魔化されたままだが、それでも一応、許可は貰っている。
卑怯で強引と思われるかもしれないが、その方が、気持ちをはっきりさせることができる。
来夢の気持ちが、揺れていて、悩んでいるのなら、これで覚悟を決めてくれる筈だし、本当に嫌なら、きちんと拒絶してくるはずだ。
俺も男なので、拒絶されたらあっさりと彼女を諦める。
でも、そうでないなら、彼女と既成事実を作くろう。
今は、セックスなんてできる状態ではないので、できるだけ早く、身体を直そう。
待てよ。今週末にアメリカに帰ると言っていたが、どうすることにしたんだろう。
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