大好きだけど

根鳥 泰造

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第二話 ライムライトの灯

春地震 避難場所にも人の山

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 何を着て行こうかと、悩み、勝手に興奮して眠れなくなり、今朝は寝坊してしまった。
 結局、オシャレしていくのは私らしくないと、下着だけ紫のレースにして、普段の恰好で出勤したけど、つい浮かれて、スマホを家に置いてきてしまった。
 只でさえ寝坊したうえ、駅について、そのことに気づいてアパートに戻ったので、完全に遅刻してしまう事になった。
 副社長なので、遅刻は関係ないけど、デビットにまた皮肉を言われそう。

 そんなことを考えながら、ガン・ヒル・ロード駅をでて、ラボに向かって歩いていると、ゲイリーから「1995」とライン連絡が来た。
 これは、西暦ではない。いざと言う時、画面を見ないで危険を知らせるための簡単な暗号。
 199は警察を現わし、最後の数字は危険度レベル。レベル5が最大で、もっとも危険を現わしている。
 つまり、FBIが会社に押しかけてきているので、直ぐに逃げろと言う意味になる。
 私たちはホワイトハッカーであって、クラッカーではないので、FBIが会社に乗り込んでまで、取り締まりにくるとは思えない。
 でも、FBIはハッカーを嫌っているのは間違いないし、ゲイリーが嘘をつくとも思えない。
 今は、会社に乗り込んできているとすると、国家機密に関わる何かをハッキングしようとしたことになるけど、そんなことした覚えはない。
 もしかして、昨日の昼、私があんなことを言ったから、デビットがワシントンルートに、パスワードハックを仕掛けたりしてないよね。
 一瞬、そんなことを考えたけど、慎重なデビットがそんな不用意な事をするとも、思えない。
 一体何んで、会社まで乗り込んで来たんだろう。
 そんなことを思いながら、駅へと戻っていると、あのベネチアンの謎のフォルダに、パスワードハックを仕掛けと居たことを思い出した。
 昨日の朝、仕掛けたので、昨晩、誰かがあのTOKIOにアクセスしたに違いない。
 デビッドが私がいない時、勝手にアクセスするとは思えないので、おそらく、ゲイリー。
 あのフォルダには、国家機密に関連する何かが保存されていて、それを覗き見した所為で、私達を捕まえに来たに違いない。

 駅についたものの、さてこれからどうしよう。一旦、アパートに戻ってと考えていたけど、それだと捕まることに気が付いた。
 FBIが会社に乗り込んできたという事は、私の事も既に調べがついているということだから。
 私のアパートは、今頃、家宅捜索の真っ最中の筈だし、会社に居なかったとなると、きっと私が帰って来るのを待ち構えている。
 YIBSの時の友達の家にとも、考えたけど、もう同僚ではないし、それほど親しかったわけではない。嫌がられるに決まっているし、事情を説明すれば、逆にFBIに連絡されかねない。
 一瞬、ダニエルの顔が浮かんだけど、あの男の家には、二度と行きたくない。
 となると、困った時の母頼み。絶対に、変に疑われるとは分かっているけど、日本に戻るしかない。

 私は、一時帰国し、ほとぼりがさめるのを日本で待つことにした。
 JFK空港にも、国外逃亡しないように、FBIが張り込んでいる危険はあるが、たかがハッカー相手に、きっとそこまではしないはずと、私は、JFK空港に向かう事にした。

 空港に着くと直ぐ、日本行の便の空きを探したが、東京行のみならず、日本への直行便はすべて満員。
 GWはとっくに終わっているのに、空席が全くないなんて、本当についてない。
 キャンセル待ちしようかとも思ったけど、期待薄出し、何度も確認にいくと、見つかる危険度がます。
 そこで、16時25分発の中国東方航空で上海に行き、そこから成田に乗り継ぐと言う、最低の手段で帰る事にした。
 航空券を購入して、空港のトイレの個室に籠って、搭乗時間が来るのを待つことにした。
 昼前に、トイレの清掃業者が来て、出ざるをえなくなり、その時は、本当に気が気じゃなかった。
 普通の通行人なのに、FBIの様な気がしてきて、誰かが来るたびに、それとなく顔を隠すようにして、精神的にかなり疲弊した。

 清掃が終わってからは、再びトイレの中に隠れ、搭乗時間が来るのを待ち続けた。
 そして、その時間が近づくと、私はパックからノートPCを取り出して、デビットへの私の思いを綴る事にした。

「デビットへ
 一緒に食事に行く約束を守れなくて、御免なさい。ほとぼりが冷めるまで、実家でのんびり過ごします。
 貴方も気づいていて、昨晩、デートに誘ってくれたのだと思いますが、私は三月末のあの日から、貴方の事が頭から離れなくなっていました。
 貴方には、ダイエットして、もっと格好いい人になってもらいたいと言うのが本音ですが、貴方の事が大好きでした。
 昨晩、漸く、誘ってもらえて、小躍りしたほどです。
 真剣に交際するつもりでした。

 でも、過去形です。
 こんな状況になり、改めて、昨日の事を思い出し、貴方の事が分からなくなりました。
 貴方もずっと私の事を愛してくれていると思っていましたが、もしかして、貴方はそれほど私を愛してなかったのではないかという気がしてきたからです。
 貴方にとっての私は、単なる共同出資者の一人のハッカー仲間の一人に過ぎなかったんですか。
 ゲイリーに先を譲るなんて、そうでなければ、考えられません。

 貴方は、私の事を本当はどう思っているのですか。
 昨日の誘いも、もしかして、私の誕生日を一人で過ごさせてはいけないと、義務感から、仕方なく誘ったのではないですか。
 そんなことはないと思いたいですが、貴方の本当の気持ちがわかりません。

 そういう訳で、あなたと、関係をリセットする意味からも、暫く実家で、私の頭を冷ましてきます。
 今後の事は、お互いに冷静になってから、一緒に考えましょう。
 最後に、一つ言っておきます。
 もし、その時も付き合う気があるのなら、結婚前提です。今日で私も三十二歳になり、遊びで付き合える程若くはありません。私の全てを捧げて、あなたの全てを奪うつもりなので、覚悟をしておきなさい。
                             来夢より
追伸:
 毎日、連絡くれないと、貴方の事を忘れてしまうから」

 私はそのテキストファイルを、彼ならきっと気づく筈の『ザ・ライムライト』のキーワードでスクランブルして、彼のアドレスに添付して、上海に行きのアナウンスと同時に、本文なしでメール送信した。

 デビットが、どんな反応をしてくるのか、興味深々だけど、当分の間は、彼も何もできない。彼からの返信はかなり先になる。
 FBIの担当者も、彼のメールはチェックしている筈だけど、キーワードが分らなければ、解凍できない。この添付ファイルの中身を、他の人に読まれる心配はない。
 メールの送信先を手繰って、JFK空港から送信したものだと特定し、追いかけて来たとしても、その時にはもう離陸した後。私が捕まることはない。

 そう思っていても、搭乗ゲートを潜る時も、FBIが待ち伏せしている気がして、気が気じゃなかった。
 それでも、無事、ボーイング777に乗り込むことができ、そのまま定刻通りに離陸した。
 これで、もうFBIに捕まる心配はないが、今度はどうやって裕ちゃん達に言い訳するかが問題。
 キャリーケースも持たずに、こんな格好で帰宅すると、絶対に怪しまれる。
 そういえば、三月から、磯川さん一家も引っ越してきて一緒に住んでいると言っていた。
 
 夕実義姉さんとは、未来の結婚式で会って、話をしたけど、少し陰キャラな大人しい人。彼女なら簡単に騙せそうだけどだけど、問題は、磯川さんという彼女の旦那。
 母の話だと、元刑事だとかで、私の嘘を一発で見抜いてくる気がする。
 まあ、ダッドも母も察しのいい人なので、誤魔化すのは不可能な気もするけど、FBIから逃げてきたとは口が裂けても言えない。
 さて、どうやって誤魔化そう。
 私は飛行機の中で、ずっとそのことばかり考え続けた。

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