大好きだけど

根鳥 泰造

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第二話 ライムライトの灯

チューリップ 蕾に潜るカメムシあり

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 その後も、片っ端から、研究所のある企業に就職希望を打診し続けたけど、やはり無理。もっと若ければ、可能性はあるのかもしれないけど、三十歳の日本人女性の未経験者だと、採用してもらえない。
 
 かといって、折角、ダッドが背を押してくれたのに、諦めたくはない。
 そこで、発想を転換することにした。
 どこも採用してくれないなら、起業すればいいだけの話だ。
 
 そんな訳で、四月になってからは、起業家セミナーにも参加するようにして、真剣に起業について勉強を始めた。
 起業するとなると、経営に関する知識も必要だし、設立資金も必要。銀行融資を受けるには、利益を上げる中長期計画も必要となる。
 仕事内容は、初期費用がさほど掛からず、ニーズがあり、確実に利益が見込めるものでなくてはないので、ネットワークシステムの提案・構築・保守・点検サービスにした。
 ただ、それだと、今まで四葉でやってきたソリューションビジネスと変わらない。新規参入しても、勝てるだけの、差別化技術が必要になる。
 幸い、私には、ハッカーで鍛えたネットワークの脆弱性を見抜く技術や、突破の際に何に手間取るかの知識を持っている。それを生かして、今まではコストがかかると却下され続けてきた技術を敢えて売り込んでいけばいい。ハッキングのアラート、二重防壁等の脆弱性を防ぐ技術は、多少コスト高になるが、長期的に見れば、むしろ安く、かつ、信頼や安全を確保できる。
 この点を訴え、他にない堅固なネットワークサービスを提供することで、差別化する。
 これならニーズはあるし、設立資金もさほど必要なく、利益は上げられる。

 ただ、私がしたいのはあくまで研究開発。そんなサービスを提供したいなら、今の職場で上司を必死に説得すればいいだけの話だ。
 だから、私の会社には、有益なセキュリティー技術を開発して提供する研究所も備えたい。次世代ネットワーク事業の為に、ネットワーク研究所が必要と訴えれば、銀行も納得してもらえる。
 ただ、研究所を作るとなると、問題が多くなる。
 マンハッタンのビジネスビルは、その消費電力上限が決められていて、大量に電力消費する研究ができないのだ。つまり、郊外に自前の会社を建てなければならなくなる。
 ニューヨークの地価は高く、郊外の五十平米程の小さな倉庫ですら、三十万ドルもする。これでも格安で、百平米程の施設なら、百万ドル越えはあたりまえだ。

 買い取るのではなく、賃貸交渉する手もあるが、その場合、賃貸料負担が大きくなり、利益が見込めなくなる。
 そうなると、銀行の融資の際に、真っ先に切られかねない。利益をあげるためには、金食い虫と言われる研究所は、どんなに必要性を訴えても納得してもらえず、切れと言われる。

 やはり、あの倉庫を買い取る前提で、融資を受けるしかないが、リフォーム代、会社の備品等の準備等も考えると、三十五万ドルもが必要となる。
 これだけの高額になると、銀行も簡単には融資しないのは明白だ。
 
 それでも、ダメもとで銀行の融資を受けようと、どんな会社の設立を目指しているのか、どの程度の利益が見込めるか等を資料にまとめ始めた。
 その際、ふと、起業は何も一人でする必要はないと思いついた。複数人で共同出資した会社をつくればいいという簡単な事を見落としていた。
 早速、共同出資者集めをしようと思ったが、その出資者集めのためにも、私の利益見積もり等が妥当だという事前確認を取っておきたい。

 そこで、六月になると直ぐ、その確認の意味から、銀行に三十五万ドルという無茶な融資をお願いに行った。
 次世代ネットワークの会社を設立したいと、プレゼン資料をもとに熱弁を振い、長中期計画書もきちんと説明した。
 すると、予想以上の好感触。銀行でもハッキング対策に手を焼いている様で、より安全なネットワークを構築できるのなら、ニーズは山のようにあると、言ってくれ、面白い計画だと言ってもらえた。
 危惧した研究所についても、次世代ネットワークを模索する研究開発は必要だと、受け入れてもらえた。
 ただ、三十五万ドルもの融資となると話は別。資料を何点か補足・修正したとしても、融資はとおらないという話。
 どの程度の額なら、融資してもらえるかを相談すると、二十万ドルが限界だろうと言われた。
 でも、逆にいえば、私の方で、十五万ドルを準備できれば、会社をつくることができると言う事になる。

 そういう訳で、私の見積もりは誤り出なかった確証も取れ、今度は、共同出資者を探すことにした。
 そこで思いついたのが、ハッカー仲間。三人集めれば、一人五万ドルの出資で、起業できる。

 そこで、私が良く情報収集に使わせてもらっている、ハッカー仲間が集う秘密のチャットルームに、ザ・ライムライトのハンドルネームで、初めて書き込みしてみた。
 今までは、アストロボーイの弟子と名乗っていたが、少し名の知れたライムライトの名前を出した方が、仲間が集まり易いと考えたのだ。
「これからは、ネットワークシステムそのものを構築・普及していく時代になる。そのためには組織的に活動する必要があり、そういう次世代ネットワークサービス事業を起業したいと思っている。一緒に新たな会社作りを検討してもらえませんか」

 だが、何時間経っても、誰からもレスがない。
 ライムライトはそれなりに有名で、このチャットルームでも何度も噂になっていたのに、本人と思ってもらえなかったのか、完全に無視された。

 やはり、こんなところに書き込んでも、同志は見つからないかと諦め、寝ることにして、シャワーを浴びて、戻ってくると、私のメーラーが着信を知らせてきた。
 現在、ニューヨークで一番注目されているハッカー『ジャック・オブ・スペード』が、あのチャットルームの発言に対し、コメントしてきたのだ。
 勿論、彼とは一度もメールのやり取りをした事がないし、身バレしないように、個人情報は一切公開していない。メールアドレス検索ツールでも、私のアドレスが絶対にピックアップされない様な対策がしてある。
 まさかと、アクセスログを確認すると、やはり私のPCに侵入した形跡があった。私のPCの情報をごっそり盗まれたかと思うと、ぞっとしたが、とりあえず、そのメールの内容を確認することにした。

「お前は馬鹿か。FBIもモニターしているんだぞ。そんな秘密組織を創ろうなんて書き込みして、応じる奴がいるか。ライムライトといえば、少しはやるホワイトハッカーだと思ったが、とんでもないガキだったみたいだな。二度と変な書き込みするんじゃない。大人からの忠告だ。
 それと、ハッカーがどんな奴なのかの本質が分かっていない。F2Fの必要性はよくわかるが、人間との関わりを嫌い、誰からも干渉されずに自由に生きたいという考えが、ハッカーの根底にある。ダミー会社なんか作るメリットが希薄なんだよ。
 ハッキング技術は優れていても、ガキは世間を知らなすぎるから嫌いだ」
 それを読んで、猛烈に頭にきた。
 勝手に誤解して、何も分かっていない。偉そうに書いてあるけど、彼こそ、私の意図を全く理解していないおバカそのもの。
「ダミー会社を作るのではありません。我々は、今のネットワークシステムそのものを熟知しているがハッカーです。だからこそ、次世代のハッキングに強いネットワークシステムを作り出せると思うのです。その有志を集めたい。そして、そんな新たなシステムを開発するなら、ネットを介してのやり取りでは限界があります。互いの情熱、雰囲気、表情、面と向かって喧嘩する位に熱くなって議論をぶつけ合わないと、良い物には生まれません。だから、将来のネットワーク技術を研究開発する秘密研究所を作りたいだけです」
 怒りを隠し、大人の文面で返したからか、次の文面は全く口調が変わっていた。
「大変失礼した。あまりにおバカな発言だったので、学生だと思っていた。ちゃんとした社会人らしいので、こちらも馬鹿にしたことを詫び、改めて、議論の場を設けることにした。俺の秘密のチャットルームに招待する。パスワードは、添付の暗号を解読して入手すること。ライムライトの実力なら簡単だろう。PWは英数大文字8文字。検討を祈る」
 ちゃんと議論の場を設けると言ってくれているが、これは私への挑戦状。このパスワードを見つけ出し、アクセスするまで、どれくらいの時間が掛かるかを試している。
 美容のためにも、もう寝ないとならないが、私は負けず嫌い。明日というか、もう今日だが、日曜日で仕事は休みなので、その挑戦を受けることにした。

 先ずは、ウィルスを警戒しつつ、添付のアドレスを開いてみると、確かにパスワード入力を要求された。
 だが、パスワードがわからなくても、裏技で、パスワード入力後に展開されるアドレスにショートカットできることもある。
 構造確認してみたが、そんな簡単な構造にはなっておらず、きちんとパスワードを探り当てないと、チャットネームにはアクセスできないと判明した。
 そこで、添付ファイルをコピーし、念のため、スタンドアローンのノートPCで開いて確認した。
 これにもウィルス等は仕込まれておらず、謎の八行の詩が書かれていた。

  自由の女神の背後の巨塔、その名を関する秘密のB45
  デンマークのがっかり名所 童話の主のベイカリーC119
  …… 中略 ……
  リバティ島の女神の足元、流れる川の社名のD128

 何じゃこりゃと思ったけど、なんとなく何をさせたいのかの意図はつかめた。
 詩に書かれている会社にハッキングして、ある情報の先頭の一文字を八個集めろと言っている。
 自由の女神の背後に塔などないので、何のことかと思ったが、フランスの自由の女神。つまりエッフェル塔のことで、エッフェル等の公式サイトにアクセスし、秘密のB45の情報を読み出せと言っている。
 秘密はおそらく隠しサイトの事だが、B45の意味が分からない。
 何だろうと考えていると、チェスのB4の様なアクセス先情報を現わしているのではと気づいた。
 つまり、構造ツリー解析した二番目のサーバーの四番目のフォルダの5番めのファイルを差しているにいるに違いないと推察した。
 早速、ハッキングして、関係者だけがアクセスできる隠れサイトを見つけ出し、その構造ツリーを表示させ、構造ツリーのB4位置に当たるフォルダーへのアクセスを試みる。
 なかなか、しっかりとファイアウォール設定されていて、ハッキングするだけでも一時間以上も掛かってしまったが、その上から、五番目ファイルをとりあえずコピーした。

 同様に、アンデルセンのホームページから、その掲載元提供したサーバーを探し、そのサーバーを同様に構造ツリー分析して、C1位置のフォルダを開いて、十九番目のファイルをコピー。
 ここはザルで簡単に忍び込めた。

 でも、最後のハドソンは、ゲームメーカーだけあって、厳重に何重にもセキュリティーが掛けられていて、四時間もかかってしまった。
 集めたファイルを再びウィルス警戒して、開き、先頭一文字を拾って、パスワード入力してみたが開錠に失敗。
 最初は一文字目、次は二文字目、と集めてみると、『WELCOM8』となり、漸くログイン可能になった。

 でも、八時間もかかったためか、そのチャットルームには誰もいなかった。
「もう、あんなに頑張ったのに、何よ」
 徹夜して、眠くて仕方がなかったので、寝ることにして、シャットダウンしようとすると、再びジャックからメール。
「さすがは、新進気鋭のライムライトだ。その実力、認めよう。今晩十時、例の件で、私の仲間たちとで、議論することになっている。かなり非難され、攻撃されると覚悟して、参加する様にしてくれ」
 再度チャットルームにログインしてみたが、やはり誰もいない。
 恐らく、アクセスすると、自動メール送信されるように設定していたのだろう。
 つまり、私が、アクセスするまで、二十時間程度かかると予想して、今晩十時に集まることにしていたことになる。
 なら、八時間でアクセスしたのは、予想をはるかに上回ったという事。
 少し機嫌が直ったけど、ジャックはいけ好かない男にしか思えない。
 私がPCを立ち上げたまま、席を外してしまったのがいけないのだけど、私のPCの情報を持っていかれた。
 今、ニューヨークで一番注目されているハッカーかもしれないけど、あいつには、きっちり仕返ししてやる。
 私は、そう考えて、寝りについた。

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