大好きだけど

根鳥 泰造

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第二話 ライムライトの灯

ポテチ食うデブまて紳士 風光る

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「なるほど。エバネセント信号を復調して、二次元フォトニック結晶で遅延蓄積したデータを、偏向角を変えて送出するのか。確かに原理は分かるけど、実際に実験装置を見ないと、どの程度使い物になるのか判断できないわね。今度、日本に行った際に、アポを取って見学させてもらおう」
 私は、昨晩、漸く入手した社外秘技術報告書を読みながら、独り言を呟いていた。
 この技術報告書は、日電通研究所の技術データーベースから、無断でコビーさせてもらったもの。
 ダッドの話をヒントに、一年以上掛けて、光ルーター開発している機関を片っ端から調べていき、漸くこの資料に辿り着いたというわけ。
 確かに、今まで報告されている手法とは全く異なるアプローチで、実現さえできれば、今までにない性能を出せる可能性を秘めている。

 ここは、フューチャーネットラボの研究所のパーティションで仕切られた私の研究エリア。
 今はもう三月末で、昨日、私は四葉商事を正式に辞めてきた。
 四葉商事の仕事は、二月末に何とか山場を越えて、三月になると直ぐ、退社すると告げたのだけど、引継ぎや、私の担当業務が完了するまでの進捗フォロー、報告書作成等があり、月末の報告会まで、辞められなかった。
 でも、三月からは、こっちの全体会議がある木曜日と、火曜日の二日間、有給休暇を貰い、こっちの会社で働いていて、引継ぎ等も終わり、納品も完了した先週からは、溜まっていた有給休暇を全て消費することにして、毎日、こっちの仕事に専念していた。
 昨日は、こっちの休暇を貰い、報告会のため四葉商事に顔を出し、お世話になった関係各位に退職の挨拶をしてまわり、送別会までしてもらった。
 これで、完全に四葉商事とは、縁が切れ、フューチャーネットラボの仕事に専念できる。

 因みに、デビットとは、結局、同じ経営者の仲間として、接することに決めた。
 デビットに義理チョコを渡した時は、まだ迷っていたのだけど、その時、ゲイリーも私に気があることに気づいてしまったのだ。
 この状態で、デビットと付き合うと、会社の雰囲気が悪くなりかねない。
 そんな訳で、波風立てることもないと、誰とも付き合わない方針にしたというわけ。
 勿論、デビットが好きな気持ちは変わらないので、彼が私に告白してきたら、付き合うつもり。
 でも、彼も社長として、職場に角を立てたくないみたいで、それはかなり先になると思っている。
 ゲイリーが先に告白してきたら、正直、どうしようか悩んでいる。
 十歳も齢が違うので、最初は断るつもりだったけど、素敵な男性なのは間違いない。
 結婚のことはまだ考えられないというのなら、勿論、断るけど、もし結婚してもいいと考えてくれていなら、付き合うつもり。
 今の私は、デビットの事が好きだけど、いつまでも何もアクションを起こさないデビットが悪い。
 
 でも、それはタラレバの話。このまま、何も起きずに、今の関係が、いつまでも続いて欲しいと思っている。二人との今の生活が、とても楽しく、居心地がいいから。
 たまに白熱した技術議論をかわしたり、一緒にハッキングの話題で盛り上がったりして、ここでの生活は本当に楽しい。恋愛なんてしなくても、ここで二人と一緒に働けるだけで、大満足。
 八万ドルを頑張って工面して、この会社を作った意義があった。
 
 因みに、私が今研究開発しているのは、光ルーターそのものの開発ではなく、ルーターが故障した時の検知方式及び停滞が起きない回避方法の開発。
 フューチャーネットラボの方針として、先ずは、表の顔の仕事の役に立つような技術開発をしよう皆で決めたからだ。
 デビットは、やはり攻勢防壁の実用化研究をしていて、ゲイリーはAIファイアウォールの研究をしている。
 半期ごとに、研究成果を発表し、フューチャーネットラボの新たな売り込み要素にならないかを検討して、実用化を目指すか、継続するか、新たな研究に切り替えるかを判断する。
 そんな訳で、六月末の成果発表にむけ、日々、頑張って研究開発に勤しんでいるのだが、気分転換も必要。
 息抜きも兼ねて、エバネセントを用いたフォトニックルータの研究という技報を読んでいた。
 今の研究とは無関係だけど、後々光ルーター開発にも挑んでみたいので、無駄と言う訳ではない。
 
 その後、再び、自分の研究に打ち込んでいると、あっという間に時間がすぎる。楽しいことをしていると、時間が経つのがとても早い。
 今日も夕食もとらずに、夜の八時の帰宅時間になってしまった。
 治安のいいニューヨークといっても、東京とは異なり、夜九時を過ぎるとやはり危険。だから、九時までには、自宅に辿りつける様に、この時間になると帰ることにしている。

 私が、席を立って帰ろうとすると、まだ残っていたデビットが、ポテチを頬張りながら話しかけてきた。
「ライム、いいこと思いついたんだ。ログインシステムに成りすまして、IDとパスワードを盗み取るってどうかな」
 デビットが、突如、とんでもないハッキング方法のアイデアを提案してきた。
「Web誘導するならともかく、ログインシステムに成りすますなんて、無理に決まってるじゃない」
「いや、高度な学習が必要だけど、不可能じゃないんだ。あのね……」
 彼は、そのアイデアを詳しく説明してくれた。
 相当に複雑な学習をする必要があるけど、中継点に仕込めば、自らがアクセス先に成りすます事は可能に思える。もしできれば、自分で偽の公開キーを送信し、その共通キーを騙して受取り、ユーザに暗号化されたID・パスワード送信させることができる。
 通常は共通キーで暗号化されて送付されるので、共通キーを知らない限り、解読困難だが、自分が送信した暗号キーなので、解読可能で、IDとパスワードの対を取り放題。
 その後は、会議スペースのソファに移動して、白熱した議論を交わした。

 気づけば、既に十一時。私は地下鉄で通勤していて、まだ終電時刻ではないが、この時間になると、一人で帰るのは怖い。
 私は、朝までここで過ごすことに決め、寝るにはまだ早いので、もう少し、デビットと話をすることにした。
「いつも、感心するけど、そんな突拍子もないアイデア、よく思いつくね」
「実は、君が僕をどう見てるのか知りたくて、君の心の中を覗く方法を考えてて、思いついたんだ」
 えっ。それって告白? まさかと思いつつ、慎重に彼の気持ちを探ることにした。
「あなたが、第三者になりすまして、私があなたをどう思ってるか聞きだそうとして思いついたってこと?」
「そう言われると、元も子もないが、なんとかして君の心を知れないかとは考えていた」
「今の告白じゃないよね」
「違うよ。ライムを好きなのはゲイリーだから」
 本当に、度胸無し。私を好きだと言ってくれたなら、真剣に交際するつもりなのに、断られると思って、保険を掛けてくる。
「ゲイリーは弟みたいなもので、恋愛感情は全くないから」
「じゃあ、僕の事はどう見てるの」
 正直に教えてあげてもいいけど、彼を少し虐めることにして、向かいの席を立って、彼の横のソファに腰かけた。
「貴方を知らなかったときは、素敵な人だと憧れてた。少し生意気だけど、紳士で、頼りがいがあって、なんでも率先して、してくれたでしょう」
 そう言って、彼の瞳を見つめると、硬直して、鼻の下を伸ばしていた。
「でも、実際に会ってみて、がっかり。私、太っている人って生理的に受け付けないのよ」
 彼は必死にに冷静を装っているが、その引き攣った笑顔は、かなり動揺してる証拠。
 あまり虐めてもかわいそうなので、正直な気持ちを教えてあげることにした。
「でも、不思議なもので、今はあなたを見ても全く嫌悪感はなくなった。むしろ、時々、はっとするほど素敵だと思うことが有る。さっきも、一瞬素敵に見えた。一瞬たけだからね。でも、貴方と話してると楽しいし、こうして一緒にいるだけで、安心感を感じる」
 私は、そのまま彼の身体にもたれかかったら、彼がビクンとして硬直した。
 デブなので、体温は熱いのはいつものことだと思うけど、鼓動がドキドキと聞こえている。
 まさか、二十八歳にもなって、童貞って事はないと思うけど、異常な程興奮している。
 深夜、二人きりで、こんな状況なら当然のこと。さあ、早くキスしてきなさいよ。
 そう思って、お膳立てしてあげたのに、彼は、何もしてこない。
 そのまま一分ほど時間が経過してから、漸く、彼が囁いてきた。
「僕の事、好きなの?」
 かちん。女の私から、ここまでしてあげたのに、何て言い草。
「あんたなんて大嫌い。やっぱり、私、帰って寝るから。さようなら」
 私が、立ち上がると、慌てて私の手を掴んだが、その手は汗だらけ。
「こんな時間に独りで帰るなんて、危ないよ。僕が車で送っていく」
 とういう事は、送り狼になって、私の部屋に上がり込んで……。流石に、いきなり、セックスは考えられないけど、キスくらいなら、させてあげてもいいかな。
 私は、勝手に興奮して、彼と二人きりの深夜のドライブを楽しんだ。
 彼は、実家から車通勤していて、お金もあるので、愛車はベンツ。
 室内も広く快適で、彼の横顔が、今日はとても素敵に思える。
 彼となら、きっと幸せに家庭を気づけそう。

 私のアパートに着くと、彼は紳士になって、急いで車を降り、助手席のドアを開けてくれた。
「送ってくれてありがとう。そうだ、うちに寄っていく。眠気覚ましの珈琲くらい出すよ」
「いや、いいよ。それじゃ、お休み」
 彼は部屋に上がることも、キスする事もせず、そんなことを言って、車に乗り込んでしまった。
 本当に信じられない男。私から部屋に誘ってあげたのに、断るってなによ。
 彼女がいるなら、分かるけど、女性の気配もしないし、会社の従業員とも特に何もない筈。
 まさか、ゲイ? こんな眼鏡デブが同性愛者の訳は絶対にない。
 
 不満いっぱいに、アパートの自分の部屋に戻ったら、ふと裕ちゃんがダッドと付き合い始めた時の話を思い出した。
 母から何度もそんな雰囲気を作って誘惑したが、ダッドはキスしてこなかったのだとか。
 デビットも、きっと同じ。本当は私を抱きたいのに、必死に我慢しているだけ。
 一度、恋仲になれば、それからは全力で愛すタイプ。
 なら、私はきっと幸せになれる。
 私は、枕を抱きしめて、つい彼に抱かれる場面を妄想してしまった。
 ぶよぶよ胸に、大きなお腹。
 やっぱりデブは無理かも。
 そう思いながらも、相好を崩してしまっていた。

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