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第三章 戦闘編

誘拐

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 美唯は、バーンに帰るコールしてから着替えると、バックから防犯ブザーを取り出し、首に掛けた。
 当初は、バックに取り付けようかと考えたが、万一、スタンガンを当てられた場合、紐を引けない可能性が高いので、ネックストラップに、防犯ブザーを固定して、首から下げられるようにした。
 ただ、これだと防犯ブザーが胸の位置に来て目立ち、少し恥ずかしい。だが、誘拐される可能性が極めて高い現状では、贅沢は言っていられないし、目立つことで、拉致を諦めさせられる可能性もある。
 そして、美唯は、いつもの様にエレベータに乗って、一階ロビーまできたが、そこで慌てて、防犯ブザーの紐を握りしめた。
 見知らぬ男女が、速足で近寄ってきたからだ。

「山口美唯さんですね。警察のものです」 二人は警察手帳を見せてきた。
「あなたの従甥いとこおいである山口番さんについて、いくつか聞きたいことがありまして、署まで同行していただけないでしょうか」
『なるほど、人目のないところで、拉致しようという考えね』
 美唯が見抜いている通りで、二人は刑事ではなく、あの組織の仲間だ。隊員ではないが、日本語が達者な協力者として、アメリカ本部から派遣された。
「嫌です。話ならここでお願いします。事情聴取なら、ここでも構いませんよね」
 二人は目を合わせて少し困惑の表情をみせるが、「わかりました」と了承した。
「失礼ですが、先日からあなたは、この男と同居していますよね」
 美唯とバーンが一緒にいる写真を見せて来た。
「この男は、何者で、あなたとはどういう関係なんでしょう」
「プライベートなことを話すつもりはありませんし、何者かを調べるのがあなた達の仕事でしょう。それに、番についての話じゃなかったんですか?」
「この男の出現以降、預かっていた筈の山口番さんを目撃した人がいなくなりしたので……。山口番さんは、どうなされたんですか?」
「番は、先週、従姉の許に送り届けました」
「確か、富山の剱岳の麓でしたよね。徹底的に調べましたが、該当する人物は存在しませんでした。戸籍にも、山口番は存在しませんでした。彼は一体、何者なんですか?」
『流石はスパイね。日本の警察より、情報収集は徹底している。さてどうしよう』
「刑事さんは、名探偵コナンをご存じですよね」
「名探偵コナン? あまり推理小説は読まないので……」
 美唯は、バーンが変身した事を知られているので、「薬の副作用で幼児の身体になっていて、それが解けてもとに戻った。今、同居している男が番だ」と説明しようと考えていたのだが、その応えを聞いて、方針を変えた。
「あなたは、御存じてすよね」 黙っていた女性にも尋ねる。
「知らないです。私も読書する時間がなくって。ごめんなさい」
 日本人でないらなら、この女性は流暢に話せないのではと、探りをいれたのだが、残念ながら流暢な日本語だった。
「二人とも知らないなんて、あなたたちは本当に日本人ですか。警察手帳も偽造じゃないの? 一緒に、交番まで行って、確認させて下さい」
 二人は目を合わせると、慌ててその場から消えて行った。
「私と渡り合おうだなんて、百年早いわよ」
 勝ち誇る美唯だったが、特殊異能対策部の正式メンバーは、彼らほど安易な人間ではない。
 その場で、バーンに連絡を入れ、迎いに来てもらう対策を取ればよかったのだが、美唯は、そのまま帰路についた。

 流石に、人目の多い所では、誘拐しないだろうと、出勤時は、マンションから最寄り駅前商店街までの間だけ、紐に手を掛けていたが、帰りは、いつ襲われるか分からない不安から、常に紐に手をかけ、警戒し続けた。
 勿論、京王線の電車の中でもだ。
 だが、その行動が、思わぬ事件を引き起こした。新宿を出てすぐに電車が大きく揺れて、思わず紐を引いてしまったのだ。
 ピコピコビコピコ……。突然、大音量の警報が車内に鳴り響く。
 この防犯ブザーは、押しボタンと、ピン抜きの併用タイプで、紐を引いてピンを抜くと、ピンを再挿入しない限り、音が鳴り続ける。
「すみません。今止めます」
 一斉に、注目を浴びて、顔まで赤くして、必死にピンを穴に差し込もうとするが、慌てると逆になかなか挿入できない。
「お前が痴漢か」「違うよ。俺はやってない。お前だろう」
 女性が防犯ブザーを鳴らしたので、痴漢行為があったと思われ、後ろにいた二人が口論を始めた。
「違います。痴漢ではなくて、私がつい不注意で……」
「間際しいことするなよな」 どこからか、非難する声まで聞こえて来た。
 美唯は、周りの人に、ペコペコ謝まりつづけることになり、本当に大変だった。
 仕方なく、最寄り駅までは、首から外し、手に持つようにしたが、電車内でスタンガンを当てられたらどうしようと、内心は怖くて仕方がなかった。

 そして、最寄り駅に到着すると直ぐに、首に下げ、辺りを注意しながら、自宅マンションへと歩いたが、駅前商店街を抜けると人通りがどんどん少なくなっていく。
 特に、マンション近くの路地は、人目が全くない時が多く、要注意ポイントとなる。
 誰か人が来るまで、待っていればよかったのだが、美唯は、紐をしっかり握りしめて歩き出した。
 そして、数歩歩いた位置で立ち止まる。
 いや、紐を握る腕が、何かに押さえられたかのようになり、歩けず、立ち止まざるを得なくなったのだ。
 手首をひねって、紐を引こうとしても、手首すら動かせない。
 そして、前方の物陰から、ニックが現れ、信じられない速度で飛び込んできて、彼女の鳩尾に拳を入れた。
 彼女も、大声で「誰か助けて」と叫ぶつもりだったが、「ダ」としか叫べない程の飛び込みだった。
 美唯は声が出せなくなり、意識が遠のいていき、そのまま意識を失った。
 そして、チャンが運転するワゴン車がやって来て、車から降りて来たジェームズとニックの二人で、彼女を車にのせ、立ち去って行った。



 その十五分後の二十時十分、「今日は遅いな」と玄関で待ち続けていたバーンのスマホに、送信者不明のシュートメッセージが届いた。
「恋人を預かっている。危害を加えるつもりはないが、二十時三十分までに地図の場所に来なければ、安全は保証できない」
 SMSなのに、二つの添付ファイルも同封されていた。
 一つは、口にガムテープを張られ、椅子にロープで縛られた美唯の写真で、もう一つが目的地のマークがついた地図だった。
 その目的地は、線路向うの神田川沿いの公園で、徒歩で二十分程の所だ。
 だが、バーンは、慌てて部屋を飛び出すことをせず、冷静にGPSアプリを起動して、美唯のスマホの位置を確認する。バーンはその場所に行く気がなかったからだ。
「やはり、電源は切られているか。だが、あの場所に違いない」
 そして、漸くバーンは部屋を飛び出していった。

 実は、送られてきた写真の背景から、その場所が、以前にハエになって訪れた奴らのアジトではないかと予測がたっていた。GPSアプリでの確認はできなかったが、その場所に行って、美唯を救出する方がずっと早い。
 マンションをでると、バーンはアジトの方向とは逆に走り出す。彼らが監視していることも予想し、地図の場所に向かう振りをしたのだ。


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