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第四章 魔王討伐が終わった後は

勝利はしたものの

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 転送が終わると直ぐ、ローラは包帯の様な布を取り出し、ユリの窪んだ眼を隠すように、顔に巻き始めた。
 瞼を開けると気持ち悪い顔になるので、一応瞼を閉じるようにしてくれているのだが、それでもユリの顔が見るに堪えられない程醜いのだ。

「ここは何処だ」 ブリットが当たりをきょろきょろと見渡す。
「プルキナス王国のS級ダンジョンよ。何かの際に、ローラの転送魔法でここに戻ってこられるようにしていたの」ユリは包帯を結わいてもらいながら、説明した。
「そんな便利な魔法があったのか。この魔法陣がその鍵になってるのか」
「よく気づいたわね。魔法陣さえ、正確に描ければ……」
 ユリの処理を終えたローラは、今度は眼帯を出してブリットに渡し、自慢げに古代魔法の講義を始めた。

 講義は、長くなるに決まっているので、その間に、僕はフレイアの声帯を修復することにした。
「これで治ったと思う。声を出してみて」
「ありがとう。でも……」
 低音のしゃがれ声ではなく女性の声になったが、別人の様な声だった。
 声帯は厚さや硬さで、声が全く異なってしまうので、声が違ってしまうのだ。
 壊すのは簡単でも、声帯を元に戻すのは至難だった。何回トライしてもうまく行かない。
「アイウエオアオ、カキクケコカコ、サシスセソサソ、うんいい感じ」
「よかった、なにか唄ってみて」
「神の~恵みよ♪ 恐れ~を払い♪ 心~を解いて♪ ……」
 元の声にかなり近づけることはできたが、唄ってもらうとすこし違うと分かる。支援魔法を発動していた時のあの澄んだ心地よいソプラノではなかった。歌声は以前より明らかに劣る。
「綺麗な歌声だけど、もう魔力は感じないわね」
 講義が終わったのか、ローラが歩み寄ってきた。
「どうすればいいんだろう。もう一回」
「ユウスケ、ありがとう。もういい。支援魔法は使えなくても、綺麗な声で歌える」
 そう言ってくれたが、僕は自分が情けなくて仕方がなかった。

「ブリット、これからどうするんだ」
 向うではアーロンがブリットに話しかけていた。僕らも彼らの許に歩み寄る。
「そうだな、片目だと戦闘はもう無理だからな。牧師にでもなって、リブルス、ミシェル、ボルドー、ダニエルを弔って過ごすかな。まだ、ダニエルは異空間で生きてる可能性はあるけどな」
「私たちの国で、一緒に暮らさない」
「いや、遠慮しておくよ。トルスタンに帰れば、自由の身は保証されているし、莫大な金がもらえる。これでも知り合いも結構いるんでね」
「そう。折角仲良く分かりあえたのに残念ね。で、ボルドーさんの御遺体はどうするつもり?」
「悪いが火葬してくれ。俺たちの国では、貴族以外は埋葬しないんだ」
 プルキナスでは、死者を火炙りの刑に掛けるのかと、火葬を忌み嫌っていたので、広大な土地を持つトルスタンが火葬を採用している事は意外だった。

 そんな訳で、ボルドーを火葬するための準備をすることになったが、ほとんどはローラがしてくれた。
 ローラがボルドーに化粧を施し、ローラが出した花畑に彼を寝かせて、皆で別れの挨拶をしてから、ローラが防火防壁で覆う。
 防火防壁は、業火の熱が辺り漏れないようにするためだが、焼かれて行く様子を見えなくする意味もある。

「では、火葬を開始します」 ローラが杖を構えて、今日は呪文も詠唱した。
 皆が黙祷したり、手を合わせたりして、火葬が終わるのを待つが、防火防壁を展開していてもかなり熱い。
 フレイアは、僕の知らない讃美歌を唄い始めた。心が落ち着いていく心地よい歌だが、ローラは爆炎魔法を発動しながら、悲しそうな目を向けていた。
「ユウスケは気にする必要ない。この綺麗な歌声なら、夢は叶えられると思うから」
 僕が申し訳なさそうにしていたのを見て、ユリが慰めてくれた。

 その後、防火防壁を解除したが、火力が強すぎたのか骨が残っていなかった。これじゃ収骨できない。
「御免。これじゃ骨を持ち帰れないね」
「そんなものは必要ない。火葬した証拠さえあればいいんだ」
 灰になってしまっボルドーを一握りして、ブリッドは祈りを捧げるようにしてから布袋にいれた。
「いろいろと、ありがとうな。じゃあ俺は行く」
「落ち着いたら、必ず、連絡頂戴ね。プルキナス王国王城宛、勇者ユリで届くはずだから」
「ああ、必ず、連絡するよ。お前らも元気でな」
 ブリッドは、そう言って、魔界ゲートを潜って行った。

「じゃあ、私たちもいきましょうか」
「ユリ、その前に……。これ作ってみたんだけど、どうかな」
 ローラがローブのポケットから、箱を取り出し、その蓋を開けた。
 その箱に中には、黒い瞳のガラス製の眼球が二つあった。火葬の際もずっと働いていたので、何時作ったのだろうと疑問が湧いたが、いいアイデアだ。目の上に包帯をして、かなりましになったが、それでも、その包帯が窪んでいて、眼球がない状態がまるわかりで、見た目が悪い。
 だが、僕がそれに触れて、これではだめだと分かった。折角作ってくれたのに、ガラス製だと変形困難のため、目の中に入れるができないのだ。
 通常の義眼は、眼球に当たるものが残存している場合が多く、コンタクトレンズの様に、白目を含むカバーゴムをその上に被せる。眼球毎喪失した場合は、眼球部にあたる義眼台と呼ばれる球体型ゴムを先にいれ、その上に、義眼のカバーゴムを被せる。眼球は、眼窩という目の窪みよりわずかに大きく、変形可能な素材でないと入れられないのだ。
「ローラ、流石にこんな硬いガラスだと、押し込むことはできないよ」
「ユウスケなら可能。心霊手術のスキルが増えてる」フレイアがそんなことを言った。
 魔王に止めを刺したのは、ユリの勇者の力だったので、強欲のスキルは発動しないと思っていたが、僕が止めを刺したことになっていたみたいだ。
「他のスキルは?」
「それだけ。使い方はわからないけど、ユウスケならできるはず」
「いきなりは……」
 どう使うかが全く分からないし、そもそも、心臓や眼球を取り出したのが、心霊手術スキルによるものかすら分からない。
「ユウスケ、お願い。私を実験体にしていから、これを入れて見てくれる」
 スキル発動方法の見当すらつかないが、ユリを昔の様な顔に戻せるならと、頑張ることにした。
 とりあえず、魔王ファセルがしていたように、眼球を親指と人差し指で挟んで、包帯を取った彼女の窪んだ瞼に押し付けるようにして、元々の彼女の顔をイメージして、そうなってくれと念じてみた。
 すると、指で掴んでいた筈の眼球が消え、瞼が目を閉じている時の様に膨らんだ。
「やればできるじゃない」 ローラに褒められた。
 ユリが目を開けると、右目はちゃんとしていたが、左目の瞼も開くので、何とも不気味だ。
 僕は再び目をとじてもらい、左目も無事きちんと中に入れることができた。
「ローラ、ユウスケ、ありがとう。これで、皆に心配かけずに済むわ」
 その笑顔は、あの可愛いユリに戻っていて、僕もとても嬉しかったが、やはり不自然だ。
 片方だけが動かない片目義眼よりは、気づかれずに済むのは確かだが、視線が固定されているので、真正面の人と話しながら、こっちを向いて話しかけたりすると、視線がこっちを向かないのだ。眼球が動かないだけで、かなり不自然になる。
 それに、目が見えないのは、代わらない。気配感知スキルで、目が見えている様に振舞ってはいるが、彼女は一生、美しい景色を眺めることも、読書をすることもできないのだ。
 僕が魔王に見つからないようにゆっくりと動いたために、両目を代償に二人を助ける選択をさせてしまった。そう思うと、辛くてならなかった。
「じゃあ、王城に、報告に帰りましょうか」
 僕が落ち込んで後悔している事を悟ったのか、笑顔を向けてそう言ってくれ、僕らは王都に向かって戻ることになった。

 気配感知は、トラップ位置だけでなく、段差や障害物等も分かるのか、普通に目が見えているかのように、歩いていたが、静止物は完全には把握できないのか、時々、行動が慎重になり、何回か躓いて、転びそうになった。
 それでも、僕が手を貸そうとすると睨まれる。負けず嫌いなので、素直に助けてもらうのができないのだ。
 ダンジョンからリットまでは徒歩での移動だったが、ダンジョン内よりも躓くことが多くなった。平地だと安心して気配感知の注意がまわらなくなっているのか、ちょっとしたでっぱりの石があると、必ずというほど、躓くのだ。
「そこに石」 流石に自分でも、助けが必要だと悟ったのか、僕が指示をだしても睨まなくなった。
 でも、ユリは絶対に僕に感謝はしない。僕にだけは素直にならない。


 リットの街に帰還すると、管理局職員を名乗るローリエという名の若い女性が、息を切らして駆け寄ってきた。
「勇者さま、ミッシェル国防大臣から、至急連絡を欲しいと、通信機を預かっております」
 彼女は目の前に、両手で通信魔具を差し出した。スマホ程コンパクトではないので、両手で差し出したのだが、ユリはそれをつかみ損ねた。
 大きさは昔の電話の受話器位だが、その端っこを掴み、そのまま落として割れ、壊れてしまったのだ。
「申し訳ありませんでした」
「気にしなくても、いい。私のミスだから」
 はやり目が見えないと、問題が起きる。
「ユリ、大丈夫よ。私が元に戻して見せるから」
 ローラが魔法を発動すると、壊れた通信魔具が元通りに戻った。こんな便利な魔法もあるのかと感心したが、また延々と自慢して講義してくると思って、褒めないことにした。
 通話回線選択くらいは、ユリでも手探りでできそうだが、ローラは回線を繋いでから、ユリに手渡した。
「うん、もう大丈夫。全滅の危機だったけど、ユウスケが頑張ってくれて、何とか討伐できたから。…………。うん、魔物が溢れない程度に討伐しておけば、もう心配ないと思う。…………。分かった。それじゃ、詳細は帰還してからということで」
 ユリが電話を切ると、ローリエという管理局職員が満面の笑みを浮かべた。
「勇者さま、魔王討伐に成功したんですか」
「こっちも被害甚大だったけど、なんとかね」
「今晩は、ここに泊って行ってください。祝勝会の準備をしますので」
「直ぐに戻らないとならないから……」 ローリエは話も聞かずに駆け出して行った。

「ところで、大臣からは何だったんだ」 アーロンが尋ねる。
「ルクナス近郊に、S級ダンジョンと思われる巨大ダンジョンが出現したんだって」
 ルクナスとは、王国の南西に位置するミリアミス共和国国境付近の都市だ。
「確かに、そんなのが出現したら、どう対処すべきか大騒ぎするわよね」
「もう魔王はいない。魔人が進行してくることはないはず」
「うん、でも魔物は内部で勝手に増えていくから、討伐しないと魔物が溢れ出てくることには変わらない。今後、S級も各地にどんどん出現するから、当分気を抜けない」
「やれやれ、当分、勇者一行としての活動は終わらないという事か」
「ボク、もう役立たず。どうしよう」
「フレイヤは支援魔法が使えなくても、十分な戦力よ」
 魔王討伐が終わっても、まだまだ、ダンジョンに潜る必要があるみたいだ。
 やれやれと思うと同時に、まだまだ皆と離れ離れにならなくて済むという安堵も感じていた。

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