大好きだけど

根鳥 泰造

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第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛

夜明けの珈琲 窓外に夏霞

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 毎朝、起きると直ぐにメールを確認しているが、今朝も、クロエから日報が送らていただけで、デビットとゲイリーからは、連絡がはいっていなかった。
 そのうち、連絡が来ると悠長に構えていたが、もう五日も経つ。流石に心配になってきた。
 それでも、会社で問題がおきていないかを確認するため、その日報を確認するとことにした。

 NYの月曜朝九時、こっちの夜十時に、国際電話をかけ、うちの会社の主任であるクロエに代わってもらい、話をした。二人はやはり出社しておらず、彼女は、この会社がどうなるのか、不安がっていた。
 私たちがハッキング行為をしているとFBIが誤解して、事情聴取に二人を連れて行っただけで、直ぐに戻ってくるから心配しないでと言って、彼女を安心させた。
 それから、何か二人の事を聞かれたら、出張中だと応える様にと指示を出し、問題が発生したら、私にメールする様にして、各自、現在の業務を予定通りに進める様にと伝えた。
 日報を出せとは命じていないけど、彼女はとても優秀な社員なので、こうして自主的に、私にその日の出来事を報告してくれている。
 取締役が、全員不在という危機的状況だけど、彼女の日報を読む限り、会社の方は問題なく運営されている。
 
 でも、問題は、デビットとゲイリー。この時間じゃ、まだ誰もネットにアクセスしてないので、今は調査のしようがない。
 午後は、安君とのデートだが、十時頃になったら、皆に訊いてもらうることにして、誰かLANアクセスしないかを確認することにした。

 今日は事務所の定休日なので、朝からPCを立ち上げるはずと予想している。
 安君とダッドのPCは、既に、しっかりハッキングさせてもらったが、磯川さんだけは、PCを一度も立ち上げてくれず、彼のPCのハッキングだけはできていない。

 今日こそ、磯川さんがPCを立ち上げてくれると期待しながら監視していると、安君がPCを起動した。
 磯川さんではなかったのは残念だけど、安君が何をするのかを観察することにした。
 彼は、PCを立ち上げると直ぐ、インターネット検索を始めた。
 原宿のスイーツや、靴や、服屋等を片っ端から調べ始めた。
 今日は、原宿から青山辺りを回る予定で、彼は荷物持ちとして同行するだけなのに、私をリードしようと、一生懸命に調べてくれている。
 そう思うと嬉しくてならなかった。

 彼と話してみて、元暴力団員だとしても、危険はなく、叔母を刺したのも正当防衛でやむを得なかったのだと理解した。そして、月曜の昼間、前日、彼のPCを全コビしたものを確認して、ますます彼が好きになった。
 インターネットアクセス履歴を見ると、彼の日頃の活動が見て取れるのだけど、それからして予想外。
 二十歳の男なら、当然、エッチなサイトにアクセスしている筈で、今日のデートの時にからかってやるつもりで、確認したのだけど、インターネット履歴に、そんなアクセスが一切なかった。
 政治や社会情勢を一生懸命に学ぼうとしているのが手に取る様に分かる。社会人としての常識を身に付けようと、必死に勉強していた。

 それから、あの男らしい肉体の秘密もわかった。
 筋トレや腕相撲のサイトに、何度もアクセスしているのが謎で、未来とメールして、その理由を教えてもらった。
 三月に初めてこの家に来た時、ダッドとここに住む権利を掛けて、腕相撲対決していたのだとか。
 意外だったけど、ダッドは、磯川さんとも、互角に渡り合うほどに腕相撲が強いのだそう。最初の時は子供扱いされて全く敵わなかったのだとか。
 それで、勝てるようになりたいと、必死に勉強したということだった。
 あの素敵な腕や胸は、ダッドに勝ちたい一心で身に付けたもので、そういう意味で、ますますダッドに感謝した。

 それと、安君が、皆が言う通り、とても真面目で勤勉な人だというのも分かった。
 彼は、その日の出来事を日記に残し、調査の反省・改善項目もまとめている。
 それとともに、仕事の項目ごとに教わった内容をテキストファイルに残している。
 探偵業務は、磯川さんに教わった探偵編や、義父から教わった昴システム編の二つだが、それを読むだけで、どうやって探偵業務を熟しているのかが良く理解できる。
 他にも、事務処理編や、修理作業編と、教わったことを、復習を兼ねて、テキストに残していて、その仕事態度も申し分ない。
 あえて言えば、OneNoteの様なツールの方が、いろいろと画像等も張り付けて整理しやすいので、そういったツールを使う様にと指導したいが、テキストであっても、それをするのが大事。
 本当に、今時の若者には珍しい頑張り屋さん。必死に仕事を覚えようとしている。
 元暴力団の誘拐犯を社員にするなんて、何を考えているんだと思ったけど、母の人を見抜く力は本当にすごい。
 ビーナスライフを短期間であんなに大きくしたのだって、優秀な人を採用したり、引き抜いたりして、適材適所に配置したからだ。
 パパもダッドも凄い人だし、母の眼力の凄さに、改めて感心した。

 でも、安君が私をどう思っているのか、今一分からない。私にだけため口で、文句を言ったりするので、好きなんだと思っていたけど、私の事をあまり見てくれない。敢えて見ない様にしているのかもしれないけど、食事の席ですら、他の人とばかり話をして、目を合わそうとしない。話しかけるとちゃんと視線をむけてくれるけど、好きならもっとその人を見たいと思う筈。
 日曜日に私を見ているのに気づき、私が視線を合わせたのが、悪かったのかもしれない。彼が慌てて視線を逸らし、それから、私を見なくなってしまった。
 ても、私の事が好きなんだと信じたい。
 今日も、私をエスコートするために、必死に事前勉強してくれている。私に好かれたいと思わなければ、こんなことしない。
 そんなことを考えていると、いきなり幻滅。なんと、ラブホテルの検索を始めたのだ。
 そりゃ、私は大のエッチ好きだけど、初めてのデートで、させてあげたりはしないから。
 所詮は元暴力団組員。私の事なんて、エッチの対象としか見ていない男だった。
 事前に調べていたのだって、私をホテルに誘う為の下心からだった。
 それが分かっても、私は本当に駄目な女。一度大好きになると、どうしても嫌いになれない。

 その後、ダッドがPCを立ち上げて来たけど、キシロカインスプレーなるものを検索し始めた。
 何なのか分からないので、ノートPCの方で検索してみると、局部麻酔薬。ダッドは何処か怪我をしたのだろうか。そんなものを通販で購入していた。
 どこが悪いのか、気になったけど、ダッドのPCのあの謎も全く不明のままなのを思い出した。

 ビデオライブラリに謎の隠しファイルが存在したのだ。
 最初は、昨年六月の日本インターの動画だけに見えたが、詳細に表示変更して、その存在に気づいた。
 この隠しファイルは不明な形式のデータファイルで、動画系ファイルではない。それがビデオライブラリにある理由は、バイナリダンプして判明。日本語対応させると「裕子の記録.MPEG」の文字が見付かった。
 つまり、あの事件の後の裕ちゃんのビデオ記録。もしかして、母が意識を取り戻した日に何をしていたのか、映っている可能性が高い。
 早速、その解析に取り掛かったが、これをどう使って、そのMPEGファイルに変換できるのかが、全く不明。タイトルの後のデータ配列は、連続する数値かと思うと、飛び飛びになり、前に戻ったりして、この数値の規則性や意味が分からない。
 ファイル容量は小さいので、暗号キーとも思えるけど、暗号キーにしては、長大過ぎる。
 天才ハッカーの私をもってしても、今のところはお手上げ。
 それでも、私の意地を掛けて、ニューヨークに戻る前には、なんとしてでも、その母の記録動画を再生するつもりでいる。

「朝食の準備ができたわよ」 裕ちゃんが二階に向かって大声で叫んでいるのが、聞こえてきた。
 私も朝食に出向いたが、裕ちゃんとダッドがいつもと違う。もう、慣れっこだけど、また夫婦喧嘩したらしい。
 そういえば、この二人、運命の関係にあるだけでなく、いや、運命の関係だからなんだけど、老夫婦ではなく、とても若い肉体をもつ夫婦らしい。

 実は、一昨日、二人の秘密に関する面白いデータ資料やプレゼン資料を見つけた。
 去年の夏にもアクセスした際は、ノートPCからだったので、SSD容量の関係から、PC内容を全コピできず、その資料を見つけることができなかった。
 去年の二月末から、毎週、二人の血液検査等をし続けていて、それを分析して、身体が若返っていることを証明していた。
 多少、強引な説明だけど、データに基ずく、なかなかの面白いプレゼン資料となっていて、彼の主張だと、前世の身体と融合して、その平均年齢に引っ張られて、若返っているのだそう。
 十月時点で若返りは収束し、肉体年齢は、四十一歳と三十七歳とになると記載されていた。
 ダッドの髪は、若作りで黒く染めているのではなく、本当に黒髪なのだそう。どうでもいいが、裕ちゃんは、女性ホルモンが異常に高く、胸がサイズアップしたと記載してあった。

 私にとって、裕ちゃんは、姉の様な存在だけど、肉体的にも姉になっていた。
 実は、十四年前、パパが事故死して、多額な借金の返済に、死に物狂いで働くことになった時、母は私のママでなくなった。
「今日から、ママではなく、裕ちゃんと呼びなさい」
 いきなり、そんなことを真剣な顔で言ってきた。
 もう、私の面倒は見てあげられないから、姉・妹として、共に頑張って生活していきましょうと言う宣言に思えた。
 以来、裕ちゃんは母親というより口うるさいお節介な姉になっていたけど、年齢まで私と五歳しかしか違わなくなってしまった。本当に、スーパーネイチャー。

 朝食が終わり部屋に戻ろうとすると、その裕ちゃんが、今日の午前中のスケジュールを私に伝えてきた。
 大家族で共同生活を始めることにしたので、いろいろと生活のルールを定めていて、定休日の水曜日も、自由時間は午後からで、午前中は、皆で決められたことを熟さないとならないのだとか。
 今日は、後でデビットとゲイリーについて、真剣に探りを入れるつもりだったのに、その時間が取れなくなってしまった。
 私は、もうデビットなんてどうでもよくなってるみたいで、明日でいいかと思ってしまった。

 先ずは、皆で大掃除や洗濯等、家事をする。この屋敷は広い上に、庭の手入れまで自分たちでするので、本当に大変だ。
 そして、十一時からは一時間の運動タイム。ダンスルームで、各自汗を流す事になっている。
 私は運動なんてしたくなかったけど、全員参加とかで、無理やり付き合わされた。
 でも、運動するのに適した服がない。
 安君が居るので、それなりの恰好をしたけど、大学の時のジャージしかなかった。
 少しダサくて、嫌だったけど、今日の午後、トレーナー上下も買ってくることにして、今日は、それに着替えて、ダンスルームに行った。

 ここに来たのは三年振り。以前は、本当にダンス練習場で、隅にランニングマシーンと、ホームジムと呼ばれる筋トレマシーンがあっただけだが、今は半分が、スポーツジム。運動用マットが敷いてあり、バンベル等もあり、バイクマシンや、腹筋強化用のベンチや、別の筋トレマシンも追加されていた。

 安君は、昔ながらのホームジムで胸筋を鍛えていて、義兄はランニングマシン。母と義父は、社交ダンスを踊っていた。
 私は、バイクマシーンを使ってみようかと思ったけど、隅で、バランスボールでストレッチを始めた。
 すると、ドシンと背後から衝撃が来た。
「僕んだもん」 大輔君だった。
「大ちゃん、一緒に遊ぼう」
 最初は二人でバランスボールをしていたが、そのうち、大ちゃんのお腹を足で押さえて、飛行機をやったり、手を持って、メリーゴーランドをやったりして、仲良く遊んだ。
「もう一回。ねぇ、もう一回」
「お姉ちゃん、もう、限界。これで最後だよ」
 メリーゴーランドを少し長めにやったら、目がまわってしまった。
 大輔を降ろすと足がもつれて倒れてしまった。
 でも、その時、裕ちゃんがパンツをはいていない事実を知った。
「裕ちゃん、ダッドから病気は良くなったと聞いてたのに、まだノーパンなの」
「なに言ってんのこの子は。もう」
 磯川さんも、安君も、私達の方を注目している。失言したと反省した。
「ノーパンってなに」
「パンツをはいて無い事だよ」
 大ちゃんが、母のスカートをめくって確認しょうと追いかけるのを、磯川さんがあわてて止めた。
「私、シャワーを浴びて来るから」
 裕ちゃんでも、顔を赤くすることがあるんだと、意外だったが、義父から注意された。
「本人も、皆と同居することになって、気にしていた。普段は、パンツを穿いていても耐えられるようになっているが、ダンスの時だけは、未だにダメなんだ。なんでも思った事を率直に言うのが、君の言い点だけど、もう少し、気を使って欲しかった」
「ごめんなさい」
「言いづらいだろうけど、裕子に言ってあげて」
 母はこのくらいで、傷つく人ではないが、恥をかかせてしまった責任はある。

 お風呂場に行って、母に謝ったら、「あなたが謝りに来るなんて、雪が降るんじゃない」と言われた。
「本当は、ダンスの時もパンツを穿けるようになってるの。でも、下り物シートでも耐えられな程にくぢょぐちょになっちゃうから、ノーパンにしていただけ。気にしなくてもいい。それに、実は昨日、あなたに悪いことをしたから、それでお相子ね」
「悪い事ってなに?」
「内緒にしておきたかったけど、昴ってサディストなの。昨日も、私を虐めてきて、耐えられずに、あなたを昴に売ってしまったの」
 もう普通に戻っていると信じていたのに、未だにSMプレーを楽しんでいるらしい。私を売ったってことは、私も昴にボロボロに虐められるってこと?
「私を誘拐した事件の調査が行き詰っているの。だから、あなたを仲間に引き入れるなんて言い出して、それだけは、絶対に嫌と抵抗したんだけど……。私、色欲が強い女だから……。御免なさい。母親失格ね」
 なんとなく理解した。ポリネシアンセックスもどきをされたのだ。
 私も二人目元カレの時、面白いセックスがあるんだと言われ、試したことが有るけど、動いて欲しくて、発狂しそうになった。
 変な事を想像したけど、単に気持ちよくなりたかっただけの話。それに、私を売ったなんていうから、これまた変なこと想像したけど、ハッキングのお手伝いなら、大歓迎。
「具体的には、何をすればいいの」
 そう訊くと、母が浴室から出てきたが、その身体を見て驚かされた。
 母の裸を見たのは、十年前、未来と三人で温泉旅行に行った時以来だけど、その頃と全てが違う。
 母は、常に、美容に気に掛け、若さを保つ努力をしてきた人だけど、それでも齢には抗えず、肌が黒ずんでいたし、胸も垂れていた。
 それなのに、胸も更に大きくなっているのに、全く垂れていない。肌も、透明感があり、水を弾く様で、信じられない程に若々しく、二十代で十分に通る身体をしている。本当に、スーパーネイチャー。
「毎週、水曜日の夜九時から、報告会を兼ねた作戦会議をしているの。昴が、そのための説明資料を作ってるみたいだから、その時、何をして欲しいか指示があると思う」
 バスタオルで、身体を拭きながら、そんなことを言ってきたけど、正直嫉妬する程の身体。
 私は母に、敗北感を抱いていた。

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