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第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛
夏めきて 策と知れども胸はずみ
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あの人、安田翔が、便利屋昴の事務所で、私に笑顔を向けてきた時、身体に電気が流れた。
身長は170センチ程で理想より低いけど、顔も体型も、私の好み。特に、あのスポーツ刈りが、さっぱり感を出していて、特に良い。
私の嗜好を熟知している未来に、からかわれてしまったけど、こんな所で、私の嗜好のど真ん中の人に逢うとは思わなかった。
見た目は三十歳ぐらいで、デビッドには悪い気もしたけど、私のお相手が見つかったと密かに喜んだ。
でも二十歳じゃ、ゲイリーよりも若く、射程圏外。
それに、この家の二階に住んでるってどういう事よ。
去年の夏、ここに戻って来たときは、母と義父の二人きりで、静かだった。
なのに、知らない内に大所帯。
義姉さん家族と同居する事になった経緯は、訊いていたけど、赤の他人の従業員を住み込ませると言うのは流石にやり過ぎ。
それなりの服装に着替えてから、その辺の事情を、改めて義姉に訊いてみた。
「元暴力団員の赤の他人を、住まわせるって、幾らなんでも非常識じゃない」
「そうなのよ。私もびっくりしちゃった。彼、お義母さんを誘拐した暴力団組織の一人だって話で、そんな人をなんでって」
頭が真っ白になった。そんな男に一目惚れしたなんて、私は本当に男を見る目がない。
「でも、話を訊いて私は納得した。彼ってね……」
夕実さんは、本当に天然で、悪気はないみたいだけど、人の不幸や、何か事件の予感等を感じると、嬉しそうに話してくる。
でも、彼の可哀そうな境遇は理解できた。根っからの悪ではなく、本当はとてもいい人で、環境から暴力団員にならざるを得なかったのも理解した。
母が彼を住み込みで働かせてあげようと、手を差し伸べた理由も理解できる。
でも、そもそも、引き取って世話してくれた叔母様を刺して大怪我をさせる様な異常者。彼女が神経質で、直ぐに八つ当たりして、折檻したとしても、人を刺すなんて絶対にしてはならない事。
普段はいい子として振舞っているが、一旦、頭に血が上ると、衝動的にとんでもないことを犯す精神障害者だということになる。
そんな人と一緒に生活するなんて怖すぎる。
「確かに、彼の境遇には同情するし、暴力団員になった経緯も納得できなくはない。でも、彼を引き取って、育ててくれた叔母さんを刺すような危険人物だよね。そんな人と、一緒に生活するなんて嫌」
「あなたも昴と同じような事を言うのね。安君は、その時の状況を覚えていないと、裁判でも話さなかった。でも、昴が何があったのか、推理してくれた。あんな場面になったら、私だって、思わず刺してしまったかもしれない」
「ねぇ、ダッドの推理って何?」
「お義母さん、私も知りたいです」
義姉はまた目をらんらんと輝かせていた。
「そういわれるといいたくなっちゃうけど内緒。でも多分、真実ね」
「教えてよ」
母はただ笑うだけで、教えてくれなかったけど、私にはなんとなくわかった。
逆レイプ。叔母は、高校一年生だった童貞の彼を襲ったのだ。
私も嫌な事があると、無性にそれを忘れたいと思う事がある。あんな最低なダニエルとまた関係してしまったときもそう。どんな偉い仕事をしていても、彼の叔母も女で、魔がさすことはある。
「安君は、裁判で不利になっても、その刺した理由は、誰にも言わずに墓場まで持っていく覚悟をしているの。だから、私も言えないわ」
結構、男らしいし、刺してしまったのも、それなら正当防衛のようなもの。
そういう理由なら、私も無理に追い出す訳にもいかないし、同居もやむなしか。
「只今」そんなことを思っていると、その本人が帰ってきた。
「安君、ちょっと来て。後でちゃんと紹介するけど、この子が私の実の娘の来夢」
「安田翔です。三月からここで住み込みで働かせてもらっています」
「夢が来るで、来夢です。宜しくお願いします」
私は、思わず笑顔で会釈してしまった。
どう見ても三十歳位の紳士だが、彼は母を誘拐した二十歳の元暴力団員。そんな最低男に、愛想を振りまいて、何をしてる。
「あなたには、少し頼みがあるんだけど、先にお風呂に入ってください」
彼は、母に言われて、そのまま階段を上って言った。けど、その後ろ姿も恰好いい。
「ねぇ、あなたが独身だと話していいかしら」
「別に齢だって、体重だって、話しても良いわよ。そんなの気にしないし」
「そう。良かった」
母は、それだけ言って、彼の夕食の準備を始めたが、嫌な予感がしてならない。
もしかして私と彼をくっつけようって魂胆じゃないよね。年が一回りも離れているし、なにより、アメリカに私の研究所もある。デビットとはまだ何もないけど、気になってる男だっている。
流石に、母もそんな大胆な事はしないと思うけど、私は母の言動に注意を払った。
風呂上りの彼は、トレーナー姿で、上はグレーで、下は色違いの黒にオシャレしていて、見た目は二十代前半に若返って見えた。それでもまたドキッとしてしまった。
彼は一回りも年下なのよ。自分に言い聞かせても、彼は私の嗜好のど真ん中なのは間違いない。
「来夢、こっちに来て。安君、改めて、ちゃんと娘の来夢を紹介するね。若く見えるけど、先日、三十二歳になったばかりの独身で、こう見えて、しっかりした自慢の娘。慶桜の工学部を主席で卒業し、四葉商事に入社して、同期で一番最初に主任になった程の仕事人間。でも、変わり者で、折角主任になったのに、今年の二月、ニューヨークで共同経営の小さな会社を立ち上げて、そこの副社長をしているの。どんな会社かは、あなたから説明して」
そんなこと言われても、胸がドキドキしていしまい、彼と目を合わせられない。
「フューチャーネットラボという将来の為のネットワークを提供する会社。今まで働いてきた経験を生かしたネットワーク構築サービスの仕事なんだけど、以前の職場では、私の意見が採用されずに、ネットワークが脆弱のままだったから、そこを堅牢化できることに売りにした会社。といっても、その実態は、次世代ネットワーク技術の開発研究所。私、商社務めしてたけど、本当は、ばりばりの理系女子で、研究開発がしたかったの。研究所のある企業に就職したかったんだけど、どこも採用してくれないから、いっそのこと作っちゃえと、起業したというわけ」
「へぇ、凄いんですね。自分のやりたいことの為に、会社を作っちゃうなんて、やはり裕ちゃんの娘さんって感じで、尊敬します」
「私も、凄いなと感心しました。でも、一流商社の主任をあっさり切るなんて、髪を切るのと同じよね。大失恋したんですか」
悪気がないだけに、義姉の天然突っ込みには困ってしまう。でも、言われてみると、ダニエルに失恋したのもその切っ掛けの一つだったのかもしれない。
髪を切る感覚で、転職しようと考えたわけではないけど、ダッドに打ち明けたのは、今までの自分と決別したかったからだ。
「磯川さんと昴は遅くなるそうなんで、先に食事にしましょうか」
母が助け舟を出してくれたが、義姉の天然突っ込みは、食事中も続いた。
大輔君に食事を食べさせながら、安君に、童貞を亡くしたのは十六歳の時なのとか、平気で聞いてきて、皆を困らせた。
私が荷物をもってなかったので、クロネコかと思ったとか、また言って、皆に笑われていた。
でも、暫く見ない内に、未来が居た時よりも楽しい家族ができていて、裕ちゃんも、とても幸せそうに見えた。
「そうだ。さっきの買い物の件だけど、水曜日の日、私、人に会う約束をしてるのよ。断ろうと思ってたけど、私じゃなく、安君じゃダメかしら」
そうきたか。母は本気で、私を安君とくっつけようとしている。
「私は、構わないけど、安君の都合もあるでしょう」
「俺は構わないですが、磯川さんに格闘技を教わる予定だったんで、許可をもらわないと」
「あっそうだ。その磯川さんって、どんな人なんですか」
「それは、夕実に訊いて。どんな人なの?」
「早稲田大学のラクビー部の部長のナンバーエイトだった逞しい人で、とてもやさしい人です」
「へぇ、部長って、早稲田のラクビー部だったんですか。やはりすごい人なんですね」
「それじゃ、わかんないよ」
「シモネタばかり話すから、未来はセクハラ親父って呼んでるわね。でも夕実が選んだけあって、とってもいい人よ。綺麗な女の人を見ると鼻の下伸ばして、デレデレと情けない男になって、子供の前では幼児言葉で一緒になって遊んでる、とってもかわいい人ね」
安君がそれを聞いて吹き出した。
「俺も裕ちゃんに騙されたけど、全然違う。ヤクザそのもの。ここに刀できられたような傷があって、耳はつぶれてて、すげえ体格してて、俺の事、直ぐ叩いてくるし、とてつもなく強いくせに、容赦しないし、おっかない人だ」
無口な子だと思ってたけど、大好きな人の事は意外とぺらぺらしゃべるんだ。
「そんなことないわよ。昴の一番のお気に入りで、頭の回転も速くて、面倒見も良いし、どんな難しい仕事も確実に熟す。周りを和ませて、しかも紳士。とってもいい人よ」
「全然、イメージ湧かない!」
「仕事ができて、頭が切れて、俺の尊敬する師匠と言うのは間違いないけど、決して紳士じゃない。人の心に土足で乗り込んで来て、ヤクザの金八先生って感じだから」
若いくせに、金八先生を知ってる事自体不思議だったが、ヤクザの金八先生って言うのがイメージとして最も良く想像できた。
そのあと、夕実さんの尻に敷かれていて頭が上がらない話や、ここに引き抜くために、ダッドのシナリオで大芝居打ったら、泣き出したとか説明してきて、どんな人なのか全く分からなくなった。
けど、安君が本当に尊敬している人だと言う事は良くわかった。
その後、義姉が子供を寝かしつけに居なくなったのをいいことに、彼を肴に沢山、笑い話をした。
夕実さんから聞いたという話では、初めて二人が話したのは、彼が大学三年の年末、スパイクで左目の上をざっくり切った時だったらしい。
義姉は意外と大胆で、医務室に駆け込むと、彼に抱き着いて、告白したのだとか。その時の、磯川さんは、がちがちに緊張して、顔を真っ赤にして、声が裏返って、それで二人の交際がはじまったらしい。
当然、女性経験もなく、最初の時は、興奮しすぎて、挿入する前に射精してしまったのだとか。三擦り半で、射精する早漏男の話は、聞いたことが有るけど、挿入する前に射精してまうなんて聞いたことがない。
しかも、あの体格なのに、小さいらしい。二月末頃、家族全員が集まった際、磯川さんが和ませようと、沢山の宴会芸を披露してくれたんだそうだけど、最後の下ネタ宴会芸で、アソコが見えてしまったのだとか。
早漏で、短小だったんだと、皆で磯川さんを馬鹿にして、大笑いした。
でも、純情なラガーマンで、義姉一筋に愛し続けてきた誠実な人なのは良く分かり、早くその磯川さんに会ってみたいと思った。
「磯川さんの話は、その辺にして、水曜日の日、この子の買い物の荷物持ち、お願いね。この子、着の身着のままで逃げ帰ってきたから、下着もないんですって」
「だから、違うって。全く、信じてくれないんだから」
「一体、何があったんですか」
安君が聞いてきたので、彼にも話してあげた。
結構、聞き上手で、笑顔も素敵だし、年下の彼氏も悪くないかなと、二人だけの会話を楽しんだ。
ダッドと磯川さんはその後もなかなか帰ってこなかったけど、十時十五分頃に一緒に帰宅した。
「はじめまして。夕実の夫の磯川尚輔と申します。よろしくお願いします」
安君の言ってた通り、凄い強面顔で、どう見ても外見はヤクザ。なのにその顔で、礼儀正しく、鼻の下を伸ばして、少し声を上ずらせて、挨拶してくる。
私は笑いを堪えるので必死だった。
「夢が来ると書いて、来夢です。宜しく、お義兄さん。でも、御免なさい。ほんとに、ヤクザの金八先生なんだもの」
ついに、私は声を出して笑ってしまった。
笑いが治まって、彼に安君を連れだす許可を貰おうとしたら、口をポカンと開けて、自分を指差して、きょろきょろ周りを見まわしている。
そんな何でも無い事なのに、笑いのツボにはまってしまったのか、あの顔でそんな仕草をしてると思うと、おかしくなり、また腹を抱えて笑ってしまった。
「御免なさい。お義兄様なのに。えぇっと、来週の水曜日なんですが、安君との特訓は午前中だけにして、午後お借りしてもかまいませんか。安君とデートしたいの」
「それは良いですけど、何がそんなに……。お前か安。覚えとけよ」
「否、僕は何も、言ってませんって」
本当に楽しい家族。
母たちには、ほとぼりが冷めるのがいつになるかわからないので、とりあえず、一か月程と言っておいたけど、このひと月は、とても楽しい毎日が過ごせそうな予感がした。
身長は170センチ程で理想より低いけど、顔も体型も、私の好み。特に、あのスポーツ刈りが、さっぱり感を出していて、特に良い。
私の嗜好を熟知している未来に、からかわれてしまったけど、こんな所で、私の嗜好のど真ん中の人に逢うとは思わなかった。
見た目は三十歳ぐらいで、デビッドには悪い気もしたけど、私のお相手が見つかったと密かに喜んだ。
でも二十歳じゃ、ゲイリーよりも若く、射程圏外。
それに、この家の二階に住んでるってどういう事よ。
去年の夏、ここに戻って来たときは、母と義父の二人きりで、静かだった。
なのに、知らない内に大所帯。
義姉さん家族と同居する事になった経緯は、訊いていたけど、赤の他人の従業員を住み込ませると言うのは流石にやり過ぎ。
それなりの服装に着替えてから、その辺の事情を、改めて義姉に訊いてみた。
「元暴力団員の赤の他人を、住まわせるって、幾らなんでも非常識じゃない」
「そうなのよ。私もびっくりしちゃった。彼、お義母さんを誘拐した暴力団組織の一人だって話で、そんな人をなんでって」
頭が真っ白になった。そんな男に一目惚れしたなんて、私は本当に男を見る目がない。
「でも、話を訊いて私は納得した。彼ってね……」
夕実さんは、本当に天然で、悪気はないみたいだけど、人の不幸や、何か事件の予感等を感じると、嬉しそうに話してくる。
でも、彼の可哀そうな境遇は理解できた。根っからの悪ではなく、本当はとてもいい人で、環境から暴力団員にならざるを得なかったのも理解した。
母が彼を住み込みで働かせてあげようと、手を差し伸べた理由も理解できる。
でも、そもそも、引き取って世話してくれた叔母様を刺して大怪我をさせる様な異常者。彼女が神経質で、直ぐに八つ当たりして、折檻したとしても、人を刺すなんて絶対にしてはならない事。
普段はいい子として振舞っているが、一旦、頭に血が上ると、衝動的にとんでもないことを犯す精神障害者だということになる。
そんな人と一緒に生活するなんて怖すぎる。
「確かに、彼の境遇には同情するし、暴力団員になった経緯も納得できなくはない。でも、彼を引き取って、育ててくれた叔母さんを刺すような危険人物だよね。そんな人と、一緒に生活するなんて嫌」
「あなたも昴と同じような事を言うのね。安君は、その時の状況を覚えていないと、裁判でも話さなかった。でも、昴が何があったのか、推理してくれた。あんな場面になったら、私だって、思わず刺してしまったかもしれない」
「ねぇ、ダッドの推理って何?」
「お義母さん、私も知りたいです」
義姉はまた目をらんらんと輝かせていた。
「そういわれるといいたくなっちゃうけど内緒。でも多分、真実ね」
「教えてよ」
母はただ笑うだけで、教えてくれなかったけど、私にはなんとなくわかった。
逆レイプ。叔母は、高校一年生だった童貞の彼を襲ったのだ。
私も嫌な事があると、無性にそれを忘れたいと思う事がある。あんな最低なダニエルとまた関係してしまったときもそう。どんな偉い仕事をしていても、彼の叔母も女で、魔がさすことはある。
「安君は、裁判で不利になっても、その刺した理由は、誰にも言わずに墓場まで持っていく覚悟をしているの。だから、私も言えないわ」
結構、男らしいし、刺してしまったのも、それなら正当防衛のようなもの。
そういう理由なら、私も無理に追い出す訳にもいかないし、同居もやむなしか。
「只今」そんなことを思っていると、その本人が帰ってきた。
「安君、ちょっと来て。後でちゃんと紹介するけど、この子が私の実の娘の来夢」
「安田翔です。三月からここで住み込みで働かせてもらっています」
「夢が来るで、来夢です。宜しくお願いします」
私は、思わず笑顔で会釈してしまった。
どう見ても三十歳位の紳士だが、彼は母を誘拐した二十歳の元暴力団員。そんな最低男に、愛想を振りまいて、何をしてる。
「あなたには、少し頼みがあるんだけど、先にお風呂に入ってください」
彼は、母に言われて、そのまま階段を上って言った。けど、その後ろ姿も恰好いい。
「ねぇ、あなたが独身だと話していいかしら」
「別に齢だって、体重だって、話しても良いわよ。そんなの気にしないし」
「そう。良かった」
母は、それだけ言って、彼の夕食の準備を始めたが、嫌な予感がしてならない。
もしかして私と彼をくっつけようって魂胆じゃないよね。年が一回りも離れているし、なにより、アメリカに私の研究所もある。デビットとはまだ何もないけど、気になってる男だっている。
流石に、母もそんな大胆な事はしないと思うけど、私は母の言動に注意を払った。
風呂上りの彼は、トレーナー姿で、上はグレーで、下は色違いの黒にオシャレしていて、見た目は二十代前半に若返って見えた。それでもまたドキッとしてしまった。
彼は一回りも年下なのよ。自分に言い聞かせても、彼は私の嗜好のど真ん中なのは間違いない。
「来夢、こっちに来て。安君、改めて、ちゃんと娘の来夢を紹介するね。若く見えるけど、先日、三十二歳になったばかりの独身で、こう見えて、しっかりした自慢の娘。慶桜の工学部を主席で卒業し、四葉商事に入社して、同期で一番最初に主任になった程の仕事人間。でも、変わり者で、折角主任になったのに、今年の二月、ニューヨークで共同経営の小さな会社を立ち上げて、そこの副社長をしているの。どんな会社かは、あなたから説明して」
そんなこと言われても、胸がドキドキしていしまい、彼と目を合わせられない。
「フューチャーネットラボという将来の為のネットワークを提供する会社。今まで働いてきた経験を生かしたネットワーク構築サービスの仕事なんだけど、以前の職場では、私の意見が採用されずに、ネットワークが脆弱のままだったから、そこを堅牢化できることに売りにした会社。といっても、その実態は、次世代ネットワーク技術の開発研究所。私、商社務めしてたけど、本当は、ばりばりの理系女子で、研究開発がしたかったの。研究所のある企業に就職したかったんだけど、どこも採用してくれないから、いっそのこと作っちゃえと、起業したというわけ」
「へぇ、凄いんですね。自分のやりたいことの為に、会社を作っちゃうなんて、やはり裕ちゃんの娘さんって感じで、尊敬します」
「私も、凄いなと感心しました。でも、一流商社の主任をあっさり切るなんて、髪を切るのと同じよね。大失恋したんですか」
悪気がないだけに、義姉の天然突っ込みには困ってしまう。でも、言われてみると、ダニエルに失恋したのもその切っ掛けの一つだったのかもしれない。
髪を切る感覚で、転職しようと考えたわけではないけど、ダッドに打ち明けたのは、今までの自分と決別したかったからだ。
「磯川さんと昴は遅くなるそうなんで、先に食事にしましょうか」
母が助け舟を出してくれたが、義姉の天然突っ込みは、食事中も続いた。
大輔君に食事を食べさせながら、安君に、童貞を亡くしたのは十六歳の時なのとか、平気で聞いてきて、皆を困らせた。
私が荷物をもってなかったので、クロネコかと思ったとか、また言って、皆に笑われていた。
でも、暫く見ない内に、未来が居た時よりも楽しい家族ができていて、裕ちゃんも、とても幸せそうに見えた。
「そうだ。さっきの買い物の件だけど、水曜日の日、私、人に会う約束をしてるのよ。断ろうと思ってたけど、私じゃなく、安君じゃダメかしら」
そうきたか。母は本気で、私を安君とくっつけようとしている。
「私は、構わないけど、安君の都合もあるでしょう」
「俺は構わないですが、磯川さんに格闘技を教わる予定だったんで、許可をもらわないと」
「あっそうだ。その磯川さんって、どんな人なんですか」
「それは、夕実に訊いて。どんな人なの?」
「早稲田大学のラクビー部の部長のナンバーエイトだった逞しい人で、とてもやさしい人です」
「へぇ、部長って、早稲田のラクビー部だったんですか。やはりすごい人なんですね」
「それじゃ、わかんないよ」
「シモネタばかり話すから、未来はセクハラ親父って呼んでるわね。でも夕実が選んだけあって、とってもいい人よ。綺麗な女の人を見ると鼻の下伸ばして、デレデレと情けない男になって、子供の前では幼児言葉で一緒になって遊んでる、とってもかわいい人ね」
安君がそれを聞いて吹き出した。
「俺も裕ちゃんに騙されたけど、全然違う。ヤクザそのもの。ここに刀できられたような傷があって、耳はつぶれてて、すげえ体格してて、俺の事、直ぐ叩いてくるし、とてつもなく強いくせに、容赦しないし、おっかない人だ」
無口な子だと思ってたけど、大好きな人の事は意外とぺらぺらしゃべるんだ。
「そんなことないわよ。昴の一番のお気に入りで、頭の回転も速くて、面倒見も良いし、どんな難しい仕事も確実に熟す。周りを和ませて、しかも紳士。とってもいい人よ」
「全然、イメージ湧かない!」
「仕事ができて、頭が切れて、俺の尊敬する師匠と言うのは間違いないけど、決して紳士じゃない。人の心に土足で乗り込んで来て、ヤクザの金八先生って感じだから」
若いくせに、金八先生を知ってる事自体不思議だったが、ヤクザの金八先生って言うのがイメージとして最も良く想像できた。
そのあと、夕実さんの尻に敷かれていて頭が上がらない話や、ここに引き抜くために、ダッドのシナリオで大芝居打ったら、泣き出したとか説明してきて、どんな人なのか全く分からなくなった。
けど、安君が本当に尊敬している人だと言う事は良くわかった。
その後、義姉が子供を寝かしつけに居なくなったのをいいことに、彼を肴に沢山、笑い話をした。
夕実さんから聞いたという話では、初めて二人が話したのは、彼が大学三年の年末、スパイクで左目の上をざっくり切った時だったらしい。
義姉は意外と大胆で、医務室に駆け込むと、彼に抱き着いて、告白したのだとか。その時の、磯川さんは、がちがちに緊張して、顔を真っ赤にして、声が裏返って、それで二人の交際がはじまったらしい。
当然、女性経験もなく、最初の時は、興奮しすぎて、挿入する前に射精してしまったのだとか。三擦り半で、射精する早漏男の話は、聞いたことが有るけど、挿入する前に射精してまうなんて聞いたことがない。
しかも、あの体格なのに、小さいらしい。二月末頃、家族全員が集まった際、磯川さんが和ませようと、沢山の宴会芸を披露してくれたんだそうだけど、最後の下ネタ宴会芸で、アソコが見えてしまったのだとか。
早漏で、短小だったんだと、皆で磯川さんを馬鹿にして、大笑いした。
でも、純情なラガーマンで、義姉一筋に愛し続けてきた誠実な人なのは良く分かり、早くその磯川さんに会ってみたいと思った。
「磯川さんの話は、その辺にして、水曜日の日、この子の買い物の荷物持ち、お願いね。この子、着の身着のままで逃げ帰ってきたから、下着もないんですって」
「だから、違うって。全く、信じてくれないんだから」
「一体、何があったんですか」
安君が聞いてきたので、彼にも話してあげた。
結構、聞き上手で、笑顔も素敵だし、年下の彼氏も悪くないかなと、二人だけの会話を楽しんだ。
ダッドと磯川さんはその後もなかなか帰ってこなかったけど、十時十五分頃に一緒に帰宅した。
「はじめまして。夕実の夫の磯川尚輔と申します。よろしくお願いします」
安君の言ってた通り、凄い強面顔で、どう見ても外見はヤクザ。なのにその顔で、礼儀正しく、鼻の下を伸ばして、少し声を上ずらせて、挨拶してくる。
私は笑いを堪えるので必死だった。
「夢が来ると書いて、来夢です。宜しく、お義兄さん。でも、御免なさい。ほんとに、ヤクザの金八先生なんだもの」
ついに、私は声を出して笑ってしまった。
笑いが治まって、彼に安君を連れだす許可を貰おうとしたら、口をポカンと開けて、自分を指差して、きょろきょろ周りを見まわしている。
そんな何でも無い事なのに、笑いのツボにはまってしまったのか、あの顔でそんな仕草をしてると思うと、おかしくなり、また腹を抱えて笑ってしまった。
「御免なさい。お義兄様なのに。えぇっと、来週の水曜日なんですが、安君との特訓は午前中だけにして、午後お借りしてもかまいませんか。安君とデートしたいの」
「それは良いですけど、何がそんなに……。お前か安。覚えとけよ」
「否、僕は何も、言ってませんって」
本当に楽しい家族。
母たちには、ほとぼりが冷めるのがいつになるかわからないので、とりあえず、一か月程と言っておいたけど、このひと月は、とても楽しい毎日が過ごせそうな予感がした。
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