大好きだけど

根鳥 泰造

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第二話 ライムライトの灯

タバスコをついばみ飛びのく巣立ち鳥

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 翌朝、ゲイリーにもそのハッキングアイデアを話し、早速、それを実現する具体的なソフト構成をつめることにした。
 ゲイリーは、並列処理AIを担当しているだけあって、そのコアとなるAI処理の面白いアイデアを提案してきて、お試し処理を徹夜してでも一週間以内に作るといってくれた。
 だが、私達は止めさせた。
 ゲイリーは、卒論の実験で、今は一番忙しい時期だからだ。
 卒業できなくなると困るからと、必死に説得し、卒論の目途がつくまでは、ソフト製作を禁止させた。
 そんなわけで、私とデビットも、表の顔の仕事や、自分の研究開発を優先し、『パスワードハック』と命名したそのハッキングツールの製作は後回しにした。

 そんな訳で、パスワードハックが、完成したのは、その四十五日後、デビットが卒論を提出した後の五月になってからだった。
 昨日、その本命のAI処理部を組み合わせ、デバックして、昨晩、期待通りに動作するかを確認するため、それを仕掛けてきた。
 きちんと動いていれば、結果が出ている頃。

「ライム、凄いよ。いっぱい取れた」
 いつもは一番遅く出社してくるゲイリーだったが、既に出社していて、私に嬉しそうに報告してきた。
 取れたと言っているのは、IDとパスワードの対のことだ。
「うまく動いたのね。流石はゲイリーね」
 少し煽てると、彼は直ぐに真っ赤になる。本当に可愛い。

 そのリストを皆で集まって、確認していったが、興味深いアクセス先のものはなく、エロサイトやゲームサイトの物がほとんど。沢山あっても、収穫ゼロに近い。
「これ、ザ・ベネチアンじゃないか」デビットが指さした。
「えっ、ラスベガスの? 本当? またエロサイトなんじゃない」
 ゲイリーがアクセスすると、実にシンプルなパスワード画面だった。
 エロサイトではなく、秘密の隠しサイトによくある画面だ。

 デビットと私は、ゲイリーの机の傍で、そのログインを待った。
 トップ画面には、予約リスト、顧客リスト、空室状況、リムジン送迎、コンシェルジュ予定、カンファレンスサービス等のメニュー画面が現れ、ホテルの幹部が、外部アクセスする際に用いるサイトだとわかった。
 ただ、本当に、ラスベガスのあの有名な統合リゾート、ザ・ベネチアンのものかはわからない。
 だが、空室状況の項目を見ると、あのタワーホテルに間違い無かった。
「すごい、じぁあ、サーバに行きましょう」
 中に入りさえできれば、直接サーバー内にアクセスする方法は、いくらでもある。
 ゲイリーは、ファイルサーバーのアドレスを検索した。
 三つのサーバーが表示された。一つ目は、ホテル宿泊顧客情報とカジノ情報のサーバー、もう一つは取引先の管理や、リゾート計画等のサーバー、そして最後のが、ザ・ベネチアンそのものの内部管理ファイルが置かれたサーバーだった。
 そのサーバー内には、ホテルの売上帳簿や、予約状況、VIPリスト、なんでもある。
「どうする、ホワイトハッカーとして、警告メッセージを残しとくか」
「そうね」
 各自、自分の机に戻って、ゲイリーのPCをアクセス共有した。
 私も、自分のPCにて、メッセージテキストファイルを作成する。
「ウエブサイトからアクセスできるところに、こんなの置いといちゃ危ないぞっと」
 私は、『警告文.txt』として、テキストファイルを保存した時、そのサーバーにある『TOKYO』という名前のフォルダが気にかかった。
「ねぇ、これ何かしら」
 私は、ゲイリーのPCのアイコンを操作して、そのフォルダ名に移動させた。
 それを誰かがクリックしたらしく、アクセス権限がありませんと言う警告画面が表示された。
「おっ、当りかも」
「仕掛けて待ちますか」
 もちろん仕掛けるのは、パスワードハックだ。インターネットでなくても、パスワード要求してくるものに関しては、パスワード入力画面を表示して、そのIDとパスワードを入手することができる。
「じゃあ、メッセージの方も、来週まで保留ね。ゲイリー落ちるわよ。良い」
「あと、リムジン予約とコンシェルジュ予定表も。僕がログオフしておくよ」
 ゲイリーは、さっきから、ホテルの予約リストや、VIPリストを、ダウンロードさせている。よほど、ザ・ベネチアンのタワーホテルの利用客に興味があるみたいだ。
「じゃあ、お願い」
 その日のお遊びは、これで終わりにして、私はちゃんと自分の仕事をすることにした。

「食事にいくって」昼過ぎに、ゲイリーが私を呼びに来た。
 社員の皆と食事すると、私達に遠慮して楽しく会話できなくなるので、私達三人は、いつも、少し遠くまで、デビットのベンツで食事に出かける。
 今日は、ステーキハウスでランチを食べた。
「今日も、パスワードハック仕掛けるのよね。今度は、ワシントンDC当りのルートにしない。もっと面白いのが見つかるんじゃない」
「確かに面白いが、国防の関係で、監視が厳しいから、何か変な動きをしてると感づかれる可能性がある」
「ま、先ずは、ベネチアンのあの秘密のフォルダを確認してからにしよう。も、もっと賢くするアイデアも思いついたから」
「確かに、あのフォルダの中身、気になるものね」
「それとライム。こんな席で、そういう話は、やめろ。誰が聞き耳を立てているかわからないだろう」
 確かにそうかもしれないけど、そんなに怒らなくてもいい。本当に腹が立つ。

 その後は、普通に世間話をしながら、食事をした。
「俺、トイレに行ってくる」先に食べ終えたデビットが立ち上がった。
 そして、「少し時間がかかるから」と、ゲイリーの肩に手を軽く載せ、トイレへと向かった。
「ラララライムさん、ボボボク、はは話したいことがある」
 もう私達と話すときは、普通に話せるようになっていたのに、この時は、凄くどもっていた。
 私は、直ぐに、その意図を察した。
 二人で、紳士協定を結んでいたのだ。デビットがあの時、私にキスすらしなかったのは、ダッドとは違い、ゲイリーに遠慮していたからだったらしい。
「そうだ。卒論発表は終わった? 最近、デモ騒ぎで大変なんでしょう」
 彼が真剣に話そうとしているのに、悪いとは思ったけど、今はもうデビットと付き合うと決めていた。
 ゲイリーに御免なさいとはいいたくなくて、話題をそらして、彼が告白できない状態にした。
 結局、彼は私に告白できず、デビットも戻って来て、なにもないまま、会社に戻った。

 そして、その日の夜。私が帰り支度を始めていると、デビットからインスタントメッセージが届いた。
「明日、お誕生日だよね。明日の夕方、食事に行きませんか」
 私自身、失念していたけど、明日は五月十日。私の三十二歳の誕生日だ。
 だから、ゲイリーは勇気を出して、食事に誘おうとしてきたのだ。
 本当に悪かったと思うけど、今はデビットの事が好きになっていて、ゲイリーとはお付き合いできない。
 そして、ゲイリーが断念したのを確認して、漸く、デビットが誘ってきたということらしい。
 本当に、私の事をなんだと思っているのよと、文句をいいたくなるが、正直、凄くうれしい。
「OK。当然、二人きりだよね」
「ゲイリーには内緒です」
「ホテルのレストランはまだ早いから」
「大胆な発言。どう理解すればいいのでしょう」
「今は、そのまま理解しなさい」
「了解です。時間が決まったら連絡します」
 よし。
 私はガッツポーズしてルンルン気分で、帰路についた。
 ああは言ったけど、明日は勝負下着を着て行こうかな。
 その時の私は、デビットと二人で進んでいく未来しか見えなくなっていた。

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