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第二章 勇者一行としての旅
嵌められた暗殺依頼
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王都に向かう列車の中で、僕は勇者ユリを本当に暗殺すべきか悩み続けた。
既に、暗殺するしかないと結論はでているのに、それでもやはり戝前由梨を殺したくないと思ってしまう。
召喚された直後の戝前さんは、とても正義感が強く、明るい笑顔を絶やさない素敵な女性だった。
彼女は、大学ではスポーツクライミング部に所属していて、オリンピック出場を夢見ていた。それが叶わなくなったと知って、絶望し悲しんだが、直ぐに頭を切り替え、この世界の平和をもたらす勇者になって見せると宣言した。
僕の夢が、一人でも多くの患者を救う外科医になることだと知ると、僕を巻き込んでしまった事を何度も詫び、一緒に魔王退治しようと言ってくれたし、剣術練習では凄いじゃないと褒めてくれたりもした。
正義感が強く、僕がサイラス先生にボコボコにされると、先生に食って掛かったりもしてくれたし、侍女の失敗を、騎士の一人が強く咎めていると、さっと飛んでいき、誰にも失敗はあると、叱責を止めたりしていた。
動物にも優しく、庭師が渡り鳥の巣を壊そうとしていると、ヒナが巣立つまでは取り払わないようにお願いし、国王に直談判までした。
そんな彼女を暗殺しなければないことが、僕には耐えられない苦痛だった。
僕が勇者ユリに勝てる前提でいるはおかしいと思うかしれないが、不可視スキルと隠密スキルの併用は、とんでもなく強力で、例え彼女が怪我をしていない状態でも、寝込みを襲えば勝てると確信している。
Sランク越えの基本能力を持ち、熟練度もSランクだとしても、油断しているところを、気配もない見えない敵に襲われたら、先のダンジョンボス戦のように簡単に殺せるのだ。
でも、暗殺の瞬間、一瞬殺気を放ったならば、どうだろう。勇者ユリなら、回避するかもしれない。それでも僕を認識できないが、警戒して互角の戦いになるかもしれない。
いや、水でも掛けられれば、僕の負けだ。
なにか、勝敗を天に任せられるような、互角の戦いができる方法はないだろうか。
再び、そんな不毛な無限ループに陥ってしまった。
でも、今の勇者ユリは正義感が強かった昔の由梨とは違う。非道行為を知りながら見逃し、彼女自身、お金も払わず豪遊していた悪なのだ。
僕が、命を懸けてまで救う必要はない。そう自分に言い聞かせて、列車から降りた。
僕は、直ぐ、ラクニス病院に行き、彼女の病室を調べることにした。
受付で、勇者ユリの病室を聞いても教えてもらえなかったが、勇者ならきっと特別室に違いない。そう辺りをつけて、四つある特別室を見て回った。
個室病室には患者名が書かれてるが、特別室は何も表示がなく、誰が入院しているかもわからない。
仕方がなく、僕はトイレで不可視スキルと隠密スキルを発動し、看護士や医師が巡回に来るのを待って、特別室の中を確認していき、パジャマ姿の戝前由梨を見つけ出した。
かなりの重態と訊いていたが、入院して五日しかたっていない筈なのに、彼女はすっかり元気になっていて、室内で腹筋を鍛えていた。
彼女の隙をつき、直ぐに暗殺してしまおうと考えていたが、これだけ元気だと、寝るの待った方がよいと判断し、特別室の中で、じっと彼女を観察した。
不可視スキルは、光学迷彩のようなもので、動くと不自然な揺らぎが出て気づかれる恐れがあるが、停止していれば、完全に透明なので、隠密スキルで気配を消して居れば、気づかれる恐れはない。
暫くは、筋トレしたり、聖剣で素振りをしたり、その手入れをしたりしていたが、僕が見えているかの様に、じっと睨んでから、聖剣をしまい、今度は僕の目の前で、苦しいヨガのポーズを取ったり、座禅を組んだりしてきた。
まるで、態と隙を見せ始めている様だが、今のこの状態なら、気づかれでも、暗殺できる。一瞬そう思ったが、迂闊に動けば、返り討ちにあって殺されかねないと考え直し、その場から動かず、彼女が寝るのを待つことにした。
そして、夜、彼女がトイレに立ち、五分ほどして戻ってきて、魔道具の照明を消して、ベッドにもぐりこみ、暫くしてスースーと寝息を立て始めた。六時間耐えた甲斐があり、漸く暗殺のチャンスが巡ってきた。
僕はゆっくりと彼女に近づき、彼女の胸めがけて、猛毒属性の剣を突き立てた。
「はい、有罪確定」 殺した筈の勇者ユリと、厳つい男が入って来た。
ベッドを見ると、殺した筈のユリの姿が無くなっている。おそらく幻影魔法か何かだ。
慌てて窓から逃げようとしたが、魔法の先生だったローラと、バケツを持った男の子がベランダから、窓を開けて乗り込んでき、ペンキの様なものを僕に掛けて来た。
これじゃ不可視も通用しない。
「鈴木君、否、暗殺者ユースケ、観念しなさい。私達四人相手に勝てるとでも思ってるの」
僕はその時、全てを悟った。僕は彼女に嵌められたのだと。大臣が暗殺者を雇った事を事前に知っていて、僕が殺しにうつる瞬間を待っていたに違いない。でも、どうやって、今襲うと分かったんだろう。
その時、僕は召喚された日、召喚士が気配感知スキルを持っていると言っていた事を思い出した。スキルの詳細は知らないが、そのスキルで、僕がいる事に、気づいていたに違いない。
だから、聖剣をしまい、態と隙を作って、暗殺に出る瞬間を待っていたんだ。
SSランク四人が相手では、敵う訳がないが、武器は持っていないので、一か八か攻撃してみるか。
一瞬そんなことを考えたが、僕はスキル解除して両手を挙げて降参のポーズを取った。
「敗北を悟って、大人しく降参するなんて、殊勝でよろしい」
僕は、誰の拘束スキルか分からないが、光のリングで縛られて、身動きできなくされた。
「さて、どうしようかしら。私を殺そうとしたんだから、きっちり制裁はしたいわよね」
「くすぐりの刑なんてどう」
「いや、俺が足腰立たない程、甚振ってやるよ」
どうやら、拷問して依頼者の名前を聞き出すつもりらしい。
「拷問しても、依頼者が誰かは知らないぞ」
「何のことだ?」 戦士らしき顔に傷のある厳つい男が由梨に尋ねた。
「彼、私が依頼者だとは知らないのよ。ミッシェル国防大臣に、代理で行ってもらったから、彼が依頼者だと勘違いしてるんじゃないかしら」
どういうことだか、さっぱり分からなくなった。カール部長もグルということか?
「本当に、強欲スキルを持ってるよ。スキルの数もとんでもなく多い。これなら合格だね」
小柄の男は、まだ声変わりしていないのか、女性の様な声でそう言ってきた。
「でも、Bランクだと、蘇生魔法は使えないわよ。やはりAランクの子にしない?」
ローラ先生の言葉から推察すると、僕を勇者パーティーに加えようとしている可能性が高いが、どういうことかさっぱりわからない。
「何がなんだかわからないみたいね。教えてあげる」
勇者ユリが、今回の暗殺依頼に至った経緯を話してくれた。
先の魔王側近のぺセププ戦にて、勇者一行は全員が大怪我して治癒士まで失った。由梨も意識不明の重態だったらしい。部長は一週間入院すると僕に伝えていたが、実際には二週間前から、ここに入院していた。
意識が戻るとすぐに、ミッシェル国防大臣が見舞いにきて、次の治癒士候補のリストを手渡して来た。その中に、僕の名前を見つけたのだそう。
由梨は直ぐに、僕をパーティー入れることにして、詳細を調べるように命じた。
すると、僕が暗殺業をしていると分かった。そんな酷いことをさせているクリフトの職員(カール部長)に、代理人(ミッシェル大臣)を送って、暗殺業を廃業し、僕を開放するように忠告させた。
なのに、暗殺といっても、法で裁けない悪を裁く正義の味方の暗殺で、国がやらないから仕方なくしているだけで、国の方で、代わりの組織を設立するまで、廃業するつもりはないと言ってきたのだとか。
由梨は頭にきて、通信魔具越しに「人を殺すこと自体が悪よ」と怒鳴ったのだとか。するとその職員は、僕を説得した時の様に魔人を例にあげ、「誰も裁けない悪を野放しにする方こそ悪だ」と、反論した。
その後も暫く、二人で言い争ったが、彼の言い分も尤もで、話は平行線。
そこで、僕の意志を尊重し、勇者一行に加わる意志があるなら、暗殺業を廃業。正義の味方の暗殺者でありつづけたいというなら、暗殺業を黙認するという提案をした。
するとその職員は、激怒した。
「今更勇者一行に加えるだと。ユウスケが勇者一行に加わりたいと直談判にまで行ったのに、門前払いしておいて、今になって掌返しか。ユウスケは勇者一行に加わるのが夢だったから、応えは分かっているが、お前なんかに、ユウスケは渡せん。この暗殺はユウスケにしかできず、代わりはいなんだ。暗殺に関しては、お前なんかより、遥かに優れているからな。お前は勇者らしく、誰か別の治癒士を仲間にして、魔王退治してればいいんだ」
由梨は、僕が王宮を訪れた事実を知らなかったが、その大臣が独断で断っていた。そこで大臣に罰を与えることにした。国家としては無理な話だが、正義の暗殺組織を国の秘密部隊として設立させることを明言させたのだ。
そのうえで、「お前なんかより、遥かに優れている」と言われたことにもカチンときて、賭けを持ち出した。
「なら、一週間以内に私を暗殺してみせない。それができなかったら、直ちに暗殺業を辞め、ユウスケを解放すると約束して」
「何を言ってる。勇者が居なくなれば、誰がこの世界を救うというのだ。それに、ユウスケがそんなこと引き受ける訳がないだろう」
「どうやって依頼を受けさせるかは任せるわ。それができない様なら、偉そうに正義の味方を名乗らないで。それから、私は絶対に死なないから安心して。あっ、それじゃ賭けにならないか。じゃあ、依頼を引き受させたうえで、暗殺実行しなかった場合も、あなたの勝ちにしてあげる。上司の命令に愚直に従わず、本当を見抜く目をもっているというのなら、正義の味方を名乗る価値のある本当のヒーローだから。それでどう」
「だが、今もダンジョン攻略中で、あいつも結構忙しいんだ。勇者が悪人だと説得できても、一週間以内に殺すなんて保証できない」
「もう、言い訳ばかりね。それもあなたが無能って証でしょう。私の入院はあと一週間位なの。世の中は時間厳守しないとならない仕事が沢山ある。火急の依頼を熟せないようなら、暗殺業なんて、さっさと廃業しないさい。それから、あなたなら問題ないと思うけど、勝ちを狙って、卑怯なことはしないでね」
そんなわけで、カール部長は勇者ユリの暗殺依頼を受けさせる策をでっち上げ、僕を騙して暗殺させようとした。
いや、部長は国が秘密暗殺部隊を作ると約束してもらった時点で、僕を勇者一行に入れる決断をし、無謀な依頼を引き受けさせたという事なのかもしれない。
それになにより、勇者ユリが未だに正義感溢れる優しい戝前由梨の儘だったのが、たまらず嬉しかった。
「ということで、ユウスケは今日から、勇者一行の一員になってもらいますが、何か質問ある?」
「カール部長も納得してるんなら、喜んでと言いたいが、本当に俺でいいのか」
「ユウスケは私の最初のチームメイトでしょう。治癒魔法士になってるとは知らなったかったけど、戻ってきたら、直ぐにパーティーに入ってもらいたかった。それから、私の知らない事とは言え、門前払いなんて酷いことしてごめんなさい。許してください」
「あの時は、酷くショックだったけど、もういい。こちらこそ、宜しくおねがいします」
「なら、拘束を解くげど、皆、歓迎の準備はいい」
由梨は『天使の輪』のスキルなど持っていない筈が、光のリングが解除され、一斉にくすぐられた。
「ちょっと、やめてくれ、あっ、やめろ」
「はい、そこまで、これで私たちの仲間。よろしくね」
「暗殺の罰は、くすぐりの刑かよ」
「違うわ。これはフレイアが提案した歓迎の儀式」
「俺もやられた」
「そうそう、紹介してなかったわね。彼が、戦士のアーロン。無口だけど、超硬化と挑発と斧無双のスキルを持っていて、とても心強いタンク役」
身長は僕よりも低いくらいだが、顔に傷のある厳つい男で、紹介をうけ、軽く会釈した。
「彼女は、知ってるわよね。ローラ。あの時は魔法大学の講師だったけど、直ぐに准教授に昇格し、今は賢者の称号までもつ魔法の天才。勇者一行の一員なんて、もったいない位の人材だけど、ずっと私と一緒に同行してもらってるの」
「あの時は、あなたに治癒魔法の素質があると気づけなくてごめんなさい。私も少しは治癒魔法を使えるけど、治癒魔法はあなたに任せるわね。こんど、リジェネを教えてくれるかしら」
「そして、この子が吟遊詩人のフレイア。ピーターパンみたいな男装をしてるけど、ミリアミス共和国の貴族令嬢。支援魔法や弓、トラップ、ナイフなんでもこなす万能秘密兵器で、歌も上手でアイドル的存在」
「さっきは、ペンキなんて掛けて御免。ボクのスキルは鑑定とトラップマスター。トラップマスターの方は、このパーティーじゃ、無用なんだけどね」
ダンジョンに潜るうえで、一番有用なスキルが無用だというのが、理解できないが、女性だったことの方が驚きだ。
「そして、私がこのパーティーのリーダーをさせてもらっている一応勇者のユリ。なにか質問ある?」
「さっき、天使の輪を発動してたけど、どうやってスキル取得したの。今のスキルはいくつあるの」
「今は、気配感知と天使の雫と天使の弓と……」
「私が説明してあげる」ローラが割り込んできた
「ユウスケは、ユリが『慈愛』の加護をもっているって知ってるわよね。この加護、人徳を授けるだけでなく、成長に応じて、神属スキルを授けるの。今のユリは、天使系・ホーリー系・御霊系の合計十五のスキルを持ってるのよ。あなたと同じで、天使の弓なんて、弓をつかわない彼女には、ほとんど無用の長物だけど、スキルだけは多いの。分かった?」
『慈愛』とは、とんでもないチート加護だった。
「他に質問が無いようなら、私を暗殺しようとした罰を発表します。荷物持ちの刑に決めました」
「ユリ、甘すぎ」
「いやいや、ユリの趣味全開なら、地獄だ」
「確かに、最初の時、アーロンも泣きをいれてたな」
「はい、夜も遅いし、今日はこれにて解散。私、一日中緊張して、眠いから。おやすみなさい」
皆が出ていき、僕も病室を後にしたが、どうしたらいいのか困ってしまった。
「宿なしなら、ボクの所に泊まっていく?」 フレイアが肩を組んできた。
「いや、姫様だよね。さすがに」
「それはもう忘れて! ボクは家出して、貴族を捨てたし、今は自分は男だと思ってるから、女扱いしないで欲しい。それともボクを襲う気?」
「いや、そうじゃないけど」
アーロンは既にいなくなっていて、仕方なくフレイアと話しながら歩いたが、宿の看板が目に入り、僕はそのまま看板の宿屋に泊まることにした。
既に、暗殺するしかないと結論はでているのに、それでもやはり戝前由梨を殺したくないと思ってしまう。
召喚された直後の戝前さんは、とても正義感が強く、明るい笑顔を絶やさない素敵な女性だった。
彼女は、大学ではスポーツクライミング部に所属していて、オリンピック出場を夢見ていた。それが叶わなくなったと知って、絶望し悲しんだが、直ぐに頭を切り替え、この世界の平和をもたらす勇者になって見せると宣言した。
僕の夢が、一人でも多くの患者を救う外科医になることだと知ると、僕を巻き込んでしまった事を何度も詫び、一緒に魔王退治しようと言ってくれたし、剣術練習では凄いじゃないと褒めてくれたりもした。
正義感が強く、僕がサイラス先生にボコボコにされると、先生に食って掛かったりもしてくれたし、侍女の失敗を、騎士の一人が強く咎めていると、さっと飛んでいき、誰にも失敗はあると、叱責を止めたりしていた。
動物にも優しく、庭師が渡り鳥の巣を壊そうとしていると、ヒナが巣立つまでは取り払わないようにお願いし、国王に直談判までした。
そんな彼女を暗殺しなければないことが、僕には耐えられない苦痛だった。
僕が勇者ユリに勝てる前提でいるはおかしいと思うかしれないが、不可視スキルと隠密スキルの併用は、とんでもなく強力で、例え彼女が怪我をしていない状態でも、寝込みを襲えば勝てると確信している。
Sランク越えの基本能力を持ち、熟練度もSランクだとしても、油断しているところを、気配もない見えない敵に襲われたら、先のダンジョンボス戦のように簡単に殺せるのだ。
でも、暗殺の瞬間、一瞬殺気を放ったならば、どうだろう。勇者ユリなら、回避するかもしれない。それでも僕を認識できないが、警戒して互角の戦いになるかもしれない。
いや、水でも掛けられれば、僕の負けだ。
なにか、勝敗を天に任せられるような、互角の戦いができる方法はないだろうか。
再び、そんな不毛な無限ループに陥ってしまった。
でも、今の勇者ユリは正義感が強かった昔の由梨とは違う。非道行為を知りながら見逃し、彼女自身、お金も払わず豪遊していた悪なのだ。
僕が、命を懸けてまで救う必要はない。そう自分に言い聞かせて、列車から降りた。
僕は、直ぐ、ラクニス病院に行き、彼女の病室を調べることにした。
受付で、勇者ユリの病室を聞いても教えてもらえなかったが、勇者ならきっと特別室に違いない。そう辺りをつけて、四つある特別室を見て回った。
個室病室には患者名が書かれてるが、特別室は何も表示がなく、誰が入院しているかもわからない。
仕方がなく、僕はトイレで不可視スキルと隠密スキルを発動し、看護士や医師が巡回に来るのを待って、特別室の中を確認していき、パジャマ姿の戝前由梨を見つけ出した。
かなりの重態と訊いていたが、入院して五日しかたっていない筈なのに、彼女はすっかり元気になっていて、室内で腹筋を鍛えていた。
彼女の隙をつき、直ぐに暗殺してしまおうと考えていたが、これだけ元気だと、寝るの待った方がよいと判断し、特別室の中で、じっと彼女を観察した。
不可視スキルは、光学迷彩のようなもので、動くと不自然な揺らぎが出て気づかれる恐れがあるが、停止していれば、完全に透明なので、隠密スキルで気配を消して居れば、気づかれる恐れはない。
暫くは、筋トレしたり、聖剣で素振りをしたり、その手入れをしたりしていたが、僕が見えているかの様に、じっと睨んでから、聖剣をしまい、今度は僕の目の前で、苦しいヨガのポーズを取ったり、座禅を組んだりしてきた。
まるで、態と隙を見せ始めている様だが、今のこの状態なら、気づかれでも、暗殺できる。一瞬そう思ったが、迂闊に動けば、返り討ちにあって殺されかねないと考え直し、その場から動かず、彼女が寝るのを待つことにした。
そして、夜、彼女がトイレに立ち、五分ほどして戻ってきて、魔道具の照明を消して、ベッドにもぐりこみ、暫くしてスースーと寝息を立て始めた。六時間耐えた甲斐があり、漸く暗殺のチャンスが巡ってきた。
僕はゆっくりと彼女に近づき、彼女の胸めがけて、猛毒属性の剣を突き立てた。
「はい、有罪確定」 殺した筈の勇者ユリと、厳つい男が入って来た。
ベッドを見ると、殺した筈のユリの姿が無くなっている。おそらく幻影魔法か何かだ。
慌てて窓から逃げようとしたが、魔法の先生だったローラと、バケツを持った男の子がベランダから、窓を開けて乗り込んでき、ペンキの様なものを僕に掛けて来た。
これじゃ不可視も通用しない。
「鈴木君、否、暗殺者ユースケ、観念しなさい。私達四人相手に勝てるとでも思ってるの」
僕はその時、全てを悟った。僕は彼女に嵌められたのだと。大臣が暗殺者を雇った事を事前に知っていて、僕が殺しにうつる瞬間を待っていたに違いない。でも、どうやって、今襲うと分かったんだろう。
その時、僕は召喚された日、召喚士が気配感知スキルを持っていると言っていた事を思い出した。スキルの詳細は知らないが、そのスキルで、僕がいる事に、気づいていたに違いない。
だから、聖剣をしまい、態と隙を作って、暗殺に出る瞬間を待っていたんだ。
SSランク四人が相手では、敵う訳がないが、武器は持っていないので、一か八か攻撃してみるか。
一瞬そんなことを考えたが、僕はスキル解除して両手を挙げて降参のポーズを取った。
「敗北を悟って、大人しく降参するなんて、殊勝でよろしい」
僕は、誰の拘束スキルか分からないが、光のリングで縛られて、身動きできなくされた。
「さて、どうしようかしら。私を殺そうとしたんだから、きっちり制裁はしたいわよね」
「くすぐりの刑なんてどう」
「いや、俺が足腰立たない程、甚振ってやるよ」
どうやら、拷問して依頼者の名前を聞き出すつもりらしい。
「拷問しても、依頼者が誰かは知らないぞ」
「何のことだ?」 戦士らしき顔に傷のある厳つい男が由梨に尋ねた。
「彼、私が依頼者だとは知らないのよ。ミッシェル国防大臣に、代理で行ってもらったから、彼が依頼者だと勘違いしてるんじゃないかしら」
どういうことだか、さっぱり分からなくなった。カール部長もグルということか?
「本当に、強欲スキルを持ってるよ。スキルの数もとんでもなく多い。これなら合格だね」
小柄の男は、まだ声変わりしていないのか、女性の様な声でそう言ってきた。
「でも、Bランクだと、蘇生魔法は使えないわよ。やはりAランクの子にしない?」
ローラ先生の言葉から推察すると、僕を勇者パーティーに加えようとしている可能性が高いが、どういうことかさっぱりわからない。
「何がなんだかわからないみたいね。教えてあげる」
勇者ユリが、今回の暗殺依頼に至った経緯を話してくれた。
先の魔王側近のぺセププ戦にて、勇者一行は全員が大怪我して治癒士まで失った。由梨も意識不明の重態だったらしい。部長は一週間入院すると僕に伝えていたが、実際には二週間前から、ここに入院していた。
意識が戻るとすぐに、ミッシェル国防大臣が見舞いにきて、次の治癒士候補のリストを手渡して来た。その中に、僕の名前を見つけたのだそう。
由梨は直ぐに、僕をパーティー入れることにして、詳細を調べるように命じた。
すると、僕が暗殺業をしていると分かった。そんな酷いことをさせているクリフトの職員(カール部長)に、代理人(ミッシェル大臣)を送って、暗殺業を廃業し、僕を開放するように忠告させた。
なのに、暗殺といっても、法で裁けない悪を裁く正義の味方の暗殺で、国がやらないから仕方なくしているだけで、国の方で、代わりの組織を設立するまで、廃業するつもりはないと言ってきたのだとか。
由梨は頭にきて、通信魔具越しに「人を殺すこと自体が悪よ」と怒鳴ったのだとか。するとその職員は、僕を説得した時の様に魔人を例にあげ、「誰も裁けない悪を野放しにする方こそ悪だ」と、反論した。
その後も暫く、二人で言い争ったが、彼の言い分も尤もで、話は平行線。
そこで、僕の意志を尊重し、勇者一行に加わる意志があるなら、暗殺業を廃業。正義の味方の暗殺者でありつづけたいというなら、暗殺業を黙認するという提案をした。
するとその職員は、激怒した。
「今更勇者一行に加えるだと。ユウスケが勇者一行に加わりたいと直談判にまで行ったのに、門前払いしておいて、今になって掌返しか。ユウスケは勇者一行に加わるのが夢だったから、応えは分かっているが、お前なんかに、ユウスケは渡せん。この暗殺はユウスケにしかできず、代わりはいなんだ。暗殺に関しては、お前なんかより、遥かに優れているからな。お前は勇者らしく、誰か別の治癒士を仲間にして、魔王退治してればいいんだ」
由梨は、僕が王宮を訪れた事実を知らなかったが、その大臣が独断で断っていた。そこで大臣に罰を与えることにした。国家としては無理な話だが、正義の暗殺組織を国の秘密部隊として設立させることを明言させたのだ。
そのうえで、「お前なんかより、遥かに優れている」と言われたことにもカチンときて、賭けを持ち出した。
「なら、一週間以内に私を暗殺してみせない。それができなかったら、直ちに暗殺業を辞め、ユウスケを解放すると約束して」
「何を言ってる。勇者が居なくなれば、誰がこの世界を救うというのだ。それに、ユウスケがそんなこと引き受ける訳がないだろう」
「どうやって依頼を受けさせるかは任せるわ。それができない様なら、偉そうに正義の味方を名乗らないで。それから、私は絶対に死なないから安心して。あっ、それじゃ賭けにならないか。じゃあ、依頼を引き受させたうえで、暗殺実行しなかった場合も、あなたの勝ちにしてあげる。上司の命令に愚直に従わず、本当を見抜く目をもっているというのなら、正義の味方を名乗る価値のある本当のヒーローだから。それでどう」
「だが、今もダンジョン攻略中で、あいつも結構忙しいんだ。勇者が悪人だと説得できても、一週間以内に殺すなんて保証できない」
「もう、言い訳ばかりね。それもあなたが無能って証でしょう。私の入院はあと一週間位なの。世の中は時間厳守しないとならない仕事が沢山ある。火急の依頼を熟せないようなら、暗殺業なんて、さっさと廃業しないさい。それから、あなたなら問題ないと思うけど、勝ちを狙って、卑怯なことはしないでね」
そんなわけで、カール部長は勇者ユリの暗殺依頼を受けさせる策をでっち上げ、僕を騙して暗殺させようとした。
いや、部長は国が秘密暗殺部隊を作ると約束してもらった時点で、僕を勇者一行に入れる決断をし、無謀な依頼を引き受けさせたという事なのかもしれない。
それになにより、勇者ユリが未だに正義感溢れる優しい戝前由梨の儘だったのが、たまらず嬉しかった。
「ということで、ユウスケは今日から、勇者一行の一員になってもらいますが、何か質問ある?」
「カール部長も納得してるんなら、喜んでと言いたいが、本当に俺でいいのか」
「ユウスケは私の最初のチームメイトでしょう。治癒魔法士になってるとは知らなったかったけど、戻ってきたら、直ぐにパーティーに入ってもらいたかった。それから、私の知らない事とは言え、門前払いなんて酷いことしてごめんなさい。許してください」
「あの時は、酷くショックだったけど、もういい。こちらこそ、宜しくおねがいします」
「なら、拘束を解くげど、皆、歓迎の準備はいい」
由梨は『天使の輪』のスキルなど持っていない筈が、光のリングが解除され、一斉にくすぐられた。
「ちょっと、やめてくれ、あっ、やめろ」
「はい、そこまで、これで私たちの仲間。よろしくね」
「暗殺の罰は、くすぐりの刑かよ」
「違うわ。これはフレイアが提案した歓迎の儀式」
「俺もやられた」
「そうそう、紹介してなかったわね。彼が、戦士のアーロン。無口だけど、超硬化と挑発と斧無双のスキルを持っていて、とても心強いタンク役」
身長は僕よりも低いくらいだが、顔に傷のある厳つい男で、紹介をうけ、軽く会釈した。
「彼女は、知ってるわよね。ローラ。あの時は魔法大学の講師だったけど、直ぐに准教授に昇格し、今は賢者の称号までもつ魔法の天才。勇者一行の一員なんて、もったいない位の人材だけど、ずっと私と一緒に同行してもらってるの」
「あの時は、あなたに治癒魔法の素質があると気づけなくてごめんなさい。私も少しは治癒魔法を使えるけど、治癒魔法はあなたに任せるわね。こんど、リジェネを教えてくれるかしら」
「そして、この子が吟遊詩人のフレイア。ピーターパンみたいな男装をしてるけど、ミリアミス共和国の貴族令嬢。支援魔法や弓、トラップ、ナイフなんでもこなす万能秘密兵器で、歌も上手でアイドル的存在」
「さっきは、ペンキなんて掛けて御免。ボクのスキルは鑑定とトラップマスター。トラップマスターの方は、このパーティーじゃ、無用なんだけどね」
ダンジョンに潜るうえで、一番有用なスキルが無用だというのが、理解できないが、女性だったことの方が驚きだ。
「そして、私がこのパーティーのリーダーをさせてもらっている一応勇者のユリ。なにか質問ある?」
「さっき、天使の輪を発動してたけど、どうやってスキル取得したの。今のスキルはいくつあるの」
「今は、気配感知と天使の雫と天使の弓と……」
「私が説明してあげる」ローラが割り込んできた
「ユウスケは、ユリが『慈愛』の加護をもっているって知ってるわよね。この加護、人徳を授けるだけでなく、成長に応じて、神属スキルを授けるの。今のユリは、天使系・ホーリー系・御霊系の合計十五のスキルを持ってるのよ。あなたと同じで、天使の弓なんて、弓をつかわない彼女には、ほとんど無用の長物だけど、スキルだけは多いの。分かった?」
『慈愛』とは、とんでもないチート加護だった。
「他に質問が無いようなら、私を暗殺しようとした罰を発表します。荷物持ちの刑に決めました」
「ユリ、甘すぎ」
「いやいや、ユリの趣味全開なら、地獄だ」
「確かに、最初の時、アーロンも泣きをいれてたな」
「はい、夜も遅いし、今日はこれにて解散。私、一日中緊張して、眠いから。おやすみなさい」
皆が出ていき、僕も病室を後にしたが、どうしたらいいのか困ってしまった。
「宿なしなら、ボクの所に泊まっていく?」 フレイアが肩を組んできた。
「いや、姫様だよね。さすがに」
「それはもう忘れて! ボクは家出して、貴族を捨てたし、今は自分は男だと思ってるから、女扱いしないで欲しい。それともボクを襲う気?」
「いや、そうじゃないけど」
アーロンは既にいなくなっていて、仕方なくフレイアと話しながら歩いたが、宿の看板が目に入り、僕はそのまま看板の宿屋に泊まることにした。
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