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第四章 帰郷編
もう一人の美唯
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ピンポーン。
「こんな朝早くに、一体誰よ」 美唯は、眠い目をして、ベッドから起き出した。
目の下に隈ができ、少しやつれて老け込み、髪がぼさぼさの彼女が、バーンを異世界に送り出した方の美唯だ。
そして、スッピン、ノーブラのパジャマ姿のまま、玄関に向かい、来客確認もしないで、「はぁい」と玄関扉を開ける。
別れてからの四年半で、すっかり恥じらいをなくし、こんな格好のままでも平気な小母さんになっている。
「番なの?」
目の前の幼児のバーンを見て、彼女は涙をぼろぼろと流し始めた。
このバーンは、別の並行世界のバーンだが、ちゃんと約束の再会を果たしていた。
「只今。随分と待たしてしまって、御免なさい」
「本当、四年半も待たせて、あれからどれほど大変だったか知らないでしょう」
「御免、これでも頑張ったんだ」
「冗談よ。あなたを責めるつもりはないわ。早く、入って」
美唯は、バーンの手を引っ張って扉を閉めると、膝をついてその胸にバーンの顔をうずめる様に抱き着いた。
「ずっと待っていた。会いたかった」
「僕もだ」
バーンはその美唯の胸が一回り大きくなっていることに気づいた。
「ちょっと見ない内に、一回り大きくなったんじゃないか」
「いろいろとあったのよ。確かめてみる?」
「僕も今は無性に抱きたい気分だが、残念ながらマナ切れだから……」
「冗談よ。そんなつもりはもう無いわ。それよりお話しましょ」
そして、居間に移動して、ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、部屋を見渡すと、すっかり模様替えされていた。
テーブルの隅にあった美唯のPCが無くなっていて、ソファは撤去され、そこにバーンのPC机とPCがあり、沢山のラックが並べられている。
しかも、昔は綺麗好きで、部屋がきれいに片付いていたのに、食器は水切り籠に立てかけたままだし、DVDケースも散らかったままだ。それに、壁や冷蔵庫の扉に何かの消し痕の様な汚れがついている。
美唯が、その冷蔵庫を開けると、昔は缶ビールが並んでいた所が、オレンジジュースやリンゴジュースに、置き変えられていた。
「魔力回復薬をあげたいけど、オレンジジュースでいい? マナポは腐っちゃたからもうないのよ」
そして、バーンの前に、ジュースの入ったコップを置くと、その対面の椅子に腰かけた。
「ねぇ、あの後、ちゃんと戻れたの?」
バーンが、こっちで何があったんだと聞こうとする前に、美唯から先に訊かれてしまった。
「実は、行った先の世界は、ミユイが僕のところに嫁がなかった並行世界で……」
バーンは、モモが王妃をしていて、人族が滅ぼされていたことから順に、向こうの世界でのことを延々と話すことになった。
「へぇ、モモが王妃なんだ」と少し嫉妬の目を向けてきたが、美唯はそれ以上詮索せず、その後は、ずっと笑顔で相槌を打ちながら聞いていた。それが逆に怖くはあったが、「随分と寛容になったな」と思いながら、話を続けた。
そして、美結召喚が不可能と分り、残り時間がなくて、悩み捲ったというところまで話した時、突然、寝室のドアがあいた。
「ママ、おしっこ」
幼児バーンを更に幼くした三歳位の男の子が現れた。
「はいはい、行きましょうね」 美唯が慌てて、その子をトイレにつれていく。
唖然として、口をあけたまま、その様子を見つめるバーン。
陽斗というハネムーンベイビーが誕生していたのだが、頭の整理がつかず、バーンには何がなんだか理解できない。
だが、バーンも次第に理解していき、美結が寛容な女性に変貌した理由も納得する。
美唯が自分との子を独りで産み、シングルマザーとして、育児をしながら働き、我儘な女から、強く逞しい母になったのだと。
「あの子、だぁれ」
「前に話したでしょう。こんな姿だけど、陽ちゃんのお父さん。大魔王バーン様よ」
既に、大魔王ではなく、ただのバーンだが、そこまではまだ話していない。
「お父しゃん?」
「まさか、お前」
既に分かってはいたが、念のため、確認してみただけだ。
「うん、カナダの時、丁度排卵期だったから……。あれから大変だったのよ」
「お父しゃん、あそぼ」
バーンは、お兄ちゃんの様に、陽翔と遊びながら、美唯の話を聞くことになった。
美唯は、スピード離婚したことで、やはり周囲から冷たい目で見られていた。だが、そんなことは気にせず、仕事に打ち込み、新企画の承認を勝ち取る。そんな時に、妊娠が発覚。かなり悩み苦しんだ。彼女の企画による開発プロジェクトが結成し、そのプロジェクトリーダーになったばかりだったので、それを辞退し、後任を探さなければならなかったこともあるが、金銭的な問題から、本当に独りで産んで育てられるのかが心配だった。
あれほど欲しかった待望の赤ちゃんなので、絶対に産みたいとは思ったが、新婚旅行で貯金を使い切っていて、金銭的な余裕がなかった。
出産前後の出費に対し、収入が産休・育休での減給分があるので、バーンのデイトレ用口座から全て引き出しても、二十万円ほど足りない計算になる。離婚したばかりなので、親を頼る訳にもいかない。
彼女は、爪に火をともす様に必死に切り詰めてやりくりし、産休までになんとかその不足分を貯めた。でも、必要最低限のぎりぎりだ。
産休に入ると、両親にも妊娠が知れ、いろいろと支援してくれるようになり、生活は少し楽になったが、今度は、魔人との混血児なので、どんな子供が生まれてくるか心配で寝むれない日々。しかも、魔人との混血だからか胎児の成長が異常に早く、予定日より一週間も前の出産だったのに、四キロ以上もある巨大児で、その時の難産の産痛は激痛の域を遥かに超えていた。
でも生まれた赤ちゃんには、角はなく、見かけは人間の子と変わらず、美唯も両親も大喜び。
けど、出産後も心配は絶えない。陽翔が頻繁に原因不明の発熱を起こすのだ。病院で精密検査すると、血液検査等の検査値が、基準値外ばかり。発熱原因どころか謎が増すばかりで、医師を悩ませることになった。
そして、保育所探しも大変。お金の都合で、私営の無認可保育園には入れられないからだ。
そこで、育休は五月末まであったが、五月一日に復職にして、四月入園に申し込んだのだが、申し込み多数で落とされてしまう。シングルマザーなら最優先で入れるはずだったので、陽翔を負ぶって抗議に行くと、理由は、本来なら、五月入園申請の対象者だからだった。途中入園は、空きがないと入れないので、ひと月育休短縮することにしたのに、そんな理由で落とされた。五月入園させてもらえるのかと、講義しても、空きがあればの一点張りで埒が明かない。仕方なく、知り合いの伝手で区議会議員にもお願いに行ったが、どうにもならず、かなり遠くなるが認証保育園(区から補助金がでている私営保育園で、認可保育園より若干高い程度で入園可能)で一時的にあずかってもらい、翌四月から近くの区立保育園に最優先で入園させてもらえることになった。
そこからも大変。入園後の最初の一年は原因不明の発熱ばかりして、頻繁に呼び出され、仕事にならない。一年過ぎると陽翔は嘘みたいに病気をしなくなるが、今度は活発過ぎて手におえず、他の園児をいじめて泣かせたと、また呼出しの連続。
お蔭で、仕事も閑職に異動になってしまった。でも美唯としては、責任がなくなり、皆に迷惑ばかりかけているという罪悪感もなくなり、少し気が楽になった。
そして、未だに苦労は続いている。
「陽ちゃんは、あなたそっくりで、何にでも興味を持ち、直ぐに迷子になって、育児だけでもへとへとなんだから」
美唯はそう泣き言を漏らし、昔の様な明るい笑顔をバーンに向ける。
「まあ、あなたに散々振り回されて慣れてたから、なんとかなったけどね」
ただでさえ、シングルマザーは大変なのに、魔人の混血児という負担までかけた。なのに、元気で明るい子に育ててくれたことに感謝するとともに、あの時、自分の我儘で戻ってしまったことが、バーンは悔やまれてならなかった。
「僕が何とかすると言いたいけど、この身体だと何もできない。近いうちに、恐山に行けないかな」
「ごめんなさい。さっきも言った様に生活費に余裕がなくて。それに今の職場だと、マナポも作ってあげられない。本当に御免なさい」
今の職場は、事務仕事だけなので、勝手に材料調達し、研究者に手伝いを求めたりできないのだ。
「あっ、そうだ。今日は、築地の波除神社に行かない? 四年以上経ってるし……」
「会社は、いいのか」
「何言ってんの、今日は日曜日よ」
その後は、「戻ったばかりだからしかたがないだろう」とか、「新聞を見ればわかるのにそんなことも思いつかないの」とか、久しぶりに夫婦喧嘩して、昔の二人に戻っていた。
そして、家族三人で築地に出かけるも、魔素溜まりは微量だったし、そこの雑草を未処理のまま生で食べる訳にもいかない。
「そんな落ち込まない。ボーナスが出たら連れて行ってあげるし、フルーツパフェをご馳走してあげるから」
美唯は、落胆するバーンに、奮発してご馳走することにし、バーンも十二月のボーナスを待たずとも、デイトレードでお金を稼げばいいだけだと、漸く気づく。
お気に入りのフルーツパフェをむさぼり、足をぶらぶらさせて、バーンはニコニコと美唯が母親をしている姿を眺めていた。
それからは、美唯は、番と陽翔の二児の母として、家事と仕事に頑張り、バーンは一万円の元手からデイトレードを頑張る。この時はまだ口座の上限額までしか信用取引できない状態なので、一日の利益は千円程度に過ぎなかったが、それでも、ほぼ毎日10%以上の利益を出し続け、二週間後には、恐山までの往復交通費を遥かに上回る利益をあげる。
そこからは、大人の人間のバーンに変身して、バーンが主夫となり、陽翔の面倒や家事を行いながら、デートレイドもつづけ、美唯が休日の日は、家族三人で遊びにでかけ、幸せな毎日を過ごしていく。
バーンは、雪だるま式に資産を増やし続け、二年後には、安定して30%以上の利益をだす天才デイトレーダとして、取材を受ける程になる。その後も資本を増やし続け、三年後には、豪邸に引っ越し、最低でも月収五百万円、平均月収三千万円を稼ぎ出す時代の寵児となる。
美唯はバーンがデイトレーダとして成功したのを機に、仕事を辞め専業主婦となって子育てに専念するが、子供の手が離れると、今度はその経験を生かして子育てアドバイザーとして起業。これもそれなりの成功を収め、『子育てママの財テク』の著者として有名になる。
そして長男陽斗は、ほぼ人間だが、驚異的回復力ととびぬけた運動能力を持つ子供で、小学生の時は天才サッカー少年、水泳界の神童と呼ばれ、中学では、全国中学校剣道大会で優勝し、バレーボールでも天才セッターと注目された。高校の時は、囲碁・将棋に熱中したため、運動部はバトミントン部にしか入らなかったが、それもインターハイ優勝と、飛んでもない実績を上げる。だが、直ぐに飽きやすい性格で、一つの事に打ち込めない。誰の血筋か頭も良く、日本最高峰の医学部を主席で卒業するも、その脳外科医でも大成することなく、謎の病気を発症し、三十八歳の若さで、その人生を終える。
だが彼は父親譲りの愛妻家で、その妻との間に、二人の子をもうけ、長女は総理大臣になり、長男はノーベル物理学賞を受賞する学者となって、歴史に名を遺す偉業をなす。
美唯はその孫の成長をずっと見守り、バーンも美唯の年齢に合わせて老人に変身し、享年九十五歳の美唯の最後を見届けて、自分の世界へと旅立つのだった。
一方、バーンの世界線でも、四年遅れで二人は結婚し、バーンは、この世界線でも、天才デイトレーダとして大成功し、豪邸生活を始める。こちらの美唯は定年退職するまで〇×食品で働くが、やはり子供が欲しいと、陽斗という男の子を養子にする。
残念ながら、この陽翔には飛び抜けた才能はなかったが、一つの事を必死に頑張る努力家で、やはり脳外科医となるも、交通事故で三十八歳若さで人生を終える。
彼も、愛妻家で、二人の子をもうけ、この二人が世界の歴史に名を遺す偉業をなす。
そして美唯とバーンは、仲睦まじい祖父母として孫や嫁から慕われ、同じく美唯は九十五歳で大往生し、バーンこと山口番も、カナダに行ってくると書置きをしたたまま、旅先で行方不明となる。
世界線は異なっても、世界樹はできるだけ枝葉が増えない様に、修復作用が働き、多少の違いこそあれ、同じ様な人生に統合されていくのだった。
(了)
「こんな朝早くに、一体誰よ」 美唯は、眠い目をして、ベッドから起き出した。
目の下に隈ができ、少しやつれて老け込み、髪がぼさぼさの彼女が、バーンを異世界に送り出した方の美唯だ。
そして、スッピン、ノーブラのパジャマ姿のまま、玄関に向かい、来客確認もしないで、「はぁい」と玄関扉を開ける。
別れてからの四年半で、すっかり恥じらいをなくし、こんな格好のままでも平気な小母さんになっている。
「番なの?」
目の前の幼児のバーンを見て、彼女は涙をぼろぼろと流し始めた。
このバーンは、別の並行世界のバーンだが、ちゃんと約束の再会を果たしていた。
「只今。随分と待たしてしまって、御免なさい」
「本当、四年半も待たせて、あれからどれほど大変だったか知らないでしょう」
「御免、これでも頑張ったんだ」
「冗談よ。あなたを責めるつもりはないわ。早く、入って」
美唯は、バーンの手を引っ張って扉を閉めると、膝をついてその胸にバーンの顔をうずめる様に抱き着いた。
「ずっと待っていた。会いたかった」
「僕もだ」
バーンはその美唯の胸が一回り大きくなっていることに気づいた。
「ちょっと見ない内に、一回り大きくなったんじゃないか」
「いろいろとあったのよ。確かめてみる?」
「僕も今は無性に抱きたい気分だが、残念ながらマナ切れだから……」
「冗談よ。そんなつもりはもう無いわ。それよりお話しましょ」
そして、居間に移動して、ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、部屋を見渡すと、すっかり模様替えされていた。
テーブルの隅にあった美唯のPCが無くなっていて、ソファは撤去され、そこにバーンのPC机とPCがあり、沢山のラックが並べられている。
しかも、昔は綺麗好きで、部屋がきれいに片付いていたのに、食器は水切り籠に立てかけたままだし、DVDケースも散らかったままだ。それに、壁や冷蔵庫の扉に何かの消し痕の様な汚れがついている。
美唯が、その冷蔵庫を開けると、昔は缶ビールが並んでいた所が、オレンジジュースやリンゴジュースに、置き変えられていた。
「魔力回復薬をあげたいけど、オレンジジュースでいい? マナポは腐っちゃたからもうないのよ」
そして、バーンの前に、ジュースの入ったコップを置くと、その対面の椅子に腰かけた。
「ねぇ、あの後、ちゃんと戻れたの?」
バーンが、こっちで何があったんだと聞こうとする前に、美唯から先に訊かれてしまった。
「実は、行った先の世界は、ミユイが僕のところに嫁がなかった並行世界で……」
バーンは、モモが王妃をしていて、人族が滅ぼされていたことから順に、向こうの世界でのことを延々と話すことになった。
「へぇ、モモが王妃なんだ」と少し嫉妬の目を向けてきたが、美唯はそれ以上詮索せず、その後は、ずっと笑顔で相槌を打ちながら聞いていた。それが逆に怖くはあったが、「随分と寛容になったな」と思いながら、話を続けた。
そして、美結召喚が不可能と分り、残り時間がなくて、悩み捲ったというところまで話した時、突然、寝室のドアがあいた。
「ママ、おしっこ」
幼児バーンを更に幼くした三歳位の男の子が現れた。
「はいはい、行きましょうね」 美唯が慌てて、その子をトイレにつれていく。
唖然として、口をあけたまま、その様子を見つめるバーン。
陽斗というハネムーンベイビーが誕生していたのだが、頭の整理がつかず、バーンには何がなんだか理解できない。
だが、バーンも次第に理解していき、美結が寛容な女性に変貌した理由も納得する。
美唯が自分との子を独りで産み、シングルマザーとして、育児をしながら働き、我儘な女から、強く逞しい母になったのだと。
「あの子、だぁれ」
「前に話したでしょう。こんな姿だけど、陽ちゃんのお父さん。大魔王バーン様よ」
既に、大魔王ではなく、ただのバーンだが、そこまではまだ話していない。
「お父しゃん?」
「まさか、お前」
既に分かってはいたが、念のため、確認してみただけだ。
「うん、カナダの時、丁度排卵期だったから……。あれから大変だったのよ」
「お父しゃん、あそぼ」
バーンは、お兄ちゃんの様に、陽翔と遊びながら、美唯の話を聞くことになった。
美唯は、スピード離婚したことで、やはり周囲から冷たい目で見られていた。だが、そんなことは気にせず、仕事に打ち込み、新企画の承認を勝ち取る。そんな時に、妊娠が発覚。かなり悩み苦しんだ。彼女の企画による開発プロジェクトが結成し、そのプロジェクトリーダーになったばかりだったので、それを辞退し、後任を探さなければならなかったこともあるが、金銭的な問題から、本当に独りで産んで育てられるのかが心配だった。
あれほど欲しかった待望の赤ちゃんなので、絶対に産みたいとは思ったが、新婚旅行で貯金を使い切っていて、金銭的な余裕がなかった。
出産前後の出費に対し、収入が産休・育休での減給分があるので、バーンのデイトレ用口座から全て引き出しても、二十万円ほど足りない計算になる。離婚したばかりなので、親を頼る訳にもいかない。
彼女は、爪に火をともす様に必死に切り詰めてやりくりし、産休までになんとかその不足分を貯めた。でも、必要最低限のぎりぎりだ。
産休に入ると、両親にも妊娠が知れ、いろいろと支援してくれるようになり、生活は少し楽になったが、今度は、魔人との混血児なので、どんな子供が生まれてくるか心配で寝むれない日々。しかも、魔人との混血だからか胎児の成長が異常に早く、予定日より一週間も前の出産だったのに、四キロ以上もある巨大児で、その時の難産の産痛は激痛の域を遥かに超えていた。
でも生まれた赤ちゃんには、角はなく、見かけは人間の子と変わらず、美唯も両親も大喜び。
けど、出産後も心配は絶えない。陽翔が頻繁に原因不明の発熱を起こすのだ。病院で精密検査すると、血液検査等の検査値が、基準値外ばかり。発熱原因どころか謎が増すばかりで、医師を悩ませることになった。
そして、保育所探しも大変。お金の都合で、私営の無認可保育園には入れられないからだ。
そこで、育休は五月末まであったが、五月一日に復職にして、四月入園に申し込んだのだが、申し込み多数で落とされてしまう。シングルマザーなら最優先で入れるはずだったので、陽翔を負ぶって抗議に行くと、理由は、本来なら、五月入園申請の対象者だからだった。途中入園は、空きがないと入れないので、ひと月育休短縮することにしたのに、そんな理由で落とされた。五月入園させてもらえるのかと、講義しても、空きがあればの一点張りで埒が明かない。仕方なく、知り合いの伝手で区議会議員にもお願いに行ったが、どうにもならず、かなり遠くなるが認証保育園(区から補助金がでている私営保育園で、認可保育園より若干高い程度で入園可能)で一時的にあずかってもらい、翌四月から近くの区立保育園に最優先で入園させてもらえることになった。
そこからも大変。入園後の最初の一年は原因不明の発熱ばかりして、頻繁に呼び出され、仕事にならない。一年過ぎると陽翔は嘘みたいに病気をしなくなるが、今度は活発過ぎて手におえず、他の園児をいじめて泣かせたと、また呼出しの連続。
お蔭で、仕事も閑職に異動になってしまった。でも美唯としては、責任がなくなり、皆に迷惑ばかりかけているという罪悪感もなくなり、少し気が楽になった。
そして、未だに苦労は続いている。
「陽ちゃんは、あなたそっくりで、何にでも興味を持ち、直ぐに迷子になって、育児だけでもへとへとなんだから」
美唯はそう泣き言を漏らし、昔の様な明るい笑顔をバーンに向ける。
「まあ、あなたに散々振り回されて慣れてたから、なんとかなったけどね」
ただでさえ、シングルマザーは大変なのに、魔人の混血児という負担までかけた。なのに、元気で明るい子に育ててくれたことに感謝するとともに、あの時、自分の我儘で戻ってしまったことが、バーンは悔やまれてならなかった。
「僕が何とかすると言いたいけど、この身体だと何もできない。近いうちに、恐山に行けないかな」
「ごめんなさい。さっきも言った様に生活費に余裕がなくて。それに今の職場だと、マナポも作ってあげられない。本当に御免なさい」
今の職場は、事務仕事だけなので、勝手に材料調達し、研究者に手伝いを求めたりできないのだ。
「あっ、そうだ。今日は、築地の波除神社に行かない? 四年以上経ってるし……」
「会社は、いいのか」
「何言ってんの、今日は日曜日よ」
その後は、「戻ったばかりだからしかたがないだろう」とか、「新聞を見ればわかるのにそんなことも思いつかないの」とか、久しぶりに夫婦喧嘩して、昔の二人に戻っていた。
そして、家族三人で築地に出かけるも、魔素溜まりは微量だったし、そこの雑草を未処理のまま生で食べる訳にもいかない。
「そんな落ち込まない。ボーナスが出たら連れて行ってあげるし、フルーツパフェをご馳走してあげるから」
美唯は、落胆するバーンに、奮発してご馳走することにし、バーンも十二月のボーナスを待たずとも、デイトレードでお金を稼げばいいだけだと、漸く気づく。
お気に入りのフルーツパフェをむさぼり、足をぶらぶらさせて、バーンはニコニコと美唯が母親をしている姿を眺めていた。
それからは、美唯は、番と陽翔の二児の母として、家事と仕事に頑張り、バーンは一万円の元手からデイトレードを頑張る。この時はまだ口座の上限額までしか信用取引できない状態なので、一日の利益は千円程度に過ぎなかったが、それでも、ほぼ毎日10%以上の利益を出し続け、二週間後には、恐山までの往復交通費を遥かに上回る利益をあげる。
そこからは、大人の人間のバーンに変身して、バーンが主夫となり、陽翔の面倒や家事を行いながら、デートレイドもつづけ、美唯が休日の日は、家族三人で遊びにでかけ、幸せな毎日を過ごしていく。
バーンは、雪だるま式に資産を増やし続け、二年後には、安定して30%以上の利益をだす天才デイトレーダとして、取材を受ける程になる。その後も資本を増やし続け、三年後には、豪邸に引っ越し、最低でも月収五百万円、平均月収三千万円を稼ぎ出す時代の寵児となる。
美唯はバーンがデイトレーダとして成功したのを機に、仕事を辞め専業主婦となって子育てに専念するが、子供の手が離れると、今度はその経験を生かして子育てアドバイザーとして起業。これもそれなりの成功を収め、『子育てママの財テク』の著者として有名になる。
そして長男陽斗は、ほぼ人間だが、驚異的回復力ととびぬけた運動能力を持つ子供で、小学生の時は天才サッカー少年、水泳界の神童と呼ばれ、中学では、全国中学校剣道大会で優勝し、バレーボールでも天才セッターと注目された。高校の時は、囲碁・将棋に熱中したため、運動部はバトミントン部にしか入らなかったが、それもインターハイ優勝と、飛んでもない実績を上げる。だが、直ぐに飽きやすい性格で、一つの事に打ち込めない。誰の血筋か頭も良く、日本最高峰の医学部を主席で卒業するも、その脳外科医でも大成することなく、謎の病気を発症し、三十八歳の若さで、その人生を終える。
だが彼は父親譲りの愛妻家で、その妻との間に、二人の子をもうけ、長女は総理大臣になり、長男はノーベル物理学賞を受賞する学者となって、歴史に名を遺す偉業をなす。
美唯はその孫の成長をずっと見守り、バーンも美唯の年齢に合わせて老人に変身し、享年九十五歳の美唯の最後を見届けて、自分の世界へと旅立つのだった。
一方、バーンの世界線でも、四年遅れで二人は結婚し、バーンは、この世界線でも、天才デイトレーダとして大成功し、豪邸生活を始める。こちらの美唯は定年退職するまで〇×食品で働くが、やはり子供が欲しいと、陽斗という男の子を養子にする。
残念ながら、この陽翔には飛び抜けた才能はなかったが、一つの事を必死に頑張る努力家で、やはり脳外科医となるも、交通事故で三十八歳若さで人生を終える。
彼も、愛妻家で、二人の子をもうけ、この二人が世界の歴史に名を遺す偉業をなす。
そして美唯とバーンは、仲睦まじい祖父母として孫や嫁から慕われ、同じく美唯は九十五歳で大往生し、バーンこと山口番も、カナダに行ってくると書置きをしたたまま、旅先で行方不明となる。
世界線は異なっても、世界樹はできるだけ枝葉が増えない様に、修復作用が働き、多少の違いこそあれ、同じ様な人生に統合されていくのだった。
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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