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告白から始まる夏休み

008:黒ちゃん

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「まったく嫌ねぇ……どうしてそんな酷い事が理由もなく出来るのかしら」

 同じ人として、そういう犯行におよんだ犯人を残念に思ったのか、アリスさんは消えた画面をさみしげに見つめる。
 こんな時だけど、その憂いた表情が美しかった。
 彼女の祖父がロシア人らしく、そのせいなのかもと場違いな事を考える。
 
「許せねぇよ。ペットってのは家族そのものだってのにな」

 晴斗くんはそう言うと、持っていた薄青いグラスを少し強めにテーブルへと置く。
 
「本当だよねぇ。愛する人の気持ちなんて、まったく考えた事もないんだよ」

 夏恋は晴斗くんへと向きながら、強くそれに同意。
 普段おとなしい夏恋だけど、流石にこの事件は許せないようだ。
 が、それと同じくらい……いえ、もっと強烈な怒りと不安が私の心をかき乱す。

「もし黒ちゃんがそんな事になったらと思うと、私……私……」

 実家で飼っている愛猫の事を思い出す。
 今年で十三歳になる黒ちゃんは、猫なのに犬のように私に懐いてくれていた。
 私が子供の頃に迷い込んできた子猫で、一緒に育った姉妹みたいな存在。

 それがもし四国全土で起きている、ペットの虐殺事件に巻き込まれたらと思うと、胸の奥が苦しくなり思わず胸を押さえる。

「大丈夫か紗奈? どうしたんだよ」
「うん。ごめんね、ちょっとお家にいる猫の事を思い出しちゃって……」

 その言葉でアリスさんがテレビの前から戻ると、私の頭を撫でながら落ち着かせてくれた。

「大丈夫。大丈夫よ紗奈ちゃん。きっと紗奈ちゃんの帰りを待っていてくれるから、ね?」
「そうだよぅ。いつもみたいに、おかえりってお出迎えしてくれるよ~」

 二人の温かい言葉に目頭が熱くなる。その言葉が嬉しくて「うん、うん」と二度頷きながら、今日は寮へ戻らないで実家へと帰る事を決める。

「二人ともありがとう。なんだか黒ちゃんが気になるから、今日はそろそろ帰ってみるね」
「そうね……うん、それがいいと思うかな。黒ちゃんが心配でしょうから、今日は帰っていっぱい撫でてあげてね」
「そうだよぅ紗奈ぁ。どうせ夏休み中も両親は仕事で居ないし、わたしは寮へ戻るから先生に伝えとくよぅ」

 その言葉で実家へと戻る事を強く決意したと同時に、大事な物を寮の部屋へと置いたままだと気がつき青くなる。

「ありがとう夏恋。でも寮長に見つかったら困るものがベッドの上にあるから、一度戻ってから行くよ。それに部屋の鍵閉めていないよね?」
「あ、そっかぁ! こんな事になるとは思わず、わたしも閉めてこなかったよぅ。でも今から戻ってから帰ると、バスに間に合わないかも?」

 その言葉でハっとする。いくら寒霞渓かんかけいの学園専用路線が整備されたとは言え、ここから戻って寮で用事を済ませた後、町へと向かうバスは無いはずだったから。

「そんな顔をするなって。俺が居るだろ?」
「晴斗くん!? ありがとう、すっごく嬉しい!」
「じゃあ善は急げね。お片付けはアタシがやっておくから、少しでも早く、ね?」
「うん、ありがとうアリスさん。今日は私達のために色々してくれて、本当にありがとうございました。今度バイトに入る時は、目一杯頑張るね!」
「あら。期待しちゃうわよ紗奈ちゃん♪」

 とてもいい笑顔で言われたので、思わず「う、うん」と言葉につまる。
 まぁ今日これだけお世話になったのだから、それも当たり前だと思うし、何よりここでバイトするのが大好きだからよしとする。

「紗奈はいつもおさぼりしてるからねぇ」
「ちょっと夏恋、私はいつもちゃんとしてますぅ!」
「ハハハ。いつもサボってるみたいじゃんか紗奈?」
「もぅ晴斗くんまで!」
「さぁさぁ。名残はおしいけれど、早く行ってあげなさいな」

 アリスさんが呆れながら行動を促すと、晴斗くんが彼女へと頭を下げた。

「アリスさん、今日は本当にありがとうございました。東京でもなかなか食べれない、拘った料理の数々に感謝しています」

 いつもと違う口調で、真面目に挨拶する彼の意外性を見た不思議な気分になる。

「いえいえ。今度はお代をいただきますから、もっと美味しいお料理をお出ししちゃうぞ?」
「それは楽しみだな……さ、行こうぜ紗奈」
「うん。じゃあ夏恋、アリスさん。本当にありがとう。最高にステキな一日だったよ」
「喜んでもらえて良かったわ。じゃあ気をつけて帰ってね」
「はい。じゃあ晴斗くんお願い!」

 すでにバイクへとまたがっていた彼は、赤いヘルメットを放り投げて返事をする。

「おうよ! じゃあまた。行くぞ紗奈!」
「うん! 夏恋も気をつけて帰ってね!」
「は~ぃ。いいなぁ~私はバスで向かうよぅ」

 夏恋とハイタッチをしつつ、バイクへの後ろへと乗うとするが、うまく乗れない。
 すると晴斗くんが右手を引き上げてくれて、何とか乗ることに成功した。
 そのまま勢いよくエンジンを目覚めさせ、風より速く走り出す。

 背後を振り返ると二人が手を振っており、それも街灯の明かりがなくなる頃には見えなくなった。
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