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第一章 凡庸で悪いか

治癒剣士ユウスケ

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 目の前に、五メートル程の巨大な赤い竜が立っている。未踏破A級地下迷宮ダンジョンの地下三十八階層のボスで、ここが最深層なので、このダンジョンのラスボスになる。
 このダンジョン攻略を目指すA級クラン『パレンティオン』が、ついに最深部まで到達し、この竜と交戦中なのだ。
 僕は、『パレンティオン』に所属していはいないが、貴重なヒーラー職なので、ヘルパーとしてこのパーティーに参加し、皆のダメージ回復に徹している。

 既に交戦を開始して、二十分以上も経過しているが、未だ攻略の目途が立っていない。

 この竜の攻撃は、足での踏みつぶしと、尻尾攻撃の物理攻撃が主で、時たま、岩を投げつけたり、翼を羽ばたかせて風攻撃したりする程度で、大したことはないが、防御力がずば抜けて高いのだ。
 弱点と思われた目も、瞼を閉じると、矢も魔法も防がれて効果なし。快心の攻撃を何発も当てているが、全くダメージを受けていない様子で、衰弱をみせていない。
 おそらく、防御力を大幅に増加させるスキルを発動しているに違いない。固い鱗で全身を防御しているとしても、有り得ない程の防御力だ。
 一方、こちらの体力も、僕の回復魔法で、全員が最大に近いが、精神的に疲弊していて、注意力も散漫になり、攻撃を回避し損ねる事態も起き始めている。

「硬ぇ、鱗を剥がしても、ほとんどダメージがなしかよ」
 副長のロックが渾身の斧の一撃を、固い鱗が無くなり黒い肌を晒した足の箇所にいれたのだが、その皮膚も強固だった。
「嘆くな。HPは残り半分だ。一点突破で、集中攻撃すれば、必ず倒せる」 リーダーのクリフが仲間を鼓舞する。
 クリフは敵の体力をHPとして可視化してみることができるスキルを持っていて、竜の体力を知ることができるのだ。
 だが、本当にHPが半分まで減っているのかは分からない。単にそう言って、元気づけようとしている可能性もある。
 本当にHPを半分まで削れていたとしても、僕の魔力も既に三分の二以上消費していて、最後まで回復魔法を掛け続けることはできない計算になり、このままでは全滅する。

「クリフさん。ちょっと考えがあります。首に鱗が逆についている箇所がありますよね。あそこが弱点だと思うんです。そこを攻撃してみます。継続回復魔法リジェネで回復させますので、暫くヒール無しで耐えてください。いいですよね」
 竜の逆鱗が急所なのは僕が嘗ていた世界では常識だが、竜と対峙したことがほとんど無いこの異世界では全く知られていないのだ。
「本当に急所なのかはわからんが、ユウスケの勘を信じるよ」

 僕は全員に継続回復魔法を掛けると、不可視スキルを発動して透明化し、隠密スキルで気配まで完全に消して、そっと、竜の背後から背を上った。そして、首の逆鱗に、金剛突というクリティカルダメージを発生させるスキルを発動して、猛毒効果のある剣を突き立てた。
「ギャオゥン」 竜が大声を上げて絶叫した。
「本当に、弱点だったみたいだな。パヒー、ティラ、首の逆鱗を集中攻撃。リック、あの位置まで届くか」
「任せとけ」
 先ずは、リーダーのクリフが魔剣からビームを放出して逆鱗を攻撃する。それを合図に、パヒーが氷魔法で逆鱗につららを連続攻撃し、ティラも毒矢を集中砲火する。
 逆鱗は脆いのか、剥がれ易かったのかは分からないが、いつの間にか逆鱗が無くなっていて、黒い皮膚が露わになった。
 それを見て、槍使いのリックが、跳躍スキルを使った渾身のジャンプで、逆鱗のあった箇所に槍を突き立てた。逆鱗のあった箇所の皮膚も柔らかいのか、槍を深々と刺すことができた。
「ギャオゥン」
「よし、大ダメージが入った。この調子で攻め続けるぞ」

 だが、その竜は、取って置きの技を隠し持っていた。
 今まで一度も出さなかったのに、灼熱の火炎を口から吐いたのだ。しかも、所かまわず、全体に炎を吐くから、各自必死に回避するも、全員が大きくHPを削られ、火傷の継続ダメージも受けることになった。タンク役のロックは俊敏性が劣るので、直撃をくらって、瀕死に近いし、僕は必死に交わしたが、ほとんどのHPを失った。
 僕の基本能力はBランクと凡庸なので、AランクやSランクのパレンティオンの皆より、体力や耐久力がかなり低いのだ。

 タンク役がやられると全滅するので、ロックにはエクストラヒールを掛け、HPを大きく回復させ、全員にリジェネを掛けてから、自分にスーパーヒールを掛け、なんとか死亡者がでる危機は回避した。
 だが、もう一度、あの火炎攻撃を食らえば、僕らの負けだ。エクストラヒールなんて使ったから、もう魔力がほとんど残っていないのだ。

 僕は再び、姿を消して、竜の背を上り、今度は口に、天使の輪という拘束スキルを発動した。発動の瞬間、竜も首を振って、僕は落下して再び大ダメージを食らったが、口は光のリングで拘束でき、もう火炎を吐くことはできなくなった。
 後は、通常のヒールだけで、魔力が続く限り、味方の回復に努める。
 パレンティオンの皆も、引き続き逆鱗箇所に集中砲火しつづけ、竜はその痛みからか、揉んどり打って倒れた。
 倒してしまえば、もうこっちのもの。クリフの魔剣や、ロックの斧攻撃もその逆鱗箇所を攻撃できるようになり、ラスボスの討伐を成し遂げた。

「うおっ。やった。討ち取ったぞ」
 クリフの雄叫びにつられ、全員が歓喜の声をあげて、拳を突き上げる。
 僕としては、止めの一撃をいれさせてほしかったので、正直、嬉しくはなかったが、贅沢は言えない。
 僕も拳を突き上げて、素直に勝利を喜ぶことにした。

 それにしても、三十八階層にもなると、ボスはとんでもなく強くなる。もっと早くに急所を教えて置けばと、後悔した。というのも、僕の魔力は底を突き、クリフもロックもかなり体力が削られていたからた。
 今回もなんとか無事に、ダンジョン攻略を成し遂げることができたが、これからを考えると、もっと積極的に戦闘参加させてもらうおうと反省した。

「今日もお前の勘で、助けられたよ。うちのメンバーになる件、もう一度考えてみてくれよ」
 クリフは、お疲れ様という様に、僕の肩に腕をまわしてきて、そう言った。
「クリフ、無駄だ。諦めろ。マナイクシオンが許すなら話は別だが、そんな訳ないだろう」
 マナイクシオンとは、この異世界都市クリフトで、パレンティオンと双璧をなすA級クランだ。両チームとも、能力ランクB級の僕なんかが入れるクランではないが、僕の実績を認めてくれて、半年前から執拗に誘ってくれるようになった。でも、どちらかに所属すると、クラン同志で喧嘩になりかねない。
「ごめんなさい。ありがたい誘いですが、僕は能力Bなんで」
「クリフが、最初、馬鹿にしてたのがいけないのよ。最初の時にちゃんと誘っとけば、こんなことにはならかったんだからね」
「そういうわけではないけど……」

 五年前、管理局の紹介状を持参して、パレンティオンの入会希望に行った時は、うちにはAランクヒーラーがいるからと面会すらしてもらえず、門前払いされた。
 三年前に、そのヒーラーが引退し、パレンティオンから初めてパーティーに誘ってもらった時も、クリフは、「今回はお試しで参加させただけだから勘違いするなよ」と明言し、「俺の言う通りにヒール発動して、変な事は絶対にするなよ」と命じて来た。
 ここは、リジェネの方がいいと思える場面でも、ヒールやハイヒールを命じ、僕を全く信用していなかった。
 クリフは、前任のA級ヒーラーに絶対の信頼を寄せていたが、彼は一度もリジェネを発動したことがなく、自動継続回復魔法の存在を知らなかったのだ。
 その時は、正直、無知な癖にいちいち指図するなと少し頭にきたものだが、僕はBランクの凡人なので、A級クランが信用してくれないのは当然だと理解していた。だからそんな事を、根に持って恨んだりはしていない。
 むしろ、今は僕の事を頼りにしてくれて、こんな有名クランに誘ってくれるなんてと嬉しく思っている。

 それでも、断り続けている理由は、三つある。
 一つは、時間の束縛。フリーなら、自由に行動できるが、クランの一員になると、クランの計画に従って行動しなければならなくなる。
 僕としては自由に、行きたいダンジョンを選びたいし、時間拘束されると、副業にも支障がでるので、自由を奪われるのは困るのだ。

 二つ目の理由は、A級クランが取り決めた僕に対する協定を破ることになるからだ。B級能力者は、A級クランには入れないルールがあるのだが、二年ほど前に、A級クランのリーダー間で、改めてそれを守る様にと徹底し、僕がどこかのクランに所属することが無いようにする協定ができた。
 もしそれを破れば、A級クラン同志の戦闘に発展することになり、そんな事態にはしたくないので、特定のクランに属することを拒否しているという訳だ。

 もう一つは、クラン内での僕の扱いだ。僕は治癒剣士で、治癒魔法も使える剣士だ。前衛にて、敵にダメージを与えるのが主目的の戦闘職で、B級以下のクランのサポートの時は、前衛戦闘職として参加させてもらっている。
 だが、A級クランは、優秀な人材を集めていることもあり、これ以上の戦闘職は不要との考えで、僕を後衛に配置して、治癒魔導士として扱う。今でこそ剣士としての実力も認めてくれ、前衛で戦闘参加させてもらえるようになったが、ボス戦では、やはり後衛で、今日の様に、僕から提案しない限り、戦闘参加させてもらえない。
 その扱いが少し不満で、A級クラン加入を断り続けている理由の一つといえるかもしれない。

 それに、そもそも僕がダンジョン攻略参加者として登録しようと思った背景は、勇者一行の一員として恥じない男になりたかいというのもあった。

 実は、僕は八年前、勇者召喚に巻き込まれ、勇者ユリこと、戝前由梨とともに、王都ラクニスの祭殿に召喚された鈴木祐介という大学生だ。
 勇者はSランク越えの基本能力を持っているのに、僕はBランクと凡庸の才能しかなく、足でまといな存在でしかなかった。だから、必死に努力して修行し、それなりの力を手に入れ、二年前、勇者ユリに会いに行った。
 なのに、門前払いされ、彼女は僕に会うこともしてくれなかった。勇者一行には、唯一のSランク治癒魔法士がいて、僕なんか不要の存在だったのだ。
 そして、勇者一行は先月、この国に出現した魔界ゲートを潜り、魔王討伐に旅立ってしまった。
 なんで、あの時、王宮を逃げ出してしまったのだろう。それからは後悔ばかりするようになった。

「今日はお姉ちゃん達と豪遊するぞ」
「リックのエッチ」「リックは女の子とばかり」
「お前たちが相手してくれてもいいぞ」
「きゃあ、ばか、死ね」

 帰路に着き、無邪気に馬鹿話しながら歩く、パーティーメンバーに囲まれながら、僕は、召喚された日の事を思い出していた。

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