上 下
10 / 16
告白から始まる夏休み

009:military supplies

しおりを挟む
 AAAトリプルから寒霞渓学園かんかけいがくえんへの唯一の通行手段がある、空中列車ロープウェイまでは、バスなら十分ほどで着く距離だ。
 こんな山奥までバスが遅くまで運行している理由は、学園プロジェクトの一つでもある。

 寒霞渓の周辺にブルーラインという眺めのいい場所があり、その道沿い廃墟の施設があったのだが、そこを一大展望施設として改修し、そこの周りにいろいろな商業施設を作った。
 その観光地は遅くまでバスが運行しており、小豆島復興プロジェクトの一つだ。

 AAAトリプルはそこへ行く前にある、眺めのいい場所にあり、瀬戸内の海を独り占め出来る立地が人気でもある。
 普段なら眼下に見える町や船の明かりを楽しむ余裕もあるけれど、今は心の余裕がない。

 なぜかすぐに戻って、黒ちゃんと会わなければならない。そんな予感と共に、ただの気のせいだとも同時に思う。

 思わず晴斗くんの腰を掴む両腕に力が入り、それを感じた彼が話しかける。

「紗奈大丈夫か? もうすぐ付くからな」
「あ、ごめん痛かった?」
「いや、それは大丈夫だけど……心配だよな」
「うん……黒ちゃんは小さい時から一緒でさ、私の妹みたいな存在なんだよ」
「そっか。なら早く帰ってやらねぇとな」

 免許を取得して一年くらいのはずだけど、落ち着いたハンドルさばきで峠を進む。
 でも私のせいでそのペースが乱れてしまう。

「紗奈、カーブと同じ方向へ体をゆっくりと曲げてくれ。俺が曲がると同じようにゆっくりとな」

 カーブを曲がる度に、体験した事のないスピードと重力が体を押しつぶす。
 体を曲げる方向には道路があり、その恐怖におヘソの奥がキュっとしつつも、晴斗くんを信じ「うん!」返事をする。

 恐る恐る、彼の言う通りに体を曲げてみると、先程よりも早くカーブを曲がる事が出来た。
 思わず「やった!」と叫ぶと、晴斗くんも嬉しそうに「やるじゃん!」と叫ぶ。

 次からのカーブは恐怖も薄れ、彼と同じように体を合わせて峠を進む。
 やがて紅雲亭駅が見てくると、迷わず電動自転車の並ぶ駐輪場を超えて、直に駅の真ん前に駐車する。

「うし、着いたぞ紗奈! 待ってるから行って来いよ。臭蔵さんには俺からスマホで連絡しておくから、すぐに戻って来れるはずだ」
「うん、ありがとう晴斗くん。行ってくるね!」

 背後を二度振り向きながら、階段を駆け上がり空中列車ロープウェイへと向かう。
 途中、町へと向かう同級生とぶつかれそうになり、「ごめん、急いでいるの!」と片手で謝罪をしつつ車内へと乗り込む。
 
 と、同時に私しか居ない空中列車ロープウェイは動き出し、臭蔵さんの声がスピーカーから聞こえた。

『おっと、また間違って発車させちまったようですわ。やれやれ、二度あることは三度ある。今日はもう一度間違いそうな予感がしまさぁ~』
「臭蔵さん、晴斗くん。ありがとう……」

 そう呟き、学園用にライトアップされた、寒霞渓の谷を見つめながら椅子の肘掛けを握りしめる。

「なぜこんなにも気持ちが落ち着かないのかな。大体事件だって四国で起こっているだけで、小豆島では起こっていないのに……」

 口にだす事で気持ちを整理する。と同時に、「大丈夫。心配ない」と何度も繰り返す。
 はやる気持ちを右手の人差し指が肩代わりし、リズミカルに肘掛けを小突く。

「いけない、こんな事をしちゃ」

 こういう時、父に子供の頃によく叱られたクセが出てしまう。
 自分を戒めながら、きゅっと固く拳を作り、もうすぐ到着する学園駅を見据えて立ち上がる。
 ほどなくして駅のホームへ到着し、それと同時に飛び出す。

 そこに待っていたのは臭蔵さんであり、手には黒くて長い棒のような物を持っていた。

「お~紗奈ちゃんか。暗いからコレを持っていきなせぇ。ちっと重いが、明るさは間違いねぇだよ」
「ありがとう臭蔵さん。でもそれは何です?」
「コイツはワシが夜間の見回り用に購入した、筋金入りの軍用ライトでさぁ。明るさも並の懐中電灯とは桁が違いまさぁ。ささ、お持ちなせぇ」

 臭蔵さんから受け取ると、ずしりと重いのに驚く。
 何でも明るさだけじゃなく、このライト事態も武器となるらしく、もし猪にでも会えばこれで攻撃すればいいとの事だ。
 明るさも確かに並みに物とは違い、刺すような光の束が暗闇を容赦なく引き裂く。

「これは凄いよ臭蔵さん! 本当にありがとう、行ってくるね!」
「きぃつけて行ってきてやぁ」

 臭蔵さんは姿勢が前かがみのままだったけど、機械油で汚れた白のタンクトップから膨らむ腹が目立つ。
 今度バイト代が出たら今日のお礼に、新しいものをプレゼントしてあげようかとも思う。
 幸い夏休みだし、生徒の目も少ないだろうから丁度いい。

 そんな事を考えながら女子寮へと急ぎつつ、寮長の部屋を見る。
 寮長は上級生であり、彼女もまた居残り組らしい。

 そんな彼女の部屋の電気が消え、丁度これから巡回をしに行くのだと思えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

ぬい【完結】

染西 乱
ホラー
家の近くの霊園は近隣住民の中ではただのショートカットルートになっている。 当然私もその道には慣れたものだった。 ある日バイトの帰りに、ぬいぐるみの素体(ぬいを作るためののっぺらぼう状態)の落とし物を見つける 次にそれが現れた場所はバイト先のゲームセンターだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

適者生存 ~ゾンビ蔓延る世界で~

7 HIRO 7
ホラー
 ゾンビ病の蔓延により生きる屍が溢れ返った街で、必死に生き抜く主人公たち。同じ環境下にある者達と、時には対立し、時には手を取り合って生存への道を模索していく。極限状態の中、果たして主人公は この世界で生きるに相応しい〝適者〟となれるのだろうか――

虫喰いの愛

ちづ
ホラー
邪気を食べる祟り神と、式神の器にされた娘の話。 ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 三万字程度の短編伝奇ホラーなのでよろしければお付き合いください。 蛆虫などの虫の表現、若干の残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 『まぼろしの恋』終章で登場する蝕神さまの話です。『まぼろしの恋』を読まなくても全然問題ないです。 また、pixivスキイチ企画『神々の伴侶』https://dic.pixiv.net/a/%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E4%BC%B4%E4%BE%B6(募集終了済み)の十月の神様の設定を使わせて頂いております。 表紙はかんたん表紙メーカーさんより使わせて頂いております。

凶兆

黒駒臣
ホラー
それが始まりだった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...