大好きだけど

根鳥 泰造

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第二話 ライムライトの灯

宿題に汗染み 主(あるじ)泣かせの弱冷房

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 依頼者の身辺調査から戻ったが、汗が引かない。
 今月から社長命令で、エアコンの設定温度が二十八度に決められた。
 これじゃやってられない。
 設定温度を二十六度に変更しようとしたら、未来に怒られた。
『君は冷え性かもしれないが、外から帰ってきた人には二十八度は厳しいよ』
 そう言いたかったが我慢した。
 どんなに虐げられたとしても、昭和とは違い、今の男は、じっと耐え忍ぶしかない。

 PCを起動して、メールを見ると知らないメールがあった。
 送付主のアドレスは、意味不明だが、メールの内容を見る限り、来夢からだった。
『 お義父さん、
  ロボット工学の専門家なら、詳しいと思い、メールしました。
  添付のシステムに対する意見を、参考までに聞かせて下さい。
  ふつつかな母ですが、私の大切な母です。よろしくお願いします。
                     来夢     』
 でも、彼女は、私のメールアドレスを知らない筈だ。来夢を語って、添付ファイルを開かそうとしている可能性も否めない。
 幸い、今日は日曜日。裕子が自宅にいる。

 私は、メールを裕子に転送して、「来夢を名乗ってるが、スパム添付つきの不審メールと思われる。どうしよう」とのコメントを送付した。
 ニューヨークは、深夜十二時を過ぎているがは、来夢に連絡を取って、確認してくれる筈だ。

 そう思って、昴システムでの自動人探しの設定を始めたが、何時まで経っても連絡がない。
 メールしてから、既に三十分が経過したので、電話を掛けようと思ったところに、裕子がやってきた。
「裕ちゃん、どうしたの」
「会社では、社長でお願いします。ちょっと所長と打合せ」
「もしかして、入籍に向けての打合せ?」
 既に二月二十五日に入籍したと、家族の皆には伝えていたが、裕子が未来に本当のことを話してしまったらしい。
「あなたには、関係ないこと」
 裕子は未来を睨みつけて追い払った。

 二月二十四日の日曜、室生犀星文学賞の最終選考会があり、私の応募作『彷徨の果て』が新人賞を受賞するのではと、神谷邸に家族皆で集まった。
 その席で、入籍したと伝えるつもりで、その朝、二人で婚姻届けの提出に行ったのだが、私の戸籍謄本が必要だと言われ、婚姻届けを突き返された。
 そんなわけで、翌日、戸籍謄本を獲りに行き、一人で区役所に提出する予定にし、その日は、「明日、二月二十五日に入籍します」と発表したという訳だ。
 だが、未だに私と裕子は戸籍上は赤の他人。
 二十五日は、ポプラ社主催の別の文学新人賞の応募締め切り間近だったので、ついその小説に掛かり切りになり、役所に行かなかった。婚姻届けは、一応、見つからない様に隠しておいたのだが、裕子に見つかり、喧嘩になって破かれてしまった。
 その後、三月にも、二人で提出に行ったのだが、その時も些細な事で喧嘩になり、未だに入籍していないと言う訳だ。
 でも、実質夫婦なので、何も気にしていないし、このままでもいいと思っている。

「電話で確認を取りました。本人が送付したと言ってたので、間違いありません」
 裕子が、つかつかと私の所に歩み寄り、そう告げてきた。
「でも、どうやってあなたのメールアドレスを知ったのかと訊いたら、『Set a thief to catch a thief』って言って来たの。大丈夫かしら」
「やはりか。困った子だ」
『蛇の道は蛇』さまかと思ったが、彼女がザ・ライムライトというハッカーだった。
 ということは、先月、彼女が日本に帰ってきた時に、私のPCをハッキングして、私のメールアドレスを入手したという事になる。
 まだ裕子にも話していない若返りの調査資料も見られた可能性が高い。困ったものだ。
「ねぇ、何か知ってるの?」
「彼女の秘密みたいだから、例え裕子でも、自分からは言えない」
「来夢にも言わないから教えないさい。社長命令です」
 普段は強権発動しないのに、やはり、娘の事だと感情的になる。かわいい。
「じゃあ、ヒントを上げる。恐らく、大学かその前かもしれないけど、かなり長い事、彼女はその趣味にのめり込んでたみたいだ。アメリカに行って、その道の達人に出会い、師匠として崇め、その趣味の技術を昇華させた。ハンドルネームは、ザ・ライムライト」
「それじゃ、何の事か、分からない」
「ハンドルネームだよ。解るでしょう。彼女の部屋を探して見れば、その片鱗は見つかる筈だし、今のをネタに、彼女を誘導すれば、真相は明確になるはずだよ」
 裕子が解らないはずはなく、認めたくない意識が『解らない』と言う発言になっている。
 これで彼女がどう動くのか、観察したいが、残念ながら、今は仕事中だ。

 仕事がひと段落したので、まだ営業時間だったが、来夢のお願いに応えることにした。
 来夢のメールに添付されていたPDFファイルを開くと、『インターネット回線を使ったバイラテラルマスタースレーブシステムの研究』と言うタイトルの英語の研究論文が表示された。
 バイラテラルマスタースレーブシステムとは、ロボット学会ができた当初、災害救助や送電線作業等、危険環境での遠隔操作型ロボット技術として、しきりに研究された作業時の力感覚をフィードバックできる技術の事だ。自立ロボットが全盛となり、すっかりすたれた研究だが、来夢がこんなものを送ってきた意図がさっぱりわからない。
 
 論文は、遠隔操作型ロボットの構成原理をインピーダンスモデルに基づく対称型構成で実現するものだった。
 一般には力帰還型と呼ばれるフィードバック方式を用いるが、これだと同時性に問題があり、対称型構成が望ましいという趣旨を数式展開して説明し、理論だけで妥当性を論じている最低の論文だった。

 来夢は、研究開発なら何でもいいと言っていたが、流石にこんな研究をしようとしてるとは思えない。
 もしかして、あっちの趣味の関係で、相棒となる仲間を探し始めたのではという嫌な予感がした。
 なら、徹底的に阻止するのみ。コメントする価値もない論文だが、徹底的にこき下ろし、こんな男と手を組んむべきではないと、暗に教えてやることに決めた。

「P2Pと違い、インターネットは遅延時間を一定に保てない可変無駄時間系になる。力の安定限界をなすインピーダンス限界が事変するので、筆者の考え方は正しい。ただ、遠隔操作の本来の意図は、操作対象の未知の固さや柔らかさを操作者が認識して、判断を操作者に伝える事が目的である。そこに、安定系をなすためのインピーダンスモデルを直列すると、対象がそれ以上の固さであっても、安定化インピーダンス以上を認知することはできず、無意味である。こんな手法をとるなら、遠隔ロボットに作業指示だけ出し、遠隔ロボットが指示に従うように、勝手に判断して、自律作業させる方がずっといい。また、論文のまとめに、ネットゲームでの適用を期待できると書いてあるが、この場合には次のやり方の方を推奨し、本論文は無意味と判断する。
■ ネットゲームでのマスタースレーブシステムの一考察
 ゲーム内の対象モデルは既知なので、その作業対象のインピーダンスモデルをクライアントに転送し、転送された作業対象のインピーダンスモデルと実マスタとのマスタースレーブシステムを構築させる。スレーブ側には、マスタ位置のみ送信し、その位置により、作業対象インピーダンスが大きく変化する事態がおきれば、それをクライアントに転送する。このやり方が最も安定で臨場感を創出できる」

 そうコメントして、送ると、翌日、短いメールが届いた。

「 Dear Dad.
   Thank you nice suggestion, and speak ill of grave paper.
   Please may you help me next.
   I love my Dad. 
   by The Limelight 」

 何で英語なのだ。それに、ザ・ライムライトと名乗っている。
 本当にこの子は、なにを考えているのかわからない。
 裕子とも違う絶世の美女で、可愛い娘ができたと、喜んでいたが、とんでもない娘ができてしまった。
 長女の夕実も、困った分からず屋の娘で苦労させられたものだが、来夢は別の意味で、苦労させられそうだ。
 気丈でしっかりしていて、裕子の性格と、似てるのかと思っていたが、とんでもない能天気で、思慮が全くない。自分ではしっかり考えて行動しているつもりで、つい感情に流されて失敗してしまうタイプだ。
 そういえば、裕子が、何度も男に騙されたとも言っていた。
 頭はいいみたいだが、簡単に人に騙されてしまうタイプと言う事だ。
 あんな美女で、胸もそれなりに大きいので、身体目当てに、言い寄って来る悪い男も沢山いる。
 仕事一筋に頑張ってきたので、被害は少なく済んでいるようだが、ハッカー仲間と秘密組織をつくって、チームで活動を始めるとなると、そいつらの餌食になりかねない。
 ダッドと慕ってくれるのは嬉しいのだが、今後を考えると頭が痛い。

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