大好きだけど

根鳥 泰造

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第三話 真っ直ぐな愛と歪んだ愛

巣立鳥 猫に襲われ血を流し

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 皆で、仕事に出かけようと玄関を開けると、固定電話が鳴り始めた。
 ニューヨークは金曜日の夜の七時半前なので、来夢が掛けてくる時間ではない。
 皆には先に行ってもらい、私は、一体誰だろうと、室内に戻って、受話器を取った。

「裕ちゃん、私。今、仕事で上海に来てるんだ。それで、ついでだから、これから帰ることにした。在宅勤務していいっていうから、暫くは日本で過ごすつもりだから」
 来夢だったが、私の中に嫌な予感が膨らみ始めた。
「上海にいるってどういうこと。会社を立ち上げたばかりで……」 
 私が話しているのに、来夢は勝手に電話を切ってしまった。
 やはり、また失恋したに違いない。
 この間まで、明るくいろいろと話を聞かせてくれたのに、今日は悟られない様に、直ぐに電話を切った。
 失恋旅行にでたものの、会社には戻りづらく、心のケジメがつくまでの間、ここで過ごすつもりらしい。
 それなら、私が来夢の心を癒してあげないと。

 今はさほど忙しくはないし、仕事を休もうかとも思ったけど、今日は土曜日なので、それなりに忙しくなりそう。今日は休むことができそうにない。
 夕実に任せるのは、少し不安があるけど、私は、夕実に来夢の事を委ねることにした。
「私の娘の来夢、知ってるわよね」
「ええ、武夫の結婚式の時、お話ししました。確か、四葉商事の主任さんで、渡米してるんですよね」
「その四葉商事は、もう辞めて、なんとかいう新たな会社を立ち上げたんだけど、それはどうでもいいの。来夢が、今日、帰省するって言ってきたの。飛行機の時間を告げなかったのも初めてだし、突然、帰って来るなんて、普通じゃない。何かあったと思うのよ。だから、それとなく、暖かく娘を迎い入れて、あげてくれる?」
「もしかして、失恋ですか。任せてください。それとなく話を訊き出すのは、得意ですから」
 急に目を輝かせてきて、失敗したかもと思ったが、もう遅い。

 三か月前の夕実は、生活に疲れ、口数も少なく、目の下に隈まで作っていた。けど、今は、随分明るく元気になった。
 明るく、楽しそうに話すようになったのは嬉しいけど、少し天然ボケな所があって、悪気がないのだけど、好奇心から触れられたくない心の傷を、ぐさりと抉って来るところがある。
 昼ドラを見るのが趣味なのだそうで、その所為か、どろどろした恋愛話が大好きなのだ。
 そんな彼女に、来夢を任せてしまった事を、激しく後悔したが、私は皆を追っかけて、仕事に出かけた。

 今日の相談予約者は、土曜日だというのに、午前中が一人で、午後に三人と四人だけ。
 便利屋昴で、エゴサすると、暴力団が出入りしているとか、反社のダミーだとか、根も葉もない嘘が書いてあり、その影響で相談者が激減した。
 それでも、少しづつ依頼も増え始め、昨日も、飛び込みの相談客が二組来て、回復基調にある。
 これも、便利屋昴が、今まで積み上げてきた実績のお蔭。
 いや、昴のお蔭といってもいい。
 主力となる人探し業務も、その要となる昴システムは、昴が一人で作ったものだし、昴の接客術は、私がここで働き始めて、初めて知ったけど、初めて見た時は、驚かされたほど凄かった。

 この便利屋昴は、去年の三月から営業を開始したばかりだけど、最初は、閑古鳥が鳴いていたほどの酷い赤字だった。なのに、昴は、たった一人で、三か月目には、黒字に転換させたのだ。
 既に、昴システムは完成していたけど、人探し依頼はまだ二件しかなく、便利屋としての仕事の依頼がメインだったのに、黒字化させた。
 一度、相談に来ると、その接客術に感動して、何かことある毎に、相談に来てくれるリピータになる。平日も夕方には、必ず誰かが相談者が来て、土曜日なんかは、相談客が時間待ちするほど押し寄せていたらしい。

 私が、この便利屋昴の手伝いを始めたのは、昨年の六月の日本インターの後から。
 社交ダンスは、昔からの私の趣味で、六年前から再開した。
 パートナーは元プロダンサーの宗像真一なのだけど、私が足を引っ張り、いつも予選落ち。準決勝進出すらしたことがなかった。
 でも、去年の日本インターは決勝進出どころか、三位入賞。
 私が、若返って疲れることなく踊れるようになったこともあるけど、昴が作ってくれた自動追尾雲台のお蔭。どこが悪いかを確認できるようになり、完璧に修正できるようになった。
 そのお礼にと、毎晩サービスしてあげた。ずっとストイックな生活していたこともあって、三連続で通ったのだけど、その三日目の時、露骨に嫌な顔をしてきて、「お礼なら、土曜日だけでも、便利屋昴を手伝ってくれよ」と言ってきた。
 そんな訳で、私の休日まで、便利屋昴で働くようになったというわけ。

 そして、実際に、接客してみると、自分が如何に無能かを思い知らされることになった。
 未来みきから、昴の仕事振りは、詳しく聞いていて、昴にできるんだから、私ならもっとうまく接客できると、甘く見ていた。
 長年、社長をさせてもらっていて、人心掌握術も磨かれ、人の心の機微もわかり、接客には自信があったのに、お客様が納得するような接客対応ができなかった。
 専門外だったからだけど、便利屋の職業柄、仕事の範囲が異常に広く多種多様に及び、幅広い知識が必要で、どう助言すればいいのか分からなかったのだ。
 対する昴は、的確に助言して、接客を熟していき、依頼を断っているのに、お客様は頭を下げて感謝して帰っていく。
 その凄い接客術のお蔭で、お客様からの信頼を勝ち取ったという訳。

 私も、少しでも彼に近づこうとして、必死に勉強し、日曜日も営業日に変更して、私は休日もなく働き、少しは、貢献できるようになってきたと思った矢先に、また昴の足を引っ張ることになった。
 私の看病のため、一月以上も、勝手に営業休止し、信用をなくしてしまった。
 なのに、皆、営業再開を待ってくれていて、昨年末以上に人が押しかけてくるようになった。
 私の接客術も少しは貢献していると思うけど、それも昴が勝ち取ってきた信頼のお蔭。
 
 あの事件で、私の仕事は、便利屋昴しかなくなったので、今年からは平日もここで仕事しているけど、それでも熟しきれない程の相談者がやって来る。
 磯川さん、安君の二人も次々と来て、大所帯になっても、休む暇すらない程忙しかった。

 だから、根も葉もない噂が拡散し、相談客が激減したのは、好都合と言えなくもない。
 黒字を維持できる程度の丁度いいくらいのお客様数に減り、時間に余裕があるので、例の調査を進める時間もとれる。
 今日も、朝から、昴と磯川さんは、その調査に出かけて行った。

 例の調査とは、私があんなことになった事件の調査。
 どうやら、国家機密だけでなく、米国要人まで関わった国際的な何かがあるらしく、その手掛かりを掴んだと、息巻いて出て行った。

 私としても、なんであんな事件に巻き込まれることになったのか、是非、知りたいけど、巨大権力と喧嘩することになりそうで、嫌な予感がしてならない。
 再び事件に、巻き込まれ、誰かが怪我をするような事だけは、絶対に避けて欲しい。
 それに、来夢。急に帰ってくると思っても居なかったけど、彼女がいる間に、何かが起きたら、心配させることになる。
 いつまで、こっちに居る気かわからないけど、来夢がこっちにいる間だけでも、大人しくしてほしいと思う。

 そんなことを考えていると、早速お客様。予約していない飛び込みのお客様。
 そろそろ、忙しくなる予想はしていたが、こんな朝早くから相談に来てくれるとは思いもしなかった。
 未来が、SNSに反論コメントを書いたり、常連客が擁護してくれたお蔭で、予想以上に早く回復しそう。
 
 それからも、次々と来客が押しかけてきて、私一人じゃ対処しきれなくなり、昴に電話して救援要請するほどだった。

 そして、漸く、その波も超え、昴はまだ接客中だけど、未来とおやつ休憩することにした。
「電話の予約状況はどうなの」
「来客状況の問い合わせは、何件もあったけど、予約に関しては、今日は無し。でも、想定以上になったね。人の噂も七十五日っていうけど、まだ三週間も経っていないのに」
「反動で、とんでもないことになりそうね」

 その時、入り口のドアが開き、来夢が現れた。想定外の忙しさで、来夢の事すら忘れていた。
「どうしたの。こんなとこに来て、夕実さん、いたでしょう」
「裕ちゃんが、家に居ないのは知ってたから、直接、こっちに来た」
 荷物も持っていない手ぶらだったので、一旦、家に帰ってから来たものと思い込んでいたが、違うという。
 キャリーケースも持たずに来るなんて、失恋以上の何かが起きたことになる。
 荷物をどうしたのか、問い詰めようと思ったら、来夢は未来と楽しそうに話をしていた。
「お腹大きくなったね。はっきりわかるもの。仕事なんてしてて、大丈夫?」
「オール・ナッシング。つわりもないし、快調。それに昼間はこの子、大人しいから」
「もう、動くの分かるの?」
「夜は、蹴ったりするのが分かるよ。まだ小っちゃいので、大したことないけど」
 話の区切りがついたみたいなので、間髪入れずに訊いてみることにした。
「来夢、こっちにはいつまでいる気なの? それに荷物は?」
「そういえば、キャリーケースは? もしかして犯罪者? アメリカから逃げてきたんだ」
「違うわよ。ちょっと上海に仕事できてて、盗まれちゃっただけよ。それで急遽、日本に来たの」
「じゃあ、直ぐに、帰っちゃうんだ」
「ちょっと、いろいろあって、会社に居ずらいんだよね。ほとぼりが冷めるまでこっちにいるつもり」
「やっばり、あっちで何かやって、逃げ帰って来たんでしょう」
「本当に違うから」

 その時、「ただ今。直ぐ、また出ます」と安君が戻って来た。
 来夢を来客と勘違いしたのか、来夢に向かって、丁寧にお辞儀をし、直ぐに、自分の机に、バッグ一杯のDVDを取り出して、山積にし、帰社時刻を19時に変更して、再び来夢に頭を下げ、飛び出して行った。
 来夢を紹介しておこうと思ったのに、本当に忙しい子。

 ふと、来夢を見ると、口を半開きにして、目を見開いて、硬直していた。まさか、一目惚れ?
 そういえば、来夢には彼の事を何も話していなかった。
 私が説明しようとすると、またも未来に先を越された。
「どう。背がもう少し欲しいけど、いい男でしょう。私も目の保養にしてるんだ。物覚えもいいし、良く働く。来夢の好みのタイプでしょう」
 未来が、揶揄ったお蔭で、来夢も安君を気に入ったとよくわかった。なら、いいチャンスかも。

 実は、安君を私の養子にしようと、昴に内緒でいろいろと調べ始めていた。
 昴もすっかり気に入ってくれていて、もう家族の一員だけど、一人前になった以上、何時までも住み込みの丁稚扱いという訳にはいかない。かといって、彼も我が家での生活を気に入ってくれているみたいなので、追い出す訳にもいかず、いっその事、私の息子にしてしまえばいいと、養子にする手続きを調べ始めたという訳。
 でも、来夢と安君が結婚することになれば、その必要もない。
 もちろん、出会ったばかりで、二人がどうなるかは全くわからないけど、安君ならきっと来夢を幸せにしてくれる。
 何があったのか予想もつかないけど、会社にいずらい雰囲気になったのなら、会社を辞めて、日本に戻って来る可能性だって十分にある。

「新しい人、採用したんだ」
「磯川さんが来て、二週間ほどしてからね。彼、実は……」
 安君の事を説明しようと思ったら、今度は本当に来客。今日は本当に次々とお客様がやってくる。

 来夢は、私が、接客している内に、いなくなっていた。
 未来に訊くと、知らない内にいなくなっていたとのこと。未来も、お客様が来ると、遣ることが沢山あるので、誰も話し相手がいなくなって、帰ってしまったという事らしい。
 直ぐに私も帰りたいけど、予約客も居て、そうもいかない。
 心寂しく、私に会いに来た筈なのに、娘に何もしてあげられないのが、申し訳ない。
 きっと、夕実が上手く相手してくれる。
 そう自分に言い聞かせたけど、今朝の夕実の顔が浮かび、不安が強くなるばかりだった。

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