大好きだけど

根鳥 泰造

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第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛

君と二人 気付けば一面蜘蛛の網

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 来夢を抱きたい気持ちは、相変わらず、否、ますます強くなっていて、寝ても冷めても来夢の事が頭から離れない。だけど、彼女から誘ってこない限り、もう何もしないと心に決めた。

 実は先週、来夢と初めてキスをした。
 あの時は、来夢もいいよと暗黙の了解をくれ、来夢とキスできると思うと、凄く興奮してしまい、おかしくなっていた。
 だから、彼女の唇の柔らかい唇の感触がした途端、本能に飲み込まれてしまって、とんでもないことをしてしまった。
 舌まで入れるつもりはなかったのに、彼女のお尻を揉んで、舌をいれ、怒られ、嫌われそうになった。
 なんで、あんなことしてしまったのか、自分でも分からないが、今は彼女に嫌われたくない。
 だから、彼女から誘ってこない限り、もう何もしないと決めたのだ。
 今は、来夢と二人で過ごせるだけで、十分に幸せだ。
 
 裕ちゃんも磯川さんもダッドも、俺と来夢とを応援してくれいるみたいで、定休日は、朝から外出していいと言ってくれていて、今日も、朝から、来夢と横浜に外出した。
 出がけに、裕ちゃんから「二十時迄には帰ってきて、家で食事しなさい」と釘を刺された。
 勿論、来夢から誘ってこない限り、そうするつもりだ。

 煉瓦街を散策して、ショッピングして、横浜中華街で昼食を取って、ランドマークタワーでお茶して、観覧者やジェットコースターに乗って、普通のデートコースを巡った。
 そして、帰り際に、彼女は「横浜の夜景が見たい」と言ってきた。
 その時は、正直、悩んだが、今日はあきらめて帰ることにした。

 でも、京浜東北線の車内で、もしかしてという気がして来た。
 夜景が見たいって、どういう事だろう。恋人同士のキスをしたいという意味にも思えてきた。
 そう言えば、一か月はこっちにいるといっていたが、もうすぐその一か月だ。
 アメリカに戻る前に、俺と恋人になっておこうという事なのかもしれない。
 来夢さんは、七月の中旬に、一週間ほど、毎年帰って来るそうなので、その時までの約束だとしたら、裕ちゃんを裏切ることになっても、夜景を見ておくべきだったと後悔した。
「来夢さんって、いつまで、こっちにいる予定なの?」
「実は、裕ちゃんにもまだ言ってないけど、今週末にアメリカに戻ろうかと考えてるの」
 もっと前に確認していれば、良かったと激しく後悔した。
「行かないでくれって言ったら、アメリカに戻るのをやめてくれる?」
「貴方が、私と結婚してくれるというのなら、悩むけど、私、これでも副社長だから、責任があるのよ。それにあっちでやりたい研究もあるの。だから無理」
 そもそも、来夢は俺にとって高嶺の花。四回も恋人のように、デートできたことだけでも、感謝しなければないらない。
 ここは、あっさり格好良く身を引くべきかもしれないが、それでも、諦めたくない。
「じゃあ、俺が結婚すると言ったら、行かないでくれる?」
「有難う。でも、冗談を真に受ける程、若くはない。でも、あなたには誤解させたみたいだから、埋め合わせに、何かプレゼントしたい。なにか欲しい物ある? あまり高い物は変えないけど、二十万円以内なら、何でもかってあげわよ」
「なら、来夢さんが欲しい。結婚して下さい」
 正直、まだ一人前の男とは言えなので、結婚は考えられないが、それでも、彼女とは別れたくなく、必死だった。
 なのに、彼女はくすくすと笑い始めた。
「分かった。良いわ。そう言われない様に、金額まで言ったんだけど、そういってくる可能性も考えていた。私が欲しいなら上げる」
 この意味も分からない。プロポーズを受けてくれたのか。単に、身体を抱いて良いと言っているだけなのか。
 おそらく後者で、最後にセックスして、アメリカに帰ると言っている気がする。
 なら、俺はどうしたらいい。
 ずっと、抱きたいと思い続けてきて、抱いてもいいよと言ってくれているが、それでも抱いてはいけない気がする。

 品川駅に着いて、乗り換えのため、電車を降りようとした時、あの男がいるのに気づいた。
 今日、横浜デートの際、何度もあったことがあるサラリーマンの男だ。
 昼休みではない時間に、何度も見かけるので、少し疑問に思っていたが、まさかと言う気がしてきた。

 そして、山の手線に乗り込んで確信した。
 今度はさっきの男ではなく、OL風の女だが、一緒に乗り込んできて、来夢の隣のつり革につかまった。
 彼女は、昼間、聘珍樓で隣に居た女だ。
 今日、何度も視線を感じ、違和感を覚えていたが、俺たちは尾行されている。
 男はもう一人いて、おそらく、その三人で交代して、見張ってるに違いない。
 
 彼ら三人はどう見てもヤクザとは思えないが、来夢が尾行される訳ない。きっと標的は俺だ。兄貴が殺された直ぐ後、若頭を狙った兄貴件の舎弟と知って、山田組の若い奴らに追いかけ回されたことがあった。
 彼らの前から姿を消し、堅気になって、もう俺を狙ってはこないと思っていたが、便利屋昴に元ヤクザの従業員がいると聞きつけ、俺をもう一度狙っている可能性は否めない。
 さてどうしたものか。

「母は八時まで帰れって言ってたけど、どこかで寄り道する? それとも家に戻ってからがいい」
 渋谷駅に着く寸前、来夢が大胆な事を言ってきた。
「いや、さっきの気持ちは本当だけど、結婚したいという意味だから」
「でも、私、結婚はできないから……」
 
 それから暫く会話がとぎれてしまうことになった。
 なにか、話しかけたいが、良い言葉が思いつかない。

 それにしても、尾行している女が気になって仕方がない。無視しようとしても来夢の隣にいるので、視界にはいる。
 別段、襲ってくるわけでもなく、山田組のヤクザと合流しようとしているとも思えない。
 その目的が分からないだけに、不気味でならない。

 渋谷で、たまたま前の席が二つ空いたので、来夢と並んで座ることにしたが、その女は降りて行った。
 やはり俺の被害妄想で、単に帰りの電車が一緒だっただけかもしれない。
 そう思ってほっとしたが、「私、いいよ」と来夢が言ってくるから、パニックになった。
 来夢も、この沈黙を何とかしたいと思っていたのは分かるが、いいよと言うのは、やはりセックスしてもいいよという意味だと考えていいのだろうか。
 正直、来夢としたい。それは間違いないが、彼女の意図が全くわからない。
 恋人関係になりましょうと言う意味なら喜んで抱くが、それを最後に付き合いはやめようと言ってるようにも聞こえる。
「確か、毎年、七月に帰省しているんだよね」
「うん。父の命日にお墓参りに五日位、こっちに帰ることにしている」
「じゃあ、その時、またデートしてくれる?」
 彼女は、即答せず、暫く考えてから、「そうだね」とあいまいな返事をしてきた。
 やはり、今日で、俺らの付き合いは最後にしましょうと言っているとしか思えない。
 なら、池袋でラブホに立ち寄ってとも思ったが、やはり、来夢とはいい関係を続けていきたい。
 なんか、いい方法はないだろうか。
「来夢さんと、もう会えなくなるのかと思うとつらいけど、その日を楽しみに待っているよ」
「うん、そうだね」
 また、曖昧な返事が返って来たが、これで、七月のデートの約束はできた。
 今はまだ、俺は来夢と釣り合う男ではないが、一年後には、所長の様な立派な男になってみせる。その時は、本気でプロポーズするつもりだ。
 あと一月では、一人前になれるとすら思えないが、少しでも一人前の男に近づいて、その時に、俺の本当の気持ちを伝え、彼女に気持ちを確認するとともに、一年の猶予期間を貰おう。
 そして、その一年後までに、来夢の夫として相応しい男になり、来夢と結ばれる。
 それが、一番の正解に思えた。
 だから、今はそのまま何もせずに別れるのが一番いい。

 そういう訳で、池袋でも、ホテルには寄らず、西武線の準急で、予定通りに帰宅することにした。

 時刻はまだ七時半だったので、電車を一本待って、二人で並んで座って、帰ることにした。
 だが、席に着くなり、来夢が、所長と初めて出会った時の話を始めた。
 唐突にそんな話を始めた彼女の意図が全く分からなかったが、途中から漸く意図が分かってきた。
 研究開発が大好きで、所長に後押しされたが、就職先がなく、研究開発施設のある会社を立ち上げることにして、必死に金を集めて起業したと話して来たからだ。
 ここまで頑張って作った会社をどうしても手放したくない。だから、一生、アメリカで生活するつもりなので、別れて欲しいと暗に言っている。
 それが、分かっただけに、俺は彼女の話の続きを聞くのがつらかった。

 そして、ふと正面を見ると、あの男がスマホを弄りながらつり革につかまって立っていた。
 朝、石神井公園から、元町・中華行きの快速Fライナーに乗っていた男だ。今日の遊園地にもいて、なんでこんなところにサラリーマンがいるのだろうと疑問だったので、よく覚えている。
 やはり、三人で交代で見張っていた。

「来夢、悪い。俺、狙われてるかもしれない」彼女の耳元で、男が聞き取れない位の小声で話しかけた。
「えっ、何?」
「見ないで! こっちを見たまま聞いて欲しい。君の目の前に立ってる男、今朝も電車に乗っていて、遊園地でも、俺の事を見張っていた。見ないで!」
「気のせいじゃないの?」
「判らない。たまたま、一緒だったのかもしれないが、京浜東北線でも、今日、何度も見かけた別の男が一緒に居て、山手線では、昼飯の時に隣に座っていた女が来夢の隣にいた。偶然にしては、重なりすぎだ。俺達を交代で見張っているとしか考えられない」
「心配し過ぎだとは思うけど、なんか、ワクワク、ドキドキのサスペンスドラマみたい」
「それなら良いが……。石神井公園駅で、降りたらダッシュで改札を出る。走って追い駆けてきたらビンゴ」
「分かった」
 それからは、仲良しの恋人同志を演じて、少し早めに立ち上がって降車ドア前に移動した。
 男も、スマホを弄ったまま、俺らの後ろに立った。
「行くよ」
 来夢の手を強く握ったまま、エスカレータを駆け上がり、改札の外に飛び出した。

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