大好きだけど

根鳥 泰造

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第一話 蜘蛛の糸見つけた

粋がるも親がつきそう雀の子

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「今月で見習いは終了です」
 働き始めて一月も経っていないのに、三月末に、裕ちゃんからそう言われた。
 当初は五月末まで見習い期間だったが、四月から正規雇用となる。社会保険やボーナスも着き、一人前の社会人になる。
 これも、所長に認められたお蔭だ。

 実は、五日前の水曜日に、四度目の腕相撲挑戦で、ついに所長に勝つことができた。たかが腕相撲に勝ったくらいで、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
 ただ、まだ本当の意味で勝てたとは思っていない。
 今回はトップロールで何とか押し切ったが、所長は今回も正々堂々と力較べで勝負してきたからだ。
 テクニックを知らないのだと思っていたが、三度目の対戦の後、俺のへたくそなサイドアタックを見て、トップロールはきちんとできているが、サイドアタックはなっていないと、そのコツを教えてくれた。
 ちゃんと使えるのに、使わないで力勝負していたのだ。
 だから、俺もテクニックを使わない真っ向勝負で、所長に勝てるようになりたい。
 残念ながら、力勝負だけなら、俺はまだまだ所長には敵わない。
 磯川部長の指導の賜物で、急に腕が太くなって、胸も、腹も以前とは見違える程に筋肉が付いた。
 この家には、スポーツジムの様な三十平米程の側面鏡張りの部屋があり、ランニングマシーンやバイク以外にも、筋トレマシーンまであるのだ。
 最近は、肉体を鍛える事が楽しくなってきたこともあり、こんな恵まれた環境にあるので、もっと力をつけて、いつかまた所長と挑戦して、磯川部長みたいに、力較べで勝てる様になりたい。

 そういう訳で、今は二階の一番奥の客間が、俺の寝室となった。
 壁一面がクローゼット式の収納になっていて、窓から庭が一望でき、セミダブルのふかふかの高級ベッドもあり、八畳もの広さがある。バス、トイレは共用だが、洗面所とシャワールームはあり、隣が例のトレーニングルームなので、その面でも便利だ。
 こんな広くて快適な部屋を只で使わせてもらえるなんて、本当にありがたい。
 ただ、夜中に、磯川部長の次男、祐輔ちゃんの夜泣きで起こされる。
 車庫の方は、親父さんが防音対策してくれたお蔭で、裕ちゃんの悩ましい声に煩わされることも無くなったので、車庫の方が良かったかもと思わなくもないが、これから夏になってくことを考えると、空調の効いた今の部屋を素直に喜びたい。

 そして、正社員となった四月一日の火曜の夜、寝ようとしていると、突然、ドアがノックされた。
「どうぞ」
 身体を起こして、ドアの方をみると、裕ちゃんが立っていた。
 深緑のネグリジェ姿で大きな胸に乳首が透けて見えている。
「ねぇ、この間、あなたのおちんちん、見せてもかまわないっていってたでしょう」
 未だ零時前なので、エープリフールの冗談かとも思ったが、どんどん俺に近づいてくる。
 二週間程前、二重人格だとか言ってきたが、どうやら今日のための前振りだったみたいだ。
 スケベ女だというのを、別人格のせいにして誤魔化そうとしている。
「ねぇ、良いかしら。なんだったら、お互いに裸の見せ合いっこしましょう。セックスは今してきたから、しないけど」
 俺は、組に入ってから、よくAVの助っ人仕事に召集されたので、裸を見るのも、見られるのも慣れっこだ。セックスしないなら、別に見なくてもかまわない。
「いえ、どうしてもと言うなら、俺の息子を眺めて、それで帰って下さい」
「ホントに、それでいいの」
 私は、寝間着の下とパンツとを下げて、彼女に見せた。
 AVの助っ人に召集される理由でもあるが、自分のはデカい部類にあたる。
 彼女がなぜ、それを知っているのかは不思議だが、そこは不思議ちゃん、女の感で予測したのだろう。
 エッチ好きの女は皆、立派な一物を見たい衝動がある。
 どうだ、所長の一物より、一回りデカいだろう。そう自慢げに見せつけた。
 彼女は、元気に反り立った息子をまじまじと眺め、手で持とうとして躊躇してやめた。
「なんだ、主人と同じサイズじゃない。竿は少し長いけど、先端はうちの人の方が大きい。思ってたより、大きくなかったわ」
 そういい残すと、そのまま部屋を出て行った。
 突然、あんな恰好で部屋に来て、人にペニスを見せろと言う不思議ちゃんで、それを眺めて貶していく。
 裕ちゃんからは学ぶべき点も多々あり、母の面影もあるが、その本性は最低だ。あの叔母と大して変わらない。所長は、ぞっこんなのだろうが、あんな最低女は、俺が尊敬する所長には似合わない。
 それにしても、所長は、あそこもデカかったのか。やはり、何もかもが大物だ。

 翌朝、俺は、何時もより一時間早く目が覚めた。
 昨晩の所為で、ムカついてなかなか眠りにつけず、睡眠サイクルが狂ったみたいで、目覚しよりも早くめが覚めてしまった。
 しかし、流石に今から二度寝すると、きちんと起きれる自信がない。
 洗面所で顔を洗い、歯磨きして、服を着替えて、かなり早かったが、居間に行こうとしたら、所長と裕ちゃんが言い争いしていた。
 俺は、居間に入るのをためらい、物陰からその様子を伺った。

「だから、何時もの様に、興味のない会話にきちんと耳をかたむけられるかで」
「そうやって、自分を正当化する気なのね。判断ミスしたとは認めない気ね」
「わかったよ。御免。彼女にだまされました」
「それじゃぁ、私が無理やりに謝らせたみたいじゃない。今後のためにも具体的にどうやって、どうだったから、判断ミスしたと分析しないとダメでしょう」
「君は話をきいてないから、多分、説明しても、わからないよ。改造スタンガンで自分を襲ったヤクザが目の前でリンチされた話とか、家族を脅迫された話とか、もう一人の裕子じゃ絶対に興味がない話をして確認をとった」
「結局、あの日の話をしただけで、確認行動はとらなかったってことじゃない」
「だから、あんなに真剣にきくから、お前だと思うだろう」
「あの子も、貴方に起きた事には興味があるの。だから、聞きたがって当然でしょう」
「でも、マグロ女の話も興味をもってたし」
「マグロ女ってなによ。私は話きいてないんだから」
「だから、ごめんって謝ってるじゃないか。それとも、今日もしたいのか」
「来週まで我慢できるわよ。馬鹿」
 裕ちゃんの言ってたことは本当で、二重人格者だったみたいだ。
 とすると、昨日のあの女は、もう一人の裕ちゃんだったのか。やっばり、本当の裕ちゃんは最低な女では無く、尊敬に値する人だった。
 そう安堵したものの、本当に記憶がないのか、確認したい衝動が湧いた。

「おはようございます」
「あら、随分、早いのね。朝食の準備はもう少しだから。待っててね」
 今まで、喧嘩していたのが、嘘のように仲良くなっていた。
 彼女が食事をテーブルに並べ始めたので、俺も手伝いながら、親父さんに聞こえないくらいの小声で訊いてみた。
「昨日の夜のこと、覚えてないんですか。裸の見せ合いっこしたでしょう」
 彼女は、運んでいた料理を落としてしまうほど動転した。やはり、記憶にないらしい。
「どうしましょ。私としたことが」
「まだ、不器用症候群が残ってんのか」
 裕ちゃんは、うろたえながら、「ちょっと滑っただけ」と誤魔化していた。
「安君。私の身体を見るのはかまいませんが、触ったりしなかっでしょうね」
「いや、どういう反応するか、冗談を言いました。すけ乳首のネグリジェ姿で色っぽい恰好でしたが、裸になってはいません。そして、主人のサイズと同じだといって、何もなくかえっていきました」
「ごめんなさいね。変な思いをさせちゃって。嫌いにならないでね。私の事」
「大丈夫です。彼女は貴方ではないとわかりましたから」
 キッチンで、料理道具の片づけを終えた親父さんが、不審そうにやってきた。
「さっきから、何、話してるんだ」
「内緒の話」
 まあ、本当の裕ちゃんも、セックス大好きのとても激しい淫乱だという点は変わらない。

 朝食の片づけをしていると、その裕ちゃんが俺に話しかけてきた。
「安君、正社員になったんだから、今までの学生の様な恰好と言う訳にもいかないでしょう。私がスーツを買ってあげるから、自由時間になったら、私と付き合いなさい」
 おそらく、口止めのための買収に違いないが、俺も皆の様なびしっとスーツ姿への憧れもあった。

 家事を皆で、片付けて、自由時間になると、今日はトレーニングルームではなく、裕ちゃんと二人で、裕ちゃんの愛車のアクアで、外出した。
 今日は、未来ちゃんについて、いろいろと教えてもらった。
 十八歳で上京して、あの神谷邸に、裕ちゃんの娘さんと三人で暮らしていたのだとか。娘さんはちょっと、別けあって、アメリカで生活していて、夏に一週間程帰省してくるだけなのだとか。
 一から再教育して、一人でしっかり生きれるように育ててあげたのに、誰に似たのか自己中心的な困った娘だと言っていた。
 考えてみれば、俺以外は、全員、彼女と所長の子や孫なのだ。俺だけが、全くの他人で、しかも裕ちゃんにとんでもない迷惑をかけた男。なのに、スーツまで買ってもらえるなんて、恐縮でならない。

 秋葉原のとある駐車場に車を止め、そこから、「ちょっと私の買い物にも付き合って」と、銀座に移動して、裕ちゃんの買い物に付き合わせられることになった。
 
 そこで、俺は裕ちゃんの凄さを改めて知ることになった。
 神谷邸や石神井公園駅前ビルのオーナーなので、金持ちなのは知っていたが、とんでもない有名人のセレブ婦人だった。
 銀座の有名ブランドショップは、皆、「神谷様」と裕ちゃんを知っていて、三越デパートでも、支配人さんみたいな人がわざわざ挨拶にやってきた。

 日本橋の社交ダンスの会社では、「裕子さん、随分元気になったわね」と、来訪を皆が喜んでくれた。
 秋葉原のヨガ教室では、社長と呼ばれて、皆が緊張して直立し、裕ちゃんに挨拶していた。

 夕食の時、磯川さんに話を聞くと、俺らのせいで、低酸素脳症と言う、病気になったのだそう。普通の状態に戻って見えていても、脳の毛細血管が閉塞してしまっていて、脳が次々と壊死して加速していくという重態。低温治療と言うので、脳の壊死の侵攻を抑えたものの、生死を彷徨う危篤状態が続き、一週間以上も意識が戻らず、自ら経営する会社を含め、全てを辞任せざるを得なくなったのだと教えてくれた。
 それまでの彼女は、三つの会社の取締り役を務める敏腕経営者で、秋葉原のヨガ教室は、彼女が創設した会社の支店の一つと言う話だった。
「今はもう、便利屋昴の社長をしているだけだけどな」
「えっ、所長が社長だったんじゃないですか」
「お前、雇用契約しておいて、社長が誰かも知らなかったのか」
「最初に、名刺を渡したでしょう」
「まさか、代表取締役が社長だとしらなかったんじゃないよな」
 皆に馬鹿にされ、大笑いされたが、ここは皆取締役なので、代表者としてお客との相談に当たったり、契約に当たって、代表者として署名する担当だと誤解していた。
 無知とは本当に恐ろしい。
 裕ちゃんはとんでもなく優秀な経営者で、所長が惚れ込むだけの凄い人で、社長というトップの立場だったのに、俺はずっと、裕ちゃんを所長の細君と言うだけで、偉そうにしているスケベ女と思って馬鹿にしていた。
 セックス好きの不思議ちゃんには違わないが、今までのことを深く反省した。
 
 その後も、この便利屋昴を設立するに至った経緯なんかを教えてもらった。
 所長は、なんとかという小説の新人賞を受賞し、本も出版している小説家なんだとか。でも、所長の才能は、小説家よりも、長年培った天才エンジニアの才にこそある。小説は片手間程度にして、本来の才をうもれさせないようにと、この会社を立ち上げ、所長に据えたのだそうだ。
 それでも、大成功して、こんな繁盛店を経営してるのだから、裕ちゃんは本当にすごい経営者だ。
 あらためて、そう実感させられた。

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