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第二話 ライムライトの灯
バレンタインデー どちらを買おうか悩ましき
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私は母から借金して、何とか八万ドルを工面したが、アポロ21号は、結局七万ドルを集める事ができず参加を辞退した。
結局、ジャック・オブ・スペードこと、デビットが十五万ドルを負担し、私が八万ドル、AIイブこと、ゲイリーが七万ドルを出資して、その三人で、フューチャーネットラボを立ち上げることになった。
私の立案なので、デビッドは私が社長でいいと言ってくれたけど、十五万ドルも出資してくれたデビットが社長になるのが当然のこと。
そういう訳で、デビッドが社長となり、私が副社長、ゲイリーが専務と決まった。
そして、いよいよ顔合わせ。デビッドがどんなひとなのか、興味深々だった。
イースト・ガン・ヒル・ロード沿いの自動車修理工場購入の契約の際、初めて顔を合わせたけど、二人は私の予想したイメージとは、全く違った。
ジャックことデビッドは、年上の紳士と想像していたのに、いかにもオタクという感じの眼鏡デブ。契約の場だのに、ジーンズに黒シャツにエンジ色のダウンジャケットで現れた。
年齢も年下の二十八歳で、大学院修了後、自宅に引きこもってたニート。大金をポンと出資したので、お金持ちの息子なのかと訊いてみたら、中流家庭の次男坊だった。
彼自身が株でかなり儲けていて、それなりにお金はあるのだそう。
私の事を女性だとは見抜いていたが、予想以上だったみたいで、挨拶の時にはがちがちに緊張していた。オタクに共通している事だけど、女性に対する免疫がないみたい。
私が、年上の三十一歳だというと、クッションフレーズを多用して、敬ってくれるようになったけど、何かこそばゆく、調子が狂う。いままで通りに接して欲しいとお願いしたけど、年上だと思うと、そうはならないみたい。
AIイブこと、ゲイリーは、その話し方から、てっきり女性だと勝手に思っていたけど、身長185センチの細見でイケメンのコロンビア大学の二十二歳の男子学生だった。
ゲイリーは、ちゃんとスーツにコートで現れ、ファッションセンスもなかなかで、私の好みのタイプ。
なんでハッカーなんていうオタクの道に入ったのか疑問だったけど、会話して、直ぐにその理由が分かった。
極度の吃音症、いわゆるどもりだった。
彼も女性が苦手で、自己紹介の時は、真っ赤になって、がちがちに緊張し、聞き取れない程、酷かった。
でも、こんな素敵な男性と一緒に仕事ができるのかと思うと嬉しくてならない。
年の差があり過ぎるので、恋愛対象にはならないけど、お姉さんとして、ぎゅっと抱きしめいという衝動にすらかられた。
ゲイリーの家庭は、両親が弁護士をしていて、兄も優秀なエリート証券マン。勝手に貧乏女子学生だと思っていたけど、結構なお坊ちゃまだった。
彼が、脳の言語処理機能障害者だと知った両親は、彼を過保護に育ててきたらしい。
その反動から、大人になってからのゲイリーは、私と同じように、親にだけは負担を掛けない様にしてきた。大学の学費も親から借金する形にしているし、今回も家族からちゃんと返済可能な借金契約を交して、お金を用立てたのだそう。
日本の学生は、親に学費を出してもらうのが当たり前になっているけど、ちゃんと自立していて、彼も頼もしい良き仲間だ。
開業は、二月一日を目指して頑張っているけど、遣ることは山のようにある。
倉庫のリフォームに、備品の準備。設備品の購入。ネットワーク事業を始めるための登録処理に、HP作り、従業員募集や面接。
私も、四葉商事をやめて、開業準備に専念したかったけど、デビットとゲイリーの言葉にあまえ、今も四葉社員のまま。土日等の休日は、一日中、頑張ったけど、平日は四葉商事の仕事をしながら、片手間に手伝った。
事業に失敗した際の保険という意味ではなく、今の仕事に蹴りをつけるまでは中途半端に投げ出したくなかったからだ。
そして、当初の予定通り、従業員が十八人を雇用して、二月からフューチャーネットラボがスタートした。
最初は、トラブル続きで大変だったけど、それもなんとか落ち着き、母も便利屋昴で働き出したと聞いて、久ぶりに連絡をいれることにした。
「ちゃんと働き始めたんだってね」
「あなた、何してたの。見舞いにもこないで」
「クリスマスイブの日に、見舞いに行ったんだよ。ダッドもちゃんと話したって言ってたのに、注意障害にかかっていたから、私のことなんて全く気にしていなかったんだね。まあ、私の方も、問題発生して、とんぼ返りしなくちゃならなくって、ダッドが無理に帰らなくていいからと言ってくれたので、年末年始は、その言葉に甘えちゃった。それに、ダッドから、毎週メール貰ってて、帰る程の事は起きてないと分かっていたし、知らない裕ちゃんとお話したって意味ないじゃない」
私が見舞いに行った翌日、母は目を覚ました。
ただ、脳細胞の大半が壊死した後遺症で、注意障害や協調運動障害を発症した。
注意障害とは、落ち着きのない幼児に退行してしまう脳障害で、注意散漫で我儘な気分屋になり、人の話を全く聞かなるという病気。協調運動障害は、不器用症候群ともいわれ、二つの事を同時にできなくなる。
トイレも駆け込んでも粗相をし、食事も零し、我儘で感情的になり、入院中はとんでもなく大変だったらしい。
私も、正月休みに突入した際、母の面倒を見に行こうとしたが、ダッドが今は未だ会わない方がいいといってくれ、ついその言葉に甘えた。私もデビットとゲイリーにずっと助けれられてばかりだったので、この休み中に挽回しておきたかったこともあり、母が目覚めてからは、見舞いにいかなった。
「知らない裕ちゃんっていうけど、彼女、十四年前に封印したもう一人の私、あなたのママだったころの私よ」
「えっ、うそ。パパとの性生活は知らなかったけど、あんな恥ずかしことしてたんだ」
「あの人、いったいどんな報告してたの」
「あの手、この手で誘惑してくるとか、薬が合わずに全身過敏症になって服を着れなくなって、全裸生活をはじめたとか。それこそ、赤面するような事いっぱい。メール転送してもらえば」
一月に退院許可がでて、自宅に戻ってからは、別の意味でも、大変だったらしい。
性欲の抑制ができなくなっていて、母は、感情のままに、セックスを求める痴女になってしまった。
病院で診断してもらうと、性嗜好障害まで発症していると言われ、徐々に我慢を覚えさせていったが、本当に地獄の日々だったらしい。
見舞いに行った未来からも話を訊いたが、二人の性生活を執拗に聞いてきて、武夫に肩を揉んであげると言って、胸を下から上に押し付けて、一緒にお風呂に入ろうと、誘惑したりもしたらしい。
未来曰く、「性欲異常者の淫乱な美人のお姉様になっていて、男にずがって生きるしかない女の目になってた」のだとか。
しかも、一月の中旬頃からは、もっと深刻な事態に陥った。女性ホルモン抑制用に飲んでいた薬と、脳障害の治療用の薬が合わなかったみたいで、全身触覚過敏症まで患ってしまったのだ。
趣味の社交ダンスで、協調運動障害を治療することにし、劇的に改善していったそうだが、服がすれて興奮してしまうからと、全裸生活まで始めたのだそう。
「もう、本当の事でも、娘に話していい事の区別もつかないのかしら」
ダッドだって、最初の頃は、具体的な母の痴態は書いていなかった。そんな生活に疲れ、精神を病んでいっただけだ。次第に、娘の私に対し、母がこんなことまでしたと赤裸々に愚痴って報告するようになった。
本来の母が目覚めたことで、義父も正常に戻ったみたいで、その後はそんなことは記述はしなくなった。
私が、母が目覚めた時の状況を、執拗にきいても、セックスの途中で失神し、目覚めたら元の裕子に戻っていたと伝えて来ただけ。
失神するって、よほどのことだけど、何があったのかは、もう知るすべはない。
それからも全身過敏症や性嗜好障害で、大変だったみたいだけど、母の持ち前の精神力で、それらも乗り越え、最近漸く、便利屋昴で働くことまでできるように改善したという話だ。
「で、用件は何」
「用件は無いよ。定期連絡しろっていってたから、本人が戻ったんだったら、連絡しなくちゃと思って」
「ところで、振込みは間に合ったの」
「あっそうだ。改めまして、その節は大変ありがとうございました。私が無理を言った所為で、誘拐されることになったんだよね。それも含めて、本当に御免なさい。借りたお金は、七月に帰省する時に全額返済させて頂きます。ありがとうございました。で、ちゃんと直ぐに電話したんだよ。誰も出なくて、翌日電話して、ダッドから初めて話を聞いた。直ぐに帰ろうと思ったけど、折角、チャンスを掴んだのに、裕ちゃんの善意を無駄にしたくなかった。それで、彼にメールで頻繁に様子を知らせてってお願いした。以上」
「間に合って、役に立てたなら、それで良いわ。私のこと心配するより、あなたのチャンスを大切にすべきだし、貴方の選択は正解よ。それに、誘拐されたのは確かに、銀行に行ったからだけど、それはあなたの所為じゃなく、銀行の責任なの。ハガキで事前通知したといっても、ネットバンキングの上限額が設定されているなんて、その時まで知らなかったから。本当に、日本の銀行って勝手よね」
「まあ、すっかりいつもの裕ちゃんに戻ってるみたいだから、安心した。気を使ってくれてありがとう」
「気を使う? なんのこと?」
「はいはい。で、あのお金を、何に使ったのかは、もう少し待って。今月中に、進退を決める。そしたら、全部話せると思う。じゃあね」
「ちょっと、来夢」
母は、何か言いたいことが有ったみたいだけど、電話を切った。
母が言おうとしている事は分かっている。私に彼氏を作りなさいといういつもの小言。
母は、ダッドのお蔭もあり、あんな絶望的な状況から、立ち直って、社会復帰できるまでになった。
だから、私だって、考えている。
眼鏡デブは、正直、生理的に受け入れないけど、デビットはニートのハッカーなのに、何故か顔も広いし、本当に頼りなる。この会社設立だって、デビッドがいなければ、頓挫していた。
彼の顔を見る度に、なんか文句を言いたくなるけど、それはダッドの説だと、対等な関係で、彼の事を真剣に、愛しているからとなる。
私自身、彼の事を大好きな自分がいるのにも、気づいている。
私も今年の五月で三十二歳になるし、贅沢は言っていられない。
眼鏡デブなのは、この際、我慢して、彼が交際を望んできたら、付き合ってもいいと今は思っている。
彼と交際すれば、幸せになれるような気もする。
それに、よく見ると顔立ちは悪くない。彼がダイエットするとは考えられないけど、痩せてコンタクトにすれば、なかなかの美形。
私が憧れるパパとママの様な仲良し夫婦ではなく、裕ちゃんとダッドのような直ぐに喧嘩する関係になってしまいそうだけど、それもこの際、我慢するべきなんだろう。
ただ、デビットは、奥手で、恥ずかしがりの性格なので、同僚以上の関係になろうとは、踏み込んでこない。私に気があるのは、間違いないのに、断られるのが怖いみたい。
丁度、もうすぐ、バレンタインデー。私が本命チョコを渡して、好きですと告白すれば、いいだけの話。
でも、今一、決断できない自分もいる。
もう若くないんだからと、自分に言い聞かせても、デビットは、私が二十代だったら、絶対に眼中にない男だから。
母に言った進退と言うのは、いつ会社を辞めるかだけど、デビットと付き合うかも含めて、今月中に結論をだすつもり。
もうすぐ、バレンタインデーだけど、二人とも義理チョコでいいのか、悩ましい。
結局、ジャック・オブ・スペードこと、デビットが十五万ドルを負担し、私が八万ドル、AIイブこと、ゲイリーが七万ドルを出資して、その三人で、フューチャーネットラボを立ち上げることになった。
私の立案なので、デビッドは私が社長でいいと言ってくれたけど、十五万ドルも出資してくれたデビットが社長になるのが当然のこと。
そういう訳で、デビッドが社長となり、私が副社長、ゲイリーが専務と決まった。
そして、いよいよ顔合わせ。デビッドがどんなひとなのか、興味深々だった。
イースト・ガン・ヒル・ロード沿いの自動車修理工場購入の契約の際、初めて顔を合わせたけど、二人は私の予想したイメージとは、全く違った。
ジャックことデビッドは、年上の紳士と想像していたのに、いかにもオタクという感じの眼鏡デブ。契約の場だのに、ジーンズに黒シャツにエンジ色のダウンジャケットで現れた。
年齢も年下の二十八歳で、大学院修了後、自宅に引きこもってたニート。大金をポンと出資したので、お金持ちの息子なのかと訊いてみたら、中流家庭の次男坊だった。
彼自身が株でかなり儲けていて、それなりにお金はあるのだそう。
私の事を女性だとは見抜いていたが、予想以上だったみたいで、挨拶の時にはがちがちに緊張していた。オタクに共通している事だけど、女性に対する免疫がないみたい。
私が、年上の三十一歳だというと、クッションフレーズを多用して、敬ってくれるようになったけど、何かこそばゆく、調子が狂う。いままで通りに接して欲しいとお願いしたけど、年上だと思うと、そうはならないみたい。
AIイブこと、ゲイリーは、その話し方から、てっきり女性だと勝手に思っていたけど、身長185センチの細見でイケメンのコロンビア大学の二十二歳の男子学生だった。
ゲイリーは、ちゃんとスーツにコートで現れ、ファッションセンスもなかなかで、私の好みのタイプ。
なんでハッカーなんていうオタクの道に入ったのか疑問だったけど、会話して、直ぐにその理由が分かった。
極度の吃音症、いわゆるどもりだった。
彼も女性が苦手で、自己紹介の時は、真っ赤になって、がちがちに緊張し、聞き取れない程、酷かった。
でも、こんな素敵な男性と一緒に仕事ができるのかと思うと嬉しくてならない。
年の差があり過ぎるので、恋愛対象にはならないけど、お姉さんとして、ぎゅっと抱きしめいという衝動にすらかられた。
ゲイリーの家庭は、両親が弁護士をしていて、兄も優秀なエリート証券マン。勝手に貧乏女子学生だと思っていたけど、結構なお坊ちゃまだった。
彼が、脳の言語処理機能障害者だと知った両親は、彼を過保護に育ててきたらしい。
その反動から、大人になってからのゲイリーは、私と同じように、親にだけは負担を掛けない様にしてきた。大学の学費も親から借金する形にしているし、今回も家族からちゃんと返済可能な借金契約を交して、お金を用立てたのだそう。
日本の学生は、親に学費を出してもらうのが当たり前になっているけど、ちゃんと自立していて、彼も頼もしい良き仲間だ。
開業は、二月一日を目指して頑張っているけど、遣ることは山のようにある。
倉庫のリフォームに、備品の準備。設備品の購入。ネットワーク事業を始めるための登録処理に、HP作り、従業員募集や面接。
私も、四葉商事をやめて、開業準備に専念したかったけど、デビットとゲイリーの言葉にあまえ、今も四葉社員のまま。土日等の休日は、一日中、頑張ったけど、平日は四葉商事の仕事をしながら、片手間に手伝った。
事業に失敗した際の保険という意味ではなく、今の仕事に蹴りをつけるまでは中途半端に投げ出したくなかったからだ。
そして、当初の予定通り、従業員が十八人を雇用して、二月からフューチャーネットラボがスタートした。
最初は、トラブル続きで大変だったけど、それもなんとか落ち着き、母も便利屋昴で働き出したと聞いて、久ぶりに連絡をいれることにした。
「ちゃんと働き始めたんだってね」
「あなた、何してたの。見舞いにもこないで」
「クリスマスイブの日に、見舞いに行ったんだよ。ダッドもちゃんと話したって言ってたのに、注意障害にかかっていたから、私のことなんて全く気にしていなかったんだね。まあ、私の方も、問題発生して、とんぼ返りしなくちゃならなくって、ダッドが無理に帰らなくていいからと言ってくれたので、年末年始は、その言葉に甘えちゃった。それに、ダッドから、毎週メール貰ってて、帰る程の事は起きてないと分かっていたし、知らない裕ちゃんとお話したって意味ないじゃない」
私が見舞いに行った翌日、母は目を覚ました。
ただ、脳細胞の大半が壊死した後遺症で、注意障害や協調運動障害を発症した。
注意障害とは、落ち着きのない幼児に退行してしまう脳障害で、注意散漫で我儘な気分屋になり、人の話を全く聞かなるという病気。協調運動障害は、不器用症候群ともいわれ、二つの事を同時にできなくなる。
トイレも駆け込んでも粗相をし、食事も零し、我儘で感情的になり、入院中はとんでもなく大変だったらしい。
私も、正月休みに突入した際、母の面倒を見に行こうとしたが、ダッドが今は未だ会わない方がいいといってくれ、ついその言葉に甘えた。私もデビットとゲイリーにずっと助けれられてばかりだったので、この休み中に挽回しておきたかったこともあり、母が目覚めてからは、見舞いにいかなった。
「知らない裕ちゃんっていうけど、彼女、十四年前に封印したもう一人の私、あなたのママだったころの私よ」
「えっ、うそ。パパとの性生活は知らなかったけど、あんな恥ずかしことしてたんだ」
「あの人、いったいどんな報告してたの」
「あの手、この手で誘惑してくるとか、薬が合わずに全身過敏症になって服を着れなくなって、全裸生活をはじめたとか。それこそ、赤面するような事いっぱい。メール転送してもらえば」
一月に退院許可がでて、自宅に戻ってからは、別の意味でも、大変だったらしい。
性欲の抑制ができなくなっていて、母は、感情のままに、セックスを求める痴女になってしまった。
病院で診断してもらうと、性嗜好障害まで発症していると言われ、徐々に我慢を覚えさせていったが、本当に地獄の日々だったらしい。
見舞いに行った未来からも話を訊いたが、二人の性生活を執拗に聞いてきて、武夫に肩を揉んであげると言って、胸を下から上に押し付けて、一緒にお風呂に入ろうと、誘惑したりもしたらしい。
未来曰く、「性欲異常者の淫乱な美人のお姉様になっていて、男にずがって生きるしかない女の目になってた」のだとか。
しかも、一月の中旬頃からは、もっと深刻な事態に陥った。女性ホルモン抑制用に飲んでいた薬と、脳障害の治療用の薬が合わなかったみたいで、全身触覚過敏症まで患ってしまったのだ。
趣味の社交ダンスで、協調運動障害を治療することにし、劇的に改善していったそうだが、服がすれて興奮してしまうからと、全裸生活まで始めたのだそう。
「もう、本当の事でも、娘に話していい事の区別もつかないのかしら」
ダッドだって、最初の頃は、具体的な母の痴態は書いていなかった。そんな生活に疲れ、精神を病んでいっただけだ。次第に、娘の私に対し、母がこんなことまでしたと赤裸々に愚痴って報告するようになった。
本来の母が目覚めたことで、義父も正常に戻ったみたいで、その後はそんなことは記述はしなくなった。
私が、母が目覚めた時の状況を、執拗にきいても、セックスの途中で失神し、目覚めたら元の裕子に戻っていたと伝えて来ただけ。
失神するって、よほどのことだけど、何があったのかは、もう知るすべはない。
それからも全身過敏症や性嗜好障害で、大変だったみたいだけど、母の持ち前の精神力で、それらも乗り越え、最近漸く、便利屋昴で働くことまでできるように改善したという話だ。
「で、用件は何」
「用件は無いよ。定期連絡しろっていってたから、本人が戻ったんだったら、連絡しなくちゃと思って」
「ところで、振込みは間に合ったの」
「あっそうだ。改めまして、その節は大変ありがとうございました。私が無理を言った所為で、誘拐されることになったんだよね。それも含めて、本当に御免なさい。借りたお金は、七月に帰省する時に全額返済させて頂きます。ありがとうございました。で、ちゃんと直ぐに電話したんだよ。誰も出なくて、翌日電話して、ダッドから初めて話を聞いた。直ぐに帰ろうと思ったけど、折角、チャンスを掴んだのに、裕ちゃんの善意を無駄にしたくなかった。それで、彼にメールで頻繁に様子を知らせてってお願いした。以上」
「間に合って、役に立てたなら、それで良いわ。私のこと心配するより、あなたのチャンスを大切にすべきだし、貴方の選択は正解よ。それに、誘拐されたのは確かに、銀行に行ったからだけど、それはあなたの所為じゃなく、銀行の責任なの。ハガキで事前通知したといっても、ネットバンキングの上限額が設定されているなんて、その時まで知らなかったから。本当に、日本の銀行って勝手よね」
「まあ、すっかりいつもの裕ちゃんに戻ってるみたいだから、安心した。気を使ってくれてありがとう」
「気を使う? なんのこと?」
「はいはい。で、あのお金を、何に使ったのかは、もう少し待って。今月中に、進退を決める。そしたら、全部話せると思う。じゃあね」
「ちょっと、来夢」
母は、何か言いたいことが有ったみたいだけど、電話を切った。
母が言おうとしている事は分かっている。私に彼氏を作りなさいといういつもの小言。
母は、ダッドのお蔭もあり、あんな絶望的な状況から、立ち直って、社会復帰できるまでになった。
だから、私だって、考えている。
眼鏡デブは、正直、生理的に受け入れないけど、デビットはニートのハッカーなのに、何故か顔も広いし、本当に頼りなる。この会社設立だって、デビッドがいなければ、頓挫していた。
彼の顔を見る度に、なんか文句を言いたくなるけど、それはダッドの説だと、対等な関係で、彼の事を真剣に、愛しているからとなる。
私自身、彼の事を大好きな自分がいるのにも、気づいている。
私も今年の五月で三十二歳になるし、贅沢は言っていられない。
眼鏡デブなのは、この際、我慢して、彼が交際を望んできたら、付き合ってもいいと今は思っている。
彼と交際すれば、幸せになれるような気もする。
それに、よく見ると顔立ちは悪くない。彼がダイエットするとは考えられないけど、痩せてコンタクトにすれば、なかなかの美形。
私が憧れるパパとママの様な仲良し夫婦ではなく、裕ちゃんとダッドのような直ぐに喧嘩する関係になってしまいそうだけど、それもこの際、我慢するべきなんだろう。
ただ、デビットは、奥手で、恥ずかしがりの性格なので、同僚以上の関係になろうとは、踏み込んでこない。私に気があるのは、間違いないのに、断られるのが怖いみたい。
丁度、もうすぐ、バレンタインデー。私が本命チョコを渡して、好きですと告白すれば、いいだけの話。
でも、今一、決断できない自分もいる。
もう若くないんだからと、自分に言い聞かせても、デビットは、私が二十代だったら、絶対に眼中にない男だから。
母に言った進退と言うのは、いつ会社を辞めるかだけど、デビットと付き合うかも含めて、今月中に結論をだすつもり。
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