大好きだけど

根鳥 泰造

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第二話 ライムライトの灯

初ハグに 義父戸惑いて 頬を染め

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 一月二日の昼、三人で残りの御節を食べつくそうと話をしていた時、母の会社から電話があった。
「泥棒が入ったらしいの。ちょっと様子を見て来るから、二人で仲良く過してね」
 そう言い残して、出かけて行った。
 毎日、この人と話をしているものの、それは母との会話のついであって、二人だけで会話するとなると、正直、困ってしまう。
 でも、会話しないで、御節をただ摘まむだけと言う訳にもいかない。
「慶桜だったよね。何学部?」
 彼もそう思ったのか、先に話し掛けて来た。
「情報システム工学部」
「えっ、四葉商事に入社したから、文系だと思っていた」
 確かによく言われる。でも、バリバリの理系女子で、私は研究開発が大好き。
「裕ちゃんには内緒だけど、本当は日電通に行きたかったの。でも電機業界って給料が安いじゃない。あの時は、なによりお金を稼ぎたかった。だから商社にした」
「日電通で何をやりたかったの?」
「フォトニックネットワーク」
「光ルーター?」
「理系の知識は凄いって聞いていたけど、本当だね。光ネットワークとの違いを説明しなくて良い人なんて、会ったこと無いよ」
「何時も、OOO、OEOの説明と、ETCでの渋滞緩和の説明からするんだ?」
「そう。本当に、説明不要で、助かる」
 Oは光、Eは電子。全て光で処理できると、高速スループットを得られるが、現状の光ネットワークのルーターは、一旦、受光素子で電気信号に変換して、半導体レーザーを駆動するので、そこが料金所の様に渋滞の原因になる。この分野でよく用いる説明。
「じゃあ、エバネセントでヘッダーを読む技術の開発をやりたかったんだ」
「なにそれ。エバネッセント?」
 初めて聞いた用語で、興味が湧いた。
「なんでもない。忘れて」
「いやだ。気になる。エバネセントって何?」
 彼は、水の入ったコップを持ってきて、上から覗くように指示をしてきた。
 コップの中は鏡の様になっていて、反射して何も見えない。全反射角以下なので当然そうなる。だが、突然、そこに彼の指が現れた。
「これがエバネッセント効果。コップの表面に指を接触させると、厳密にはサブナノメーター以下に近接させると、近接場光と呼ぶ光のトンネル効果が起こり、その透過した光が再び戻って来て、物体を認識することができるようになるんだ」
 その光のトンネル効果、近接場光がエバネセントというものらしい。
 私は応力歪か何かで、反射角が変わったんじゃないかと、自分で試してみたけど、軽く触れるだけで、確かに指が視認できる。
「わかった。レーザーを全反射しながら同時に識別できるってことね。で、それをどう使うの」
「それは、秘密だから言えない。この効果をどう使うか、それは極秘事項だから」
「ケチ。でもそうだよね。自分で考えなくちゃね」
 まさか、ここで私の知らない新たな方式を教えてもらうとは思いもしなかった。

 その後も、つい興奮して、彼がこの分野をどうやってそんなに詳しく知っているのか問い詰めた。
 彼の大学の同期が、その研究を極秘でしていたらしい。
「で、四葉ではなにやってるの。北米四葉商事なんだよね」
「ちょっと違う。YIBSって、四葉商事の分社子会社。四葉商事ビジネスソリューション。そこで、ネットワーク・インテグレーションを担当してるの。今年、七月に主任に昇格したばかり」
「三十歳だよね。もう主任なの。凄いね」
「でも、もうやめちゃおうかと思ってる。母には内緒ね」
 私がウィンクすると、彼が、はっとした表情を見せた。意外と純真らしい。
「フォトニックネットワーク開発を遣りたいの?」
「必ずしもそうじゃなくて、研究開発なら何でもいいの。会社が私の事を一人前と認めてくれるまでは、辞めちゃいけないと頑張ったけど、主任になれたから、会社を辞めて、何か自分を活かせる好きな仕事にチャレンジしようかなって。商事会社じゃ、異動しても、自分の能力が活かせる場所は無いから」
「確かに裕子には、理解されないね。でも、自分は応援するよ。長い人生だ。お金があるに越したことはないけど、やりたいことを思いっきりやれる方が幸せだ」
「ありがとう」
 私はつい嬉しくて、ここは日本なのに、彼にハグしてしまった。
 この齢だのに、心臓がドキドキと高鳴り、真っ赤になっていて、意外に可愛い。
 裕ちゃんをメロメロにしたというから、かなりの女慣れをしていると思っていたけど、母同様に異性経験が少ない人だったみたいだ。

 第一印象は最低だったけど、今はもう神野昴という男が大好きになった。
 最初の日に、既に義父になるのもしかたないなと納得したし、母がこの人を選んだ理由はわかった。凄い才能を持ち主の、天才タイプの変人であることも、よく理解した。
 でも、こうやって改めて二人きりで接する機会を得て、私もこの人が大好きになった。
 さっきの言葉で、私がずっと悩んできた心の迷いが振りきれ、独立の決心がついた。
 技術系の相談や、将来の不安も含め、私を温かく包んでくれる。
 この人こそ、私のダッドに相応しい、そう確信した。

 その後は、ネットワークセキュリティーについて、教えて欲しいと、彼が、いろいろと訊いてきた。
 最初は先生気分で教えていたのに、色々と突っ込んだ質問をしてきて、白熱した議論になった。
 こんなに夢中になって話せる相手は、私のハッカー仲間しかいなかった。
 楽しい。私の事をもっと知って欲しい。
 流石に、これは内緒にしておくべきだったのに、つい、私の趣味に話を振ってしまった。
「お義父さんて、オタクよね。それで、ロボット工学の権威でもあるなら、アストロボーイってハッカー知ってる?」
「オタクって人種じゃないけど、否定はしない。鉄腕アトムは知ってるけど、ハッカーは知らない。いや、昔、会社の後輩が雑談してたのを聞いたことがある。アメリカのハッカー集団のなんとかと言う組織に、アストロボーイを名乗ってる奴がいるって」
「お義父さん、やっぱり最高。話が合いそう」
 すっかり、お仲間の気分で、ぺらぺらと話てしまった。
 嘗て、ニューヨークを荒らしたとあるハッカー組織のハンドル名アストロボーイと言うのが居て、最近、そのアストロボーイの弟子を名乗るハッカーが現れたことを彼に話した。
「うちのセキュリティーの欠陥をついて、脆弱性を指摘してきて、担当は右往左往して対応に追われてるの。脆弱性を指摘するだけで、クラッキングはしないから、ホワイトハッカーなんだけどね。ザ・ライムライトって聞いたこと無い?」
「チャップリンの映画や、最近はやりの光美顔治療器なら知ってるけど」
「その光美顔器って何よ」
 そんな話をしている時に、母が帰ってきたので、あわてて話を打ち切った。
 母には絶対に知られてはならない。
 ダッドは、私がそのザ・ライムライトだと、直ぐに分かったみたいだけど、知らない振りをしてくれ、内緒にしてくれた。
 本当に、裕ちゃんの人を見る目には感心するばかり。本当に最高のマイ・ダディーだ。

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